忙しい日々②
ニーナとの戦闘の訓練をほとんど毎日やっている。あたしは水を使って力の勇者の人形を作る。それに対してニーナは『無炎』を使って魔力に頼らないように動く。あたしはクールブロンの魔石にラナかミラにもらった魔力をためて無くなるまで付きあう。
朝日の中あたしは右手の指を動かす。それに伴って水人形が動く。繰り出すのは右拳の一撃、相手に対して踏み込んで繰り出すその打撃にはあたしは何度も煮え湯を飲まされた。ある意味では体というか、記憶に刻み込まれたからこそトレースできる。
それをニーナはかわす。まだ全力であたしは動かしてないことを差し引いても彼女の動きは洗練されてきた。さらにニーナは水人形の側面に回り込んでけりを繰り出す。それは読んでいた、だからあたしが右手を動かすとニーナの足を水人形の肘がガードする。
「くそっ」
汗を流してニーナが悔しがる。耳飾りが揺れる。
いいや、いい動きだと思うよ。……少し読まれてきたかな? 毎日やっていれば動きの癖もわかるかもしれない。だからあたしは一度魔法を解除する。
ぱしゃっと水人形が形を失う。
「おい……はあはあ。もう、はあ、終わりか?」
ニーナが膝に手をついて聞いてくる。いやいや。あたしはにやりと笑う。
「ニーナもかなり動きがよくなってきたからさ。そろそろ少しだけ本気を出そうかなって思って。『無炎』で魔力を抑えた基礎訓練もいいけどさ、本番では魔力を纏って戦うしさ、ニーナは本気を出していいよ」
「……っ。いいだろう」
ニーナがこおと息を吸う。魔力があふれて体に炎を纏わせる。身体能力の強化に振り回されない基礎訓練をおそらく力の勇者のやつは考案して『無炎』を作ったんだと思う。
「その成果を見せてみてよ。アクア・クリエイション」
あたしの体から青い光が奔り。魔力を纏った水人形が現れる。ばちりと魔力の欠片が流れた。
☆
「うー」
重い……。
やりすぎた。伸びたニーナを背負って家に入る。彼女をベッドに寝かせて、ラナに「やりすぎ」と頭をはたかれた。ご、ごめん。途中で楽しくなって。やっぱりまだ力の勇者には遠く及ばないけどニーナは上達していると思う。
水人形の訓練のいいところは拳や足を魔力で強化しなければ基本的にケガをしない。……今日はやりすぎたけど……。それでも実戦に近い訓練を毎日やれる。でもごめんニーナ……ベッドに寝かせて治癒魔法をかける。あと水に濡らしたタオルをぎゅっと絞ってから額に置く。
そこにミラも来た。ミラはあれからもうちにいる。家出継続中。
それでラナとミラも心配そうに見てる。後ろから「こいつ、治癒魔法ができるの?」ってラナがつぶやいているのが聞こえる。
「ん」
「あ、起きた? ごめんニーナ。やりすぎた」
「ここは……そうか、やられたのか。いや全然いいんだ。これくらいの戦闘訓練がちょうどいい。私は強くなってヴォルグを倒さないといけな……あ」
ニーナ……自分からヴォルグを倒すって。
あたしが見ているとニーナは顔を赤くしてそっぽを向いた。
「い、今のはあれだ。ま、まあいい。明日からもやるぞ」
「うん!」
「元気のいい返事がなんだか……思うところもあるが」
よーし、ニーナがやる気を出しているならあたしはがんばるぞ! そう考えるとなんだかおなか減ってきた。後ろを見るとミラがにこっと笑う。エプロンをつけて髪を一つ結びにしている。最近料理がすごい楽しいって一日一回は当番を回す様になっている。今日の朝もそう。
☆☆
フェリックス学園に来てポーラの授業だ。
今日は野外の訓練場での練習。前に言われた基礎的な魔法『炎』『水』『風』について前に立ったふわっとした雰囲気だけはあるポーラがおっとりと説明する。見た目だけは桃色の髪のおしとやかな女性なんだけどなぁ。
「それじゃあ、みんなやってみてねぇ。あ、間違っても人に向けたらだめよぉ。誰もいない方向にやること」
訓練場は広い。魔法を放つ方向を決めてそれぞれの生徒が横並びにやってみている。できている人もいるしできない人もいる。魔法は技術だ。素養があってもちゃんと訓練しないと使えない。
「水の精霊ウンディーネに命じる」
あたしも両手を使って魔法の呪文を唱える。
「アクア」
右手を前に出して魔法陣が構築されるけどその先からちょっとだけ水が出る。はあはあ。これだけでも疲れる。周りからくすくすと笑う声が聞こえる。気にしない気にしない。
ラナが来てくれる。
「……魔力の強化本当に考えないといけないわね」
赤い髪を搔きながら憂鬱そうに言ってくれる。腕立て伏せの効果はまだないみたい。でも立ち止まっているわけにもいかないしね。ポーラは少し離れたところで生徒ひとりひとりを回って教えている。意外と丁寧だ。ただあたしのところには来ない。
「おい、マオ」
ニーナ。……なんか少しうれしそうな顔をしている?
