反乱の芽
ぴーちゃんが旋回する。ミラがあたしをしっかりと後ろから抱きしめてくれているから安心できる。
横に地上が見える。不思議な光景。広がっている草原や森、枝分かれした街道。そこに見える黒い点は歩いている人なんだと思う。結構これは目立っていると思う。
アリーさんは体のバランスをどうやってとっているかわからないけど立ったままだ。あたしは流石にそれは怖いよ。
「楽しい」
後ろでミラが言う。顔が近いからなんか耳元がくすぐったい気がする。そういえば前に水路でラナが船をぶっ飛ばした時も同じことを言っていた気がする。
「アリーさん!」
あたしは叫んだ。だって風の音がうるさいし、こうしないと聞こえないと思ったから。
「なんですかマオさん」
すごい張りのある声。しっかりとあたしに聞こえるように言ってくれた。
「このままシノッチの森ってところに向かっていいの?」
「そうですね……。途中に小さな宿場町があるはずですが……このまま突っ込んだら混乱することになるでしょう。このまま……!」
なんだろう? いきなりアリーさんがぴーちゃんの背中を蹴って前に行く。遠くを見ている。
「狼煙? いや、焼けている?」
「え? 何? 聞こえない!」
アリーさんが振り向く。
「この先の町から煙が上がっています。それも複数、もしかしたら何かあったのかもしれません」
あたしもずりずりと前に出る。立ち上がるのは怖い。遠くを見れば確かに煙が小さく上がっているように見える。
「……! ぴーちゃん」
あたしの声に反応するようにぴーちゃんが咆哮をあげて翼を動かす。ぐんと体にかかる圧力が強くなった。
☆
町から火の手が上がっている。上から見れば逃げ惑う人が見える。何が起こっているかわからないけど、大きな魔物が町の中央にいるのが見える。巨大なクマのような化け物。そしてその周りに襲われずに固まっている人達……あれはもしかしたら魔物の仲間かもしれない……。きらきらと光るものはきっと彼らの武器が光っているんだ。
灰色の毛に体を覆ったその魔物は目を光らせて唸り声をあげている。あたしは思わず立ち上がってぴーちゃんの頭の上に上った。ミラの呼ぶ声がするけどなんて言っているか耳に入らない。
「ぴーちゃん!」
クマの巨大な化け物にぴーちゃんが飛び込む。ぴーちゃんがクマの化け物が反応しようする前にその体に爪をかけて弾き飛ばす。そして地上の降りたぴーちゃんが声をあげる。
グオオオオオ!!!
「な、なんだ!?」
「なんでドラゴンがいきなり」
地上の武装している連中が口々に何か言っている。あたしはぴーちゃんの上で叫ぶ。両手を組んで肩のペリースをばさりと翻す。
「何やっているか知らないけど、そこまでだよ!」
――な、なんだあのガキ
――ドラゴンを操っているのか?
……! 武装している集団は耳が長い。そして紅い目をしている。数は10人程度……。魔族だ。彼らはそれぞれ武器を手にあたしに向かってくる。クマの化け物も起き上ってくる。牙をむき出しにして涎をたらし、殺気を放ってくる。
「おいおい、意味わからないねぇ」
彼らの中から歳をとった魔族が一人歩み出る。その手には巨大な剣を持っている。紅い文様を刻んだそれに炎を纏わせていた。
「いきなりなんだお前ら」
「あんたこそ何してんの?」
「なにって」
そいつはにやっと笑った。
「人間の町を襲っていただけだ」
彼が指を鳴らすとクマの化け物が飛び込んできた。ぴーちゃん!
