積み重なったトラブル!
フェリックス学園の一角の部屋に彼らは集まっていた。
あまり広くはないその部屋にいたのはグランゼフ学園長を中心としてフェリックスの教師資格を持つ6人だった。
部屋は薄暗く、埃っぽい。彼らの前には古びたテーブルがあり、そこに肘でも乗せようものならぎいぎいと音を鳴るほどに痛んでいた。
彼らには共通点がある。「マオ」という学生の授業を受け持った先生たちということだ。
ゲオルグ・フォン・ヴォ―ド。
リリス・ガイコ。
ウルバン。
ポーラ・ジャーディス。
チカサナ。
クロコ・セイマ。
6人はなんで自分たちが集められたのか探るように学園長を見ている。そしてこのような部屋で話をする意味も図りかねていた。
開けた窓のカーテンが風に揺れている。最初に文句を言ったのゲオルグだった。彼は煩わしそうに自らのくすんだ青い髪をかき上げた。
「学園長、なぜこのようなところに集まらなければならないのですか? 私は忙しいのですよ?」
苛立ちをそのまま声に出すように彼は言った。
「まあ、まあ。生徒にブチ切れて教室ぶっ壊したなんてサイテーなことをしたから賠償するんだっけ?」
その横に座っている女性はきれいな水色の髪をした女性だった。髪を後ろでまとめている。彼女は整った顔だちとは裏腹に両足をテーブルの上にのせている。リリスであった。
ゲオルグは額に青筋を立てたが「クズと話すことなどない」と吐き捨てて黙り込んだ。
「どちらにせよ、私も忙しいので早めにお話をいただけると助かりますね~」
二人のやりとりを見ながら、柔らかい声で言うポーラをグランゼフ学園長は言った。
「おぬしら。少しは年相応に落ち着かんか。ワシのような本物の年寄りの方が落ち着いているのはよくないぞ。のうウルバン先生」
「全く。僕みたいに大人な余裕を持ってほしいものですね」
ウルバンはにこやかに言った。それを横に座っている彼の息子のクロコがぼそりと「どの口が言うんだ」といった。さらに横に座っている仮面をつけたチカサナはきししと笑っている。
グランゼフは咳払いをした。
「おぬしたちを呼んだのはほかでもない。この学園は知っての通り王国とアイスバーグを中心とした貴族の出資……そして冒険者ギルドの協力で成り立っておる。……先日、その複数の貴族から特定の生徒を退学させるように圧力がかかった」
グランゼフは全員を見た。ほとんどのものに反応はないがウルバンが少し険しい顔つきになっている。リリスは一人天井を見ている。
「ワシはそれを断ろうと思う」
「正気ですか?」
ゲオルグが言った。彼も貴族の一人だ。
「失礼だが学園長。あなたは役職こそトップかもしれないがあくまで任用されているに過ぎない。貴族の要求をたかが一人の生徒のために断るなどというのはあまりに無謀だ。ここは穏便にその生徒を退学させるべきだ」
「ゲオルグ先生……確かにワシは雇われに過ぎない。ちなみに退学を求められているのは君もよく知っている『マオ』じゃ」
「……! なおさらだ!」
ゲオルグは感情をむき出しにした。
「あのような小娘のために王都にいる貴族の心証を悪くするなど愚かしい! 今すぐにでも叩き出すべきだろう!」
「ワシはあの子と一つ約束をしてのう」
「約束?」
「そうじゃ。ここにいる先生全員の授業を受けて、今期に皆に認められたらどんな手を使ってもでも守るとの……あ、Bランクの依頼を受けたらとも言ったの」
「……なるほど学園長。それならば心配ありません」
ゲオルグは冷ややかに笑った。
「あの小娘は私の授業において落第です。これで万事は解決ですね」
「いやいや少なくとも半年の授業中はワシが保護するとも約束したからそれはいかぬ。ゲオルグ先生……いや皆に聞いておきたいのじゃが、あの子にどういう印象を持った?」
