三大貴族
――マオちゃーん
――おう、マオ
――にゃー
あたしは知り合いに会うたびに挨拶をして歩く。王都は結構走り回ったから短期間だけど知り合いが増えた気がする。
「あんた、ゆうめいじんね」
「そうかな」
ラナがそう言って飽きた顔をした。でも逆に知り合いとあっているのに何も言わずに通り過ぎるのは悪い気がするじゃん。「ね、ニーナ」とあたしはニーナに言う。
「あ、ああ。そうだな……お前と一緒にいると私も顔を覚られているみたいで、たまに声を掛けられる」
「そうなんだ」
「Fランクから上がるのを頑張れと言われた。完全に勘違いされていると思う」
「……そ、それはごめん」
ラナが「わかる」といった。
「そう、歩いているとたまに食料をもらったりするのよね。こいつも帰ってきたときになんかもらってたりするし……。まとめてエトワールズ自体が変な方向で有名になってきているかもしれない。マオのせいで」
「い、いいじゃん。……そ、そんなことよりもさ、モニカに何か買っていった方がいいかな」
「そうね。お見舞いなら果物……。市場に寄っていきましょうか」
道を変えて歩く。あれ、なんか人が多いな。いつも王都の市場の周辺は人でごった返しているけど、今日は特に多い気がする。人だかりができていた。ラナがはーと息を吐いた。
「ああー悪いときに来ちゃったかもね、きっと大貴族様が馬車で通るのよ」
「へー、それでこんなに人がいるんだね。でもなんで?」
「なんでって……大貴族様の馬車が通るのに護衛とかの必要があるからでしょ。道が封鎖されてんのよ、その間」
そんな会話をしていると大きな歓声が上がった。あたしは背が小さいからよく見えないし、流石に大人たちが前にいたらラナもニーナも背伸びしても前がわからない。人に押されそうになる。道の両側に人が誘導されている。道の真ん中を開けるってことかな。
『エーベンハルト様!』
どこからか声が聞こえてきた。それが貴族の名前……あ、家名かな。
「エーベンハルト家といえば三大貴族の一角だな」
「ニーナ、三大貴族って?」
「ミラのアイスバーグとエーベンハルトそれにドーラハムの3家のことだな。王国の中でもそれぞれ巨大な領地を持っている。エーベンハルトは善政を敷いていることで有名だから庶民に人気がある」
「ガルガンティアは入ってないんだ」
「私の家は……辺境に領地があるし……あまり中央とはかかわりが薄いから……」
へー。まあ、いいや。でも見えないけど大通りを馬車が通り終わるまでの間渋滞が続くってことだよね。どうしよっか。どっちにしろ戻るのも難しそうだから待っているしかないかな。
そう思っているとぱからぱからって音をして鎧に身を包んだ騎兵が何人か道を先行している。多分道を開けているんだろう。馬は着飾ってて花の文様の布をつけている。あれが家紋かな。
その後ろを大きな馬車がやってくる。その馬車の入り口のところ、身を乗り出して男性が手を群衆に振っている。美形で金髪の彼は笑顔で大きく手を振っていた。
「おおーい。ありがとー! ありがとー」
あれがエーベンハルトの人かな。群衆も歓声で答えてちょっとうるさい。でもあたしたちのところまでもうやってきているってことはもう少しってことだよね。あ、金髪の人があたしと目が合った。ぱちってウインクしてきた……うーん。小さく手を振り返しておこう。
「随分陽気そうな人ね」
「ラナも初めて見るんだ」
「何度か遠目で見たことがあるけど……こんな風に馬車から身を乗り出しているところは初めて見るわ。まあ、とりあえずもう少しで市場に行けるようになるでしょ」
「そうだねー」
……そういった後、あたしはぞくりとした。なんだろう。何かを感じる。どこかで強い魔力を感じる。あたしはあたりを見回す。
「マオ?」