あたしは飛び降りる。竜とクマの魔物が暴れると地響きを鳴る。なんとか地面に降りた瞬間に老人が炎を剣を振り下ろすしてきた。あたしはクールブロンを掴んだ――。
「死んだな! ガキ!」
その剣を疾風のように駆けるアリーさんが受け止める。白銀の剣は緑の魔力を持った風を纏っている。
「ご老人、あなたはこのアリーが相手をしましょう」
「アリー? ああ。Sランクとかいうやつか。このドールズ様の相手には悪くない」
アリーさんの一撃でドールズが下がる。風と炎がぶつかる。老人はにやりと楽しそうに笑っている。
「俺はこの女を殺す。お前らは残りのガキを殺せ」
魔族たちがその声に反応して一斉にとびかかってくる。あたしはクールブロンを手にして銃弾を込めてレバーを引く。一番先に飛び込んできたやつに撃ち込んだ。そいつは悲鳴を上げて下がる。あたしの魔力なら衝撃を与えるのが精いっぱいで貫通まではできない。
――魔銃!? なんであのガキが持っているんだ!?
魔銃のことをこいつらは知っている? でも考える暇はない。次の銃弾を込める。その隙に魔族の何人かが魔法陣を展開した。青い光は水の魔法。ちょうどいい!
クールブロンの文様に魔力を込める。白い魔法陣があたりを包み、魔族の展開しようとした魔法陣は崩壊してあたしの元に収束する。突如として魔法陣を壊された彼らは困惑している。戦場でさ……困惑する暇なんてないよ!!
手に入れた魔力を使ってあたしは魔法を展開する。
「ソード・クリエイション!」
あたしの魔力が数本の光の剣を作り出す。右手を振る。その剣は魔族たちを薙ぎ払う。彼らは悲鳴を上げて倒れた。剣に切れ味はないけど十分にダメージを与えることはできる。
まだ残りがいる。あたしが振り返る。
そこには炎の町を背景に聖剣をもってたたずむミラがいた。その足元には残りの魔族達が倒れてうめいている。これで全員? あたしはアリーさんを探す。ぴーちゃんはクマの魔物をその爪にかけて勝ち誇っている。
「おいおいおいおい。こいつら化け物か?」
ドールズがいた。アリーさんがその懐に入り一撃をたたきこむ。彼はなんとかその剣を防いだ。
「魔銃……ガキ……こいつもしかしてロイの言ってた獲物か。まあ、いいこれ以上Sランクとドラゴンなんて組み合わせは分が悪い。退かせてもらうぞ」
「逃がすと思いますか!」
アリーさんの剣に魔力が収束していく。剣に刻まれた文様が光を放ち風が巻き起こる。彼女は剣を振るうと解き放たれた一陣の風がドールズを襲う。
「かぁああ!」
純粋な魔力の発露。ドールズの体から放たれた魔力と風がぶつかり衝撃波が巻き起こる。つちけむりが舞い上がり、その奥で笑い声がする。
「はははは。まあ、今回は引き分けにしてやる。アリーとそれと魔銃のガキ。今度はちゃんと準備して殺してやる。それとそこの銀髪のガキもな」
「まてっ!」
アリーさんが立ち上がる。でもすでにあいつの姿はない。
「アリーさん! 町の人たちを」
ミラがアリーさんを呼び止める。彼女は口惜しそうな顔をしてから剣を収める。
「私は倒れている魔族達を魔法で捕縛します。ミラさんとマオさんは町の人たちを保護してください。残党がいるかもしれない。くれぐれも気を付けて」
……うん。
☆☆
ミラと一緒に町の火は消し止めた。クールブロンをにためた魔力は水の魔法にすべて使った。
逃げ出していた町の人たちも戻ってきている。あちこちで泣き声とかが聞こえる。ある人は焼けた家の前で茫然として、ある人はアリーさんやあたしたちにお礼を言いに来た。
「…………」
捕まえた魔族達は町の倉庫に閉じ込めたみたいだ。はあ、いきなりのことだったからなぁ。あたしは寝そべっているぴーちゃんのしっぽに腰かけてため息をついた。ぴーちゃんは町の人から遠巻きに見られているけど、クマの魔物を倒したからか少し好意的にみられている気がする。
「マオ」
そこにミラが来た。手に水筒を持っている。あたしはそれをもらってぐいっと飲んだ。
「はー、ありがとミラ」
「驚いたね」
「うん。まさか魔族が町を襲撃している場面に出会うなんて」