ゲオルグは苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「……魔力もまともに持たない生意気な子供です。……魔力の扱いだけは……」
そこまで言って彼は黙り込んだ。
リリスは頭の後ろで両手を組んだまま話す。
「あの子のせーで借金がべらぼーにふくれあがっちゃったからなー。ゴーレムを一機ぶっ壊されたしねー。そうだなぁ。あ、でもあのヘンテコな『魔銃』とかいう武器は興味深いから解体したいな。印象……かぁ。底が見えないところがあるかなぁ」
ウルバンが引き継ぐ。
「それは同感だね。子供なのにどこか深い経験を感じさせる時があるね……でも印象といえば、僕にとってはかわいい生徒といったところですかね。クロコ、お前は?」
「俺か……まあ、親父と同じでかわいい生徒だと思うよ」
「あ、クロコ兄ちゃん。ロリコン!? やだ! 変態! エッチ!」
「リリス!? この、ばかやろう!! そう意味で言ったんじゃねぇ! あと兄ちゃんっていうな!」
リリスの言葉にクロコは立ち上がって否定する。
「はあはあ……。まあ、あの子はいいやつだと思うよ。わけがわからないところがあるけどな」
「そーですねー。きしし、マオさんは本当いい子ですよ。ただ皆さんの言う通りふかーい何かがありそうだと私は思いますけどね」
笑うチカサナをクロコが見た。
「深い何かってなんだ?」
「さーて、それはなんでしょうね。きしし。まあ、いきなり現れた竜を乗り回した生徒は初めてでですね」
そのチカサナの言葉にクロコ以外全員の目が集まった。グランゼフは聞く。
「竜……じゃと?」
「そうです。先日のミセリアマウンテンでの模擬戦で突如現れた黒いドラゴンを彼女は使役しました。まるで昔から知っているような感じでしたけどね。さて、あれはどういえばいいのものか私にはわかりませんね。きしし。ただ私個人としては彼女を簡単に退学させるようなことは反対ですね。ゲオルグ先生みたいに私怨はありませんし」
「その話はあとで詳しく聞きたいのう。……しかしその前にポーラ先生はどうか」
ポーラは一人黙っていた。彼女はゆっくりと目を開く。いつも微笑をたたえているような柔和な外見は彼女の武器でもある。
「ああ、皆さんの話は興味がなくて聞いてなかったのですが……どちらにせよ一人の学生の問題に振り回されるは嫌ですねぇ」
「そこはそう言わず、あの子の印象を聞きたいのじゃ」
「異常なほどに魔力の扱いに長けた、それでいて向こう見ずで、そしてに人のことをよく見ている子供ですねぇ」
ポーラは淡々と言った。グランゼフは意外に思った。
「意外と評価が高いのかの?」
「いいえ~。魔力が絶望的にないので他人の助けを借りないとなーんにもできない子でもありますねぇ。冒険者には向いていませんよぉ」
「ふむ」
グランゼフは腕を組んだ。
「マオとはワシも直に話をした。まっすぐに相手を見るような子な気がした。……あの子が退学勧告をされているのは理不尽には思う。しかしあまりにワシが対応をせねばさらに強い圧力がかかってくるじゃろう。そこでじゃ、先生方。あの子をテストしたい」
彼は言った。
「それをポーラ先生とゲオルグ先生ににしてもらいたいのじゃ」
「私でいいんですかぁ?」
「……落第は決まっていますが」
ポーラは言いながらにやりと笑った。ゲオルグはふんと鼻を鳴らす。
「むろん理不尽なテストではいかんぞ。通常はその期の末にそれぞれの先生方でテストをするものじゃが、そうさな半分の3か月後程度までに彼女に課題を与えてその力を見定めてほしい。合否については完全に任せる。ただそこでマオが君たちを認めさせることができれば、ワシにも協力してほしい」
