種族への憎悪
本日2度目の更新なのでお気を付けください
ど、どこに行ったんだろう! いきなりアルマがリリス先生に誘拐されるなんて予想もできなかった。……予想できる奴なんていないよ!! あたしはなんでかその場で地団駄を踏んだ。いや落ち着こう、これでも元魔王……突然のトラブルには慣れている。
へんてこな靴で工房の入口を吹き飛ばして初対面の女の子をドアの下敷きにしたりその子が自分の先生に誘拐されたりなんてことはふつーふつー、じゃないよね!! こんなの昔でもなかったよ!! また、気絶しているアルマの顔を思い出しちゃうし!
「マオ、あいつはいったいなんなんだ!?」
「メロディエ……それを聞かれても答えられないよ」
「あいつ……お前の知り合いだろ……?」
「そうだけど……何って言われても……」
「なんなんだ……?
そ、そんなことよりもどうすればいいだろう。なんとなくだけどもう職人街にはいない気がする。もしいるとすれば……あたしは目を見開いた。
「フェリックス学園!」
リリス先生のアジト……じゃない工房もあるしあそこにいる気がする。
あたしはそう思って走り出した。
「お、おい今度はどこに行くんだよ」
メロディエの声を後ろに聞きながらあたしは振り返る。足は止めない。
「あたしの学校にたぶん行ったというか帰ったんだと思うから、今から行こう」
「が、がっこう?」
あたしたちは走ってフェリックス学園に向かう。はあはあ。こ、こういう時魔力の強化ができればいいんだけど。へえへえ、はあはあ。こ、こういう時魔族は結構体が頑丈だからいいって、メロディエを見る。
「ま、まてぇ。私は長距離は苦手なんだぁ」
あんまりあたしと変わりなさそう。
リリス先生はあの靴で動いているからすごいスピードで動いていたはず。全力で走っても全然足りない。それにしても誘拐してどうする気なんだろう?
――やーっぱり、クールブロンとかいうやつのの製造にあんたがかかわってたんだ
クールブロンにアルマがかかわっていた? ……今考えてもしかたない……リリス先生に会った時に聞けばいいんだけど、あの人がまともに答えてくれるかは全然わかんないけど。
そうこうしているうちにフェリックス学園の正門に着いた。あたしは膝に手を当てて息を整える。メロディエも空を見ながらはあはあ言ってる。
「ま、マオ様?」
正門の前に立っていたワインレッドの髪の女の子が声をかけてきた。モニカだ。
「はあはあも、もにかはあはあ、あのさ、りり、す先生がさ」
「あ、あの、まずは息を整えてください」
「う、うん」
とりあえず息を整えてあたしはモニカにさっきまでのことを説明した。そういえばモニカは後で学園で合流するって話をしてた。
「そういえばさっきリリス先生が誰かを羽交い絞めにして正門を通っていきました……」
「それだ!」
間違いない、あたしの推理は間違ってなかった。
「それじゃあさっさ追うぞ。マオ」
メロディエにあたしはうなずく。リリス先生の工房は前にゴーレムがぶっ壊したし、場所はわかっている。あたしは走り出す。そうだ、モニカにも一言いう。
「ごめんモニカ、後でまたね」
「あ、ま、マオ様」
学園の敷地を走る。クロコ先生とかの授業で顔見知りの生徒がたまに声をかけてくるからそれには手を挙げて答えて「急いでるから」って答える。フェリシアがあたしを見て道を変えてどこかに行こうとしてたから逆に声をかけるといやそうな顔をしてた。
リリス先生の工房は学園の端っこにある。森みたいになっている訓練場を駆け抜けるとそこには屋根が吹き飛んだ小さな工房があった。壁も壊れているから中が見える。
「ふふふふ、さあ、しゃべらないとひどい目に合うよ」
リリス先生の声がする。あたしはそこに飛び込んだ!