「見ていろ。水の精霊ウンディーネに命じる……」
ふわりと彼女の制服が魔力に浮き。青い光がニーナを中心に奔る。ゆっくりとニーナが右手を前に出す。
「アクア!」
水が集まっていく。そして水球がその手の先に構築されて勢いよく発射された。少し先の空中で四散したけど魔法ができている。
「すごい! ニーナ!」
「ふふふ、ラナに教えてもらってから、毎日これだけ練習してた。逆に言うとこれしかできないが……」
「いや、でもすごいよニーナ。ちゃんとできるまでやったのは流石ニーナ!」
「……じ、実戦では時間もかかるし役に立つレベルではないけどな」
はにかむニーナ。両手を組んで恥ずかしそうにしている。さっきの態度はあたしに見せたいってことだったと思うとそれもうれしい。
「ラナ! 今日はお祝いになんかおいしいもの作って材料はあたしが買ってくるから!」
「そ、そこまでしなくていい」
ニーナが止めてくる、でもいいじゃん。頑張ったんだから。それをラナがやれやれって顔で見てくる。
今日の夜はFランクの依頼で街の見回りがあるけど、ご飯を食べる時間くらいはあるはず。町の見回りって近所のおばさんたちと火の扱いを気を付けてねーって歩き回るだけの仕事。
☆☆
次の日はクロコ先生とチカサナの合同授業。結局この二つは一緒にやることになった。近くの山に来てみんなでクロコ先生と野外をめぐる。
「そういうわけで薬草ってのはとりすぎるなよ。一度根こそぎとってしまうと復活しないからな」
クロコ先生は棒を手にしてみんなに説明する。あたしはそれ知っている。ふふん。
「あと、キノコは食べるな。見た目が地味でも毒は普通にあるやつもある、パーティーに解毒の魔法ができる人がいない限りはキノコは食べたらひどい目に……あったことがある」
生徒が笑う。クロコ先生が「笑い事じゃねぇぞ!?」って言う。
「それに水の確保が重要だ。食わなくてもそれなりに動けるが水はどうしようもない。水の魔法ができればいいが、もしできる奴がいない場合は必ず水筒なりなんなり携帯すること。あ、川の水や湖の水はきれいに見えてもそのまま飲むなよ。鍋かなんかに入れて煮沸しろ。ひどい目にあうぞ」
これもクロコ先生の実体験かな。そう考えると笑ってしまう。というか周りが結構笑っている。クロコ先生が「なんで笑ってんだお前ら!?」って一人で言っている。
この授業はエトワールズ全員が参加している。ミラもいるし、ラナもニーナもモニカもいる。流石にフェリシアは来ないけど……。あとミセリアマウンテンで野外授業をしたからかほかの生徒とも意外と仲がいい。
モニカも何人かの男子生徒に声をかけられている。そういえばミセリアマウンテンではいろいろ料理とか作ってあげてたからなぁ。困惑した顔であたしを見てくるけど、いいことだと思うよ。
そんな中でみんなの前に小柄な仮面をつけた女性が立った。チカサナだ。なんで仮面なんてつけているんだろう。キリカとか言って素顔をさらしまくっているのに。
「きしし。皆さん。クロコ先生の恥ずかしい過去についてはもういいですね?」
「恥ずかしい過去ってなんだ!?」
「言ったままですヨ。きしし。まーいいでしょウ。皆さんには先に言っておきますが、この授業では最終的にテストをします。パーティー戦の私の授業と地図の書き方ですね。それを複合してのテストを行います。先に条件を付けておきましょう。3人パーティーを作っておいてくださイ。まーまー。テストは数か月後ですからね」
3人……エトワールズは5人だ。うーん。悩ましい。何をするのか知らないけどどうしよう。
チカサナはそれだけを言うとさっと下がって「あとはクロコ先生の恥ずかしい過去をまたどーぞ」と言った。それでまたみんなが笑い。クロコ先生が怒っている。あはは。
まあ、それはそれとして確かにゲオルグ先生、リリス先生、ポーラ以外にも数か月後にみんなのテストもあるんだったね。頑張るか。そう思った時に声をかけられた。
「君」
ん。あ、赤い髪の男の子。アルフレートじゃん。あたしが振り返るとなんかうって顔をしている。呼んだのはそっちじゃん。その後ろに褐色の男性、というかキースもいる。二人は仲がいいのかな?
