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マオ様を……


 馬車がゆっくりと動いている。あたしは驚いて何も言えないままだった。


 目の前の座ったおじさんはすごく優しげな顔をしている。この人がミラのお父さん……それにあたしを退学させるように圧力をかけている? そうは……見えない。


「君はミラスティアと同じ年なのかな?」

「え? あ、はい。そうだ……そ、そうです」


 ちゃんと敬語を使わないといけない気がする。ミラとも約束したし、あたしはミラのお父さんと何か言い争う気はない。ま、まあ、あっちもそんな感じではないんだけどさ。ミラのお父さん……シグルズさんはほうほうと言いながら小さくうなずく。


「ミラスティアはなかなか人見知りなところがあるからね。大変だろう」

「そんなことない……ですよ。いつも助けてくれ……ます」


 うう、なんかぎこちない。自分でもわかる。それにしてもこの人が本当にあたしをやめさせようとしているのだろうか。……あたしと同じ馬車に乗ってきたのも何か意味があるんだろうか。


「あの、き、聞いていいですか」

「なんだい?」

「ミラと髪の色が違うんだ……ですね」

「ミラ?」


 その時一瞬だけシグルズさんの目が鋭くなった、少しの間、刹那ともいっていいかもしれない。そしてすぐに柔和な表情に戻った。


「あの子は私の妻に似ているからね。私自身も自分の母に似ててね、若いころは黒髪だったんだけど、最近は白髪が増えてきててね。悩ましいけど黒髪だったときは剣の勇者の一族は銀髪が多いから苦労したよ、年を取ってよかったことだ」

「そ……うなんですね」

「勇者の子孫というのは昔から偏見で見られることも多い。ミラスティアもそのあたりは苦労しているだろう。あの子は才能も力もあるからそれを利用しようとする者も近づいてくるかもしれない」


 ……!


「あの子は聖剣を継承してくれた。それでもまだまだ若いから親としては心配でね」

「……あたしは」


 シグルズさんはあたしの言葉を手で遮った。


「誤解を招いたなら申し訳ない。君がそうだと言っているわけじゃないよ。ただ心配しているといっているだけだ。最近あの子はよくわからないこともしているからね……例えばFランクの依頼を異常な数受けていたりね」


 ああ、なるほど。


 あたしはさっきエリーゼさんが権力を持った人も魔族も「嘘つき」だという言葉を思い出した。……ただシグルズさんは少し違うかもしれない。


 これでもあたしは魔王だった。その時も魔族の中でもいろんな人に会った。頭のいい魔族は常に言葉を選んで自分が不利にならないように立ち回っていたことも覚えている。そういう魔族は言っていることは優し気だけど、本当の言葉を隠している。


 たぶんシグルズさんはそれだ。あたしに近づいてきたのも別の理由があるはず。試すように「Fランク」といったのもそれだと思う。


 ……たぶん、たぶんだけどシグルズさんがこれからいう言葉はあたしにとってすごく嫌なものな気がする。


 ……その時、素直に反発してしまいそうな「あたし」がいる。


 ……それでもミラが望んだようにこの人と争いたいわけじゃない。


 …………あたしは、心の奥を覗くように目を閉じて息を吸う。こういう時に慣れているのはたぶん「あたし」じゃない。気の持ちようかもしれないけど。


 それでも――


「『私』が手伝ってもらいました」


 できるだけ声音を抑えた。魔王だったころの私がここにいる、とそう思うことにした。


 シグルズさんは言った。


「ああ。そういえば君は学園を後期の入学式を首席で合格したんだったね。Fランクの依頼を数百こなしたとか。入学式の挨拶は多くの人が驚いたと聞いているよ」

「……私は一人じゃ何もできないので、それでもみんなに手伝ってもらったこともFランクの依頼で出会った人たちのことも大切に思いたいと考えて言いました」

「………それはいい心がけだね。人の出会いは大切にするべきだ」


 がたがたと馬車が石の道を進む。あたしはシグルズさんの目を見ている。彼は言った。


「聞くところによると君は魔族とも仲がいいそうだね。それにさっきはあのようなところにもいた」

「私の友達に魔族の子もいます」

「……なるほど交友関係は広い方がいいとは思うが、付き合う人を考えることも重要だと思うよ。いや、君はいいかもしれないが、君が魔族と仲が良ければほかの友達が迷惑をするかもしれないだろう?」

「……」


 要するに。ミラの迷惑だと言っていると思う。『私』は両手でスカートをぎゅっと握りしめて感情を抑える。


「……シグルズさんは」


 彼の目を見た。


「ミラと会うなって言いたいんですか?」

「……」


 シグルズさんはじっと見てくる。何かを値踏みする……いやどうだろう。考えているような気がする。


「いや、驚いたな。そんなことを言ったつもりはないんだよ」


 まだ彼は本音を出さなかった。ただ顎を撫でながら言う。さっきまでより少しだけ冷たい目だった。


「……君のことは少し調べさせてもらってね。海の向こう……地方出身のようだね。……実は君の故郷の領主殿は知り合いでね」

「そう、なんですね」

「だから知っているんだが最近はいろいろと出費がかさんでいるらしい。私も領地があるからよくわかるんだが、行政というものにはお金がかかる。民からいただいた税は無駄遣いはできないといつも思うよ」


