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雨の中


「いつも遅くに来るなお前は」

 

 浅黒い肌をした男性は無精ひげをなでながらあたしをにらみつけてくる。それはクールブロンを造ってくれた職人のワークスさん。


 久しぶりに会ったワークスさんはやっぱり目つきが悪い。職人らしく太い腕を組んで彼は言った。


「人の工房でぎゃあぎゃあ喚きやがって。客が来ているのによぉ」

「え、そうだったんだ……ご、ごめんなさい」


 あたしとミラが頭を下げて謝る。確かに勢いで日が沈んでから来たし、いきなりだし、言い争ったのも何にも言い訳できない……。ただワークスさんは頭を掻きながら「まあ、いいが」と言ってくれた。


「それで、そこの魔族はなんだ? 迎えに来たのか?」

「迎え? なんの」

「なんだ、関係ないのか」


 何の話だろう、メロディエは少し離れた柱から顔を半分だけ出している。少し猫っぽい……いやいや、なにしているのさ。


「メロディエ。こっち来て。この人は職人のワークスさん」

「職人?」


 メロディエは恐る恐る柱の陰から出てきた。なんかすごい警戒しているのはやっぱりいろいろあったからだろうな。でもあたしはそんな彼女の後ろに回って背中を押す。


「わ、わ、押すな」

「ここに来たのはワークスさんに会うのが目的だったんだから」


 ☆


 一通りに事情を説明した。


 ワークスさんはあたしたちを奥に入れてくれる。普段は職人の休憩所になっているって場所。テーブルが並んだ部屋で、木のベッドもある。すこしかびくさい……あ、いや、何でもない。ワークスさんは暖炉に火をつける。あたしたちには椅子に座るように言ってくれた


 テーブルの上に置かれたメロディエの壊れたフルート。それをワークスさんも椅子に座ってそれを見ている。


「事情は分かったが、俺には無理だ」

「えっ」


 あたしは声を出してしまった。ワークスさんが続ける。


「そもそも俺の専門は武器だ。楽器なんて作ったことがねぇ」


 …………う、うう。


 あたしはいろいろと感情だけでここに駆け込んだ。だからワークスさんにそう言われたらもっともだ。考えなしもいいところ。あたしはメロディエに頭を下げる。


「ご、ごめんメロディエ」


 魔族の少女はあたしをちらっと見て、彼女は少し困ったような顔をする。


「そう謝られてもなぁ。別に期待してたわけじゃない……」


 言いながらしゅんと肩を落とすメロディエは言っていることと思っていることが違うのが分かる。それが分かったからあたしは心臓をつかまれたようにきゅってなってしまう。ああ、期待させてしまったんだろうと思う。


 そこでミラがワークスさんに言った。


「あの、私はマオの友達のミラスティア・フォン・アイスバーグと申します。ワークスさん……お知り合いの方に笛を作れる人はいないのですか?」

「アイスバーグ? ……まあ、いないことはないだろうが……いいさ、明日以降ならいろいろと当たってやる。マオ。ちゃんと日の出ているうちに来いよ」

「ほんとっ!」


 あたしは立ち上がってしまう。その言葉を聞いてうれしくなってメロディエを振り返る。


「メロディエ! 明日また来よっ!」

「あ、ああ」


 メロディエの手をつかんで立たせてしまう。あ、こういうのもの勢いだよね。反省しないと。


「と、とりあえず明日にまたくればいいからさ。今日は帰ろっ、泊ってくれればいいし」

「…………」


 メロディエは一度ミラを見る。ミラは少しぴくっと肩が動く。


「あいつもいるのか?」

「え? ミラ? そ、そりゃあ」

「じゃあやだ」

「なんで!」

「いやなもんはいやだ! あいつは嫌いだ!」


 メロディエがふんってそっぽを向いたからあたしはむきになった。


「ミラはメロディエのことを思っていってくれたんだって」

「なーにが私のことを思って言っただ! 偉そうに言いやがって!!」

「だから! ミラは偉そうにしたんじゃなくて」

「してた!」

「してない!」

「した!!」

「してない!!!!」

「うるせぇ!!!」


 ワークスさんがどんと机をたたいた。あたしとメロディエはそれでも止まらない。メロディエがどこかに行こうとしたから手をつかんだら、逆にあたしのほっぺたをつねってきた。だからあたしも逆につねる。


