悲しみの螺旋
がっしゃがっしゃと空になった皿の上に皿を重ねる音がする。
ばくばくってそんな音が聞こえてきそうなほどメロディエは目の前に並べられた料理を平らげていく。ミラが朝に作ってくれた残りを温めたライスも取りおいていたパンもスープもすごい勢いで食べている。夜の食事はまだ作ってなかったからあり合わせで悪いんだけどさ。
メロディエが家の前で倒れていたのはびっくりしたけど、なんかすごい元気そう。
「うっ」
言っているそばからのどに詰まらせて胸を叩いている。そばにあったコップを渡すと水をがぶがぶ飲む。口元からしずくが垂れている。メロディエはコップから口を離して袖で口元をごしごしと拭く。そして空になったお皿の前で息を吐いた。おなかをぽんぽんとなでている。
「ふー。生き返ったぜー。3日はまじで何も食べてなかったからなー」
大変だったね……。あたしとミラはテーブルに座って彼女が食べるのをじっと見ていた。話しかけるにしてもすごい勢いで食事をしているから何も聞けなかった。
ラナとモニカは台所で何か作ってくれている。さっき二人には知り合いって事情を話した。魔族だからモニカも気にしてたけど、とりあえずあたしが話をまず聞こうと思う。
「おなかいっぱいになった?」
「あ? ……まあ、うん。ゴチソウサマ」
メロディエは椅子の上で胡坐をかいた。今気が付いたけどなんかボロボロな格好をしている。ミラもそれが気になったみたい。
「あの後分かれてから大変だったの?」
「大変……まー。それなり。いろいろあったけど王都に来てよく考えたら行くところもないし……マオって言葉でこの家を見つけた。お前って意外とゆーめいじんなんだな」
メロディエは赤い瞳で部屋の中を見回す。モニカを見ている。
「魔族がいる……」
「あ、モニカ。こっち来て」
「え? マオ様」
モニカが歩いてくる。フェリックスの上着は脱いで、シャツの上からエプロンをつけている。あたしは改めてメロディエを紹介する。
「この子がこの前知りあったメロディエ」
モニカはメロディエを見た。
「あの、私はモニカ・パラナといいます」
「パラナ? あーん?」
メロディエはじろじろとモニカを見ている。それにモニカは少し下がる。困惑しているみたい。まあモニカの家は結構魔族の中では大きいみたいだからそれを知っているのかな?
そう思っていたらメロディエは別のことを言い出した。
「お前、クリスとなんか関係あるの?」
「…………」
!
モニカがはっとした顔であたしとミラを見た。メロディエは首をかしげている。
クリスはあたしが旅に出るきっかけになった魔族。魔物を使役してあたしの村の周辺の事件とそしてそのあとに襲撃をしてきた……。一度王都でも会ったことがある。……あたしはクリスとモニカになにか関係があると思っていたけど……でもあえて聞いてなかった。
クリスは『暁の夜明け』のメンバーだ。何か言えないようなこともあるかもしれない。あたしはミラを見た。あたしの親友は驚ているようだったけど何も口にしない。
モニカは迷った表情をしたけど、でも言った。
「……クリス・パラナは私のお姉ちゃん……いえ、姉です。もう何年も会っていませんが」
「へー」
メロディエはあたしたちの微妙な空気に全く気が付かずに言った。……姉……。そっか。そうじゃないかなって思ってはいたけどさ。
「あいつまじで人間嫌いなのに妹はマオたちと一緒にいるんだな」
「……姉は……今どこにいるんでしょうか?」
「さあ? 最後に会った時に背中に蹴りをいれられたのが最後だからなぁ」
メロディエの過去の話はだいたいなんか悲惨な目にあっている気がする。それでも気にしない感じで彼女はあぐらをかいたまま続けた。
「なんかなんとかの夜明けとかいうのが人間の里を襲おうとしててさー。にげろーって里の中で騒ぎまくったら人からは殴られるし、魔族の連中にも裏切り者とか言われるしさんざんだったぜ。あんときに手当してくれたのがクリスだったね」
さらっとすごいことを言っている。ラナも近くに来て両手を組んで「なんかこいつマオに似ている?」ってあたしにいってくるけど、なんでさ!
