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伝えることの裏表


 もうすぐ夜になる、だんだんと空が暗くなっていく。お月様がうっすらと見える。


 あたしとメロディエは走った。


「ど、どこに行くんだ」


 ぜえぜえ。あたしもずっと走っててきつくなってきたけど、メロディエもはあはあ言っている。その後ろを心配そうな顔でミラが着いてきてくれる。彼女の表情は全く変わらない。さすがだなぁ。


「はあはあ。あ、あたしの知り合いの職人に会いに行く」

「ぜえぜえ、しょ、職人?」


 走りながら話すのきつい。人が多くなっている繁華街を抜けて向かうのはあたしの『クールブロン』を作ってくれた職人街。職人の知り合いって言ってもワークスさんしかいない。走りながら気が付いたけど魔銃は作れるかもしれないけど楽器って作れるのかな?


 悩んだって仕方ない。ダメならだめで別の方法を考えればいいんだ。


 そうこうしているうちに人通りが少なくなっていく。職人町はあの仮面の男と戦った場所だ。夜ははっきり言って人が少ない。あたしはそろそろ限界になって一度立ち止まって息を整える。


「はあはあはあ」

「ぜえぜえぜえ」


 メロディエと一緒に膝に手を置いて息を吐く、よ、横っ腹が痛い。ミラは全然涼しげな顔だ。こういう時に体力の違いを感じる……。そ、そんなこと今はどうでもいいよ。あたしは大きく息を吸って、よしって声を出す。


 あたしは記憶を頼りに進んでいく。そこには赤いレンガの建物があった。看板に『ワークス工房』と書かれている。扉は締まっているみたいだけど、あたしはそれをどんどんと叩いてみる。中からの反応はないけど、これ扉に鍵がしまってない。


「開いた」


 ぎいーと扉があく。もうここまでくれば勢いで進もう。怒られたら謝るしかないけど。あたしはメロディエの手をつかんで中に入る。


「ま、マオ。勝手に」

「ミラはここにいてもいいよ」


 ミラは一度躊躇して「お、おじゃまします」って言いながら着いてきてくれる。


 中にも誰もいない。窯が奥にあるけど火が消えている。やっぱりいきなり来たから……うう、どうしよう。


「なんだ、だれもいないな」


 メロディエがあたしが思ったことをそのまま口にする。彼女は中を観察するように見ている。それからあたしに言った。


「まあ、気にすんなよ。マオ」

「いや、奥にいるかもしれないし」

「……そこまですることないだろ」


 メロディエは近くにあった木のバケツを踏みつけるように足を置いて、目をあたしに合わせずに言う。


「正直言えば故郷から王都に来るまでの間にいろいろと人間といざこざがあったから、なんていうか、こう現実を知った気もする。…………母親の形見を壊されたこともなぁ……魔族と人間が同じ音楽を聴くなんて、まあ、子供っぽい夢だったのかもな」


 暗い工房の中でメロディエの言葉だけが響く。その言葉にあたしは心の奥がきゅってなる気がした。


 あたしは下を向きそうなる、でもそうはしない。顔を上げた。


「あたしはそうは思わない」


 メロディエとは背中合わせのようになっているから声だけしか届かない。


「あの森でメロディエとミラと踊ったり歌ったりできたみたいに、魔族と人間が一緒にいられることができると思う」

「…………」


 メロディエはかーんとバケツを蹴り飛ばす。床を転がる音があたしの後ろでする。


「この旅でわかった……魔族に恨みがあるやつが私に冷たく当たるのはわかる。でも、そんなことは全然ない人間も魔族だってだけで私に水をかけたり、棒で追い回したりする。石を投げられたこともある。………………服に手をかけられそうになったこともある……なあマオ」


 あたしは振り返る。メロディエもあたしを見ていた。彼女の髪が片目にかかって右目だけが見えている。窓からいつの間にか月の光が差し込んでいる。見間違いかもしれないけど、メロディエの目元がうっすらと光っているような気がした。


「たぶん、人間は魔族と仲良くしたいなんて望んでないんじゃないか?」

「……!」


 メロディエはいつも明るかった。でも言葉の端々に人からひどいことをされたってことは前から言っていた。一人で旅をして王都まで来たことできっとあたしに言わないだけでもっといろんなことがあったんだと思う。


 あたしはなんて言えばいいんだろう? そんなことはないなんて言葉は軽い気がする。


 ――人間


 あたしはその時、アリーさんとミラと戦ったあの村で魔族から言われた言葉を思い出した。そうだ、あたしは確かに魔王だったかもしれない。でもそれを知っているのはあくまでミラだけで、今の自分は人間なんだ。そのあたしが何かを言ってメロディエに届くのかな?


 メロディエはあたしの言葉を待っている。何を言えばいいのかわからず立ちすくんでしまう。


「……やり方が違うんだよ」


 そう言ったのはあたしじゃない。ミラだった。あたしとメロディエは彼女を見た。どこか悲し気な表情をした銀髪の少女がゆっくりと言う。


「私は……子供のころから魔族は人間に仇す存在として教えられてきた……昔の戦争のことも、その魔王のことだって、たぶん私以外も同じ。みんな悪い魔族をやっつけるような『三勇者』の冒険譚も聞いて育ってきたと思う」


 ミラは前に出た。


「でも、私はマオ……ううん。魔族の友達もできていろんな話をして、いろんなことを一緒にした。逆に何人もの魔族と戦ったこともある、だから魔族という言葉で言い表せないほど、それぞれが違うと思う。人間と同じで……」