「柔らかそうな顔しやがってぇ。マオぉ」

「意味わかんないよぉ」


 メロディエの言いがかりにあたしも反撃する。耳を引っ張る。ミラは「ふ、二人とも落ち着いて」と言ってる。


「うるせぇって言っているだろ!!」


 ワークスさんが立ち上がった。それからごんごんってあたしとメロディエの頭にげんこつが飛んできた。ひぎっ!


「おおおお」


 メロディエが頭をさすっている。あたしも痛い。痛いぃ。


「ま、マオ、メロディエも大丈夫?」


 ミラ……頭、こぶになってない?


「だ、大丈夫みたい……」

「よかった……」


 涙が出てきた。ワークスさんは両手を組んでいる。


「人の工房でぎゃあぎゃあ騒ぐな。それにマオ、いいじゃねぇか。嫌がるなら一緒にいる必要はないだろ」

「ワークスさん……メロディエは今日に王都に来たばかりで泊る所もないんだよ……だから家で」

「アイスバーグがいるなら行かないぞ!」

「メロディエは黙ってて!」

「黙らないぞ!!」


 はあーってワークスさんが拳骨を固めて息を吹きかけている。それであたしとメロディエは黙った。ワークスさんは困った顔をして両手を組んだ。少し悩んで、それから後ろに部屋の外に向かっていった。


「だとよ。できればあんたが助けてやった方がいいじゃないか?」


 あんた? 誰かドアの向こうにいるのかな。あたしたちは部屋の入り口を見た。ぎいとと木製ドアが開く。


 青い髪をした綺麗な女性が中に入ってくる。黒いブラウスに長いスカートの『魔族の女性』だ。その人をあたしは知っている。


「エリーゼさん……」


 赤い瞳をあたしに向けてエリーゼさんはにっこりと笑う。優しい表情をしている。……立っているだけで絵になるのは美人だからだと思う。ワークスさんのお客さんってエリーゼさんだったんだ。


「こんばんは、マオさん」

「あ、こんばんは……でも、なんでエリーゼさんがここにいるの?」

「んー、どちらかというとそれは私のセリフだと思うんだけど……でも……」


 エリーゼさんは人差し指を立てて唇の前に持ってくる。


「まあ、大人の秘密ってことで」


 え? あたしはドキッとした。


「大人の秘密って……エリーゼさんとワークスさんって」

「あ! ち、ちがうちがうマオさん、そういう意味の大人の秘密じゃないって」


 慌ててエリーゼさんは手を振って否定する。そうなんだ。びっくりした。エリーゼさんは胸に手を当ててほっとした顔をしている。


「マオさんはいつも驚かせてくれるね。……そういえば騎士団の一件の時のことお礼は言えてなかったけど、あの時はありがとう」

「……結局あたしは何もできなかったし」

「そんなことはないよ」


 エリーゼさんはあたしの前に来て頭に手を置いてなでる。なんか人に頭を撫でられるのが最近よくある気がする。エリーゼさんはミラを見た。


「あなたは騎士団の団長の娘さんだったと思うけど」

「……はい」

「あ! ちがうちがう。気にしないでって言いたかっただけ……うーん。私はもう少しちゃんと話した方がいいかも……こんな短い間にマオさんにも、ミラスティアさんにも勘違いされるなんて……」


