森のメロディ
出発はお昼前になった。
近くに駐屯している騎士団の一団がやってきて、まずはぴーちゃんを討伐しようとしたからあわてて止めて。アリーさんが自分の竜ということで嘘をついてくれたから助かった……。こういう時にはSランクの冒険者と一緒で本当に良かったってほっとした。
「こ、この竜は私のぺ、ペットです! その証拠に名前も……名前? あ、あの ……ぴ、ぴー……ぴー……ちゃん……です」
アリーさんがすごく頑張ってくれたって思う。騎士団の人たちはあっけにとられてけど「竜を従えるとは流石は音に聞こえる冒険者ですね」って隊長みたいな人が言ってた。
アリーさんはそのまま捕らえた魔族を彼らに引き渡した。複雑な気持ちだったけどこの町を傷つけたこと自体は事実だ。あたしが責めることじゃないけれど、それでも彼らを見ておこうと思った。町の人たちは連行される彼らにいろんな、そうだねいろんな言葉を投げかけていた。
その中に若い男の魔族がいた。彼が振り返ってあたしをにらんだ。紅い瞳に憎悪が見えた。彼は言った。たぶんあたしに向かって。あの戦闘に参加していたからだと思う。
「人間め……」
……あたしには言葉がない。両手をぎゅっと握るくらいしかできない。彼の視線から目は逸らさなかった。できることはそれだけだから。
「マオ」
「……ん」
ミラが呼んでくれるまで黙っていたと思う。ここ数日はミラに心配かけてばっかりな気がする。あたしは大丈夫って言って、出発の準備をした。町の人たちがいろいろくれそうになったけどこれから復興とかに必要だろうから断った。
そんなこんなで昼前。ぴーちゃんの背中にミラとアリーさんも乗って飛び立つ。ぴーちゃんの大きな翼が羽ばたくとすぐに空の上だった。下を見れば見送ってくれた人たちがもうあんなに小さい。でも……黒い煙が幾筋も上がっている。
戦いにはつきものなんだ。どうしようないことは。弔いの火だけは何故か遠くからでも見える。青い空に細い煙が数条立ち上る。その中をぴーちゃんが飛ぶ。あたしはぴーちゃんに頼んで町の上を一度だけ円を描くように飛んでもらった。それから目的地に向かって目を向けた。
☆
シノッチの森というどことなくかわいらしい感じの名前だけど、実際にはなんてことない普通の森な気がする。山の麓に広がる森は小さな村が入り口だった。そこにぴーちゃんで降り立つとさすがに騒ぎになるってことで少し遠く、森の中に着地した。
「この森は木材の供給地でもありますが、弱くはありますが魔物もでます。……私のそばを離れないように。……しかしこのドラゴンは頼りになりますね」
アリーさんが感心したように言う。あたしもうれしくなってぴーちゃんを撫でてあげる。頭を下げてくれるけど背伸びしないと指も届かない。
「ぴーちゃんは偉いね」
ぐるる。
うわ、猫みたいだ。ミラもじっと見ている。
「ねえマオ」
「何?」
「ぴーちゃんってもしかして……言葉が分かったりするの?」
「え? 言葉が分かるかって? うーん、どうなんだろ」
確かに話を聞いている気もするけど……ドラゴンが人の言葉が分かったりするかどうかはわからないなぁ。でもえらいのは間違いないね。
「二人とも先ほど言いましたが魔物も出ますから離れないように。今から薬草を採取しにいきます」
アリーさんが森を進むのにあたしはクールブロンと手ごろな枝を手にしてついていく。
「マオ……なんで枝を持っているの?」
なんでって言われても……そういわれた時に頭にクロコ先生の楽しそうな顔が浮かんできたから枝は捨てた。イメージの中でクロコ先生が泣いてる気がするけど、気のせいっていうか気の迷いだよ。
森の中には確かに魔物がいるようだった。遠くから唸り声が聞こえたり、どろどろのスライムが木にへばりついているところが見えたりする。襲ってこないのはたぶんアリーさんとミラの魔力を感じとっているからだろうね。あたし一人だったら今頃大乱闘だよ。
「そういえばアリーさん。ぴーちゃんのところに戻るのは大丈夫なの?」
「ええ、木を蹴って森の上から見ればあれだけの巨体。簡単に方向が分かります」
なるほど。身体能力強化ができる人はそういう方法も普通にできるよね。
「そういえば薬草って言ったけど、どんな薬草なの?」
アリーさんは歩きながら答えてくれる。
「綺麗な花ですよ。この時期になると白い花をつける『メリーノア』と言われるものです。魔物がいる場所に何故か咲くいじわるな花ですね。しかも毎年別の場所に咲くので探すのも大変ですが、今年は大丈夫です」
