王の剣
部屋を出てすぐにぱたんと閉じる。ふうと息を吐く。
ミラのお父さんはあたしの知らないところで全部をやろうとしている。もともと話をする気なんてないはずだ。だからこそこの機会に会えるなら会いたい。少なくとも一目見ておきたい。それであたしは顔を上げる。
この屋敷……って言っていいのかな。魔族のそれは2階建て。上の階にあるモニカの部屋出ると吹き抜けの作りでエントランスが見える。そこには複数の魔族と向き合って鎧と白いマントを着た集団が対峙している。
魔族側の先頭に立っているのは青い髪の女性……エリーゼさんだ。
逆に向かい合っているのも女性……ミラのお父さんではないみたいだ。彼女は鎧を着ていない。ただ白いマントををつけた短い銀髪の女性。きれいな人だけど、ただその左目には剣で刻んだような傷があった。
その女性が話をしている。
「つい先刻にエーベンハルト侯が襲撃されたことに魔族側はかかわっていないとそういうのですね?」
大勢がいるのにその女性以外は口を開かない。だから不気味なほどに静かだった。そういえばラナ達はどこに行ったんだろうか……。見回しても姿はない。
「ええ。我々はかかわっておりません」
エリーゼさんが答えている。彼女の声は凛としている。まったく気圧されていない。やっぱり魔族の中の重要な人物なのだろうか? 同じように思ったのだと思う、銀髪の女性もいぶかし気に聞いている。
「……失礼だが貴方は?」
「私は……ご挨拶が遅れました。魔族自治領ジフィルナの領主ライン・バーネットが娘のエリーゼ・バーネットと申します。我々の王都の代表であるギリアムは戻っておりませんので」
「……なるほど。バーネットの娘……。失礼した。私は騎士団『王の剣』に所属するレイ・アンバーと申します」
……エリーゼさんは自治領の領主の娘なんだ。フェリシアが従った理由が分かった気がする。レイ……さんは一度頭を下げてからエリーゼさんを見た。表情がほとんど動かない、なんとなく冷たい印象があった。
「しかし我々も調べる必要があります。最近は魔族の不穏分子が事件を起こすことが多く、襲撃されたエーベンハルト侯からも要請が出ております。あなたが自治領の娘であれば、我々に同道していただきたい、騎士団で取り調べをさせていただきます……当然疑いが晴れれば放免いたしますので」
「……わかりました」
エリーゼさんはうなずくと魔族の中でざわめきが起こる。それは彼女は手で制した。
あたしはミラのお父さんが来ていると思って部屋を出た。でも、下にはそんな感じの人はいない。どうするべきかと思った時にあたしは見た。騎士団の何人かがエリーゼさんに近づいていく、その手には手枷や鎖があった。……え? ちょっと待ってほしい。
「待て!」
叫んだのは一人の少女だった。フェリシアだ。全員がそちらを見る。彼女は人間をにらみつけている。エリーゼさんが何かを言おうとする前にフェリシアが叫ぶ。
「貴様らいい加減にしろ! エリーゼ様はお前らについていくと言われているのに罪人のように扱おうとするのはおかしいだろう!」
レイさんがフェリシアをちらと見て近づく。かつかつと彼女が歩く音が響く。
「我々は王命を帯びて行動をしている。貴様のような薄汚い魔族の小娘が口を挟むべきではない」
さっきまでの口調と違った。フェリシアはその彼女をにらんでいる。
「薄汚いのはお前ら騎士団だ。そもそも私たちがやったという証拠でもあ――」
フェリシアの顔をレイが手の甲で殴った。フェリシアが体をのけぞらせたところに腹部に膝蹴りが入る。あたしははっとして叫んだ。
「フェリシア!」
彼女は地面に手をついてうずくまっている。レイはあたしを一度見た、すごく冷たい目だった。それからすぐにフェリシアを見下ろす。
「勘違いするな魔族。我々騎士団を侮辱する権利など貴様らにはない。本来であれば滅ぼされてしかるべきところを王の慈悲によって生かされているだけだということを忘れるな」
レイは全員を見渡して言う。
「自治領というがそもそも我らの王の土地であって貴様らの領土ではない。……名目だけの領主の娘が貴族の一員だとでも誤認したのか? 一般の良民にすら劣る存在だということを理解しろ。さあ、連れていけ」
そういってレイはエリーゼの側にいる騎士数人に顎で示す。
「待って!」
それを止めた。あたしは一階まで降りていた。レイの冷たい瞳があたしを見る。
「フェリックスの制服……。それに人間?……あなたは?」
「あたしはマオ。そのフェリシアの友達」
「マオ……?」
はっとした顔をしているレイ。たぶんミラのお父さんから聞いているんだと思う。フェリシアはうずくまったまま「ちがう」とだけ言ってくる。
「貴方があのマオ……なんでこんなところに?」
値踏みするようにレイは言う。あたしはごくりと息をのんだ。全員の目があたしを見ている。なんでといえばただモニカのお見舞いに来ただけだ。でも、あたしは言う。
「その……エーベンハルトって人の襲撃されたときにあたしは現場にいた」
「……!」
「仮面をつけた……人が襲撃してきたのをあたしと……近くにいた冒険者で撃退した」