 エリーゼさんはそれからメロディエに目を向けた。


「あなたは今日王都に来た魔族らしいね」

「お、おう」

「魔族が勝手に王都に入ると自治領の責任にされることがあるの、どこの出身かわからないけど、とりあえず公館に来てもらおうかな」

「ど、どこに行くって?」

「魔族がいるところだから大丈夫、大丈夫。怖いことなんてなーんにもない。まあ、勝手に来たことを怒らせてもらっちゃったりするかもしれないけど……」

「……じゃ、じゃあ行かな……ひっ」


 エリーゼさんはメロディエを捕まえていた。腕をぎゅっとつかんでいる。


「じゃあ、お姉さんと一緒に行こうか? メロディエちゃん……だっけ」

「は、はなせぇ、ま、マオ!」


 あたしに助けを求められても困る。


「エリーゼさんについて言ったら大丈夫と思うよ。それにあたしの家に来たらミラもいるけど」

「じゃ、じゃあいかねー!」

「ならエリーゼさんと一緒に行かないと!」

「ど、どっちも嫌だ、はなせぇ」

「えいっ」

「ぐえっ」


 エリーゼさんがメロディエの首筋に手刀をとんとお見舞いする。それでメロディエの体から力が抜けて倒れそうになったのをエリーゼさんが支える。何今の? き、気絶しているの? うわぁ、白目向いてる。……ああはなりたくないなぁ。


「よし」


 エリーゼさんが普通にいうけど怖い。彼女はワークスさんにも言う。


「とりあえず今日は帰りますね。さっきの話についてはまたよろしくお願いします」

「……おう」


 何の話をしていたんだろう。エリーゼさんはまたあたしを見た。


「この子に用があるなら明日以降に公館まで来てくれるかな? 一応魔族の仲間として勝手な動きをされるといろいろと困ることがあるからね」


 エリーゼさんはメロディエをおんぶして部屋から出ていく、最後に一度だけ振り返った。


「マオさんは優しい子だからもう一度言っておくけど、人間にも魔族にも権力を持っている人は嘘つきが多いから気を付けてね。君はいろいろと抱え込みそうだから」

「え……うん」


 それだけ言うとエリーゼさんは出ていく。その後ろ姿を見送ってからワークスさんも言った。


「そろそろお前らも帰れ。俺も眠いからな」

「あ、うん。ありがと、ワークスさん」

「……そういえばマオ。クールブロンはどうだ」

「……すごく助かってる」

「そうか……ていうか今日は持ってないな」

「普段持っていると重いから……」


 ワークスさんは苦笑した。


「……そういえばお前のところ学校にリリスってのがいるだろ? 最近クールブロンを作った職人は誰かって嗅ぎまわっているみたいでな……なんだあれは」

「リリス……先生。ああ、うん。あの人は大変な人だと思うよ」


☆☆


 工房からミラと出た。はあ、とりあえず明日だね。


「ごめんねミラ、付き合ってもらってさ」

「……ううん」


 ミラは元気がない。メロディエのことを気にしてるのかな。まあ、そうだよね。あんな感じで口論したら気になると思う。難しいなぁ。


 メロディエのことはどうにかしてあげたい。それに魔族の自治領にも行くって言いながらまだいけてないし……。あたしからもっと頑張らないとなぁ。そんな風に思っているとミラが小さな声であたしに声をかけた。


「ねえ、マオ」

「何?」

「前に……ぴーちゃんの上でマオは言ってくれたよね。『剣の勇者』のこと」


 ああ、そういえば前に言ったことがある。宿敵だけどお互いに事をほとんど知らないって話をした。戦い方とかは知っているけど。


「うん、それがどうかしたの?」

「……」


 ミラは言いにくそうにしているからあたしは言う。


「これも前も言ったけどあたしは昔のこと何でも言うよ、ミラの聞きたいことは隠したりしないから。それがどうしたの?」


 ん? あたしの顔を何かが叩いた。あ、ぱらぱらと雨が降ってきた。うわぁ、いやだなぁ。ミラも気が付いたみたいだ。彼女はあたしを見た。まっすぐに。


「マオは……私のご先祖様の『剣の勇者』を……恨んでる?」

「…………」


 雨が降ってきた。あたしはミラの言葉の意味が少しわからなかった。何を言われたのかすぐに頭に入ってこなかった。なんでこんなことを聞くのかはわからない。ただ、あたしは親友にちゃんと答えるってことは約束しているから、どういうべきかを思った。


