常識
「論文に……魔力で動く『機械』の作成ですか」
今日はウルバン先生の授業の前に学園の敷地でパンを食べることにした。よさそうな木陰を見つけてニーナとそしてモニカと一緒。モニカは昨日までのあたしの話を聞いて少し考えこんでいる。パンは食堂で売ってた。安いやつ。ぱさぱさしてる。
「……どちらも私に立てるかはわかりませんが……。私にできることがあれば何でも言ってください」
モニカがぐっと両手を握ってあたしに言ってくれる。
「ありがと」
いつもすごい頼りになる。
「それよりモニカ。体調は大丈夫なの?」
「……あ、ええ。……それは大丈夫です」
「あんまり無理しちゃだめだよ」
「マオ様には言われたくありません」
うっ。最近よくわかったけどモニカは結構はっきりと言うタイプだ。逆にあたしはパンをかじりながら何も言えない。これ喉が渇くなぁ。げほごほ。
「マオ様、これを」
「んん、げほげほ」
せき込んでいるとモニカが木でできた水筒を出してくれた。飲み口に合わせた形のコップが紐で括り付けてある。それに中のお茶を入れて飲ませてもらう。
「……ふう。ありがとモニカ」
「いえいえ。本当はあったかいお茶ならもう少しいいんですが」
短い時間にあたしは2回もお礼を言っている。なんか迷惑かけている気がするなあ。ん? ニーナがあたしの手にある水筒を見ている。
「ニーナも飲みたいの?」
「いや……。その水筒に魔法の文様を刻み込んだら、外でも熱いものが飲めるかと思ってな。まあ魔法で火を起こせば温めるのは簡単かもしれないが」
「……なるほど。それよさそうだね。あ。じゃあ冷やすのもできるんじゃない?」
意外とリリス先生の課題はクリアできるのかもしれない。そういえば魔法の文様ってどういう風に刻めばいいんだろう。
「げほ、げほげほ」
その時モニカがせき込んだ。
「す、すみませんパンがのどに詰まって」
「わわ、お茶お茶」
モニカがあたしの手渡したコップからお茶を飲む。彼女はふうと息を吐いた。……パンを食べていたようには見えなかったけど。
「大丈夫?」
「はい、すみません。マオ様」
「……よかった。……そういえばさ」
あたしはその時に気になっていたことを聞いた。
「あのさ……エリーゼさんとフェリシアは大丈夫?」
「……二人とも大丈夫ですよ。エリーゼ様は元々ああいう場面には慣れておられますし、フェリシアはあれで兵士ですから」
「慣れている、か」
それは、嫌だな。
☆☆
ウルバン先生の授業は武器を扱う。訓練場に集まった生徒たちは剣とか槍とかの扱いを教えてくれるんだけどさ、あたしは槍を借りて扱ってみる。刃引きの加護をちゃんと生徒全員の武器にかけたことをウルバン先生が確認した。
いつも通り若々しい感じの先生は手をたたいて言う。その後ろにフェリックスの制服を着たフェリシアがいた。彼女は両手を組んで冷たい表情で立っている。ふとあたしと目が合うとふいっと顔をそむけた。
「それじゃあ2人一組になって実際に武器を使ってみようか」
あたしはニーナと組んだ。……これはあんまり言いたくないけど、モニカはほかの生徒からは組んでもらえそうになかったから本当は3人でやろうと思ったけど、
「君とは僕がやろう」
赤い髪のアルフレートが意外にもモニカと組んだ。あたしはその時、おっ? って思った。ていうかアルフレートはあたしのことをちらちら見てくる。なんだろ……気になることがあるのかな。不思議に思ったのはモニカも同じで訝し気に聞いている。
「え? どういう風の吹き回しでしょうか」
「純粋に君が一番この中で練習相手として良さそうだからだ。それ以外に意味はない」
アルフレートは剣を構えた。モニカはハルバードを構えている。本気でぶつかるわけじゃない、一方が攻撃をして防ぐってことをゆっくりとやるって授業だ。それを見てウルバン先生がいいところも悪いところも言ってくれる、って感じ。