「……最近こういう事件が多いって聞くよ。王都周辺は騎士団がいるからそう簡単にはできないけど少し離れるとね……。ほら、マオの村でもクリスと戦ったでしょ」
「そういえばそうだね」
あいつ……炎の剣を持ったやつは『ロイ』って言ってた。『暁の夜明け』なのかな。あー頭がぐるぐるする。
頭の中が混乱しているけど、ミラが横に座って何も言わずにそばにいてくれるのがありがたかった。そこにアリーさんも来た。
「お二人ともご苦労様でした。マオさんはFFランクと聞いていましたが……正直驚きました。かなりの実力を持っているのではないですか?」
「そんなことはないよ」
「……まあ、そういうことにしておきましょう。近くの大きな町から騎士団が魔族達を捕まえるためにここに来ます。明日には早ければ来るでしょうか、町の人たちで無傷の方に馬で知らせに行ってもらいました。とりあえずそれまでは滞在しましょう」
「アリーさん」
「何ですか?」
「魔族達は何が目的だったのかな?」
「それは……魔族の何人かを尋問してわかりました」
尋問……やだな。
「そ、そんな顔をしないでください。拷問をしたわけではありません。このアリーの魔力を目の前で見せただけです。まあ、彼らも首領に見捨てられたわけですからね……とりあえず騎士団に無事に引き渡すことも条件にしましたが……」
「無事に?」
アリーさんはあたしを見てちょっと迷った顔をしてから簡潔に言った。
「放っておけば町の人からの報復は当然あるでしょう。……少なくとも騎士団に引き渡すまでは保護することを条件に情報を聞き出したということです」
あたしは一度目を閉じた。やってやられて、は無限に繰り返していくわけじゃない。どこかで片方が破滅して一方的に嬲られることになる。かといっていきなり攻撃された人たちからすれば報復は「当たり前」なんだ。
「ありがとうアリーさん」
「……何に対してのお礼かはわかりませんが……そうですね。さっきもいいましたがあなたはかなりの実力を持っていると思うのですが、これだけは忠告します。冒険者などとをしていると、時には相手が実力者であれば今回のように不殺の戦い方はできないということもあります。それを考えていなければ……いつかあなたを苦しめることになりますよ」
「うん、わかった」
この人はいい人だってあたしの直観は間違ってはないと思う。
「アリーさん」
ミラが聞いた。
「それで魔族の目的は何だったんですか?」
「ああ、それはこの町にオラクル教団の巡礼が来る予定だったはずでそれを襲うつもりだったようですね。予定が狂ったのか彼らはまだここに到着はしてなかったようですが」
「オラクル教団……」
何それ。ミラがあたしを見た。
「ほら、王都でラナのお師匠さんの神父様がいると思うけど、教会はすべてオラクル教団の傘下なんだよ。王都の東側の貴族街にその本部がある」
「へー」
「王国ともかかわりが深いし、いろんな儀式も主導している。……それにこの聖剣も元々はオラクル教団の創始者が神から授かる時に橋渡しをしたって伝承があるよ」
「神かぁ。一度しか話したことないけど……」
「え!?」
ミラが目を丸くしている。アリーさんは苦笑している。
「オラクル教団は各地の教会を巡礼と称して巡礼団を派遣しているのです。目的は寄進を求めたり、あるいは、逆に貧しい人々に施しをしたりということですね……あとマオさん、神様と話をしたことがあるなどと彼らの前で言わないでくださいね。冗談でも怒られますよ。それはもう」
「う、うん」
冗談なんて言ってないんだけどな。ていうかミラがすごいキラキラした目であたしを見ている。すごい興味を持っている……いや、話すことなんて全然ないんだけどな。話をしたっていってもあいつは――
――『お前は生の中で多くの者を傷つけた……。だから勇者たちに力を授けてお前を倒すことにしたのだ。巨大な力を持つお前は、来世で弱い者のことを知るがいい、それがお前への罰だ』
罰……ね。まあ、あたしは負ける気はないけどさ。