 シグルズさんは窓の外を見た。なんてことないよう言う。


「ただ君の故郷の領主から相談を受けててね。税を少し増やすべきかとね」

「……!」

「どうなんだろうね。私はどう返すべきか悩んでいるんだが、これが難しい問題だ。民にとっては厳しい話だしね」


 脳裏にお父さんとお母さんと弟の顔が浮かぶ。私は自分抑えることに必死になる。目を閉じて、スカートをさらに強く握る。


「ミラと離れないとそうする……ってこと?」

「……勘違いしないでほしい。そんなことは言っていない。私はただ相談を受けているといっているだけだ。……ただそうだな、君の故郷は大変だと思うから君はむしろ冒険者のような不安定な職業に就くのはやめて故郷でご両親を手伝った方がいいとは、個人的な意見として思うよ」


 いつの間にか馬車が止まっていた。窓の外には赤いレンガで囲まれた屋敷が見える。


「おや、騎士団の拠点についたようだね。ミラスティアの友達の君が故郷に帰るときには旅費や生活費が大変だろう。援助させてほしい。もちろん君の故郷の領主殿にも良い返事をしよう」


 シグルズさんは私の肩に手を置いた。


「よく考えた方がいい」


☆☆


 騎士団での取り調べのことはよく覚えていない。いろいろと聞かれた気がするけどどこか上の空というか、別のことをずっと考えていた。だから解放されたときにはもう夕方になってて驚いた。


 ふらふらと騎士団の屋敷から歩いていくと声をかけられた。


「マオ!」


 あたしが振り向くとみんながいた。ラナとニーナと……その後ろにミラにモニカ。モニカは無理をしてきたのかもしれない。でもみんな同じであたしのことを心配してくれたんだと思う。そういう顔をしているって思った。なんか思考がフワフワしている。


「あんた、大丈夫?」


 ラナの言葉に「あーそうだね」と返した。どことなく自分の言葉じゃない気がする。


「しっかりしなさいよ」


 ラナがあたしの肩をもって揺さぶる。それで少しだけ意識がはっきりしてきた気がする。だから近づいてきたミラの顔が見えた。心配してくれているだけじゃない、すごく不安そうな表情をしている。


「ま、マオ。お、お父さんと会った?」

「……会った」

「何か……言われた?」

「……ん」


 ミラに言うべきかどうかを悩んだ。まだ頭がぼんやりしている気がする。ぼんやりしているというか……。


「マオ!」


 ミラはそれでもあたしの名前を呼んだ。あたしはみんなを見た。それから話す。


「ミラのお父さんと会って。はっきりとしたことは言われなかったけど、すごく遠回しにミラとやっぱり離れるように言われた」

「……っ」


 ミラはうつむいた。あたしはまだ言葉を続ける。


「もしも、ミラと離れないとあたしの故郷の領主に言ってたぶん、あたしの村とかの税を重くするって言われて……それで、それで」


 あたしもうつむいた。ミラはあたしの言葉を聞いて泣きそうな顔をしている。夕日があたしたちの影を長く伸ばしてる。


 あたしは息を吸った。


「あああああああむかついた!!!!!!」


 どかーんとあたしは言った。


 いーままでずーーーーと抑え込んでいたのが一気に噴き出してきた。その場で足を鳴らして、みんなびっくりしているけど、我慢しまくったんだから!! いいじゃん!!!


「なーにが税を重くするだよ!! そんなんでミラと離れてなんかやんないもんね!!! やるならやってみろ!!! あたしがいっぱい依頼をこなして村の分を全部払ってやる!!!!!」


 あたしは両手を上げて叫ぶ。


「マオ様をなめるなっ!!!」


 ぽかーんとした顔でミラがあたしを見ている。でも、少しすっきりした。


「何? ミラ、お父さんと約束通り喧嘩なんてしてないよ」

「う、うん?」

「でもそんなことでミラと離れたりなんかしないからね。あーおなか減った。ラナ帰ろ」


 ラナも呆けた方をしてたけど、はっと笑った。


「あんたほんと無敵ね」

「なにそれ」


 モニカがはあとため息をつく。


「ミラ様のお父様もこの王都で一番敵に回したら厄介なのがマオ様だとわかることになると思います」

「え? なにそれ」


 あたしが聞くとラナがモニカに言った。


「それは間違いよ」

「な、なんででしょうか」

「敵に回したら厄介なのは王都一じゃないわ。世界一よ」


 いや! モニカもはっとした顔をしないでよ、なにいってんのさ! ケンカしないようにすごーく抑えたんだよ。あたし! 頑張ったんだから!


「ニーナはあたしが頑張ったのわかるよね!?」

「そこで話を振られても困る……えっと」


 ニーナがあたしの頭をなでてくる。何してんの!??


「こ、こうすればいいかと」

「……じゃあニーナもほめてあげるよ。いいこいいこ!」

「や、やめろこら。さっきのは冗談だ!」


 ニーナの頭をなでようとしてニーナが抵抗する。二人でお互いの頭をなで合いをしようとしてお互いにいやいやして両手をつかんでぐるぐるその場を回る。 あーもう、なんだこれ。もう!!


 あたしはとりあえずミラに向き合った。


「明日から学校も依頼もお金のこともいろんなことが忙しくなるけどさ、ミラのお父さんがどうやってもあたしは負けないから。……でも今日は帰ろっ。ミラもうちに来る?」

「…………いいの?」


 あたしはミラの手を取る。


「うちに来るかどうかって聞いてるのにいいかどうかあたしに聞いてどうすんの! 来る?」

「……行く」

「よし。じゃあ帰ろ」


 あたしはミラの手を引いて家路につく。明日からは忙しくなりそうな気がする。


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