魔力の使い方
「はあ? 誰が誰を教育するって? くそ雑魚?」
あたしをせせら笑うクリスの顔をあたしは真正面から見る。正直怖いんだけど。
赤い魔力をほとばらせる彼女の力は今のあたしを完全に上回っている。あたしは、銃にはすでに弾丸も魔力も込めた。連射ははできないから、外すわけにはいかない。
意外と冷静だな、と自分に対して思う。ゆっくりと歩きながらクリスに対して有利な位置に動こう。
「くそ雑魚っていってくれるじゃん。あんた、モンスターを操ることができるんじゃないの? 呼んだら」
「はあ? お前なんかにそんなものいるわけないでしょ。残った連中の足止めしとかなきゃね」
よかった! あのオオカミとかゴブリンまで来たらたぶんあたしは死ぬ。ミラとニナレイアがいればあいつらは大丈夫でしょ。
クリスは双剣を構えている。白い刃に赤い線を刻んだものだ。ゆらりと、クリスの体が揺らめいた。
あっ
次の瞬間にはあたしの懐にクリスがいた。右手の剣を振るのが見える。あたしは転げるように避けた。ぺっぺっ、泥が口に入った。勢いあまってあたしはくるっと地面で一回転した。
「逃げんな」
見上げた。
かがんだあたしから見れば、空から剣が降ってくるよう。あたしはまだ転げまわってよける。クリスはあたしを嘲笑うようにへっと笑っている。
「あーん? 私を教育するんじゃなかったの? 私は泥まみれになるようなこと教えてもらわなくてもいいんだけど」
なんとでもいえ、あたしは口の中に入った泥をぺっとはく。うえっ。クリスはあたしを舐めている。だから余裕を見せて仕留めに来ない。
「まあ、いいや。し~ね」
クリスの体が揺らいだ。あたしは、横に飛ぶ。今度は銃を構えながら。
目の前にクリスの体がある。銃口を向けて、引き金を引く。魔力が奔り、銃弾がクリスに飛ぶ。避けられないはず。
クリスの赤い魔力が収束する。あたしの目に映る。
銃弾がバチッと魔力にはじかれた。クリスは口角をあげて、あたしに笑みを向ける。やばい、魔銃のこともこいつはちゃんと計算に入れていた、怒っているように見えても冷静だった。
「死ね」
返す刀があたしに迫る。あ、死ぬ。避けられない。
「一の術式。炎刃!」
炎が横から迫る、クリスはちっと舌打ちをして身を引いた。
「あいてっ」
あたしがしりもちをついた前に、そいつがいた。短く切った金髪と黒い制服をたなびかせて、両手に炎を纏っている。そいつはあたしの宿敵の一人、力の勇者の末裔だった。
「…………貴様の相手は私がする」
ニナレイアはあたしを見ずに言った。あたしは立ち上がってスカートをぱたぱたとはたく。魔銃のレバーを動かして薬莢を輩出する。あたしの魔力じゃクリスの赤い障壁を突破することができない。銃身をぎゅうっと握った。
「あんた、来てくれたんだ」
「……ふん。お前が馬鹿なのはよくわかった」
まあ、馬車から相手にとびかかったってよく考えたらあたしはっちゃけていた気がする。
「その間にお前は逃げろ」
ニナレイアはあたしを片目で見た。耳につけたピアスが揺れる。逃げる?
