表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/237

ともに歩むこと

5月4日二度目の更新です。お気を付けください。前のお話も今日更新分です


 黒いドラゴンは大きな爪で地面を踏みしめている。開いた口には鋭い牙が並んでいた。


『ウオオオオオォ』


 咆哮に世界が震えている。


 そう錯覚するくらいに圧倒的だった。あたしはなんとか片膝で立つ、ミラも体を起こしている。でも今の状態じゃ戦うことはできない。


「はは、黒竜がいるって先生たちが冗談で言ってたっけ」


 本当に出るとは思わなかった。……こいつは大地を割って出てきた。たぶんずっと眠っていたんだろう。永い眠りを聖剣とあたしの力のぶつかり合いで起こしてしまったのかもしれない。無理やり起こされたからか寝起きは最悪そうだね。


「マオ……私がここは」


 ふらふらと立ち上がりながらミラが言う。


「はあ、私が何とかするからミラは逃げてよ」


 あたしも立ち上がる。


「いい加減してよマオ……疲れ切った状態じゃどうしようもないよ」

「それはミラも同じじゃん。いいからここはあたしに任せておいてよ」

「早く逃げてよ」

「ミラこそ」


 はっ。お互いに思った。流石にこんなどうでもいいことで言い争いをしている場合じゃない。ドラゴンは今にもとびかかってきそうだ。


 黒い竜は紅い瞳をしている。魔族のようだ。ただその瞳は巨大な魔力が内包されている。そして目のところに傷があった。首を二度振ってぐるるとうなる。……?


 あれ? 


「お前らさっさと逃げろ」


 困惑しているあたしの前にコートをなびかせながらクロコ先生がおりてきた。その横にもマントを羽織った小柄な女性……チカサナがナイフを抜いている。


「さーすがに本当に竜が出るとは思いませんでしたよ。きしし。っと笑い事じゃありませんね。マオさんとミラスティアさんは下がってください」


 先生達……。そう思った時に手を掴まれた。ミラだ。


「マオ……今は離れよう」

「…………」

「マオ……?」


 ドラゴンは二度首を振ってかちかちと歯を鳴らす。そしてうなる。あたしはそれを見ている。


「早く行ってくださいネ! この竜はかなり永い時間を眠っていた。長寿種……力も強いはずです」


 チカサナの声が遠い。


「マオ!」


 ミラの声が聞こえる。


「早くこっちに来なさいよ」

「おいマオ!」


 ラナとニーナかな? どこからかあたしを呼んでいる。


 いやごめん。それよりも


 あたしは前に出る。ミラが引き寄せようとするのを無理やり前に出る。ドラゴンはあたしを見ている。


「…ぴーちゃん?」


 ドラゴンの動きが一瞬止まった気がした。というかみんな止まった気がする。先生たちとミラがあたしを見ている。


「「「ぴーちゃん?」」」


 全員がハモったけどあたしには反応している余裕がない。一歩一歩黒いドラゴンに近づいていく。竜は長命だ。それに地面の中や洞窟で永い時を眠ることで数百年を生きることがあるらしい。……あたしはずっと昔に小さなトカゲを飼っていた。


 黒い羽の生えたトカゲ。目元に傷みたいな模様のある子。肩に乗せたりして遊んだ記憶がある。名前はピーピー鳴くからそのまま「ぴーちゃん」って呼んでいた。怒ると首を二回振ってうなる癖があった。


 たしかめちゃくちゃ頭がよかったし、言葉がわかるんじゃないかって思ったことが何度かあった。


 黒いドラゴンは無防備に近づいてくるあたしになんだか困惑している気がする。


「ぴーちゃん?」


 もう一回問いかけてみる。……ドラゴンは鼻をくんくんと動かしている。においを確かめているのかな、あ、でも前の私とは違うしな……そーだ。あたしは手をたたく、魔族のこどもをあやすためのもの。


「たんたーんたんたーん」


 ぱんぱんと手をたたく。クロコ先生が「何……やってんだこいつ」とか言ってる。うるさいなぁ、あたしだって恥ずかしいんだよ? 子供用の手遊びなんだからさっ!