メロディエはつづけた。
「あいつなんか言ってたな。なんだっけ、いずれ魔王として何とかが君臨するから人間はあれするって」
すごい。抽象的過ぎてよくわからない。……でも魔王っていうのはたぶんヴァイゼンのことだと思う。あの人は今何をしているんだろう。あれだけの力を持った魔族はそうはいない。もしも魔骸をあの人が使ったらとんでもない力を出すだろう。
「私がそこで言ったんだけどなぁ。魔王ってすごい昔の話だし。殴られたら痛いし、戦争なんかしても痛いことが積み重なっていやなことばっかりだってさ」
「あの……私の姉はその時なにか言っていましたか?」
「クリスはなんて言ってたっけな。あー。意識が朦朧としてた気もするし……。確か、そうそう、妹のためって言ってたな。あ、そうか、あんたか」
「……!」
モニカはうつむいてぎゅっとエプロンを握りしめた。それからあたしとミラに向き直った。
「マオ様、ミラさん今まで黙っていましたが過去にクリスという魔族と戦ったことがあるとお聞きしました。それは今聞いた通り私の姉です。……あの人は……あの。マオ様は私の母のことを知っておられると思いますが――」
ラナをモニカが見る。一度目を閉じていう。
「過去に人間の王族が私の……いえ私たち姉妹の母を殺した時。姉は魔族の自治領を去りました」
その言葉でラナがあたしを見た。目を見開いている。
「あんたが前に……モニカについて話さなかったことって」
うん。……あたしはそう伝えるために頷く。ラナはこめかみに手を当てて椅子に座る。
同じようにミラも口元に手を当てている。どういう言葉も言わず、悲しそうに眉を寄せて。あたしを見て、それからモニカに視線を送る。
「あの……ラナさんもミラさんも……こんな形でお話をすることになるとは思いませんでしたが……。顔を上げてください。……私の姉は過保護な人で幼いころから私をかわいがってくれました。ただ……大好きだった」
モニカは少しだけ笑った。寂しそうに。
「でもいなくなってしまった。…ただ、それは私が悪いんです」
え? なんで。
「お母さんが死んでから、お父さんは何もしなくて……むしろ人間に対して頭を下げて……私はそれが許せなくていつもお姉ちゃんに毎日毎日悔しい気持ちも悲しいこともずっと言い続けたんです。自分の感情を子供のように……いえ、あの時は今よりも子供でしたからそのまま」
モニカは椅子に座って少し天井を見るように言う。
「ある日からお姉ちゃんはいなくなりました。書置きをしてくれていて、母親の仇をとると、そして私に体に気を付けてちゃんと食べて寝るようにって。私は……考えなしに喚き散らしたことで母だけじゃなくてお姉ちゃんまでいなくなったことがとても悲しくて……たぶん私がお姉ちゃんを追い詰めたんだと思います。あの時ひとりぼっちになったことはきっと自分のせいなんです」
そこでいったん言葉を切る。
「すみません……。姉のことが話に出たので、余計なことを言ってしまって……」
「ううん。そんなことはないよ」
「マオ様……」
あたしはモニカの肩に手をやって。抱き寄せる。
「話してくれてありがとうモニカ。……今度クリスと会う前にその話を聞けて良かった。……あたしがちゃんとできるかわからないけど、モニカのことも考えるようにしたいよ」
「私が言えなかったのは……聞きたくなかったからです。戦ったと聞いて……それで…………マオ様」
「何?」
「……お姉ちゃんは、マオ様の敵ですか?」
「……あたしはモニカの味方だから。モニカのお姉ちゃんはお姉ちゃんだよ。……ね?」
モニカがあたしを見た。その赤い瞳に涙を溜めている。
「……マオ様はいつでもなんでも受け入れるのはだめです……。優しすぎるのはきっとだめです。ダメだってわかるんです。それでも……マオ様は何度も私を救ってくれるんです……」
「あたしは何もできてないよ……それよりもいつも助けられてばかり」