「あのさぁ、雑魚が二匹になっただけでうざいんだけど」
クリスは赤い髪を掻きながら言う。
「そもそもさぁ、あんたさ、さっきの技。確か……力の勇者の一族が使う技でしょ、剣の勇者の末裔のあの女の知り合い?」
ニナレイアはクリスに向き合う。
「ミラスティア殿とは数日前知り合ったばかりだ」
「へえ、なに、そのくそ真面目な返答。面白くないんだけど、ていうかあんた聖甲は?」
聖甲とはミラスティアの聖剣「ライトニングス」と同じく魔王を倒した、ていうかあたしをぼこぼこぼこぼこ殴ってきた神造兵器の手甲のことだ。
「……ない」
「はあぁあ? マジで雑魚じゃん。そもそもあの剣の勇者の女も聖剣がなかったら今頃あたしのペットの餌だったのに、生意気に、私のペットを殺して……あ、そーだ。お前ら殺したら復讐になるじゃん、そうしよそうしよ。その服ひん剥いて殺して剣の勇者に見せよう」
かりかりと双剣をこすり合わせながら楽しそうにクリスは笑っている。
「やれるものならやってみろ」
ニナレイアがあたしの前で右手を振る。ニナレイアを中心に炎が渦巻く。彼女の両手両足は炎の魔力を纏う。
これはすごいものだろう、たぶん。でもあたしは本物の力の勇者の記憶がある。あいつは、ああ、憎たらしいくらいもっと、ずっとすごかった。
「きゃは!」
クリスがニナレイアに突進する。あたしはその間に銃弾を装填する。双剣が踊る。風を切りながら、間断なく動き回る。
金髪の少女はそれを紙一重で避ける。
「ぐっ」
ニナレイアの制服の肩がさける。血は出てない。あたしは心配だけど、魔銃に魔力を込める。焦るな、焦るな。
ニナレイアが拳を振るう。炎の拳打は輝く閃光のようにクリスに迫る、でもクリスはそれを双剣を重ねて受け止める。重なった白刃の間から邪悪な笑みを浮かべる赤い髪の少女。クリスの蹴りがニナレイアのみぞおちに突き刺さる。
「ぐっ」
小さな悲鳴を上げてニナレイアの体が宙に浮かぶ、あたしは駆けだした。地面に落ちる前に飛びつく、ずさぁと地面にこすれる。いたたた、あたしの体をクッションにしたはずのニナレイアはげほげほと苦しそうに咳をする。
「あはははは。雑魚。ほんと弱い。あんたのお得意の体術も私の蹴りの方が強いんじゃない。あはははは。きっと力の勇者の末裔っていったって出来損ないね」
あたしの上に乗っているニナレイアの顔が引きつるのをあたし見た。歯を食いしばって、あたしを見る。その悲痛な顔はまるで泣きそうにも見えた。
「逃げろ、お前は」
それだけであたしは思ったのだ。ニナレイアはきっと悔しくて仕方ないはず、でもあたしをかばった。あー、ここまで真面目も極まるとすごいわ。…………まあ、嫌いじゃないけどさ。
「やだね」
あたしは言ってやった。
「何を考えている、お前といても二人とも」
「二人であいつを倒す」
「はあ?」
教育してやるって啖呵切った手前恥ずかしいけどさ、今のあたしの魔力じゃあいつの防壁は破れない。ニナレイアの体術じゃ、あいつの武力に対抗できない。だから、力を合わせるだけ。
ニナレイアのわけのわからないっ、書いてあるほっぺたをぱしぱしとしてあたしはこいつに耳打ちする。ニナレイアはあたしに言った。
「………………やってやるさ」
「よーし」
あたしとニナレイアは立ち上がる。あたしは銃を肩に、ニナレイアは右手の炎を纏って。
「そろそろ飽きたわ」
クリスは言って突っ込んできた。あたしたちをあの剣で斬るまで数秒。
「ニナレイア!」
「ああ」
あたしが銃を構える。その横でニナレイアが魔銃に備え付けらた魔石に手をかざす。
あたしじゃ魔力が足りない。だからニナレイアの魔力をつぎ込む。ただ、あたしの目線の先でクリスが口角を吊り上げるのが見える。
――悪あがきごと、ぶったぎってあげる
きっとこんな事思っているんだろうね! へっ、魔王様を舐めるな!
魔石が赤く輝く、綺麗な灼熱の色。そこにあたしは手を重ねる。魔力を込めるわけじゃない、ミラの聖剣でしたように魔力の流れを構築する。時間なんていらない。あたしは魔力さえ使えれば今でも世界を吹っ飛ばせる知識がある!