「何? どしたの?」
「い、いや、君はこの前の模擬戦でもかなりの魔法を使っているようにみえたが……どこの出身なんだ?」
「どこって言われても、うーん、山奥の村だよ」
「田舎……」
「悪かったね。いいところだよ」
何が言いたいんだろう。アルフレートは胸を張った。
「僕は名門貴族のロシウス家の嫡男だ。僕の将来はこの国の要職に就き、国王をお支えすることになるだろう」
「ふーん」
「ふ、ふーんって、ぼ、僕はこれでも女性には優しい。貴族の令嬢との縁談の話もある」
「そうなんだ」
「だ、だからな。僕と一緒になれるというのは豊かな生活を約束できるということもあって」
「何の話をしているのさ?」
いきなり何の話をしているんだろう。まあ貴族なんだからそうなんじゃないかな。あたしはじっとアルフレートを見る。なんか勝手に赤くなっている。怒っている? まあ、アルフレートは最初に会った時からあたしのこと嫌いっぽいから自慢に来たのかな……? でもなんでさ。
あ、そうだ。それより。
「アルフレート」
「な、なんだ」
あたしは笑って言う。
「この前のウルバン先生の授業でさモニカと仲良くしてくれてありがと」
「…………か、勘違いしては困る。あれは君が」
「あたし?」
アルフレートはそれ以上は答えなかった。
「ま、まあいい。このくらいにしておこう」
そういうとアルフレートは踵を返してどこかに行く。キースが笑っている。彼も去り際にあたしに一言いう。
「面白い人たちですね」
「……??」
結局何をしにきたんだろう……。自慢されて終わった。あたしは首をひねる。ふと後ろを向くと。そこにはミラが立っていた。
銀髪の彼女が目をきらきらきらきらさせている。な、なに!?
「マオ!」
「ど、どうしたの」
「小説とか読んだりする?」
「いきなりどうしたのさ。物語なんて子供のころ以外全然読んでないよ」
「じゃあ、今度私のお気に入りの本を貸すね。王子様とのお話の」
「……??? なんで」
親友の意図が分からない。なんであたしが小説を読むことになるんだろう。でもすごいきらきらした目でミラがあたしの手を掴んだ。
その日は夕方まで外にいたから王都に帰ってきたのは夜だった。でも、Fランクの依頼を受けに行くと王都に来ている商人の荷物を守るってのがあった。夜は商人の馬車の近くでクールブロンを抱えて寝た。別に何もなかった。
☆☆☆
「最近あんた働きすぎじゃないの?」
朝に帰ってきたあたしを見てラナが言った。そうかな? でも今からニーナと特訓もあるからさ。
「大丈夫だよ」
「……あんた、前に無理をして倒れたのを忘れたの?」
「そ、そうだったね」
「授業に訓練とか依頼とか全部予定埋めているけど、ちゃんと休みをいれないとだめよ」
「休み……」
そういえば王都に来てからずっと忙しい気がする。その時にニーナがやってきた。
「マオ、朝の特訓に」
「うん。いい? ラナ」
「あー」
ラナは仕方ないって顔で手を振った。ありがと。
そんなこんなで朝の汗を流して、お風呂に入る。朝のお風呂って気持ちいいよね。なんでだろ。上がると朝食が用意してもらっていた。炒めたライス、ライスに卵を絡ませてあたしのダーシを使ってミラの作ったもの。遠くの国の料理でちゃーはん? っていうらしい。それに野菜のスープもついている。
「うまうま」
あたしはスプーンで食べる。ミラとニーナとラナで食卓を囲んでみんなで食べる。ミラはどこから手に入れたのか新しい料理を作ってくる。おいしい。塩、コショウが効いている……コショウ……? これ高かったんじゃないかな。
「もう少し、こうライスの粒が分かれていた方がおいしいんじゃないかな……どうすればいいんだろう。お水……いや、水分を入れすぎたらべちゃっとしそう……」
ミラはぶつぶつ何かを言っている。これで十分おいしいんだけどなぁ。
「あんた凝り性ね」
ラナが茶化すとミラが顔をあげる。
「おいしい方がいいじゃないですか」
「そりゃあまあそうだけど。どうせマオは何を食べてもおいしいっていうんだから、簡単に作ったら?」
「マオは……そうですけど」
そうですけどって!? あたしだって好き嫌いくらいあるよ。あ、あのその。辛いものはだめ!
そんな感じで朝ご飯を食べて。おなかいっぱい。今日は何をしようかなと思って、そうだ図書館で本を探しに……と思った時にラナが言った
「そういえばマオって王都に来てから全然王都を見て回ってないでしょ」
「いやFランクの依頼で走り回ったよ」
「ちがう、ちがう、観光ってことよ」
「かんこー? かんこうってなに?」
何その言葉。ラナは首を傾げた。
「なんでそんな言葉を知らないのよ。要するに遊びでいろんなところを回るってことよ。昔の遺跡とか有名なところとか」
「へー」
あたしが魔王だったときはそんな余裕はなかったし、村で育った時は仕事が忙しかったからそんなことしたことはないなぁ。
「じゃあみんなで行こう、マオ」
「え?」
ミラが立ち上がった。
「たまには息抜きをした方がいいよ。モニカも呼んで。今日は……遊ぶってこと」
「遊ぶ……」
あたしは一度外を見たすごくいい天気。お風呂上りにご飯を食べて気分もいい。すごく遊びに行きたい。
「で、でもあたしいろいろとやることが」
ミラがむっとして真剣な顔をした。
「正直たまには休まないと前みたいになるよ。今日は遊びに行くってことでラナもニーナもどうかな」
ラナは「いいわよ」っていう。ニーナは「べつにいいが」って。た、多数決で負けている。し、仕方ないなぁ。あたしの顔を見たニーナが言う。
「少しうれしそうな顔をしているなマオ」
ニーナうるさい!