「すとーっぷ!! リリス先生!!」
はあはあ、リリス先生があたしを見て「おっ、マオじゃん」ってのんきに言っている。アルマは?
あたしが工房を見るとそこには十字架にはりつけにされた少女がいた。
「うううう、にゃんでこんなこどにぃ」
泣きながら両手足を拘束されているアルマ。な、ナニコレ。メロディエもきて「うお!?」って言葉を言っているけどすごくその気持ちはわかる。天井がないから太陽の日差しが差し込んでアルマの十字架に光が指している。
一瞬惚けてしまった。はっとする。
「と、とにかくリリス先生! アルマを下ろして! なんでこんなことをするの?」
「なんでって、自由にしたら逃げるし大変でしょ。だからこれがいいかなって」
「いや、もっとこう、手だけ縛るとか、もっとこう、なんか、こうあるよね! なんで十字架にはりつけにしているの」
「あの十字架さぁ。酔った勢いで買ったんだけど何にも使えないでやんのマジ。酔っぱらって目が覚めたら工房に置いてあったんだよね。たまには使おうかなって思ってね」
「何の話をしてるのさ?」
言葉が同じなのに……なんか話が違う方向に行っている気がする。ええい、もういいや。アルマを助けよう。あたしはメロディエに声をかけて十字架にはりつけにされたアルマに駆け寄る。これ紐とかで拘束しているんじゃなくて両手両足を金具で固定できる本格的なやつだ。誰だよ、こんなのリリス先生に売ったやつ!
「ま、まおしゃん。助けてくださいぃ」
涙でぐしゃぐしゃになった顔であたしに助けを求めてくるアルマ。大丈夫今助けるけど……これ鍵がないと開かない。
「マオ。鍵はここにあるよ」
振り向くとリリス先生の指に鍵があった。鍵の底部がリングになっていてそれに指を通している。
「よ、よくわかんないけどさ、もう離してあげてよ」
「んー。いいけど、アルマにはひとつ質問に答えてもらってからかな」
「質問?」
リリス先生がアルマに向き直った。
「マオ、私がこの前教えてやったよね。この靴もそうだけど魔術的文様を刻んだものを私が作っている。過去にアルマの笛を一緒に作った時にアルマにも手伝ってもらったことがある……こいつ才能があってさ、もともと職人だから指先も器用だから文様を刻むのうまいの、んでさ」
リリスは言う。
「この技術を勝手に使うのは私に許可を得てからって話をしてたはずだけど、マオの持っている『魔銃クールブロン』には特殊な文様が描かれていた。作ったやつのところに行ってみたらアルマもいた……。この技術はこれからきっといろんなことに応用されるとおもうけど広げるのは小さくやっていくべき。簡単に武器にも応用できるからね。それで? なんでクールブロン作成にアルマはかかわったの?」
一気に話すリリス先生。その表情は普段の飄々とした感じからは想像できないくらい厳しさを感じた。あたしは思わずアルマを見た。彼女は涙を目に溜めていう。
「リリスとの仕事で作った借金返済のため……」
…………。
…………。
リリス先生はぽんと手を叩い。
「なんだ私のせいか」
リリス先生のせいだね! もういいよね、おろしても!!
☆
「あははは、確かにあれは魔鉱石買いすぎて結構借りたもんね」
「…………」
アルマはあたしの後ろにいる。なんかじっとリリスを見て警戒している。
「たぶん私との仕事と関係ないものも買ってました」
そ、それ横領なんじゃ。リリス先生はなんか笑っているし。でもまあ、とりあえずアルマも無事だし。よかった。とりあえずまたなんかある前にここから逃げよう。
「あ、そだ。マオ」
びくってしちゃうよ。とりあえずあたしは振り返る。アルマはあたしの後ろに回ってくる。メロディエは両手を頭の後ろにおいた姿勢で立っている。
リリス先生は振り返らずに言う。
「あんたに与えた課題なんだけどアルマに手伝ってもらいなよ。仕組みも魔術文様の作り方も仕組みも知っているし」
「え? リリス先生は教えてくれないの?」
「私はぁ忙しいしなぁ。いろいろとやることが多すぎて、毎日いろんなことを思いついてとりあえずやってみているけど終わらないんだよねぇ。お金も足りないし」
「いつもなんか新しいことばっかりやってるからそんなことになるんだよ」
「あはは、そうかもね。でもねぇ」
リリス先生は振り返らずに両手を広げる。その先に十字架がある。
「……真面目に綺麗にやってても他人は許してくれないよ」
「……?」
「やりたいことはどんどんやらないと、他人が求めることだけをやることになるってこと」
何の話だろう……?
