物事の視点
医務室でモニカを一人にするわけにはいかないからあたしとニーナは付き添った。ウルバン先生は一度授業に戻るってことだったから医務室にはあたしたちとあと数人だけがいる。
「あ、あのマオ様。そろそろ大丈夫ですよ」
「だめだめ」
モニカが言うのをあたしは却下する。さっきのおじさんが戻ってきても嫌だし。
「大丈夫ですから」
そういってモニカが起き上がろうとするのをあたしは手で押さえる。それにしても家までどうしよう。モニカが歩いて帰るには少しあの魔族の公館は遠いな……。家に泊めるのもいいかも……。ここ数日Fランクの依頼をして少しだけ、ほんの少しだけお金もあるし。麦粥とか材料を買って作るかな。
「でもモニカ、『魔骸』を使った後は無理したらだめだよ。あれは体の中の魔力を無理やり引き出すものだから思ったよりもダメージがあるし……。数日は安静しておかないといけない……いや、モニカは初めてだからもう少し長くちゃんと休みを取らないといけないよ」
「…………」
「魔族の中で強い人でもあれはきつい……あれ? どうしたの」
モニカがあたしをじっと見ている。
「いえ、なんだかマオ様の方が『魔骸』について詳しそうな気がして」
「! い、いや、み、みたらわかるじゃん」
やばい! リリス先生の真似をして乗り切るしかない。
うわー、すごいモニカが見ている。ついつい口を滑らせてしまった。あたしが魔王だったときはあれを使いすぎて痛い目に遭った。ほんと痛かった。ああ、やだやだ。でもまあともかくさ、
「と、とにかくあんな無茶苦茶なものを使ったらだめだよ」
「…………」
モニカがじとっとした目であたしを見てる。うーん。それでも『魔骸』は使わない方がいい。とりあえずあたしは話題を変えた。変えたというより、気になっていることを聞いた。
「モニカはこの後どうやって家に帰るの?」
「……それは少し休んでから歩いて帰ります」
「うちにきたらいいよ。そっちの方が近いし」
「でも……よく泊まるのはラナ様にも悪いですから」
「……うーん」
「そうですよ。人間なんかとなれ合うのはやめたらどうですか?」
その声に振り向くと両手を組んで入口に立つ少女がいた。フェリシアだった。あたしたちを冷たい目で見ている。彼女はモニカを見ながらかつかつと歩いてくる。
「私はギリアム様からあなたのことを見ておくようにという任務もあるので体調が悪いのに出歩かれると純粋に迷惑なんですよね。しかもそれが人間の仲直りのために『魔骸』を使ったためなんて、おかしい話と思いませんか?」
フェリシアははあと溜息をつく。
「一応公館までは護衛をしてあげますよ。そろそろ帰りましょうか? モニカさん」
「待ってよ。フェリシア。モニカはまだ体が……」
「人間には関係ないことです」
フェリシアはこちらを見ない。
「何度も言っていますが私はモニカさんとは違うので、あの模擬戦で一時的に協力をしたからと言って私をオトモダチ扱いをするのはやめてくださいね。虫唾が走ります」
う、この前の騎士団との一件もある。もともと頑なだった彼女がさらに……。そんなフェリシアにモニカが言った。
「フェリシア。私にとってマオ様もニーナ様も大切な友達ですから。悪しざまに言うのは許しませんよ」
「はっ」
嘲笑するようにフェリシアが笑った。モニカとフェリシアはにらみ合ったままだ。フェリシアは低い声で言う。
「そもそも人間どもの悪辣さは貴方こそ知っているでしょう。ここにいる連中が表面上どれだけ仲良くしていても……魔族と人間が交わることはなっ!」
フェリシアの頭に大きな手が乗った。それはウルバン先生の手だった。
「ここにいたのかフェリちゃん」
「……フェリちゃんというのをやめろくそじじい」
「師匠にそんなことを言うのはよくないなぁ。この前の模擬戦でも教えてあげた剣を使わなかったし、もう少し年長者を敬ったらどうかな」
「はっ、誰が剣など使うか。何度でも言ってあげますよ。私はあくまで上から言われたからあなたに師事するという不本意なことをしているだけです」
ウルバン先生の手は大きい。それがフェリシアをなでている。
「そうかそうか」
「撫でるな! 離せ!」
フェリシアがその手をはじこうとするとひょいとウルバン先生はよけてなでる。フェリシアがむきになっても簡単に避けている。
「まあ、いいや。マオ君」
「えっ」
いきなり振られて驚いた。な、なんだろ。
「この子はこれでいいところがいっぱいあるからさ、許してあげてよ」
「そ、そりゃあ。でもあ、あたしが許すというか」
「ところでフェリちゃんのいいところってどこだと思う、マオ君」
え? そうだな。
「うーん。フェリシアは嫌々言っててもまじめにいろんなことをしてくれるところとか……思ったことをそのまま正直に言ってくれるから嘘をつかないところとか…………。あ、そうだ、いいところっていえばさ、模擬戦の時はたぶんモニカのことを心配してたね。優しいところとかあるよね」
「してませんっ!」
「いやしてたって、ほら『魔骸』を使った後……」
