『魔法』の課題
なんかいいにおいがする。
あたしは朝日にぼんやりと目を覚まして体を起こした。ベッドの上に一人、起きたばっかりなのに欠伸をした。それから体を伸ばす。なんか今日は目覚めがいい気がする。
寝室から出るとラナがいたから「おはよう」っていうと「おはよ」って返してくれる。あれ? ラナは本を開いて勉強をしている。じゃあこのいい匂いって何だろう、そう思って台所に行ってみるとエプロンをつけて銀色の髪をまとめたミラがかまどの前でスープを作っている。
「あ、おはよ、マオ」
「おはよう。……ミラが食事を作ってくれているの?」
「うん」
なんか楽しそうにミラは頷いた。
「普段こういうことはしないから楽しい」
「……そうなんだ」
というかなんか部屋全体が綺麗な気がする。気のせいかもしれないけど。ただ天井の穴は見ないことにする。
ぱちぱちと火が音を立てているかまどはきっとミラが魔法で調整しているのかな。やっぱり魔法ができると便利だよね。あたしにも少しはまともに魔法を構築できる魔力があればなぁ……。
ミラは楽しそうに小さく歌を口ずさんでいる。……本当に楽しそう。
「なんか手伝う?」
「ううん。マオは学園に行くんでしょ? 準備してていいよ」
「なんか楽しそうだね、ミラ」
ミラはその言葉で振り返った。綺麗な髪がふわっと揺れる。
「うん、こういうことやってみたかった」
こういうことって……料理とか?
「家ではみんなやってくれるから、私は食べるだけだったんだけど、たまに厨房を覗いてたりしたんだ。この前のFランクの依頼で料理屋さんを手伝った時も楽しかった」
そう言うとご機嫌な感じでミラは手を動かしている。そこにラナが来た。
「こいつ朝早くから掃除とか楽しそうにしてるのよ……ほら、なんか部屋が綺麗でしょ?」
「そうだね。あたしもそれは思った」
「……こうなったらミラには今日全部やってもらう? ……冗談だけど。買い物とか……」
「行きます!」
ミラが振り返った。キラキラした目をしている。
「市場に野菜とかいろいろ買いに行けばいいんですよね? それもやってみたかったんです」
すごい楽しそうな顔をしている……! そこまで言われるとあたしも楽しくなってきた。
「じゃああたしが学園が終わってFランクの依頼をするまでの時間で一緒にお買い物いこっか?」
「うん」
花がぱっと開くように笑顔になるミラ。あたしもへへって笑う。うーん。ミラみたいに綺麗だったらいいんだけどあたしが笑ってもふつーだよねふつー。
「そういえばモニカ達とニーナは」
そう聞いたとき外からモニカの声が聞こえてきた。気合の入った声。ラナが窓の方を見ながら言う。
「あいつらは外でお稽古」
「お稽古……? あ! ニーナの修行をやらないと……もしかしてモニカが相手をしてくれているの?」
「そう。朝から元気にやってるわ」
「モニカは病み上がりなのに」
「それいったんだけど、体を動かしたいって。まあ、さすがに無理はしないでしょう」
うーん。心配だなぁ……。
☆☆
今日は一番の問題。ポーラ先生の授業。
前と同じ教室だった。中央に教壇がある椅子がいっぱい並んだ部屋。ラナとニーナと一緒に中に入ると、あたしを見たほかの生徒が一斉に見てくる。これ毎回こんな感じなんだよね。どこの授業でもそう。まあいいけどさ。
近くの椅子に座って時間までニーナとおしゃべりをして待つ。そういえばソフィアはどうしたんだろう。模擬戦の時にあの子と戦わなかったから次に顔を合わせたら怒られそうと思う。でも、結局彼女は来なかった。
代わりにエルが来た。金髪をまとめた彼女はあたしをちらっと見て教室の隅座った。弓使いのあの子の秘密……といえばいいのかな、胸元に魔石がはめ込まれた彼女。あれはなんだろう、もしかしてソフィアが何かしたのかな? でも聞くのもなぁ。
そんなことを考えていると桃色の髪をした優し気な女性が入ってきた。ポーラだ。優し気って言ったけど見た目のことね。
「こんにちは、みなさん。今日から魔法の三大元素と言われるお話をしていきますねぇ~」
ゆっくりと話すのはいつも通りだ。あたしには目もくれない。まあ、その方が楽でいいんだけど……むしろラナの表情が険しい、すごい警戒しているって感じがする。