それであたしはなんだけどさ。槍を持っていた。
「や、やー」
重い。あたしのヘロヘロの突きをニーナが剣ではじく。
「もう少しまじめにやれ」
「まじめにやっているって」
全力でこれなの!! それにしてもニーナが剣を持っていると変な感じがする。
「それにしてもお前が槍なんてもっていると変な気分になるな」
「それはニーナが剣をもっているのも同じ感じだよ」
「まあ、確かに」
ニーナが剣を振る。あたしは槍でなんとか防ぐ。がきんって金属がぶつかる。ううう、手が痛い。あたしはこの手の武器なんて無理だ。模擬戦の時は魔力で剣を作ってみたけど……。そうか、今度は槍でも作ってみようかな。
そんなことを思いながら槍を床に置いてしびれた手をふーふーする。その時訓練場の端で座っているフェリシアが目に入った。ニーナに一度断りを入れてあたしはそれに近づいた。生徒達はそれぞれ訓練をまじめにやっていたり、笑いながらやってたりする声が聞こえる。
「フェリシア」
「……」
じろりとフェリシアはあたしを見た。やっぱりいろいろと思うところがあるはずだ。でも、この前は言えなかったから言っておこう。
「模擬戦の時は助かったよありがと。……あとさ、体……大丈夫?」
「ふん」
彼女はそっぽを向いた。
「あのことは貴方には勉強になったのじゃないですか?」
「勉強?」
「ええ、モニカさんなどとオトモダチごっこをしていても悪辣な人間どもの我ら魔族の扱いはああいうものです。貴方がどれだけ甘いことを言ってもそれが現実ということですね。交われないものは交われないということ。はは、それが馬鹿な貴方にも分かったんじゃないですかと言ったんですよ」
「……」
騎士団の魔族へのやり方はひどいと思う。それがこのフェリシアを傷つけたことも事実だ。……今のあたしにはどうしようもないのもわかる。……でもさ、あたしは魔王だった。昔あれだけ戦ったはずの勇者の子孫達とも一緒にいられる今があるのも……大切だと思う。
どこかに重なる道があるんじゃないかな。あたしはそう思いたい。魔王だったあたしと……そして、
「でも剣の勇者の子孫の……ミラとあたしも、一緒にいられるように人間と魔族にも道があると思う」
「はあ?」
フェリシアはあきれ返ったような顔をした。
「お前らは人間同士でしょう?」
……そう、だね、
あたしは黙り込んでしまった。フェリシアも何も言わない。その時、訓練場の中心で叫ぶ声がした。その声はニーナだ。あたしは振り返る。
みればニーナが倒れている誰かに駆け寄っている。倒れているのはワインレッドの髪の女生徒……モニカだ。あたしはそれを見た瞬間に駆け出した。
「モニカ!」
「……げほごほげほげほ」
モニカは地面に手をついてせき込んでいる。片手を口に当てて苦しそうだった。みんなが見ている、あたしは相手をしていたアルフレートに聞いた。
「何があったの!?」
「わ、わからない。いきなり苦しみだしたんだ」
「いきなり?」
その時模擬戦でのことが脳裏をよぎった。魔力を強制的に開放する魔族の技『魔骸』――
「げほ、げほ、ま、マオ様。へ、平気です」
「そんなわけないよ! ウルバン先生」
ウルバン先生も駆け寄ってきてくれた。あたしは聞いた。
「モニカを休ませる場所はない?!。できればベッドとかがあれば……」
「……これは……医務室がいいね」
「場所は!?」
ウルバンは端的に医務室の場所を教えてくれた。それを聞いて、あたしはモニカに背中を向けた。
「モニカ、行こう。つかまって」
「へ、へいきです」
「いいから!」
無理やりモニカを捕まらせてあたしは背負う。軽いはずの彼女の体でもあたしには重い。本当に自分は非力だと思う。でも足に力を入れてあたしは走り出した。
「おい、大丈夫か」