「大丈夫って?」
「森の入り口に村があるのですが、そこの猟師とは知り合いでして花が咲いたら教えてくれるようにお願いしているのです。それを近くの町のギルドに報告してくれたら私に連絡が来るようにしています。もちろん報酬も必要ですけどね」
「へー」
「マオさんも冒険者になるのであれば強いことにこしたことはありません、ですが人の助けをちゃんと受けることも重要ですよ」
そうだね。あたしは一人じゃなにもできないからよくわかるよ
「そういえば、その花は何に役に立つの?」
「ああ、寿命が延びるといわれていますね」
「寿命が延びる?! ほんとっ?」
「ふふ、そういわれていますが俗説でしょうね。まあ、実際は体の中を流れる魔力の循環がスムーズになって調子がよくなると知り合い薬師は言っていました。……まあ、今回の依頼者ですけれどね。貴族を相手に高値で売っているようで……貴族もあれだけふんぞり返っているのに簡単にあの子に騙されて……あ」
アリーさんはミラを見た。そういえばミラも貴族だった。
「き、気にしないでいいですよアリーさん」
「し、しかし、配慮のない言葉でした」
「全然大丈夫です」
うーん、アリーさんはいい人ってこの短い間でもよくわかる気がする。森を進みながらそんなことを思った。ほかのSランクで知っているのはチカサナとヴォルグだけど、あくが強いなぁ。そんなんだからアリーさんは一人頑張っているのかも。
「な、なんですか、急に優しい顔をしないでください」
アリーさんに注意されたから自分のあたしは両手でほっぺたをぐりぐりする。ミラがくすりとした。
「そろそろつきますよ」
開けた場所にでた大きな樹のある花畑だった。
「わー」
「あー」
あたしとミラは純粋に驚いて声をあげた。色とりどりの花がそこには寄り添って咲いている。赤、青、白、黄色の花がお日様の光を浴びながら風に揺れている。
「ここはちょうどこの土地の魔力が集まる場所なのでしょうね。この時期になるとこうして花が咲きます。あの奥に『メリーノア』のパープルの花が……ん?」
花畑の奥でポニーテールが揺れていた。黄緑の髪の色に黒の上着を着ている
背中をあたしたちに向けた女の子がそこにいる。その背中には大きなかごをもってその中にはパープルの花がいっぱい入っていた。あれ、目的の花じゃない?
「よーし、こんなところだぜー」
立ち上がったその子はふーって息を吐いた。耳が長い。短いズボンをはいている。白い足が見えた。
「魔族……」
アリーさんが剣に手をかけた。ま、待ってよ。その殺気に気が付いたのか女の子も振り向いた。紅い瞳の少女はぎょっとしている。
「げ、っ、に、人間。やばい。とんずら!」
そういうと一目散に逃げていく。あたしたちはあっけにとられたけど、アリーさんが言った。
「あ! 『メリーノア』が根こそぎとられている! こ、このアリーが依頼を失敗することになる。ま、マオさん、ミラさん追いますよ」
「う、うん!」
「はいっ!」
アリーさんも風のように追いかけていく。それを追ってあたしとミラが追う。ミラはあたしに合わせてくれているから申し訳ない。それよりもあの魔族はもう見えなくなっている。逃げ足がすごい早い。というかアリーさんもどこに行ったか分からなくなった。
「み、ミラ! はあはあ、あんまり奥に行くとわからなくなるんじゃないかな」
ミラが振り返る。まったく息を切らしてない。
「うん、アリーさんは大丈夫と思うけど。私たちは地理感がないから無理に奥に行くべきじゃないかも。少しここで待っていよっか。あの魔族の子も見えないし」
そうだね。やみくもに探してもどうしようもないし……ふー。あたしとミラは近くの木陰に座った。ちょっとさぼっているみたいで悪い気がする。でも本当に見えなくなったし。二人とも速い。
なんて思っていると近くの茂みからがさごそと音がして。ひょっこりポニーテールの女の子が出てきた。
「へっへっへ。馬鹿な人間め。行ったか……」
その子は勝ち誇った顔であたしたちにゆっくりと顔を向けて、叫んだ。
「ぎゃー!!? に、にんげん。ま、まちぶせ!?」
違うけど……なんかすごいにぎやかな子だな。でも魔族の子は一歩後ろに下がって背中のかごを下ろす。そして腰に手をやった。武器を取る!? あたしとミラが立ち上がって構える。
「こ、こうなったら!」
魔族の子がつかんだのは一本のフルート。銀色のそれをあたしたちに向けた。
「音楽で勝負だ!」
あたしとミラは同時に首を傾げた。