☆☆
「マオ様。遅いな」
フェリックス学園の敷地には多くの広場がある。ここもその一つだった、噴水の見えるベンチでモニカは座っていた。
はあと彼女はため息をつく。今朝のマオとミラスティアの会話を思い出しては頭を抱える。マオにとってミラスティアは特別な存在なのだろうということと何か共通の秘密があることは感じている。それを思うと彼女は自分の奥で嫌な気持ちが生まれるのを感じていた。それを胸に手を当てて抑える。
「はあ」
もう一度ため息をつく。エトワールズの仲間と一緒にいることが少し前の自分には考えられないくらいに楽しいということも彼女は思っていた。ただ、胸の奥にある小さな小さな気持ちが彼女の心を重くしている。
「私にも教えてくれてもいいじゃないですか」
なんの秘密かはわからないが自分はマオのことであれば受け入れることができると思っている。ただ彼女の想像力ではその『秘密』を想定することはできない。
じんわりとした苦い感情が心に広がっていくのを彼女は感じている。そんな自分にも嫌気がさす。
フェリックス学園の生徒たちが通り過ぎていく。授業は時間がバラバラなのでそれぞれが談笑したり、急いでどこかに走っていくものもいる。彼らはモニカの姿を見ると少し離れて歩くか、時には嫌そうな表情をして通り過ぎていく。
その中に黒い鞄を持った少女が歩いていく。透明な紫がかった長い髪。整った顔立ちの彼女はモニカの前で一度足を止めた。
ソフィア・フォン・ドルシネオーズ。知の勇者の子孫である少女だった。彼女はベンチに座っているモニカをその少しくすんだ赤色の瞳で見た。冷たい目だった。あるいは純粋な敵意を映したような瞳であった。
モニカはそれに対して一礼する。その時あっと思った。なんとなくこんな感じなのは久しぶりだといつもエトワールズといるからそう思ったのだろうと感じた。
噴水の音が響く。ソフィアは吐き捨てるように言った。
「汚らわしい魔族がどうしてこんなところにいますの?」
「…………人を待っていますので」
ソフィアは一度視線を彼女から外す。
「あの村娘……あれを待っているのかしら」
「村娘というのがどなたのことかわかりませんが。私の友達を待っています」
「友達?」
はっとソフィアは笑った。
「化物が友達なんてよくいいますわ。私は街の外でお前たち魔族に襲撃された街を見てきましたわ。ひとたびタガが外れれば獣と変わらない分際ですのにね」
「…………」
モニカは目を閉じて黙っている。ソフィアはふんと鼻を鳴らして、歩き始める。
「所詮はあの村娘も魔族に肩入れする狂人にすぎないのですから、身の程をわきまえることですわね」
「……!」
その言葉にモニカは唇をかんだ。自分自身のことよりも、自分のことで友達のことを悪く言われることが彼女にはもっとも応えた。彼女はソフィアの背中を睨みつけて言った。彼女は皮肉を込めて言った。
「ソフィア様の眼は赤みがかかっていますが……私たち魔族……いや化物が混ざっているのではないですか?」
「……」
ソフィアはゆっくりと振り返る。彼女の眼は憎悪を映す時だけ魔力を映して赤く光った。




