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ひとりぼっちの彼女


 風が巻き起こった。それは魔法によって生み出された風の刃だった。


 緑色の魔力をはらんだ風があらゆるものを切り刻んでいく。血を流して倒れるのはトカゲのような顔をした人型の魔物、リザードマンと言われる凶暴な魔物の群れだった。


 倒れた無数のリザードマンの中央に一人の少女が立っている。紫がかった透明感のある長い髪が風に揺れる。フェリックスの制服に方に着けたペリースがばたばたと揺れていた。彼女の表情は涼し気だったが、赤みを帯びたその瞳であたりを見回している。


「終わりましたわ」


 ソフィア・フォン・ドルシネオーズはそう短く告げると後ろにいた冒険者の一団がやってきた。リザードマン達よりも、それを一瞬で屠った少女に恐れを抱いているかのようだった。一段のリーダーらしき鎧を着けた男が前に出た。


「あ、ああ、ご苦労だった」

「…………」


 ソフィアの瞳は冷たい。男を見てから「ええ」とだけ言う。彼女は横に置いていた自分の黒い鞄を手に持った。これでリザードマンの掃討というギルドからの依頼は完了した。


 近くの町に戻った一団は宿をとった。ソフィアは他のメンバーとは別に部屋を自分でとっている。なれ合うことはない。単にフェリックスの学生であれば現役の冒険者と同行しての依頼しか受けられないために一緒にいるだけで別に仲間意識はない。


 部屋は一人部屋だったが、ベッドはすこしかび臭い。彼女は窓を開けて顔をしかめた。正直地方に来るのは嫌いだった。それでも彼女は模擬戦でラナ・スティリアとニナレイア・フォン・ガルガンティアに敗北してから魔物討伐の依頼を積極的に受けていた。


 実戦経験が足りないと自分でも自覚していた。魔法の技術や知識が誰かに負けているとは……いや、不愉快な『田舎の娘』以外に負けているとは思ってはいなかった。だからこそ彼女は実戦の場として魔物討伐を繰り返していた。ただ、彼女の能力からすれば大したことはなかった。


「……」


 彼女は鞄を床に置いて中を開いた。シーツを折りたたんで入れている。それをベッドの上に敷いた。そのまま寝る気にはならない。彼女はそれが終わると食事をする必要を感じた。空腹を覚えたわけではない。一日に何度か食事をとる必要があるというただ、その義務感のようなものだけだった。


 部屋を出る。ここは二階だった。一階に食堂をがあるはずだった。


 彼女は階段を下りる。すでに夜になっている。食堂から声が聞こえてきた。


『あの知の勇者の末裔とかいうやつ、不気味だよな』


 ソフィアの足が止まった。その表情に変化はない。その声は同行している冒険者の一団の声だった。名前は覚える気もないががそれだけはわかった。ソフィアは食堂の入り口の壁に背をつけてどうしようか考えた。


『そうそう、なんもしゃべらないし。話したと思ったらお嬢様口調で高慢な感じがするし』


 女性の声はパーティーの中の魔法使いだったはずだ。


『顔だけはいいんだがなぁ』


 下卑た男の声がする。それに女の声が答えた。


『はあ? あんなのがいいの? 目の色が赤いってことはあいつ魔族との混血なんじゃないの?』

『おいおい。声が大きいぞ』

『いいじゃない、どうせ一人だけ部屋を取って閉じこもっているんだから』


 魔族の混血と聞いてソフィアの瞳に殺意が浮かんだ。魔力が右手に自然と集まることを感じる。彼女は食堂の女に対して敵意を持った。


『そんなわけないだろ、知の勇者の子孫が魔族と混血なわけないだろうが……たぶんあれだよ。そういう風に生まれたんだろ」


 これはリーダーだった。その言葉にぎゃははと笑いが起こる。女の声がした。


『じゃあ、化け物じゃない』


 ソフィアはその言葉に目を見開いた。敵意がその目から消えて右手の魔力が消える。


「……」


 彼女は無言で階段を上がり、部屋に戻った。シーツが敷いてあるベッドの上にブーツを脱いで上がる。彼女は膝を抱えるように座った。その膝の上に頭を載せた、表情は変わらない。ただ、その片方の目から、


「……化け物」


 涙が零れ落ちた。



 次の日に彼女の前に現れた冒険者たちは『知の勇者の子孫』であり圧倒的な魔力を持つ彼女を笑顔で迎えた。あの『女性』もおはようとにこにこしながら言ってくる。ソフィアはそれを一瞥して冷たい笑みで返す。


 その時周りが騒がしいことに気が付いた。


「近くの町が魔族に襲われたらしいぞ」

「たまたま居合わせたSランクの冒険者が戦ってくれたというぞ」


 そんなうわさ話をしている人々がいた。ソフィアはそんなことはどうでもよかった。リザードマンの討伐が終わった後はさらに北上して別の魔物の討伐をすることになっている。


 その道の先に襲われたという町があった。焼け落ちた建物が多くある。特に感情もなくソフィアはそれらを見ていた。町の人に魔族と間違われそうになったが、先に冒険者達が間にはいった。彼らとしてもめごとはしたくないのだろう。


 これだけの襲撃を受けたにしてはけが人は少ないとソフィアは思った。


 Sランクの冒険者は「アリー」だという。有名な彼女が竜に乗ってきた……などという話を聞いて、模擬戦の時のことを思い出しソフィアは気分が悪くなった。あの田舎娘も竜に乗っていた。いまだに信じられないことだがそれはあの時の事実だった。


「マオ姉ちゃん。また来るかな」


 ふいに子供の一人がそういった。


「君」


 ソフィアがその子に問いただしてみれば『マオ』という少女が怪我人を治癒魔法でいやしたのだという。それも何十人とである。ソフィアは魔法に精通しているからこそ治癒魔法の難しさを知っていた。


 胸の奥に嫉妬が燃える気がした。彼女は胸をわしづかみにして唇をかんで抑える。


「…………」


 赤い瞳に映る憎悪は強い。その殺気を感じたのか子供はおびえて離れていった。


 ソフィアはただ一人その場で立ち尽くしている。魔法という自分の存在意義が揺らぐことが心の底から不快で……そして不安だった。


 彼女に声をかけるものは誰もいない。

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