「たんたーん」


 あたしの手を叩く音が響くたびになんとなく黒い竜の顔が下がってきた気がする。目元が穏やかになっているだろうか。うーん。疑っているような気がする。ちっさかったころこれで踊ってくれたりしたんだけどなぁ。


 手を叩くと踊ってくれるからそれで遊んでいたって記憶がある。


 あ、微妙に前足が動いている。あと首が小刻みに動いている? 小さくだから……微妙だけど、ええいもういいや! あたしは両手を頭の上にあげて手を鳴らす。す、少し間抜けな気もするけど。リズムに合わせて手を叩く。


「たんたーん。たんたかたーん。ぴーちゃん!」

『グルるる』


 ドラゴンが首をひねっている。なんだかあたしを見ながら何か考えているような、何かを見定めている。


「ドラゴンが大人しくなっている……? なんだあの妙な踊りは……」


 クロコ先生の声を聴くたびにクリティカルに恥ずかしい気持ちになるからやめてほしい。でも黒いドラゴンはじっとあたし見ているけど完全に敵意は消えてない。あたしはさらに近づく。さ、流石に頭の上で叩きながらは恥ずかしいから胸元で手を叩く。


「……マオ! 危ないよ!」


 ミラが叫んでいる。大丈夫……かどうかはわからないけどさ。それでももしもピーちゃんならあたしは……。


「たんたーん」


 今の時代にあたしを知る人はいない。それはもちろんなんだけどさ。


「たんたかたーん」


 そういえばぴーちゃんは戦争の途中に仲間の魔族に逃がしてもらったっけ。自分で逃がすのは寂しいからできなかった。


 ドラゴンは知能が高い。魔物や動物と比べてというよりも個体によっては人間や魔族よりも賢いことがあると聞いてる。数千年を生きた古龍は相手の心に直接通じることができると……。


 あたしはドラゴンの前に立つ。この子が本当に昔のぴーちゃんなのかはまだわからない。単にあたしのへんてこな動きに困惑しているだけなのかもしれない。だから、こう言う。


「久しぶりだね。ぴーちゃん。私は……エステリアだよ」


 その瞬間だった。ドラゴンの目から敵意が消えていくのが見えた。喉を鳴らして……成竜でも猫みたいになるの!? 知らなかった。でもぴーちゃんはゆっくりと頭をあたしに擦り付けてくれた。両手で抱きしめても全然足りないや。大きいな。あは。


 ぴーちゃんは大きくなっても変わらないなぁ。あたしも頭を擦り付けてみる。ごわごわしている。


「し、信じられない。ドラゴンを手懐けた……? し、しかも意味わからん方法で」


 クロコ先生だ。近づいてきた瞬間にぴーちゃんがぐるるって威嚇したので「めっ」ってあたしが怒る。


『くーん』


 犬みたいな声を出した……。あ、あたしはドラゴンのことはあんまり詳しくないからこんなもんなのかな……。この子を飼ってた時は大きめのトカゲと思ってたし。そう思ってたらぴーちゃんが立ち上がった。どしんどんしんと地面を踏み鳴らしながら後ろを向く。


 羽を広げてあたしを振り返る。乗れって言われている気がした。あたしは少し考えてしっぽに足をかけて上ろうとする。


「お、おい何してんだ」

「きしし、クロコ先生流石にこんなことは想像してませんでしたね」

「チカサナ! お前も止めろ」

「いやですよ。面白いのに。きしし」


 あたしは振り返る。白い髪の親友があたしを見ながら目を丸くしている。


「ミラ! 一緒に行こう」

「い、行くってどこへ」

「うーん。たぶんぴーちゃんは遊びたいだけだと思うからちょっと飛んで帰ってくるんじゃないかな。たぶん」

「……」


 彼女は聖剣を腰の鞘に納めてあたしを見る。


 ミラに手を差し伸べる。何か言う前に誘う。


「ほら、早くミラ」

「う、うん」


 ミラは近づいてきてあたしの手を取る。離さないようにしっかりと握る。


 二人でしっぽを登ってぴーちゃんの背中に乗る。大きな背中は結構しっかりしている。首筋に白い羽毛って言えばいいのかなふかふかなところがある。ドラゴンだから竜毛かな……。まあいいや。


 ぴーちゃんが咆哮をした。そして羽ばたく。わわ、立っていたら落ちそう。かっこ悪いけど四つん這いになる。あ、そうだ先生やラナ達に言っておこう。


「ちょっと行ってくるね」


 わぁ、クロコ先生は口を開けているし、チカサナは笑っているし……。ラナ達も呆然としてる。いろいろと言いたいことはあると思うけど、って思う間にぴーちゃんの体が浮いた。そのまま一気に空に駆け上がっていく。


