追いかけっこ!
へへへ。
あたしはモニカを振り返る。なんとなく気分が乗ってきた気がする。村でよくやった追いかけっこを思い出した。1人が『鬼』役になって全員を捕まえたら勝ち。捕まえられなかったら負け。
いやほんと、あたしの村は何にもなかったから、遊ぶって言ったら山とかを走り回るしかなかったもんね。
「じゃあモニカが鬼ね!」
「オーガって……マオ様、いったい何を言っているんですか」
「あたしとニーナを捕まえられたらモニカの勝ち。捕まえられなかったら負けってことでモニカはかわいいってことで終わり」
「……な、なんですかそれは!」
あたしは横にいるニーナの背中を押す。
「逃げるよ。『鬼』ごっこ。これも訓練の一環みたいなもんだよ。モニカから逃げ切るのは難しいと思うよ」
「……前にリリス先生のゴーレムとやったやつか?」
「いやいや、あれはオークごっこ」
「紛らわしい……」
「まあ、いいじゃん。それじゃスタート」
そういうとあたしは走り出した。
「あ、マオ様!」
モニカの声が後ろから聞こえる。ちらっと見たらニーナも逃げている。……ていうかモニカはあたしに向かって走ってくるし! 結構早い。
「待ってください!」
「待たないって」
公園の中を駆ける。看板の近くをわざと走って後ろから追ってくるモニカの邪魔をしたり。ジグザグ動く。
「ま、マオ様! すばしっこい……!」
芝生の上を走る。あたしはこういう逃げる遊びは得意だ。最近は戦うことも多いけど、最初から逃げるってことに集中してたらどんな攻撃だってよける自信がある。モニカの足の速さには負けるかもしれないけど、だからってつかまったりしないもんね。
あたしは大きな木のそばを走る。一瞬その後ろに隠れてモニカが回り込んだ逆方向から抜け出す。
「あっ!」
「おそいおそい」
「……!」
モニカがむっとしている。そして体から少し魔力が立ち上った。おっ、本気になったかも。魔族の象徴の紅い瞳を煌めかせてモニカは地面を蹴った。一瞬であたしに追いついて手を伸ばしてくる。それを見てあたしはにやって笑う。
ターンして!
モニカの足元にスライディング!
「わ、わわ」
モニカがよろける。ふふふ。
「甘い甘い。この山で育ったマオ様を捕まえるなんてまだまだ100年早いよ!」
「……ふ、ふふ」
モニカがゆっくりと振り返った。ぎらっと瞳に光が灯り。彼女は言った。
「手加減しませんよマオ様」
「捕まらないよーだ」
あたしは楽しくなってきた。走り出す。公園は広くて走ってて楽しい。
お、池が浅くなっているところに飛び石がある。あたしは最初のそれに飛び乗って、とんとんと水面に浮き出た石の上を歩いていく。これも整備してあるのかな。円柱型の飛び石は飛び乗りやすい。よっと。あ、水の中にお魚がいる。
あれ。いつの間にかモニカが追ってきてない。あ、ニーナが追われている。ニーナもモニカも速い。おー。二人とも頑張れ! あたしは飛び石の上で応援する。
「何応援しているんだ。お前のせいだろ!」
ニーナがこっちを見てくる。必死そう。
「そんなことを言っていると捕まるよ!」
「く、くそ」
貯水池の周りをぐるりと囲むように道が整備してある。そこを二人は走っている。少しモニカが早いね。追いつかれそう。
ニーナが立ち止まって振り返った。モニカと対峙する。
「観念してください」
「……一応訓練の一環だといわれたからな。負けるわけにはいかない」
「……意味わかりませんよ!? ただの追いかけっこなんてどうでもいいじゃないですか!」
モニカが踏み込んだ! その瞬間にニーナが姿勢を崩して後ろに下がる。ニーナをつかもうとしていたモニカの手が空ぶる。はたから見ていると面白い。たぶんニーナはモニカの重心から動きを予想したんだろうね。うんうん。いい訓練になっているじゃん。
