大したことのない話
『マオ。こいつのここ、こうした方がいいんじゃない?』
『マオ様このリボンを使ってください』
『……私も少し髪を伸ばそうかな』
わいわいとフェリシアを囲んでみんなで話す。あたしはフェリシアの髪をヘアブラシで梳きながらそれを聞いている。リボンをつけたり、香油を少しだけつけたり……
「少し髪が痛んでますよ……ちゃんと毎日ケアしないと……マオ、ちょっとだけ代わって」
「いいよ」
ミラにヘアブラシを渡して彼女はフェリシアの髪をブラッシングをする……。なんかあたしよりずっと丁寧でなんていうか、うまいって言えばいいのかな。ミラもちゃんと髪の手入れをしているのかな。
「ミラの髪もきれいだよね。長くてきれいだし」
「でも大変だよ。マオくらいが一番いいかも」
フェリシアの髪を梳きながらミラは少しはにかんだ。でも確かにミラやモニカは髪の手入れとか大変そう。最近は忙しかったし、村にいるときはお母さんにやってもらってたからあんまり自分で気にしたことがなかったなぁ。
「ラナは髪を伸ばさないの?」
赤い髪を指でつまみながらラナが言った。
「私の故郷はむしろ女性もこれくらいが普通なのよ。髪を伸ばすとすれば結婚したあとって風習ね」
「へー。ラナってどこの生まれなんだっけ?」
「ずーっと南の方よ。なんもないところ」
「田舎なんだ」
「あんたに言われたくないんだけど!」
うわっ。ラナが掴みかかってきた、あたしは逃げる。みんなも笑う。
そんな感じで時間が過ぎていく。
そして、ある時にフェリシアが口を開いた。
「……貴様ら。遊んでいますね?」
いつの間にかツインテールになったフェリシアがにこにこしながら聞いてきた。でも多分心は笑っているわけじゃない。
やばい。すこしやりすぎた。でもさ、かわいいよ。
「うるさい!」
しゅるりとリボンを取って頭を振るフェリシア。あたしたちはみんなびくってなった。髪ってやっぱり大切だから遊びすぎたかも……。フェリシアはそんなあたしたちを見ながら言った。
「この際だからはっきり言っておきますが、この前のくだらない模擬戦はウルバンに脅されて参加しただけで、貴様らのオトモダチになった覚えはありません」
「でもさ、フェリシア。髪がすごくいい香りがするよ」
「……はあ?」
フェリシアは自分の髪を手でもって少しだけ鼻を近づける。きつい表情がほんの一瞬だけ崩れた。そしてすぐにはっとした顔をした。
「か、関係ないですね。私はモニカさんとは違います。へんな懐柔が通用するとは思わないことです。そもそも貴方たちはお見舞いに来たのでしょう? 用事が済んだらさっさと帰ってくれませんかね? 私は暇ではないんですよ」
ふんって感じにフェリシアが両手をくんでそっぽを向いた。プライドが高いなぁ。魔王だったあたしより上からも知れない。
「でも確かに長居したら悪いよね。モニカごめん」
「え? いいえ、ぜんぜんいいんですよ。寝ているだけでは退屈ですし」
モニカは少しだけ寂しそうな顔をした。何となくわかる気がする。あたしもモニカとかニーナが帰るとき少し寂しいもんね。ラナはいつも一緒だけど。
「元気になったらうちにまた来なさいよ」
ラナ……うん、そうだね。あたしはそれがいいと思う。
「はい」
モニカも笑ってくれた。それじゃあみんなで帰ろっか。……おっとその前にモニカから借りたリボンとか髪飾りとかをちゃんと片付けておこう。モニカこれどこにおいておけばいい?
