魔王の料理
現れたミラは「家出」をしたって言ったから驚いた! 彼女を中に招き入れて椅子に座らせる。ミラは全員そろっていることに少し驚いているみたいだった。
ミラは思いつめたような顔をしている。あたしとラナが話を聞くことにした。ミラはなかなか理由を話してくれなかったけど、少し時間がたつと口を開いてくれた。彼女は一度あたしを見てから申し訳なさそうな顔をしていた。
「実は……この前の騎士団の一件があった後にお父さんが家に帰ってくるって聞いて、もしまたお父さんにマオのことを聞かれたらどう答えればいいかわからなくて、顔を合わせる前に家を出たの……。ごめん」
それを聞いて最初に思ったことは、謝ることなんてないってことだ。
「……なんでミラが謝るのさ」
あたしはミラの手を取って言う。
「全然ミラは悪くなんてないし、あたしとお父さんのことで悩ませていることこそごめん」
「……マオ」
「それにミラが家出なんてしたらお父さんだけじゃなくてみんな心配するんじゃない?」
「それは……大丈夫。Bランクの依頼を受けて遠くに行くって嘘をついてきたから。家の執事……あ、みんなにはちゃんと心配ないように言っている」
「……」
そこで、あたしは一度ミラの手をゆっくり放してラナを見た。ラナもあたしを見ている。こそこそと話す。
――ラナこれって家出っていうの?
――育ちが良すぎて普通の外出みたいになっているわね。
ま、まあいいや。とりあえず今日はここに泊まりなよ。
「でも家出かぁ。あたしも子供のころは何度か家出したなぁ。森の中に入って迷って泣きながらお父さんを呼んだことが……あ」
い、いらんことを言ってしまった。ミラもラナも見ないでいいから。少し離れたところでモニカがくすりとしているけど、い、今のはなし!!
「ととにかく、ミラも来たことだし。食事を作るよ。今日はあたしが」
その時、ミラが顔を上げた。
「マオ……が?」
何? その顔。え? あたしが作るけど。いやよく見たらラナ以外は驚いた顔をしている。何? なんでそんなに驚いているのさ。モニカとニーナは目を丸くしている。
「いや! あたし料理作れるから! みんななんでそんなに驚いているの!?」
モニカが言った。
「ま、マオ様は食べる専門かと……その、すみません」
「た、たべる専門」
あたしそういう風に思われていたの? た、確かにラナのご飯はおいしいけどさ……。
「ラナなんか言ってやって!」
「……くく、こいつの作るものを私しか食べたことがないから楽しみにしておくことね。お祈りでもしてたら?」
「いらんことは言わなくていいから!」
う、うー! み、みてろっ。
あたしは台所に向かう。緊張した面持ちでそれを見るミラとモニカとニーナ……なにこれ!!!
☆☆
料理をするうえで一番ネックになるのが火と水だ。よくラナが料理をしてくれるのは純粋に魔法が使えるからで、あたしは魔力がないからまともに使うことができない。普通に火を起こすと薪代が結構かかる。
だから結局ラナが作ってくれることが多い。今日も実は手伝ってもらうんだけどさ。たまにラナがめんどくさがった時はあたしが作る。
とりあえずエムルー麦小と大麦とかいろいろ用意して、木のボウルに水と一緒に入れてこねる。袖はまくっておかないとね。こねこね、こねこねこねこね。柔らかい塊になったら手に取って、綿棒で伸ばす。円形の薄い板をみたいな形に何枚も整えていく。
あとはフライパンで焼く。時間は短くていいけど、弱火の方がいい。これ、弱火って一番難しいんだよね。かまどって調節がきかないじゃん。この前のリリス先生の言っていたように家庭でも簡単に魔法の火を起こせるなら楽なのになぁ。調整もできそう。
「マオ様は何を作っているのでしょうか……?」
「わからない、初めてだよ」
「あいつ……この前芋の皮むきは器用にやっていたからな」
こそこそ後ろから何か聞こえるけどさ! フランパンの上で薄く伸ばした板に焦げ目がついてくるとフライでひっくり返して裏面も焼く。ただこれだけ。
薄く伸ばしてぱりぱりに焼いたあたしの村の伝統料理! サクサクパン!