 彼女は胸前で手を組む。指を絡ませてどこか祈りに似ている。


「私はきっと運がよかった……だけど、みんな知らない。本当の魔族と話をしたこともなければ、メロディエの目指すように一緒に歌ったり踊ったりしようなんて思ったこともない。…………でも、子供のころから教えられてきたことがちがうかも……なんて思うことは本当に難しいことだと思う」


 あたしとメロディエはミラの言葉をただ聞いている。剣の勇者の子孫として自分のご先祖様の話も多く聞いてきたはずだ。それでもあたしを『魔王』と知ってもミラは一緒にいてくれた、そのことがずっとあたしの支えになっている。でも逆に考えるとミラからすれば葛藤もあったんじゃないかな。


 メロディエが聞いた。


「じゃあ、人間の考えを変えるのは無理ってことか?」

「違うよ。……きっとやり方があるはず。……今から私は嫌なことを言うね?」


 ミラはあたしを見た。いいよってあたしはうなずく。


「メロディエの言う通り多くの人は魔族と仲良くしたいなんて思ってないと思う。いや、ちがう。思ってないんじゃない、そんなこと考えることもできない……でもそれは、魔族のことを昔から聞いてきた悪い存在としか思ってないから。それに最近は魔族により襲撃事件も起きてて、感情的なぶつかりもある。その中で…………ただ、仲良くしたいからだけって思いだけならきっとうまくはいかない」


 言いながらミラはすごくつらそうな顔をしている。彼女の言っていることはすごく冷静な意見なんだと思う。ただ仲良くするってだけでそれができるならもっと簡単なんだ。


「そっか」


 メロディエは最後まで聞いて言った。


「アイスバーグは魔族のことなんて考えられないんだな」


 なっ!? あたしは叫んだ。


「メロディエ、それは違うよ、ミラはそんな」

「だってそうだろ!」

「何がさ!」


 メロディエが離れる。


「だってアイスバーグが言っただろ、人間は昔から魔族が悪者だって聞かされているから仲良くしようなんて思ってないって。だから私にやり方を変えろって言っただろ!」


 確かに、そういったけど、でもそれは。


「私は、私は、私は母上の大切にしていた笛を人間に壊された。それでもやり方が間違っているのか!? 人間が勝手に思い込んでいるだけの話を、魔族がそこまで考えてやらないといけないのか?  昔話の悪役が私たちだからって人間は何もせずにやってやらないといけないのか?」


 ミラが「それは……」と言って黙ってしまう。メロディエはそんなミラにさらに言う。


「人間がどう思いこんでも魔族がそれを考えないといけないなんておかしいだろ! 私はバカなりにやってきたんだ。それをやり方が違うなんて言われる筋合いないだろ! お前みたいな何も考えたことがないやつが」

「メロディエ!」


 あたしはメロディエに掴みかかった。さすがにあたしの親友にそんな言われて黙っているわけにはいかない。


「メロディエこそミラのことを何にも知らないじゃん」

「いきなりつかみかかってなマオぉ」


 お互いに掴みあって、その間にミラもあわてて間に入ろうとする。メロディエがあたしのほっぺたをつねるから。あたしも反撃してしまう。離れた時メロディエがあたしをにらんでくる。


「マオだって人間なんだから、そいつの言っていることの方が正しいって思うのか?!」

「ミラが言っているのは……大切なことだよ。それにメロディエが言っていることもわかる!」

「お前はどっちの味方なんだ!」


 どっち、それに人間と魔族という意味に聞こえてしまう。あたしはもともと魔王だったそして今は人間。どっちもなんて言えればいいのかもしれない。……ちがう。ああ、そうさ、そっちの方がいいから言ってやる! 


「あたしはミラもメロディエも友達だ! だからどっちの味方もするよ」

「はあ?」


 あたしはメロディエの胸倉をつかんだ。止まらない。


「あたしはあんたと出会った時に言った人間も魔族も同じ場所で音楽を聴くことができればって話。ほんとうーーーに大好きなんだ!」

「……」

「それまでいろいろ悩んでてもあたしにはそんな考え方はできなかった。それくらいすごいことをやろうとしているのがメロディエだって! それをやろうってことならあたしは全力で応援するよ。それでも! ミラが言っていることも大切なことだってわからないなら喧嘩だってするよ!!」

「……」


 メロディエは一度あたしから目線をそらした。


「そんなこともを言っても、あれがアイスバーグの言っていることが人間の本音なら。どうすればいいんだよ。最初から魔族なんて知らんって言われたら、どうすればいいかわからないだろ」

「メロディエ!」


 無理やりにでもメロディエにあたしの方を向かせた。


「まだ無理だっていうならあたしがやって見せる。大勢人間も魔族も集めて……それならメロディエも演奏するよね!? 笛も直してさ!」

「そ、そんなことができるわけないだろ」

「あたしが……やってやる!」

「……い、いいよ。そこまで言うなら、それができたらなんだってしてやる、メロディエ様に二言はないね」


 ううう! あたしとメロディエはいつの間にかにらみ合っていた。ミラが「ま、マオ」って言ってくれてやっと離れたけど、それでもお互いに睨んでいる。


 あたしは両手を組んで胸を張る。


「マオ様をなめるな!」


 その時、奥の方から音がした。そちらから眠そうな顔の男性が歩いてくる。


 ワークスさんだった。今日会いたかった人だ。


「…………人の工房に来て何をしてんだお前ら。めちゃくちゃうるさいんだが……それと、久しぶりだなマオ」


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