ニーナも付いてきてくれる。訓練場を出てウルバン先生の言う場所まで走る。はあはあ、本当にあたしは馬鹿だ。あの技は無理をするものだと誰よりも知っているのにモニカのことをちゃんと見てあげてなかった。
くそぉ。くそ……。
医務室の前についたときあたしは息が切れていた。心臓が痛い。ニーナがドアを開けてくれる。中にはベッドが並んでいる。仕切りのためのカーテンもあった。生徒が何人かいて、ローブを着た少し太った男性もいた。
その人が話しかけてきた。お医者さんだろうか。
「どうしたんだ。訓練でけがをしたのか?」
「けがじゃないけど……この子をベッドで寝かせてあげたいんだ、どのベッドを使えばいい?」
「……ちょ、待ってくれ。魔族じゃないか」
「……は?」
その男はあたしの前をふさぐ。
「魔族にベッドを使わせたら別の生徒に悪いだろう」
何がだ。
「怪我をしているわけじゃないのなら少し別の場所で休めば平気だろう。魔族は体は丈夫なんだから」
……ころ――
あたしは自分の中の感情を唇をかんで抑えた。
「どいて」
「どいてって何をする気だ。魔族なんて連れ込むなんて非常識な」
「……」
あたしは中に入る。強引に男を押しのけて空いているベッドにモニカを寝かせようとした。
「ま、マオ様。わ、たしは平気ですから。私は、大丈夫ですから」
「いいから」
無理やり寝かせて上着を預かる。後ろから男の声がする。
「勝手なことをするな! 魔族の使ったベッドをほかの生徒たちも使うんだぞ!?」
「だから?」
あたしの声は低い。いろんなものを押し殺してゆっくりと振り返る。
「文句があるやつはあたしに言えばいいよ。全員許さないからさ。あたしの友達を馬鹿にするやつは……絶対に許さない」
「……っ」
男がさがった。でもすぐに言い返してくる。
「お前は確か入学式でも問題を起こした……問題児か。いいか? 魔族というのは穢れているんだよ。弱った魔族なんて連れてきて別の生徒が病気になるかもしれない。そうしたら責任が取れるのか?」
――あたしはこぶしを握っていた。それをニーナが抱き着いて止める。
「待て、マオ」
「止めないでニーナ。こいつっ!」
男ははっとした顔をする。
「その耳飾りはガルガンティア……力の勇者の一族の子か。君ならちゃんとわかるだろう、早くその子に説明をしてあげてくれ。常識で考えればわかることだ」
「…………」
ニーナはあたしを抱いて止める。
「マオ、お前は友達を馬鹿にするやつは許さないといったな」
「ニーナ……」
ニーナはあたしから手を離して振り返った。
「私も許さん」
その時ニーナの耳飾りが揺れた。彼女は一歩前に出ると男が下がった。ニーナが怒っているってわかった。その時後ろからウルバン先生がやってきた。男は今度はウルバン先生に言った。
「ああ、マスターウルバン。貴方からも言ってください。この子たちは魔族を連れ込んでいるんですよ」
「……」
ウルバン先生は彼の肩をもって耳打ちをする。そうすると男がびくりと体を震わせて逃げるように医務室から出ていった。一瞬のことであっけにとられてしまった。
「ははは、お腹が痛くなったのかな」
ウルバン先生はからからと笑っている。そしてあたしに聞いた。
「モニカ君は大丈夫かな?」
「いや……この前の模擬戦で無理をさせてしまったから、あたしが。それで」
「ちがいます」
モニカが言った。ベッドの上で白いブランケットで顔を隠している。
「全部私の意志でやったことっていった……じゃないですか。わ、私は。へいきですし、それに……それに
今、お二人のやってくれたことに……比べたら、あ、あの程度のことはな、なんどでもやれます」
モニカは顔を見せない。あたしとニーナは近くにあった椅子をもってきて横に座る。
あたしはモニカの背中をさすってあげる。これくらいしかできないから。




