幕間:正しさ
ほうほうと鳥の声がする夜。フェリシアは干物をはみながら焚火を見つめていた。
古木に腰かけた彼女は新調されたフェリックスの制服を着て、死んだ目で干物をもぐもぐと食べている。その手には鞘に収まった剣があり、疲れ切っている。
「フェリちゃんは疲れているね」
向かい側で座っているのは老人だった。ただ張りのある肌に筋肉質な腕。整えた白髪の彼はウルバンだった。フェリシアの師匠である。フェリシアはじろっと彼を見た。
「フェリちゃんというのをやめろ、じじい」
「ははは。僕から一本でも取れたら考えるよ」
「化け物が……」
フェリシアはあの模擬戦から帰ってきたら拉致されるようにウルバンに山に連れてこられた。彼女は抵抗しようとしたが首筋にすとんと手刀を当てられて気が付いたらここにいた。そもそも彼女にはここがどこかも分からない。
リリスの鳥型のゴーレムに乗るときに一人だけ逃げたことの罰として彼女は修行に出ることになった。やることは剣術である。フェリシアは真剣を使ってウルバンに何度となく挑んでそのたびに負けた。負けた数は100回までは覚えている。
死んだ目をしたフェリシアが出来上がるのに一日はかからなかった。彼女は疲れ切った体に流し込むようにして干物をかんで飲み込む。なんの干物かはよくわからない。おそらく魚だろうということに彼女はしていた。
「今回は楽しかったかい?」
ウルバンは火を見ながら言った。フェリシアは模擬戦のことだろうと思ったが無視した。
「はは、年寄りは若者との話だけが楽しみだからね。無視されるなら泣いてしまうなぁ。もう少し山奥に連れて行ってしまうかもしれない」
「……………………クズやろう」
「ある意味君のそういうところは好きだよ。マオ君たちと一緒にいて何か思うところはあったかい?」
フェリシアの脳裏に様々なことが思い出されたが彼女の言うことは一つだった。
「別にありませんね」
徹底した生意気さが彼女の魅力ではあるが、ウルバンは明日の修行をもう少し厳しくしようと苦笑しながら思った。
「まあ、強いてあげるなら人間の卑劣さを痛感したというところでしょうか」
「……それはどうしてそう思ったのかな?」
「決められたルールを破って私を不意打ちした奴がいましたからね。まさに人間らしいと思いましたよ」
模擬戦の中で戦ったエルという少女のことを思い出しながらフェリシアは言う。傷を受けた手をさすりながら、しかし治癒魔法で治療をしてもらったことも思い出して複雑な表情をした。彼女は目の前の老人に問いかけた。
「……貴方は殺しにかかってくる敵がいたらどうしますか?」
「斬るね」
「まあ、それが普通でしょうね。私もそうしようと思いましたが止められ……いや、あれは何といえばいいかわかりませんが、敵への……許しを乞われました」
「へえ、マオ君がそんなことを」
「誰もあれとは言ってませんが」
「違うのかい?」
「…………」
フェリシアは干物をかみちぎった。魔族は少しだけ犬歯が人間より鋭い。もぐもぐと彼女は無言になった。
「フェリちゃんはやられたことをやり返すということは正しいと思うかい」
「……当然でしょう。一方的に虐げられることを許容するなど愚かなことです」
「そうだね……きっとそれは正しい」
ウルバンは何かを思い出すように目を閉じて少しの間だけ沈黙した。フェリシアは無言でいてくれた方がありがたいと思っている。ただこの老人は口を開いた。
「すこし人より長く生きているからわかるけど、世界は厳しい。向かってくる敵を斬らなければならないことは多くあった。今でもそれは正しいと思える。ただ――」
老人は優しく笑った。
「手には感触が残る。それにずっとその光景を覚えているものだよ」
「……その程度の覚悟がないなら武器を取るべきではないでしょうね」
「ははは、手厳しいなぁフェリちゃんは。……確かに君の言う通りだ、向かってきた敵は倒さなければいけない。でもそんなこととは全く関係なく心には暗闇が残るものだ」
「…………」
「正しければやってすべてがすっきりするわけじゃない。正しいことが間違っていることもある」
「何を意味の分からないことを」
「まあ、子供には難しいかな」
「なっ!」
フェリシアは腰を浮かしかけたが落ち着いてクールダウンする。ここで食って掛かれば自分が子供と認めることと同じだ。ウルバンはいたずらっぽく笑っている。
ぱちぱちと焚火が音を立てる。
「フェリちゃんにはこれだけは覚えておいてほしい。人間だろうと魔族だろうとやることでもやったことでも『正しい』と思うことはできても、判断することはひどく難しいということだよ。それは後になってからわかる、いや、わかるならまだましかもしれない。『正しいと思った』という愚かさは積み重なっていくことにすら気が付けないかもしれない」
「…………さっきから何を言っているのかわけがわからないのですが」
「まあ、君は聡明な子だからいつかわかるかもね」
「子ども扱いしてませんか?」
「子供だからね」
フェリシアは口の中の干物を咀嚼する。それからぺっと唾を吐いた。
「君は女の子だろう、そういうのはよくないよ」
「はっ。私は戦士ですからね。女だとかくだらない話はどうでもいいですね」
「へえ、戦士なんだ。そうだ」
ぽんと手を叩くウルバンにフェリシアは戦慄した。こういう時はたいてい碌な目に遭わない。
「明日僕から一本も取れなかったらフェリちゃんはかわいいリボンをつけることにしよう」
「なっ……」
「君は自分で戦士といっただろう。戦いでの結果には真摯になるべきだ。そうだ! 魔法を使ってもいいよ。僕を殺すつもりできてもいい……それでも通用しなければちゃんとかわいらしい格好をしてもらおう」
「き、貴様」
フェリシアは思った。寝ているうちにぶっ殺そう。
次回から第四部開始です! 大忙しなマオの章になります!