リリスが手を上げた。
「はいはい」
「なんじゃ」
「学園長がやりたいのって要するにさぁ……あ、やめとこ。私は巻き込まれたくないんだよねぇ。そのテスト。理不尽な奴をするから私もやらせて。落とすから」
「いや、おぬし話聞いてた?」
「ええー。だってやばいじゃん」
クロコが口をはさむ。
「やばいって何がだよ。リリス」
「クロコ兄ちゃんわかんないの? この爺さんがやりたい事さぁ。巻き込まれて……あ、そうか、クロコ兄ちゃんをいけにえにすればいいのか。まあ、いいや」
「何言ってんのかさっぱりわかんねぇんだけど?」
「ええー。聞いていればわかるじゃん。やばい話だって」
グランゼフはまた咳払いをした。
「まあいいじゃろう、リリス先生にもお願いする。どちらにせよ彼女を守るにはおぬしら全員の同意が欲しいのじゃ。どちらにせよあの子にはすでにおぬしらに認められなければ退学とは伝えておる……。さて、今回はこれまでにしよう。くれぐれも外に漏らさないようにお願いするぞ。時期が来るまであの子に自身にもな」
グランゼフの声は最後に低く響き渡った。
☆
「てなことがあったのよー」
急に家に来たリリス先生があたしに洗いざらい話をしてくれた。……ど、どういう反応すればいいかわかんないんだけど。
「家探すのめんどくさかったー。職員を『魅了』(チャーム) して住所吐かせたけど、お茶は?」
リリス先生は最初から全開だった。会った時からそうだけどこの人は別の次元を生きている気がするよ!
「ら、ラナ。これどうすればいいの」
「聞くんじゃないわよ」
テーブルにあたしとラナは並んで座っている。今日はちょっと出かける予定があった。その直前に足でノックするリリス先生が襲来して、全部話してくれた。……ごめん。ノックっていったけど、足で「おらおら~」とか言いながらキックするのをそうは言わないよね。
「おちゃ!」
ばんばんとテーブルを手でたたくリリス先生。この人が昔はまじめだったとか嘘だと思う。ラナが立ち上がって台所に行く。水と火の魔法を使って手際よくお茶を沸かす。うーん、やっぱり魔法のこういう使い方が好きだなぁ。
「やっぱいいわ。とりあえず、用事は済んだから帰るね。今度の授業で課題を与えるからできなかったら退学で。ヨロ」
リリス先生が立ち上がった。
ラナが「はあぁ? お茶は!?」と振り返った。
リリス先生が足でドアを開けて出ていく。
からんからん、って開け放たれたドアについた鈴が鳴っている……。
嵐……嵐だ。なんだあの人。自由すぎるよ……! ラナがふらふらとドアの前に行ってガチャンと閉めた。
「何あの人」
「あ、あたしが聞きたい」
ラナは不機嫌そうに座る。それから紅茶をあたしに淹れてくれた。ラナは奥から小さな容器と小さなスプーンを持ってきた。
「はい、砂糖」
「え? 砂糖なんて高い」
「いいのよ、ほら」
あたしの紅茶にラナがさあぁと白い砂糖を入れてくれる。
……ふーふー。息を吹きかけて冷ます。
いいにおいがする。少し口に含むと甘い。ふとラナをみると優しい顔をしてて、でもあたしが見ているのを気が付くとはっとして顔をそむける。
「リリス先生が言うにはさ。あたしのテストをゲオルグ先生とリリス先生と……ポーラ先生がするってことだよね」
「そういうことね。はあ、ミラとのやりとりが終わったと思ったら次から次へと……」
「……あとさ」
「なによ」
「そろそろラナへの家賃を払わないといけないかなって」
「……あー。落ち着いたらね。それよりもあんた学費は?」
「学費?」
「そう……何その反応」
がく……ひ? あ! そういえば最初にイオスがそんなことをサラッと言ってた気がする。あの時は黒狼との討伐金をそれに充てるつもりだったけどもう手元にない!