「どうしたんだマオ?」
近くじゃない。近くだったらもっとはっきりと感じているはずだ。あたしはエーベンハルトの馬車に行く先を見た。大きな建物がある。尖塔を備えたその頂上に人影があった。遠目だけど……仮面をつけている。
仮面。あの夜のことを思い出した。ただ……あいつじゃない。
「ラナ! 魔力を貸して!」
「な、なによいきなり」
「いいから」
先頭から人影が飛んだ。魔力が収束していくのがわかる。あたしはラナに手を掴んでもらう。魔力を体に通す。
「クリエイション!」
魔力を糸の形にして形作る。魔銃の形に光が集まる。あたしは感覚を強化して落ちてくる人影を狙う。あたしの周りから驚きの声が漏れると同時に、空からの人影に気が付いた人の悲鳴が聞こえる。
『エーベンハルト!!!!』
仮面が叫びながら魔力を腕に集める。馬車の真上。すさまじい魔力量を感じる。あのままなら金髪の貴族は粉々にされる。馬車は異変に気が付いてむしろ止まっている。
「ニーナ! あたしを少し浮かして」
「は!? ……わかった」
あたしは手に持った魔力の銃持って、両掌を組んだニーナの腕に足をかける。そのままニーナが上にあたしを宙に飛ばした。集中する。魔力の銃は感覚だ。仮面が落ちてくる刹那にあたしはそれを射撃する。
光が一直線に仮面を襲う。純粋な魔力の光弾だ。
「!」
仮面は不意を突かれたのか右手で体をかばって光弾を受けた。そのまま地面に落ちる。受け身をとって体勢を整えるのが見えた時、あたしも地面に落下した。手の魔力の銃は消える。奇襲を防ぐことはできた。
「っと…………なんだあいつは!」
ニーナが受け止めてくれる。一瞬遅れてこの場は様々な声が響いた。怒号も歓声もごちゃまぜんになっている。ただ、次の瞬間にはそれは悲鳴に変わった。
仮面は強大な魔力を放出した。空気が揺れるほどに禍々しい力。それに当てられた人たちの悲鳴が響く。
「エーベンハルトぉ!!」
殺気を含んだその声に群衆が悲鳴を上げて逃げていく。護衛の騎兵が仮面に戦いを挑んでいるけど、蹴散らされている。
「何よあいつ。あれが前にマオが戦ったっていう仮面の男なの?」
「ラナ……たぶん違うよ。前は剣を使っていた」
それに……この魔力に『魔族』を感じる。仮面の下にもしかしたら紅い瞳があるかもしれない。あたしはそれを思って走り出した。魔族なのだったらという焦りがあった。
「あ、こら!」
突如戦場になった広場で仮面は叫んだ。体に黒い魔力を纏って、手甲をつけた両手で暴れまわる。兵士の人たちも手練れとは思うけどひとりまたひとりと倒されていく。くそー、こんなことなら魔銃を持ってくるべきだった。いつもそうだけど、武器をもって町を歩くなんてしたくないのに。
仮面はフードをかぶっている。あいつは私を見つけた。
「邪魔をしたのはお前か……」
黒い魔力が地面を割る。この出力は『魔骸』を発動したモニカ以上かもしれない。ということはやっぱりそれが使える魔族じゃないのか。
地面には大勢の何人かが倒れている。あたしがそれを見た瞬間に仮面は右手に魔力を集中させて地面を殴る。
轟音が響く。舞い上がった土煙と爆風にあたしは倒れそうになる。いや、すさまじい勢いで仮面が突っ込んでくることが分かった。数秒もない。いつもこうだ。思い余って体が先に動いてしまう。魔族だからって今の武器もない状態で前に出てくるなんてうかつだった。
砂煙を破って仮面が目の前にいた。その拳があたしをとらえる一瞬に人影が間に割って入った。
拳と剣がぶつかり合う。青い稲妻がはじけた。仮面が下がる。
あたしにはその背中が誰かすぐにわかった。白銀髪をなびかせて、手には聖剣を持っている。
「……マオには手を出させません」
あたしの親友のミラがそこにいた。