まあ、伝統というかよく食べるやつだね。お母さんと一緒に作ることが多かった。
焼いたものを皿に入れて持っていく。それをテーブルに置くとニヤニヤしているラナ以外が息をのんでいる。そのリアクションおかしいよね。
「……パン……?」
ミラが心底不思議そうに言った。そう、これパン。あたしの故郷ではこれをパンって言ってた。王都では白パンとかいっぱい売ってあってすごい驚くけど。まあ、おいしいけどね。
「先に食べててよ。まだ作るものあるし。ま、まあ別においしいってほどじゃないけど」
ミラたちが目を見合わせている。最初にミラが椅子に座った。
「あの、これどうやって食べるのマオ?」
「え? パンだから手で食べる」
「手で……」
ミラとモニカとニーナも座った。そうそう、最近格安で椅子を買った! 前までは本を積み重ねて椅子にしたりしてたしね。みんな来るから大工の棟梁に作ってもらったんだ。
みんなあたしのパンを手に取ってぱりぱりと食べている。
「……すごく素朴な味ですね、マオ様」
「まあ、小麦の塊を焼いただけだからね」
「要するに発酵させないパンということですね」
「はっこう……?」
あたしが分からないって顔をするとモニカ「えっと」と続けようとしたけど、いいや。あたしはまだ作るものがある。ぱりぱり音が鳴る食卓を背にしてもう一度台所に戻る。
ふふふ、卵があるんですよ。ですよって変な言葉遣いになっちゃったけど。そしてこの秘密兵器があたしにはある。
棚から黒い液体の入った瓶を取り出す。すると食卓の三人は「な、なにあれ」と驚きの声を出す。ふふふ。これはね。なんだろこれ。たまたま売ってたんだよね。
「えっと豆とかを腐らせたやつ……?」
正式な名前はわかんないし作り方を言えばそう。村ではダーシとか言ってた気がする。いや、言っている人でそれぞれ別の呼び方をしてた。でもそれを聞いた三人は驚いた顔のまま固まっている。ラナはニヤニヤしている。
「腐らせた……? ま、マオ、そ、その液体は……な、何に使うの?」
ミラが立ち上がった。
「卵に混ぜて焼くの」
「!???」
いいからいいから。それじゃあラナにフライパンを洗う水を出してもらって、すすいでおく。別に容器を取り出してそっちに卵を割って入れる、いくつも割っては入れる。つやのある黄身をフォークでかき混ぜていく。
そこに黒い液体を少し入れる。後ろから「ひっ」ってミラの声が聞こえたけど気にしない気にしない。
フライパンに油を引いて梳いた卵を入れる。薄く伸ばしていい具合に焼けたらヘラで少しだけ卵の塊をまく。形を作って巻くようにして整えていく。これ難しいんだよね。あんまり焼きすぎたらおいしさが半減するし。
でも今日はうまくできたかも。湯気を立てている黄色い『卵焼き』をあたしは皿に入れて持ってく。
「はい、出来上がり、どうぞ、ミラ」
「え!? 私」
「そう、ほらほら。あでも熱いからふーふーしてね」
ミラはあたしの卵焼きを見て恐る恐るフォークで食べる。謎の液体を怖がりすぎだと思う。でも一口食べてミラの顔がふっと変わった。
「柔らかい」
うーん、うまくいったぽいね。ほら、ニーナもモニカも食べてよ。ラナも。ていうかラナはおいしいって知っているんだからフォローしてくれてもいいじゃん。
「ただの卵焼きがすごく濃厚な気がします」
モニカわかる? そうだよね。なんかおいしくなるんだよ。
「これはラナ教えたのか?」
ニーナがラナに聞いている。
「これは最初からこいつが知ってたのよ。こいつと住み始めて最初の方は結構食事を交代で作ってたんだけど結局魔法を使わないといろいろとお金がかさむしね。でもレパートリーは少ないのよこいつ」
し、仕方ないじゃん。村ではほとんど同じものをずっと食べていたんだから。
「あたしも料理を練習しようかな……。そういえばミラもFランクの依頼の時に料理屋さん普通に手伝ってたけど、料理ができるんだね」
「え? そうだね。簡単なのであれば」
「こう言ったらなんだけどさ、ミラは貴族なんだからあんまり作らないと思うんだよね。どこで練習したの?」
「自分で作ることはほとんどないけど……料理の人とか依頼で一緒になった冒険者の人の料理を見てたら覚えた。決まった手順があるから真似したらできるよ」
「見てたら覚えた……って」
「マオ様」
モニカがあたしに言う。
「この人は全く参考にならないと思います。よろしければ私が知っているものでよければお教えしますよ」
「ほんと! やった」
「ちょ、ちょっと待ってマオ」
ミラ?
「私も教えることはできるよ。よかったらだけど」
「ありがと、そうだよね、練習しないと」
「マオ様」
「うん、モニカにも」
「マオ?」
「ミラも教えてくれるのは……すごく助かる」
いや……ミラとモニカが見てくるのなんだろう、少し怖いんだけど。な、なんで怖いんだろう。あたしはラナに助けを求めた。
「今はラナに作ってもらってばかりだからちゃんと当番にしないとね」
「……あんたはつまみ食いするからね」
「あ、あれはあれだよ! む、昔のことだよ」
食事は毎日するから結構ラナとの思いで見たいになっているところもあるかもしれない。でも、こういう風に食卓と囲むのはあたしは好きだ。
ん?
あ!
パンも卵焼きもなくなっているじゃん!!
あたし食べてないし!! みんながたべちゃった。
「「「あ」」」
ひどいっ!