 落ちないようにふかふかの毛を掴む。うわっ風が顔に当たる。でもそれも少しの間だった。


 目を開けると青い空の真ん中にいる。お日様が近いや。遠くまで見えて王都がちっさく見えた。


「…………」


 ミラは無言だけどその頬が少しだけ緩んでいる。楽しんでいる時こんな顔をすると思う。そんな横顔を見ながらあたしは寝そべる。疲れたー。目を閉じるとねちゃいそう。


 ドラゴンの背中に乗っているなんて今日の朝のあたしに言ったら絶対信じないよね。意味不明だし。ゆっくりと羽ばたきながらぴーちゃんは緩やかに旋回している。これ下から見たらみんな見ているのかな。


 まあ、いいや。ここに来たのはミラと話がしたかっただけだから。


「ミラ」

「……」


 びくっとミラがおびえたような顔であたしを見た。そんな表情しないでよ。


「落ち着いて話がしたかったからさ。ここならだれもいないし.。もし秘密にすることがあれば誰にも言わないよ」

「…………」

「じゃああたしが先に話をするね。……学園から退学の勧告をされているのは知っていると思うけど、学園長から指定された先生に認められれば何とかしてくれるって言われているんだ。その中にはポーラ先生もいる」

「……え?」

「ミラのお父さんがあたしを嫌いならそれでもいいよ。ただ、簡単に退学になってやったりはしないよ。おもいっきりやって、最終的にまだまだここにいるつもり」

「……」

「だからミラがあたしのことで悩んでても一人で抱え込んでくれなくてもいいよ」

「無理だよ」

「……無理?」

「フェリックスは私の家のアイスバーグが創立者なのと出資もしているから……学園長だけじゃどうしようもないよ。マオ……私のお父さんはね」


 そこでミラは言葉に詰まった。ただあたしは言葉を待つ。しばらくして少しずつ話をしてくれた。


「厳しい人だよ。一度決めたら簡単には翻したりしない。……それに今回は私の……ことだから」

「まあ、あたしは素行が悪い感じでみんなに言われているみたいだからね。ミラの傍にいるのは不安かもね」

「…………」


 ミラは人を非難することとか言い返すことをほとんどしない。無言になるとき心の中でいっぱい考えてるけどでも表に出さない。本当に優しいんだと思う。


「……そんなことない」


 ミラはうつむきながら言った。


「マオが一緒にいてくれて私は……私はずっと楽しかった。マオの故郷でみんなの前で私のことを叫んでくれた。私を『剣の勇者の子孫』としてじゃなくて……私として見てくれた。私は、私は」


ミラは頭を抱えたまま小さな声で言ってくれた。


「……マオと一緒にいたい。みんなとも離れたくない」


 言葉は終わらなかった。


「でも、お父さんのことを私は、尊敬しているの、王都を守る剣として厳格なお父さんも、私を大切にしてくれるお父さんも……」


 ミラの頬に涙が落ちていくのが見えた。


「きっとこのままだったらマオはお父さんとぶつかると思う。そうならないためにはきっと私がいなくなるしか方法ない……ねえ、マオ。私はマオにもお父さんにも傷ついてほしくないの。お父さんがひどいことをしてるってわかっている、でも、それでもわがままだけど、私は……どういっていいのかも、どうすればいいのかもわからないよぉ」


 ミラは泣いていた。涙が落ちていく。


 ああ、そうか。そういうことか。彼女はずっとあたしに言ってもどうしようもないことがあると言っていたのはそういうことなんだ。彼女が求めていたのは誰かに反発して何かを解決するとかじゃない。


「それでも、こんなやり方をしたらマオが傷つくのは分かってたのに……私はやった。戦いの中でもずっと一緒にいたいって言ってくれていたのに。……私は拒絶したままだった……でも、このままこのまま私が一緒にいたらお父さんは何をするかわからない。お父さんは私と口論しただけの子を王都から追放したこともあるの……」