引き金を引く。弾丸がクリスに向かって飛ぶ。
「しゃらくさぁあい!」
赤い魔力が収束して弾丸を包み込み。それではじくつもり。でもさ、あたしはそれはさっき見た。だからあたしはこの銃弾に魔法をかけたんだ。
「輝け!」
あたしの叫びを合図に、ぱあつと魔力に包まれた弾丸がはじけた。あたりを包む。あたしも目がくらむくらい。
「……ぅあ」
クリスの悲鳴が聞こえる。あたしには見えない。
「こんな子供だましであたしが倒せると思うなぁ!」
白い光の中でクリスが剣を振るう。そうさ、あたしは一人じゃない。片目をあけたあたしの視界が少し開ける。こうすることは最初からあいつには伝えていた。
「そうだ、これは子供だましだ!」
ニナレイアがクリスの懐に入る。腰を落として右手に炎を纏う。
「炎皇刃!」
炎が燃え上がる。ニナレイアが踏み込み、クリスに渾身の右拳が突き刺さる。拳を中心に渦のようになった炎をその身に浴び、彼女は双剣を手放し、後ろに吹っ飛ぶ。
光が消えていく。あたしが目をこすってみると、あたしには金髪の力の勇者、の末裔の後姿が見えた。
その先に赤い髪の少女が倒れている。
「勝った?」
「……」
ニナレイアが手であたしを制する。
「殺す」
クリスがゆらりとおきあがる。
「殺す」
憎しみをその顔面に貼り付けてあたしたちを睨む。口元からは血がながれている。間違いなく大ダメージを与えた。
「はあ、はあ」
ニナレイアが逆に膝をつく。魔銃に対する魔力供給と渾身の一撃で一時的に魔力切れを起こしているんだと思う。じゃああたしが、あ、足がもつれる。
あたしも膝がわらってる。あはは。
「殺す殺す殺す殺す、いたぶって殺す犯させて殺すなますにして殺す!!」
憎悪のこもった言葉。血走った目。クリスの体から今まで以上に魔力がほとばしる。
あいつ、今まで本気出してなかったのか。
「封印を解除してでも殺す!!」
「させません!!」
雷撃が飛ぶ。クリスはなんとかそれをよけ、地面に青い雷が落ちる。
「私の友達をこれ以上傷つけさせたりはしません」
ふりむくと銀髪に蒼い光を纏った聖剣。ミラスティアがいた。
「お前は……あたしのペットたちは」
「全て倒しました」
「ちっ」
クリスはあたしをちらりと見た。黒狼を倒したとき、あたしとミラで聖剣を操った。今のあたしにそれができるかわからないけど、警戒しているなら利用する。
あたしはミラの横に立つ。
「大丈夫。マオ」
「あったりまえ」
ああ、疲れた。クリスはあたしたちを見て、叫ぶ。聖剣の一撃はあいつにも効くはずでそれはクリスにもわかるはず。
「次は、次は、次は、殺す!!」
クリスは懐から札を出す。黒い魔法陣が展開され、そして彼女は消えた。
後には闘いの跡だけが残っている。あたしは草むらに身を投げ出したい気持ちを抑えて、膝をついている、力の勇者の末裔の前に歩く。
手を差し出すと、ニナレイアはあたしを見てからあたしの手をつかむ。ひっぱって起こそうとしてあたしは足をもつれさせて、後ろに倒れる。
「うわっ」
「わっわっわっ」
あたしとニナレイアは折り重なるように倒れる。ニナレイアはあたしを睨む。
「バ、馬鹿かお前は!! ちゃ、ちゃんとささえろ!!」
「に、ニーナこそ、重い」
「に、ニーナだと!? ななな。なんだその呼び方は!」
あ、なんとなく言ったけどこれでいいや、ニナレイア。はニーナ。まあいいや、でも疲れた。ミラ。おこしてぇ。




