幕間:ニナレイア・フォン・ガルガンティアはがんばっている
ラナの一日と同じように書いてしまった……
ニナレイア・フォン・ガルガンティア。
かつての英雄である『力の勇者』の子孫であり、その一族のガルガンティアの宗家に生まれた彼女は自分には才能がないと思っている。
宗家には彼女一人しか子供がいない。彼女の父は老いており力の勇者がかつて使用した『聖甲』を彼女に継承しようとしたが、一族の反対にあってしまう。結局は神の造りし聖なる武具は一族の中のはみだし者が強奪に近い形で所有することになった。
そして、宗家の一人娘である彼女はニナレイアは一族の中でも蔑まれた。そもそも彼女が『聖甲』を継承することに異議を唱えてきた一族の有力者たちはニナレイアの実力不足とそして才能のないことを理由として挙げていた。
その彼女は今王都に来ている。名目は武者修行だが本人は逃げてきたと思っていた。
逃げて、あきらめて、頑なになった、また己よりも弱いものを探している自分に気が付いてさらなる自己嫌悪に陥ったこともある。
☆☆
朝。王都の通り。友人の家の前でガルガンティアの武術を使う『水人形』と向かい合う。
ニナレイアはフェリックスの制服を羽織り、右手を前にして構える。真剣な顔つきで呼吸を一定に保つ。彼女の右耳にあるピアスが朝日に光る。
水人形は大人の男性のような形をしている。ニナレイアに似た構えをとり、じりじりと間合いを計っている。
水人形の後ろにはそれを操る彼女の友人がいた。
奇妙なことばかり起こすその人物のことをニナレイアはある感情を持っていた。だが口にすることはない。
水人形とは毎朝こぶしを交えている。それを操る『友人』に余裕があるのはわかっている。昔の自分ならその現実から逃げ出していたかもしれない。そうニナレイアは思った。次の瞬間に懐に水人形が飛び込んできた。
「!」
紙一重でアッパーを交わし、重心を落とす。一撃では終わらない。相手の動きをニナレイアの青い目は追う。連撃。水人形が体を引きながら蹴りを繰り出す。ニナレイアはそれを右手でガードしたが、勢いを殺せずに地面に転がる。
「……まだだ」
立ち上がってもう一度と頼む。そんな攻防を繰り返す。
終わったころにはニナレイアは何度も何度も叩きのめされていた。最近はだんだんと水人形の攻撃の精度が上がってきた……正確にいえば友人は本気にだんだんと近づけていっている。しかしそれでもまだまだと遠さを感じた。
☆☆
別の友人とも戦う。
あくる日の朝にはワインレッドの髪の少女と向かい合っていた。その少女の赤い瞳と長い耳は魔族の証である。ただなぜか手に持っているのはモップであった。
「ニーナさん行きますよ」
「ああ、こいモニカ」
赤い魔力をまとったモニカがモップをふるう。ニーナはそれをよける。本来のモニカはハルバードと言われる長柄の武器を使う。似ているものということでこんなものしかなかった。
しかしその攻めは強力だった。魔族の力で身体を強化したモニカの動きは速い。一撃一撃が重たい。ニナレイアはその彼女の動きを見ている。速さではかなわないからこそ、次の攻撃をその姿勢や魔力の流れから見ている。
そもそも徒手空拳のニナレイアは武器を持っているモニカに対して不利であった。そしてその戦闘の技量も彼女よりも劣っている。
所詮模擬的な戦いではあるが水人形と同じく何度もニナレイアは倒された。しかしそのたびに立ち上がる。
――横なぎの攻撃。
ニナレイアは手に魔力を込めてその柄を払う。その瞬間ぼきっと折れてモップの上半分が飛んで行った。
「…………」
「…………」
二人でそれを見つめあう。
「ら、ラナさんに怒られてしまいますね。ど、どうしましょうか……」
モニカはそれだけを言った。