「ニーナがんばれ!」
「うるさい! 気が散る!」
「マオ様は黙っていてください!」
二人から怒られた。でも、あたしもそろそろ参戦しようかな。飛び石をとっとっとって歩いて地面に戻る。
その時にニーナも頑張っていた。モニカが捕まえようとするのを円を描くような足さばきでかわしている。重心やモニカの動きを見て動きを予想しているんだね。……いや、よく見たら集中するためだとおもうけど『無炎』を使っている。
ニーナは静かに構えている。モニカはそれを見て言った。
「本気すぎませんか!」
「…………いまだ」
ニーナはその一瞬のスキをついてモニカからダッシュで離れた。
「いまだ! じゃありません!!」
モニカが怒りながら追ってくる。ていうかあたしの方にくるじゃん。やばい、逃げよ。ニーナとあたしは並走して公園の中を走る。ベンチを飛びこして逃げたり、木の間に隠れたり……。いつの間にかニーナも笑っているし。
あーたのしいて、思っているとモニカがうずくまっている。芝生の上で小さくなっている。
「あ!」
そうだ、モニカは病み上がりだった。ああーごめんごめん。あたしとニーナは慌てて駆け寄った
ら、
足をつかまれた。
「お二人は優しいですから。卑怯とは思いましたが」
モニカが顔をあげる。ひきつった笑顔をあたしたちに向ける。怒っている気がする。こわっ。逃げようとしても足首をつかまれて逃げられない。
「とにかく捕まえました」
☆
「ほらきりきり歩いてください!」
あたしとニーナはモニカに背中を押されながらとぼとぼ歩いている。まさかあんな方法で負けるなんて……。うう、今度は気を付けよう。でもまあ、楽しかった。
「マオ様を捕まえたのでさっきのお話はなしですね」
「さっきのことって何?」
「さっき言ってたじゃないですか。私が……あれって」
「あれって何?」
「……それは、私がかわ……って」
「え? モニカ聞こえない」
モニカはあたしの反応に顔を赤くしてむううってする。それからニーナに言う。
「と、とにかくニーナさんもさっきのようなことは言わないでください」
ニーナがあたしをちらっと見てくる。あたしはその目がなんて言っているのか分かった気がしたから頷いた。
「……さっきのようなことってなんだ」
「ううう……に、ニーナさん。マオ様に感化されないでください」
「くっ」
ニーナはくくくって笑っている。あたしも笑った。モニカは両手を握って顔の横に持ってきて唇をかんでいる。モニカはあたしとニーナの肩をそれぞれ手を置いた。紅い瞳にあたしたちを映して言う。
「何か甘いものが食べたいです」
「は? 何を言ってるんだ」
「え?」
「とにかく、何か買ってきてください! そうじゃないと本当に怒りますよ!」
あたしとニーナはお互いを見た。それの前にモニカが叫んだ。
「早く行ってきてください!」
わ、わー。わかった。行こうニーナ。ていうか甘いものってなんだろ? どうすればいいのかな。
「ちゃんとご自分たちの分も買ってきてくださいよ!」
後ろからそんな声が聞こえる。
☆☆
「全く、マオ様は……」
モニカは両手を腰につけてはあとため息をついた。一部始終を芝生の上で寝転んでみてたラナが彼女に言う。
「お! お帰り。楽しそうだったわね」
「…………高みの見物ですね」
「まあね」
ラナは立ち上がって背伸びをする。横に座っていたミラスティアも同じく立ち上がってお尻を手ではたく。草がぱらぱらと落ちた。
モニカはもう一度ため息をついた。
「マオ様には困ったものです。私はあの人のことが大好きですが次の言動や行動が予測できません……あ」
普通に好きだと言ってしまったことに少し恥ずかしそうにするモニカ。彼女は両手を組んでふうと息を吐く。ラナはそんな彼女の様子を見ながら言った。