「お、おかね」
「い、いつも考えずに使うから!」
あたしとラナは頭を抱えた。でもラナは言った。
「ま、まあ学費は大したことじゃないわ。ギルドの依頼をこなせば一部は手数料は学費扱いになるから。直接払わなくてもいいしね」
その時、ドアがきぃと開いた。ニーナが立っている。今日は一緒に出掛ける予定なんだ。彼女はあたしとラナを見た。
「おはよう……どうしたんだ?」
「なんでもないよ。いろいろとあってさ」
「そうか、それよりもマオ、知っているか? ミセリアマウンテンに竜がでて大変だと噂になっているぞ……」
「ぴ、ぴーちゃんが!?」
う、うわぁ。そりゃあそうだよね。どうにかしない討伐とか言われかねないよ。ど、どーしよ。ぐ、ぐえ。襟をつかまれた。ラナだ。
「ちょっと来なさい。ニーナはそのへんに座ってて」
「な、なに?」
あたしたちは寝室に入る。ラナが両手を組んでいる。
「さあ、マオさん。お勉強のお時間です」
「こ、こわい」
敬語使わないで、ほんと怖い。
「問題です。マオさんはいまどれくらい仕事を抱え込んでいるでしょう?」
「え? そうだなぁ、グランゼフ学園長との約束があるから先生たちからのテストをしないといけないし、さっきの話ならラナへの家賃と学費稼がないといけないし、ピーちゃんのこともどうにかしないといけないし……もちろんミラのお父さんとのいざこざもどうにかしないといけないし……あと、イオスとのSランクの依頼もみんなに相談しないといけないし……あ! あと魔族の自治領にもいかないといけないかな……あ、そうだ! そろそろ家に仕送りを作らなきゃ!」
「ふう」
ラナはにっこり笑ってあたしの頭を両手で掴んだ。
「抱え込みすぎでしょぉお!? あと魔族の自治領って何よ!」
「いたいいたい!?」
ぎりぎりぎりってしめるのやめて! ごめんって。
「で、でもさ、全部重要なことだから~」
「そんなことわかっているからイラつくんじゃないの~」
いててて。
はあはあ。ラナがやっと放してくれた。
「なんであんたは、どんどんトラブルがたまっていくのよ」
「さ、さあ? あたしにもわかんないけど。と、とりあえず行こうよ。ニーナも待っているしさ」
二人で頭を抱えて寝室を出るとニーナは立って待っていた。あたしに向かって真っすぐ青い瞳を向ける。
「マオ。今日は行く前にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「そうだ、あの模擬戦で私は自分の未熟さがよく分かった。だからあの水人形での修行を付き合ってほしい」
「……ニーナ。もちろんだっいったぁ!?」
後頭部を軽くたたかれた。振り向けばラナがいる。ニーナも驚いている。
「満杯のくせにまだ水を入れようとするのやめなさいっ!」
「で、っでもニーナのお願いだし」
「うっ……そ、そういう性分だからたまっていくのよ」
「あ、あの、その、なんだ? 迷惑ならいいんだ」
ニーナをラナが見た。ラナはすごい悩んでいる顔をしている。
「こ、こいつすごい忙しいから……一日す、少しの間だけよ」
「……それでもいい、ありがとう」
ニーナは嬉しそうに笑った。……少し雰囲気変わったかな? いい方にだけど、ならあたしもニーナとの水人形での練習を頑張らないと。よーしじゃあ。
「それじゃあ、モニカのお見舞いに行こっか!」
ラナとニーナが頷く。モニカはあの模擬戦で魔力枯渇に陥ってFランクの依頼の時のあたしのように体調を崩した。本当に申し訳ないと思う。でも、謝ったら怒られる気がする。
場所は魔族の公館。ミラとは途中で合流する予定。
あたしはドアを開けて、外にとんと出る。ああいい天気だ。うーんと伸びをする。お土産も買っていかないといけないよね。
そんな時にFランクの依頼時に知り合った近所のおばさんがいた。
「あ、マオちゃん。今度またお使い頼まれてくれない。お小遣いあげるから」
「うん、いいよ」
がつっとあたしは肩を掴まれた。
振り向くとラナがにっこりしている。
……ご、ごめんなさい。