 恨み、ね。


 あたしは腕を組んで想う。


「……ミラがなんでそれを聞きたいのかはわからないけどさ、あの時は戦争だったから……あいつはあたしの周りの大切なものをいっぱい壊したから」

「…………じゃあ」

「それとおんなじくらいにあたしはあいつの大切なものを壊した。それも、いっぱい……いや、大勢ね」

「……!」


 あたしは一度だけミラに笑って見せる。作り笑顔だからうまくできたかはわからないんだけど、ミラが『剣の勇者』のことをあたしに対して気にする必要はないって思うから。


「……あいつも私もさ、お互いを恨む権利なんてないよ」


 あたしの答え。……すこし傲慢かな。なんとなくミラがあたしのことを気遣ってくれていると思っているけど……ミラからすればあたしは『剣の勇者』の宿敵だからね。そんなこといまさらな気もするけど、でもどうなんだろう。


 雨が強くなってきた。大粒の雨。わ、これはだめだ。


 あたしはミラの手を引いて誰かの工房の軒下に入った。うう、少し濡れてしまった。あんなにお昼は天気が良かったのに。暗い闇の中で雨の音が響いている。ざあ、ざあって耳に響いてくる。


 ぽっと暖かい光がともった。見ればミラの指先で小さな丸い炎が光を放っている。魔力で作った炎だ。


「ありがと、ミラ。あかりつけてくれたんだ。でも、これじゃあなかなか帰れそうにないね」

「…………最近思うんだけど」

「うん?」

「ラナもモニカもニーナも……みんなマオに似てきた気がするね」

「え?!」


 何それ!? ミラは手元の光を指先でゆらゆらさせながら言っている。


「ラナは私のお尻を……蹴ったり」

「え、あれは、いや待って。あたしに似ているって何!? あの時もそういってたけど、あたしはミラのお尻を蹴ったりしないよ!?」

「モニカははっきりものをいうようになったし」

「で、でもそれはいいことだと思うよ」

「……ニーナは出会ったときはあんなに固かったのに、最近はマオと一緒に追いかけっこしているし」

「……う、うん。でもそれは別にあたしに似たっていうか、いや、うん」

「全部マオのせいだと思うよ」

「ええ?」


 そ、そんなこと言っても……。ていうかいきなり何の話なのさ。ミラは空いた手で髪をつまんで何か考えているみたいだった。


「私はいろいろ考えることが多くて、結構頭の中でぐるぐるしちゃうことが多いなぁって思うの」

「そうなんだ。あたしは考えなしだから、ちゃんと考えられるのってすごいよね」

「……」


 ミラはあたしを見てている。な、なに。なぜか彼女は少しだけ笑った。


「恥ずかしいけど、マオの真似してみようかなって思って」

「あ、あたしの真似……恥ずかしいって、あの、ミラ、何を」


 ミラが一歩前に出た。それから……


「わーーー!!!」

「!!????」


 雨の降る暗闇に向かって大きな声を出した。び、びっくりした。どことなくすっきりした顔をしたミラがあたしに向き直る。


「び、びっくりしたんだけどミラ」

「……恥ずかしかった」

「そ、そりゃあそうかも」

「でもマオの周りのみんなはこんな感じ」

「へ?」

「マオは次の何をするかわからないし。何かすると驚いちゃう」

「あたし……そういう風に見られている……?」


 そ、そうなの? 


 くすくすと笑うミラ。彼女の手のひらの上で赤い火があたたかなを光を放っている。雨の音はまだ響いている。大粒の雨が地面を叩いている。ミラはそんな中で言った。


「今ならだれにも聞こえないから、マオと話をしていたいなって思う。少しだけいいかな」

「……何かわからないけどいいよ。何の話?」

「……そうだね」


 ミラは雨を見ながら言った。


「魔王と『剣の勇者』としての話かな」


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