「やっと帰るのか……、二度とこないでくださいね」
「ほんと口が悪いわねあんた」
「ラナ……さんでしたっけ? 私には貴方たちと仲良くする理由がないのでね」
「マオより年下のくせに」
「!」
え? なに? 聞いてなかった。あたしのことを呼んだ? なんかラナがにやにやしているし、フェリシアはそれをにらんでいる。何言ったんだろうか。
「ラナさっきなんていったの?」
「なんでもありません。特にあなたには」
フェリシアがずいと前に出てきた……なんなのさ。まあいいや。とりあえず部屋を出ようとしたところでモニカに呼び止められた。
「あの。マオ様……少しだけいいですか? それにミラ様も……大した話ではないんですが……」
あたしはミラと目を合わせた。ラナ達が「先に待っているわよ」と言って出ていく。ドアが閉まった時3人だけになった。モニカはベッドに腰かけたまま何かを言いたそうにしているけどなかなか口を開かない。
「いや、そのほんとうに大した話ではなくてですね。特にいうべきことではないとは思うのですが……」
「……? 何でも言ってくれていいよ」
「ありがとうございます。あのそうですね。お二人とも座ってもらえますか?」
「うん」
ミラが部屋に椅子に座って、あたしはモニカのベッドに腰かける。モニカはそれを見てからやっぱりたどたどしく言う。
「それでは……といってもさっきから言ってるように何でもない話なんです。今日は皆さんが訪ねてきてくれて……その、ここ最近すごくいろんなことがあったからですね……みんなでさっきお話をして…………いえ……することができて」
モニカはあたしを見た。
「よかったなぁって思って」
モニカの紅い瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「それ……だけなんですけど、本当にそれだけなんですけど、マオ様とミラ様がちゃんと一緒にいることもラナ様もニーナ様も……あといちおうフェリシアもいて。その、なんか、安心して、しまって。ぐす。す、すみません」
…………。
あたしはいつの間にかモニカに抱き着いてた。ミラとちゃんと話ができたのはこの子のおかげなんだ。モニカがいてくれないとできなかった。あたしは結局助けられてばかりだ。
「ありがとうね、……ありがとうモニカ」
「マオ様……」
あたしも涙が出てきた。またラナに泣き虫とかいわれそう。モニカを離して、袖で目元をごしごしとこすった。その時にふとミラをみた。暗い顔をしている。あたしはそれを見て、彼女の両手を取った。それから笑いかける。ミラははっとした顔をしている。
「ミラ。……ミラもいろんなことを考えてくれたよね」
ミラはそれでも顔を上げない。
「モニカが言ったことわかるよ……。私は、私のことでみんなとの関係を切ろうとしていた。それがなくならなかったことをに……ほっとしてて……でも、それは私のせいだったから。そんな資格はないから………」
あたしはミラの手をぎゅっと握る。
「資格とかそんなのいらないよ。ミラはみんなと一緒にいれることがよかったって思う?」
「………………」
「えい」
「痛い!?」
ちょっとつねってやる。ミラは顔を上げた。あたしは真剣な顔をする。
「ミラはさ自分の言葉を飲み込むところがあるけどさ、あたしはミラの思っていることが聞きたいって思う。それがどんな言葉だったとしてもあたしは……聞きたいな。ほら、まあ、大丈夫だよ。あたしはその……まお……あ、ま、マオだから!」
魔王って言いかけた! 変な言い回しをしちゃったよ。それが分かったのかミラは少しだけ笑った。それから静かに話をしてくれた。
「私は……勝手だけど……よかったって、思う。本当に……勝手なんだけど」
ミラはあたしの手を握り返してくれる。
「……怖かった、全部怖かった、今までの思いでも……なにもかもなくなるのも全部。でも……マオともみんなとも会えなくなるのを覚悟しているって自分で何度も何度も何度も心の中で言い聞かせて、自分が選んだ道だから仕方ないって思って」
ミラの頬を涙が伝っていく。
「ごめん。全然話をまとめられない。自分が何を言いたいのかちゃんと言えない……」
「ミラ」
ミラがあたしを見る。
「きれいになんて言わなくてもいいよ。ただ、ミラが思っていることをあたしは知りたいだけだから」
「……私は、私はね」
その時叫び声がした。いや、叫びというよりも怒号に近い。
フェリシアの声な気がした。あたしたちははっとして立ち上がる。何かを言い争う声が下の階からする。モニカがあたしに話しかける。
「マオ様」
「あたしちょっと見てくるよ」
「マオ様……。あれはおそらくは……大丈夫です。マオ様もミラ様もここにいてください。特に危険はないですから外に出てはいけません」
「……?」
モニカはあたしの裾をつかんでいる。あたしとミラは困惑するしかない。
「でもフェリシアの声だった気がする」
「マオ様、あの子は魔族の自衛組織の一員ですから……。それに繰り返しになりますが危険自体はありません。ここにいてください」
強い力でモニカはあたしを引き留める。
「ひっ」
ミラが小さな悲鳴を上げた。えっ!? とあたしが見ると部屋の窓からミラは外を見ている。あたしはその横について外を見る。公館の周りに馬車と大勢の兵士に囲まれている。その馬車には剣の形を模した模様がある。
「お父さん? なんで」
「ミラのお父さん!? ここに来たの?」
「わ、わからない、でも、あの紋章は」
無言でぎゅっと袖をつかんだモニカの力が強くなる。
「マオ様。これはおそらく魔族に何らかの事件の嫌疑がかかっています。その調査で騎士団が動いているのかもしれません。……さっきマオ様がここに来る途中に貴族の襲撃の事件があったとのことですね? きっとそのことです。よくあることです」
「よくあることって」
……実際に襲撃したのは仮面をつけた「魔族」だとあたしは思う。実際に顔を見たわけじゃないから確証はないけど……それでもそれに気が付いているのはたぶんあたしか……もしかしたらミラもかもしれない。……でもほかの人が気が付いてるとは思えない。だから魔族だからって疑っていると思う。
あたしはモニカの手をつかんだ。
「モニカ。もしミラのお父さんがいるとすればあたしは会いたい」
「マオ様!」
「だ、だめだよ。マオ」
二人は止めてくる。そうだよね。それでもあたしは言う。
「大丈夫だよミラ、モニカ。あたしは大丈夫。心配しないで、今度は無茶しないから」
モニカの手をできるだけゆっくりと解いて、部屋から出ていくためにドアに近づく。ドアノブに手をかけると自分の心臓の音が聞こえる気がする。
一度息を吐いて、あたしはドアを開く。