「……そんなことはないです」
あたしはモニカが落ち着くまでそうしていた。しばらくしてモニカが「すみませんでした」と言って離れる。謝ることなんてないのにさ。
「……なんかけーそつだったかなー」
メロディエがすこしバツが悪そうに言った。いや、本当に聞けて良かったと思うよ。彼女は頭を掻きながら言う。
「まあ、魔族と人間の確執なんてあっちでもこっちでもあるからなぁ」
「メロディエはそれでも人間と魔族を一緒に音楽を聞かせるって夢があるんだよね。すごいよ」
「……まあ」
あれ。メロディエの反応がどことなく歯切れが悪かった。なんだかぎこちなく笑っている。
あたしはモニカやラナにメロディエの夢を語った。人間も魔族も音楽の前では一緒ってこともみんなでそれを聞くって話も大好き。初めて聞いたときに頑張ろうってあたしも思えた。
メロディエはどことなく居心地が悪そうにしている。でも言った。
「そう、このメロディエ様はいつか音楽の力でみんな同じ場所で楽しむようにしてやるって……まあ、かなり時間はかかるだろうけど」
「なんかメロディエ……弱気になってない?」
「そんなことはねー。ただ……」
「ただ」
メロディエは一度だけ悲しそうな顔をして、それから笑った。
「……魔族が人間に殺されることもあれば、人間が魔族に殺されることもある。私は王都に来るまでにある街に立ち寄ったんだ。つい先日に魔族の襲撃に合ったとかいう街で、お墓とかが並んでいたよ。なんでもドラゴンに乗ったやつらが救ってくれたって……これは私の推理ではマオたちじゃないかと思ったんだが……」
あの街だ! メロディエはあそこに立ち寄ったんだ。
「……私は僧侶じゃないし、笛を吹く以外なーんにもできないから。せめてと思ってお墓の前で夜に笛を吹いてみたら、街の人間に見つかってさ。追いかけまわされて捕まったんだけど……」
「……え?」
「結局子供だってことで逃がされたんだ。それはいい。それはいいんだ」
メロディエはごそごそと腰のあたりをまさぐる。そこからあの時吹いていたフルートの半分だけを出した。乱暴に壊されたのか、荒々しい断面だった。……あたしは息が止まるかと思った。確かあのフルートはお母さんの形見だったはずだ。
「こういう状況でね。今のメロディエ様は本当になにもできない役立たずの状態なんだ。……まあー。でもこれをこうしたあいつらも……家族を魔族に殺されたんだろうな。仕方ないよなぁ……仕方ない」
メロディエは笛の断面をなでて、寂しそうな顔をした。一度頭を振って。
「とりあえず明日からどうするか全く決まってないんだが……。少し疲れた気がする。王都に来てすぐだが出ていくかもしれない」
「メロディエ……」
「あん?」
あたしはメロディエの襟をがっとつかんだ。
「!!?」
そのまま立ち上がらせる。
「そのフルートを直そう」
「な、直そうってどうやって」
「わかんないけどさ」
あたしはそのまま引っ張る。なんかわかった気がする。メロディエはモニカ以上に自分の悲しいとかそういう気持ちを言わない。どうすればいいのかわからないけど、今中途半端に慰めるなんかじゃない。
メロディエの手を引っ張る。
「マオ!?」
ミラが驚いてる。あたしに着いてきてくれる。
「ラナ、モニカ! ちょっと職人街に行ってくる」
「あ、あんた今からって」
「マオ様」
強引かもしれないけど、あたしはさ、メロディエが持っている『夢』が好きだ。なんだかこのままにしたら終わってしまいそうな気がする。それが嫌だ。
「おいマオ」
メロディエが何か言っている。あたしは彼女を見る。
「このままでいいの? メロディエ。立ち止まったら何かに飲まれる気がする」
「……よくわからんけど……。ええい! どこにでも連れていけっ!」
「うん!」
あたしは扉を開く。そのまま外に飛び出していく。