☆☆
午後はだいたい友人と一緒の授業に出る。自分だけならば受けないような内容を受けている。魔法関連のことが多い気がするが、一部は戦闘訓練もある。
ある日の夕方、先生のうちの一人に話をしに訓練場に彼女は一人で訪れた。
訓練場の中では一人の老人と少女が木剣で打ちあっている。少女は長い耳にフェリックスの制服を着た魔族である。頭のてっぺんが黒髪で毛先が黄色い特徴的な髪をしていた。
老人は精悍な顔つきをしている。少女が一生懸命に打ち込んでくるそれを軽々といなしては「ここがだめだよ」とちょこんと首や肩、足、腕に木剣を当てる。優しい指導のようにも見えるが真剣に攻撃している少女からすれば屈辱的でもあった。
老人――ウルバンがニナレイアに気が付いた。
「どうしたいんだい?」
剣聖と言われた彼は柔和な表情のまま言う。それをスキと見た魔族の少女が思いっきり打ち込んだがひょいと避けてしまう。
「く、くそじじい」
床に手をついて荒い息のまま悪態をつく少女、フェリシアの顔に大粒の汗が流れ、顎の先から落ちた。彼女もニナレイアに気が付いたようだった。
ニナレイアは言う。
「先生、お頼みがあります。……私も鍛えてもらえませんか?」
「うん、いいよ」
「…………あ、あの」
あまりにあっけらかんとしたウルバンの答えにニナレイアは困惑してしまったが、そんな形でウルバンとの修行が始まった。友人たちには内緒だった。
朝は友人、昼は学校、夕方は剣聖との修行である。
夕方はへとへとになっていることもあるが、フェリシアと戦うことが多かった。彼女は全く攻撃の当たらないウルバンとやるくらいならストレス解消にちょうどいいとばかりにニナレイアに打ち込んだ。
「どうしたんですか?」
フェリシアの木剣は速い。踏み込んで打ち込み、下がりながら打ち上げる。変幻自在に操る彼女の攻撃にニナレイアは翻弄された。ウルバンはそれを少し離れたところでにこにこ見ている。
「ふげっ」
右ストレートがフェリシアの顔に当たる。
交互にフェリシアとニナレイアが勝利を分け合う。そのたびにフェリシアは「殺す」と言いながら本気で攻めてくる。ニナレイアから見て彼女の剣技はかなり上達しているように見えた。だからこそこの戦いは意味があった。
「なんで、はあはあ。お前は普段剣を使わないんだ?」
「はあ、はあ。なんで私があんな爺に教わったことを使ってやる必要があるんですか?」
「強情だな。そういうのは邪魔になるぞ……一応年上からの忠告だ」
「何が年上だ、お前らはそろいもそろって舐めたことばかり!」
フェリシアは魔力を開放して踏み込む。それをニナレイアは予測していた。姿勢からの予測。振り下ろされる木剣をニナレイアは反射的に両手でつかんだ。両手にだけ魔力を通して強化する。白刃取りとでもいえばいいのだろうか、ただ挟むというよりは両手でつかんでいた。
「なっ!?」
驚愕するフェリシアの手から木剣を奪うようにひねる。武器を思わず手放してしまったフェリシアは一歩下がる。
「フェリちゃんの負けだね。今のは」
「フェリちゃんっていうなくそじじい」
後ろからの声に振り返らずに反応するフェリシア。彼女はちっと舌打ちをする。
「ふん、所詮『刃引きの加護』を付与しているうえに木製の剣だからできたことです。実戦であんなことをすれば手がなくなりますよ」
「そうだな」
ニナレイアは簡単に認めて、そして木剣をフェリシアに返す。その姿を見ながらウルバンは言う。
「……フェリちゃん。さっきの踏み込み本気だったでしょ。魔力で身体強化して加速しているのに攻撃を掴まれて悔しいんじゃない」
「……まさか」
フェリシアは肩をすくめる仕草をした。ウルバンはそれに対して言う。
「かわいい子だなぁ」