前回は魔力を測る機械で盛り上がったけど、結局魔法の授業という感じではなかった。まあ、ほとんど魔力のないあたしは笑われたんだけど。それが目的だったってラナは言ってたけど、そうかな。
ポーラはゆっくりと話す。
「今日から本格的に魔法のお話をしますね。魔法と言われている私たちの技術は古代からあるものよ。みんなも知っている人間と魔族との戦争の時も大いに利用されたけど……さらに前から存在したわ。古文書は戦争でかなりの部分は消失してしまったらしいけど」
ポーラの右手から光が放たれる。そこからぼわっと炎が渦巻いて消えた。無詠唱で簡単にやっているけどこの人も相当の魔法の力がある。
「最初に生み出されたのは炎の魔法と言われているわ。精霊イフリートと最初に契約した人間の伝説もあるわ。そして」
ポーラは左手を前に出して人差し指を立てる。ぱっと魔法陣が展開されて水の塊が宙に浮く。人差し指を彼女が動かすと同時に水の塊は様々な形に変わる。猫や犬みたいな形。すこしかわいい。
「次に人は水の魔法を手に入れた。これは様々なことに応用されて文明の発達に寄与したといわれるわ」
ポーラは生み出した水を近くにあった花瓶に入れた。正確な操作だね。ポーラはそれから両手を開いたすると緑の光が彼女の頭の上に光り、魔法陣が展開されると教室の中を風が吹いた。生徒たちの驚きの声が広がる。
「そして風を人は操り始めた。原初の魔法。この『火』と『水』と『風』は今では三大元素と言われているものよ。ここから魔法は多くに派生していった。その魔法そのものというよりも魔法を構築する技術も派生していったわ」
ポーラ先生が風をおさめると生徒は拍手した。おーぱちぱち。
「あんた……よくあいつに拍手できるわね」
ラナがそういったから小さい拍手にしておく。
「みんなありがとう。先生の授業はそういう原初の魔法についての講義なんだけど、これは今でも魔法の基礎として考えられていることよ。つまり魔法を学ぶとしても魔力を使った何かをするとしても基本を学ぶことはいいことよ。そこでみんなには平等に課題を与えるわ」
――課題。その一瞬だけポーラがあたしを見た。彼女は穏やかに笑う。不気味なほどに。
「これから3か月後に『火』『水』『風』の魔法の実演を行ってもらうわ。これは基礎の練習だから杖や魔導書などは使わずに自分だけの力で行うことね。事前に魔力を他から得てもダメ。……合格点はそう、さっき先生がやったくらいの大きさの魔法を構築できればいいわぁ。ああ、そうそう水の魔法の花瓶にいれるなんてしなくてもいいわ。それに無詠唱なんて言わないわ」
周りから「じゃあ簡単」とか「ポーラ先生やさしい」とか聞こえてくる。あたしは自分の手を見る。小さな手だと自分でも思う。まともに魔法を構築できない体なのは自分が一番知っている。子供のころから何度もやったのだから。
「ポーラ先生」
ラナが立ち上がった。ポーラはそれを見る。
「なぁに? ラナちゃん」
「……狙い撃ちですか?」
「……よくわからないことを言うのね。ねえ、ラナちゃん。この課題は3か月の猶予を与えて、はっきり言ってコモンマジックと言っていい難易度よ? 優秀な貴方には簡単すぎるけど。もちろん先生は魔法の指導はしっかりやるわ」
「…………」
「怖い顔しないで。純粋な話をしましょう? この課題、どこが難しいの? それに基礎をしっかりとするのは大切よ、何か間違ったこと言っている?」
「……それは、あなたが」
「私がなぁに?」
ポーラは小首をかしげるように聞く。その瞳がなんとなく暗さを感じた。ラナは両手を握りしめてわなわなと震えている。
「腹の黒い……女」
あたしにしか聞こえないような声でラナが絞り出すように言った。……あたしはその手を引く、ラナが見てきたから、あたしは頷く。ありがとう、ラナ。それでラナは力なく座った。
ポーラは手をたたいた。
「はい、じゃあ授業を続けましょう。まあ、うまくいかなくてもみんなが学園をやめるようなことになるわけでもないしね。気楽にやってね」
彼女の笑顔に周りの生徒は安心したように空気が和やかになった。ただあたしは頭を抱えた。ラナの思った通りこれは、あたしを狙い撃ちにしている。
あたしはまともな魔力のない体を両手で抱きしめる。