レイはちらりと後ろの騎士を見る。騎士の一人が言う。
――確かに現場でフェリックスの生徒が戦っているのを見たという目撃証言があります。後で学園に聞き取りをする予定でした。
レイはあたしに向き直る。何か言おうとする前にあたしは言った。エリーゼさんを指さす。
「だからさ、その人を連れていくよりもあたしが付いていった方が話ができるよ」
「…………なるほど。しかしそこのエリーゼ嬢にも来ていただく必要がありますので」
「なんで」
「魔族を取り調べることは我々の仕事の一つなので」
「でも、証拠はないじゃん。あの現場ではここにいる魔族の人は誰も見なかったよ」
言いながらあたしは冷たい汗が流れるのを感じた。対峙したときにあの「仮面の人物」は魔族だとあたしは思ったからだ。ただレイはあたしを不快気に見た。
「まあ、いいでしょう。有用な情報をあなたは持っていそうですから。……あなただけでも騎士団まで来てもらいましょうか」
あたしはうなずいた。その前にフェリシアの側に行った。
「大丈夫? フェリシア」
「……」
彼女はあたしの手を振りはらった。赤い瞳に憎しみを映してあたしを見ている。
「触るな人間……」
あたしは何も言えずに一度目を閉じて、それから立ち上がった。レイの前に立って両手を出す。
「なんのつもりですか?」
「だって、さっきエリーゼさんを捕まえようとしたでしょ」
「あれは魔族だからです。あなたにはそのつもりはありませんよ」
「……あたしをさ捕まえるか。エリーゼさんやフェリシアに謝ってくれるかしないならついていかない」
「……貴様」
レイは憎々し気にあたしを見ている。
「なるほど団長の気持ちが分かった気がする。おい、この頭のおかしい小娘に手枷をしてやれ」
あたしは目をそらさない。騎士団の人たちは「それは」とか言っている。そう思うならエリーゼさんの時も言ってほしい。
「……少し待ってください」
エリーゼさんが口を開いた。
「勝手に話を進めないでいただけますか? 私は行かないとは一言も言っていませんし、抵抗する気もありません。……『ザイラル』に所属する教養のない一兵士が騎士団を侮辱したことも謝罪します。申し訳ありません」
エリーゼさんが前に出る。
「その少女が証人として有用であればお連れなされるのは仕方ありませんが、見てください。ただの少女です。手錠をするのはおかしい……それこそ騎士団にとって不名誉ではありませんか? 我々のような魔族とは違うのですから。そうでしょう?」
「……」
レイはちっと舌打ちをした。
「……あなたはちゃんと話が分かる人物で安心しました。……おい、この二人を連れてこい」
騎士団の数人がエリーゼさんを取り囲む。あたしも付いてくるように指示された。……一応どっちにも手枷はされてない。
屋敷の外に出ると馬車が止まっていた。少しの間だけエリーゼさんと並んで歩く。
「君のことは噂では聞いてたけど、本物に会うとやっぱりちがうなぁ」
「……勝手に話に入っちゃったから」
「そうね。大人の話に子供が入っちゃうと困ることもあるよね。でもまあ、ありがとう」
エリーゼさんがあたしの頭をぽんぽんとなでる。んん、子供扱いされているなぁ。
「それでもマオちゃん。時には黙っていることもいいことだと思うよ。人でも魔族でも権力を持った人間なんてみんな嘘つきだから」
「……?」
もう少し話をしようとしたらエリーゼさんが騎士の数人に連れていかれる。
その時ラナの声がした。見れば群衆の中にラナとニーナがいる。そっか外にいたんだ。ラナがすごく焦った様子だ。あたしは心配させたくないし、できるだけ軽く言った。
「マオ! あんたなにしてんのよ」
「あ、ラナ。少し騎士団に行ってくるよ。夕食作るの手伝えないけどさ」
「な、なんでそんなことになるのよ。ちょっと」
「大丈夫だって、ちょっと話をしてくるだけだから」
それだけであたしも騎士団の人が呼びに来た。馬車に乗るように言われた。一度だけモニカの部屋を見ると人影が見える。たぶんミラとモニカだと思う。
馬車は装飾のついた豪華なものだった。剣の文様の付いたドアのついたそれは一つの部屋のようになっている。向かい合った座席はふかふかだった。
「なんか豪華」
純粋な感想をあたしは口にした。しばらくしてもう一人男性が乗り込んできた。白髪の混じった髪をきれいに整えた精悍な顔つきの……おじさん? 柔和な表情のその人は騎士団の白い服装をしている。
見張りかな。あたしはとりあえずぺこりと頭を下げて挨拶をする。しばらくして馬車は動き始めた。からからと音がする。御者さんの腕がいいのかな、全然揺れる感じがしない。
窓の外を街並みが流れていく。これガラスだ。馬車に使うなんてすごい。そんな風に思っているとおじさんが声をかけ来た。
「……君がマオ君か」
「うん。あたしはマオ……えっとおじさんは?」
「私か? 私の名前はシグルズ・フォン・アイスバーグ。騎士団『王の剣』の団長と兼務して王都周辺の兵団長をしている」
……は?
おじさんはにこりと笑う。
「いつもミラスティアと仲良くしてくれているそうだね?」
あたしの目の前で彼は言った。