「それにしてもあんた少し変わった気がするわね」
「そうですか?」
「最初会った時はもう少し、こうなんていうかおしとやかというか……。控えめな感じがしたけど、今はいうときとかはっきり言うし。ねえ、ミラ」
「そうだね」
ミラスティアは頷いた。彼女とラナにみられて困惑したような顔をモニカはした。
「最初……はそうだったかもしれませんが……あれは」
そういいながら彼女はラナの顔を見て、何かに気が付いたように顔をほころばせる。少しいたずらっぽいその笑顔のまま言った。
「……あれは……猫かぶってましたから」
ラナはその言葉に一瞬驚いて吹き出した。
「こいつ」
そのままモニカの背中をたたく。魔族の少女はなぜか嬉しそうに笑ってそれを受ける。ミラスティアもそれを見てなんだかうれしくなって微笑んだ。
「まあ、あいつらが戻ってくるまで休んでいましょうか」
ラナの言葉に三人は腰を下ろす。いい天気だった。風が心地よい。その中で三人はたわいのない話をする。その中でだんだんと話が『マオ』のことに移っていく。本人のいない場所でも話題の中に彼女が紛れてくるのをミラスティアはおかしく思った。
「そういえばラナさん」
不意にモニカが言った。
「先ほど凱旋門で言われてたじゃないですか。魔王様はどんな人だったんだろうって」
「言ったわね」
「実際魔族の私たちにも伝承しか残ってないのでどんな人だったかはわからないのですが、一つだけわかることがあります」
「何よ」
「たぶんマオ様とは似てなかっただろうって思って」
「あー。そりゃそうね」
2人の会話を聞きながらミラスティアは少し遠くを見た。モニカはつづける。
「もし魔王様がマオ様みたいな性格だったら……人間と戦争になんかなってなかったんじゃないかなって思うんです」
ミラスティアは何か言おうとして何も言葉にできなかった。
「どうしたの?」
ラナがミラスティアに尋ねる。
「い、いえ、なんでも」
「そう? そういえばあんたは魔族の王がどんな奴だったって思う?」
「……魔王の性格がどうだったかですか?」
「そんなに難しく考えなくていいわよ。どうせ数百年前の話だし」
「昔の話……」
ミラスティアは一度考えた。しばらく沈黙してしまったから逆にラナとモニカが先に口を開いた。
「あ、別にいいのよ。無理に答えなくても。そりゃご先祖様のにっくき敵だしね」
「ミラさんからすればそうですよね」
ミラスティアは首を振った。銀髪が揺れる。彼女はゆっくりと口を開く。
「……魔王がどんな人物だったかなんて子供のころはあまり考えたことがなかったけど、最近はよく考えていた」
「そうなの?」
「うん。…………もしかしたらだけど、孤独だったんじゃないかなって」
ラナが首を傾げた。
「孤独ねぇ」
「…………そう」
ミラスティアは空を見上げながら言う。
「全部抱え込んでいて、誰もそばにいなかった……ううん。いたのかもしれないけど本当に頼れるような人がいてくれなかったんじゃないかなって」
ラナとモニカはその言葉を考えるように黙った。ミラスティアはゆっくりと続けた。
「いろいろな期待も願いも抱え込もうとして抱えきれなくなったのかもしれない。……そうだね、そういう意味ならマ…………魔王は優しかったんじゃないかな」
ラナは「へえ」と漏らしていった。
「なんか斬新な意見ね。でもまあ、優しいやつがけっこう悪逆なこともやっているってことになる気がするけどね。昔の戦争の伝説を聞くと」
「……………そう、だね……うん」
ミラスティアは悲しそうに顔をゆがめる。
「でも……きっと私はそう思う」
彼女はもう一度いう。
その時に遠くから声がする。マオのニナレイアの声だった。




