王城での会話
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王城の一角でイオスが彼とすれ違った。
イオスはこの日、ギルドの使いで王城に来ていた。そのため黒に金糸で文様を描いた長衣を身に着けている。童顔な彼が振り返ると、「彼」もにこやかに手を挙げた。
整った身なり。白シャツに仕立てのいい赤いコートには家紋が刻まれている。俗に三大貴族と言われるエーベンハルト家のものだった。しかし「彼」は人懐っこい笑顔を見せてイオスに歩み寄った。両手を広げウェーブのかかった美しい金髪に青い瞳。女性であれば心を鷲掴みにされるような顔立ちだった。
「これはエーベルハルト公」
イオスは頭を下げた。王城の赤い絨毯の敷かれた廊下、そこにステンドグラスから差し込む夕日。何気ない邂逅も眉目秀麗な貴族と少年と見まがう容姿を持つイオスがいれば絵画のようだった。だが、エーベルハルト公と言われた男は慌てて言った。
「そうかしこまらないでくれ、私と君の仲じゃないか。フリッツと言ってくれていいよ」
「……それでは、お言葉に甘えて……フリッツ様」
「まあ、本当であればもう少し気安くしたいところだが王城の中だからな、それでいいよ」
フリッツ・フォン・エーベルハルトはそう言って笑った。人懐っこい笑顔であった。イオスは彼の目を見る、微笑をたたえたフリッツは青い目で彼を見返す。イオスも笑みを浮かべる。
「どうしたんだい?」
「いえ、フリッツ様が賊に襲撃されたとお聞きしていましたので、ご無事で何よりでした」
「ありがとうイオス。私もそれなりに善政に心を砕いているつもりなのだが……誰かはわからないが恨みを買うなんてまだまだということだな」
「…………」
「そうだ、君に聞きたいことがあって呼び止めたんだが、少しいいかい?」
「なんなりと」
イオスは軽い口調で返した。
「私を襲撃したという賊については騎士団が調べてくれているそうだが、だれが襲撃したのかはまだわからないらしい。仮面をつけていただとか、魔族なのではないかという憶測はあるようだがね」
「どちらにせよ早く捕まるように祈っておりますよ」
「うん。私を暗殺しようとしたのだがら軽い刑とはいかないだろう。王都の法との兼ね合いもあるからね。私個人としては許してもいいのだが……まあ、そうはいかない。できれば処刑前に理由くらい『尋ねて』見たいが。ああ、そうだ聞きたいのはそんなことじゃない。私への襲撃の時にフェリックスの学生が私を助けてくれたらしいんだ」
「そうですか……それは素晴らしい功績を立てたものですね」
「うん、その子はマオというらしいだけれど」
「……」
イオスは一度目をそらした。それから「なるほど」と口にした。
「イオス、ギルドとしては君の管轄の土地の出身らしいが、知っているかい?」
「ええ、知っていますよ。僕の推薦で最近学園に入学した子ですから」
「そうかそうか、なら話は早い。その子に直接お礼を言いたい。私の屋敷に招くことはできるかな?」
「……さあ、僕としては何とも、学園に問い合わせ見たらいかがですか?」
「それも考えたんだが、君にも聞きたいことがあってね。その子は『魔銃』を持っていたようなんだが、これは君が与えたものか?」
言葉が紡がれるにつれフリッツの声から温度がなくなっていく。イオスは笑みを崩さない。
「ええ、そうです。彼女ははっきり言って魔力の全くない少女……小さな村出身のただの子供でしたから、そんな子に魔銃を使わせたらどの程度の威力があるのか……ある意味協力してもらっていました」
「なるほど」
フリッツはふっと笑った。
「そういうことか、確かに最低ランク『FF』だということも騎士団からの報告で教えてもらったよ。素質がないのは本当だろうな。だが、この子は災害級の魔物を2度討伐している。『黒狼』『カオス・スライム』……つまり王都の水路での魔族の起こした事件にもかかわっているようだ」
「……簡単な話です。彼女の友達はあのミラスティア・フォン・アイスバーグですから」
「それも聞いているよ。随分と不釣り合いな二人だなと思ったものだ。つまり優秀な友人のおこぼれにあずかっているといわれていることも聞いた……いや、これはさすがに恩人に対して礼を欠く物言いか」
「いえ、フリッツ様の言葉は的確と思われます」
イオスはゆっくりと返答する。言葉によどみはない。フリッツも笑った。
「いや、すまない。少し気になってね。ただお礼がしたいのは本心だ。君から取り計らってくれないか? 知り合いから言ってもらった方が気安いだろう」
「……ええ、いいですよ」
「助かるよ。後で執事を君のもとに遣わすよ。招待状を持たせよう」
「ありがとうございます」
フリッツはイオスの肩にポンと手を置いた。彼は耳元でささやく。
「それと魔族自治領への『魔銃』の搬送は順調かい?」
「ええ」
「魔族には魔族の、人間には人間の役割がこの世界にはある。それを調整することが必要になる」
「ええ」
「それが分かっているならいい。君も忘れることは忘れないといけない。死んだ者は生き返ることはない、だがもしも生きていれば彼女も平和を望んでいたはずだろう?」
フリッツの言葉にイオスは笑顔を絶やさない。金髪の貴人はもう一度ぽんぽんとイオスの肩を叩いてすれ違う。その背中にイオスは言った。
「フリッツ様」
「なんだろうか、イオス」
「死んだ者は生き返ることがないのはそうです。……ですが、もしも『生まれ変わり』があるとすればどうでしょう」
「生まれかわり……遠い国の考えで『転生』というものがあると聞いたことがあるが……すまないな。質問の意図がよくわからない。しかしそんなものは迷信だろう? そんなものがあれば昔の英雄や……魔王だって復活してしまうかもしれないだろう。とんでもないことだ」
「……私は、転生した者を知っています」
「へえ、それはどんな人なんだい?」
「もう死んでいますが」
「なんだそれは」
フリッツは噴き出してしまい「失礼」と手を挙げた。
「やはりよくわからないが君の言うように転生というものがあるならば、まさに神の所業だ」
「……くだらないことを言いました」
「いやいいよ、君と僕の仲だ」
それだけを言うとフリッツは歩き去っていく。イオスは誰も見ていない場所で笑顔を解いた。彼は一度目を閉じてつぶやく。
「ディアナ……」
その名前を憶えているものはもう自分くらいだろうか、イオスは寂しさを感じそうになり目を開く。
「どうせどの道も地獄だ」
イオスは小さくつぶやくと歩き出す。