ちっともう一度舌打ちを不機嫌な顔をするフェリシア。ニナレイアはそれを見て少しだけ笑うとフェリシアがじろりと見てくる。
「何笑っているんですか?」
「いや、ウルバン先生と仲がいいなと思って」
「その目は節穴なんですか? どこをどう解釈したらそうなるんですか? 私は迷惑をしているんですが、そもそも上からの命令がないとこんなところには来たりはしませんし、お前とのお遊びにも付き合ったりしません」
ウルバンは苦笑した。
「恥ずかしがり屋のフェリちゃんのことは置いて、ニーナ君はあれだね。日々動きが良くなっている気がするね」
「いや、だれが恥ずかしがりなんですか?」
「はい、朝にはマオとも訓練していますし。自分だけでも工夫してみようと思っています」
「フェリちゃんなんか自分では何も言わないから、勝手にアドバイスをすると意外と聞いてくれてるみたいで次にはよくなったりするけど。ニーナ君は向上心があるね」
「おい、勝手なことを言うなじじい」
「いえ、私は……落ちこぼれですから。やれることをやろうと思っているだけです」
「強いんだね」
「無視するな!」
「強い?」
ウルバンとニナレイアは向かい合って言葉を交わす。間に入りきれないフェリシアが抗議しているが二人は会話する。ウルバンはフェリシアの頭を掴んだ。
「いででで」
「私は……強くないです。マオも私が弱くないと言ってくれたことがありますが、私が本当に強ければ私の手元にはきっと……」
ニナレイアは両手を挙げてつかむ。その手には何もない。ウルバンはそれに声をかけようと思ったが、その前にニナレイアは顔を上げた。
「だから本当に強くなりたいと思います。私はだめなやつなのは私が一番知っています。だからやれることは何でもやろうと思います」
「へえ」
ウルバンは言おうと思ったことを飲み込んだ。彼はふっと笑う。ニナレイアの瞳の中の光を見てうれしくもなった。
「じゃあ、僕もやろうか」
ウルバンは木剣をとった。その瞬間にニナレイアはウルバンが大きく見えた。無意識に彼女は構える。そうしなければいけない気がした。
「君はこれから強敵と戦うことになることもあるからね、威圧には慣れておいた方がいいよ」
ウルバンが肩に剣をかける。彼の周りの空気が歪んでニナレイアには見える。
「なんだこれ」
「少し本気でやるよ、ニナレイア君」
ウルバンは笑う。
「千回負けていこう」
☆☆
くたくたになってもニナレイアはラナとマオの家にやってきた。
テーブルに魔法書を開いて横にラナが座っている。
「だから、水の魔法の魔法陣の構築には水路をイメージするように魔法陣を構築するのよ」
「???」
ニナレイアは疲れ切った頭に流れて混んでくる情報を何とか処理しようとしている。目の前には難解な言葉の羅列された魔導書がある。今度魔法のテストがあるから彼女には必須な勉強だった。
ニナレイアはお風呂を借りてパジャマに部屋用のサンダルというラフな格好をしている。すさまじく眠い。
「あの、ラナ、マオは……?」
「あいつならもう寝ているけど」
「そう」
心底うらやましかった。それでも気力を振り絞る彼女。ニナレイアは途切れそうな意識を保ちながら本を開く。水の魔法、水の魔法とずっと繰り返しつぶやている。
「お茶いれてあげようか?」
「う、うん」
うんという返事にどことなくかわいさを感じてラナは笑った。彼女は台所に行って指の先で炎を出して火をおこす。お湯を沸かして戸棚からお茶を出す。
「あ、ニーナ。あんたさ」
ラナが聞くことがあり彼女を見るとテーブルに突っ伏して力尽きていた。すうすうと寝息を立てているニナレイアを見て苦笑する。ラナはその背中をポンポンと叩く。
「お疲れ様」
――でも
「風邪をひくからベッドで寝ろ!」