 弱々しい目でミラはあたしを見た。いつもの凛とした雰囲気じゃなくて弱り切ったようなその表情だった。


「……ごめん……なさい」


 あたしは、それを聞いて


 軽く頭突きした。


「……!?」


 ミラがのけぞる。なんだか悲しそうな顔をしていることが許せなかったからやった。


 モニカはあたしがあたしであれば大丈夫って言ってくれた。だから言うよ。


「ミラは前に『剣の勇者』がどんな奴だったって聞いたよね」

「……うん」

「あの時はちゃんと答えてあげられなかったけどさ……あたしは、あいつのこと、正直全然知らないんだよね」

「……え?」

「あ、なんだろうこれ言うのすごく難しいな……。もちろんずっと戦ってきたから手の内とか容姿とかはもちろん知っているんだけど、どういうやつなのか全然知らない」


 あたしは空を見る。蒼穹がっていうとすこし気取りすぎかな。


「あいつが何を考えてたかとか、何が好きかとか、何に悩んでいたのかなんてあたしはなーんにも知らない。ただ必要だからお互いに戦って、恨み合って、殺し合った。……戦争にはさ、魔族にも人間にもそれぞれ言い分ってあったと思うよ。でもあたしはあいつらのことを全然知らない。幼いころに遊んでもらったこともあるのにね」

「……遊んだ?」


 ミラはあたしを凝視した。まあ、驚くよね。


「……いろいろとあるんだ。どんなに親しくしててもある日突然崩れることなんてあるよ。あたしはさ、ミラともそうなってしまうんじゃないかって怖かった」


 だから今日は絶対に逃げるわけにはいかなかった。


「思うんだ。……あたしには譲れないことがあったように、あいつらにも譲れないことがあったはずなんだ。でもお互いにそれを全然知らない。あっちもこっちも言いっぱなしでさ、好き放題やった結果が今のあたし」


 少し、言葉を止めた、昔のことを思い出したから。でもそれは今は関係ないことだからミラに伝えたい事をいう。


「だからミラの本当に思っていることを聞けたこと……嬉しいんだ。ミラが一生懸命に考えてくれたことをあたしは聞いたからさ、だから考えるよ」

「……かん、がえる?」

「そう、ミラの思いを聞いてあたしはしっかりと考えるよ。それでさ、ミラにもそれを聞いてほしい。あたしはどうせ変なことしか言わないからさ、その時またミラも考えてほしい」


 あたしはミラの手を両手で包むように持つ。


「昔できなかったから。だから今度は重ねていきたいんだ」

「重ねる……」

「あたしの思いもミラの思いも少しつずつ重ねていきたい。きれいに解決する方法があるかどうかはわからないけど、何かを決めつけるんじゃなくてさ」


 なんていえばいいのかな。あたしは目を閉じた。


「一緒に歩いていく道を探したい」


 あの時の魔族と人間にはできなかった。魔王と勇者にもできなかった。


 ミラはあたしの顔を見たまま涙を浮かべている。


「でも、それでも私と一緒にいたら、きっと」


 あたしはその顔を見てにこりと笑う。わかってないよミラ。


 その場で立ち上がる。竜の背の上で両足でしっかり立って、両腕を組む。


「ミラ。今日こんなことになるなんて予想できた?」


 空を背にあたしは言った。


「モニカもラナもニーナもフェリシアもみんなが協力してくれたからあたしは今ここにいる。流石にこんなことになるなんて全然予測なんてしてなかったけどさ。それでも……あたしはドラゴンの背に乗るマオ様だよ! ミラの予想なんてぜーんぶ覆してやる!」


 思いっきり叫ぶ。

 

 ミラは少し間を開けて、目をぱちくりさせて、


 それから噴き出すように笑った。


「…………あはは。あはは!」


  ひとしきり笑ってから彼女は涙を指で拭った。


「マオには敵わないかも……」

「ふっ、なんたってあたしは魔王様だからね」


 そうやって二人で笑った。


 って


 うわっ、不意にぴーちゃんが旋回した時あたしはバランスを崩しそうになった。その手をミラが引っ張ってくれる。


「あ、危ないよマオ、わ」


 風に揺れる。二人は手をつないだまま宙に放り出されてしまう。


 落ちていく。風に服がばさばさと揺れる。


 やばいって思うべきなのになんかこわくない。あたしはミラとつないだ手を離さない。彼女もそうだ。


 遠くに海が輝いて、太陽が見える。そして世界の形が見える。


 本当に世界の真ん中にいるような気さえしたんだ。あたしがミラに笑いかけるとミラも笑ってくれる。


『ウオオおおおお!』


 すごいスピードでとんできてくれたぴーちゃんの背につかまった時やった怖さがやってきた。


 に、二度とやらないや。さっきは無敵な気分だったんだけどなぁ。はあはあ。こわ。


 ともかくもう帰ろう。


次回、三部完結! 第四部に入ります! 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