「してないって言ってるだろ人間!」
フェリシアはあたしをにらみつけてくる。
「や、やはりお前が一番嫌いだ」
な、なんでここまで嫌われるんだろう……。一回戦ったからかな。
「……で、でもさフェリシアのいいところと言えばほかにも」
「黙れ! もういい! 死ね、全員!」
フェリシアはそれだけ言うと医務室を出ていった。ウルバン先生だけが笑っている。あたしとニーナは顔を見合わせた。
「ふふ」
その笑い声はモニカだった。
「さすがマオ様ですね。あの子をあんな形で撃退するなんて……」
「げ、撃退って」
「……昔から口が悪くて暴力的な子ですから、魔族の中でも浮いているところはあります」
「うーん、でもさモニカ」
「はい」
モニカがあたしを見る。
「なんだかんだいってもフェリシアはモニカを迎えに来たんじゃないかなって、一緒に帰るって言ってたし」
「…………」
モニカは少し考えこんだ顔をした。それから目を閉じて少しだけ笑った。
「マオ様は本当に人のいいところ以外見てませんね。その前後に悪態をついてたことを全部無視して……そこだけ言われると……あの子への見方が変わってしまいます」
「悪態……そりゃあそうだけどさ……」
「褒めているんですよ。あの子はどちらかというと冷笑的なところがあるのですが、感情を出して『嫌い』っていうのは貴方に対してくらいですよ……あ、ウルバン先生もそうかもしれませんけど」
あたしは少し腕を組んで考えてみる。……あたしはただフェリシアのいいところを言っただけなんだけどな。いいところを言ったらなんで撃退できたんだろう……。
「ねえ、ニーナって笑顔がかわいいよね」
「いきなり振るな!!!!!!」
ニーナも攻撃的になった!? なんでさっ! 顔を少し赤くしてニーナが怒っている。
「今、フェリシアの気持ちが分かった気がする」
「な、なんで」
「何でもなにもない。この馬鹿っ」
「ば、馬鹿!? ……ふーん、いいんだ? そういうこといってさ。あたしはニーナのいいところ100個は言えるからね。いいの? 言っちゃうよ?」
「や、やめろ……」
「まずはひとつ……ふが」
ニーナがあたしの口を押えてくる。この、何するのさ。
あたしとニーナが取っ組み合いのけんかをするとモニカが口を手に当てて笑っている。おかしそうにお腹を押さえて、目に涙を浮かべるくらいに楽しそうだった。
「君たち、ここは一応医務室だよ。まあ、フェリちゃんをからかった僕が言うのもどうかと思うけどね」
ウルバン先生の言葉であたしたちははっとした。あたしとニーナはお互いを離す。あたしは両手で自分の口をふさいだ。それを見てモニカがまた笑いそうになってうつむいて肩を震わせている。
ウルバン先生はあたしたちを見た。
「さっき『魔骸』といったね。クロコからも聞いたけどモニカ君はその力を使ったってね」
その言葉にモニカがはっと顔を上げた。ウルバン先生と目が合う。
「君はその力を手に入れたということか、元から持っていたのかはわからないけど……少なくとも強大な力がその手に中にあるのは間違いない。そこにはリスクもあるだろうが……責任も生まれることはよく考えておかないといけないよ」
「……はい」
ウルバン先生は続けた。
「強い力は誰かを守ることも傷つけることもできる。……『魔骸』もそうだろう。あるいは自分の体も傷つけることになるかもしれないが、君は友達を守るためならきっとこれを使うだろう」
「……そう、ですね」
「それでも君自身が傷つくことを」
ウルバン先生はあたしとニーナの背を押した。
「君の友達はきっと望まない。だからよーく考えなさい。ちゃんと結論を自分なりに出すまでその力を一切使ったらだめだ」
モニカはあたしとニーナを交互に見て、それからまた小さく「はい」とだけ言った。
☆☆
「うう、結局来てしまいました……ラナ様」
あたしと家に帰ってきてモニカがラナに頭を下げている。ラナは「いいわよ」って短く返してた。
ニーナももちろん一緒だ。とりあえずみんなの上着を上着掛けにかけて、あたしは掃除とかお風呂の準備をする。モニカは手伝わせない。すごい申し訳なさそうにしてたけど一切家事は手伝わせないっ! ちゃーんと休んでもらう。
「それにしてもあとはミラがいればいいのにな」
「そうだね」
一緒に掃除をしながらニーナが言った。ミラがいればエトワールズは全員集合だ。そうなんだよね、連絡の手段をちゃんと決めておかなかったからミラと会いにくいってこともある。今度会ったら決めよう。
あたしは暗くなった窓の外を見る。帰り道は少し曇ってた気がするから明日は雨かな。少しずつ寒くなってきている気もする。
ん? 人影がある。玄関の小窓から中をのぞいていた気がする……。ふ、不審者?
そんなことを思っていたらこんこんと玄関をたたく音がした。あたしはそれに出てみる。がちゃりとドアを開けるとそこに立っていたのは白銀髪の少女。あたしの親友が立っていた。
「マオ」
「ミラ」
ミラがあたしを見ている。それから言った。
「……家出してきた」
……はあ?




