2人の決着
――今のあたしにできるありったけを使う。
どれくらいぶりくらいなんだろう。聖剣を持った剣士と向き合うのは。前の戦いに負けて気が付いたら生まれ変わったからつい最近のことのように思えるし、でも実際には数百年ぶりなんだろうと思う。
あの時と違うのは目の前にいるのは『敵』じゃないってことだ。
ミラはあたしの親友。この瞬間に至るまで何度も助けてくれた。彼女が剣の勇者の子孫だとしても、あたしが魔王の生まれ変わりだったとしても一緒に過ごした時間は大切だって思える。
彼女は聖剣を手にたたずんでいる。負けられないって顔をしているね。
もちろんあたしも負けるわけにはいかないけどね。
あたしは手のひらを広げて上にあげる。モニカに借りたものも全部使ってやる。あの子との約束は必ず果たしたい。この戦いの結果は正直全然わからない。ただ中途半端に終わらせる気なんてない。
あたしの周りに魔力が形を為していく。魔力を糸のように分解して魔銃と同じ形を織りなす。船の時には無意識にやっていたけど今はちゃんと使える。自分の周りに魔銃の形をした魔力の結晶を構成する。
「ミラ。行くよ」
あたしは手を振り下ろす。魔銃から魔力の銃弾が放たれる。弾丸を使うわけじゃない光の線がミラに向かっていく。
彼女は一瞬とんと足踏みをした。次の瞬間にはそこにいない。あたしの攻撃は外れる。
目で追っていたら間に合わない。魔力を感じよう。右。すごい速度でミラが動いている。あたしはそれを予測して魔力の銃を動かす。撃つ。ミラはそれを飛んで避ける。あたしの攻撃の速度は半端じゃないはずだ。それでも彼女は回避する。
青い光。
あたしは雷撃を予想して足を魔力で強化して飛ぶ。ミラが聖剣を構えた瞬間にあたしの立っていた場所に雷が落ちる。へへ、あたしだってそう簡単にはやられないよ。
移動しながら反撃する。紅い閃光と青い雷撃が交差する。お互いに相手の行動を読んでいる。詰め切れない。あたしはクールブロンの魔石に『魔法を書き込む』。口元で詠唱を続けながら魔力の銃を動かしていく。
クールブロンの魔力を吸収する性質は聖剣には通用しない。エルのように魔力の塊を使う子なら別だけど、魔法として『火』や『水』もしくは『雷』のように変換されたものは純粋な魔力とはいいがたい。
でももう一つの特性がある。
あたしはミラに向けてクールブロンを撃つ。放たれた弾丸の攻撃力は魔力の銃よりも劣る。でも魔銃には放った弾丸に魔法を込めることができる
「!」
弾丸を中心に魔法陣が展開された。次の瞬間には多くの水が現れて『力の勇者』の姿を織りなす。ミラはそれを見て一瞬足を止めた。そこを魔力の銃で狙い打つ。
ミラはむしろ水人形の前に立った。そして彼女は『手を触れる』。
「アイスウォール!」
魔法をミラが唱えた。水人形は氷の塊になり、むしろ彼女をあたしの銃撃から守る盾になる。
冷静すぎるね。そうさ、あんなのは力の勇者の形をした囮だ。水人形はあたしと高度に結びついてないと動かすことができない。ほかの魔法と同時に発動することはできないくらいに精神を集中する必要がある。
仮面の男の時はちゃんとぎょっとしてくれて隙を作れたのにね。いや、あれを見てたからあたしの戦法が分かったのかもしれない。
ミラは氷の塊を蹴り飛ばす。うっわ、礫になったそれがあたしを襲う。攻撃力よりも砕かれた破片に一瞬目を閉じてしまう。ただ次は――わかっている。あたしは眼を閉じながらクールブロンに魔力を流し込む。
目を閉じたのは一瞬だ。でも次の見た時ミラは目の前にいる。雷を宿した聖剣を振りかぶっている。もしもこの瞬間から対応したら間に合わない。
魔力の剣。
「ソード・クリエイション!」
クールブロンを中心に魔法陣を展開させて一瞬で魔力の剣を生成する。ミラの斬撃を防ぐ。聖剣と魔力の剣がぶつかり粒子が飛ぶ。あたしの剣は叩き折られた。流石聖剣だね。でも一撃防げればいい。
魔力の銃を動かす。至近距離からの魔力による射撃。ミラの瞳が動く。
ミラはあたしの魔力の射撃に合わせて聖剣を構えて弾き飛ばした。
銃撃を聖剣で受けた!?
でも、衝撃までは殺しきれない。彼女が少し後ろに下がった瞬間にあたしも距離を取る。接近戦じゃ分が悪い。
「はあはあ」
「…………」
あたしとミラは対峙して少しの間だけ膠着する。ミラも疲れているように見える……。そっか。ミラはモニカとの連戦なんだ。まあ、それはあたしもエルとかあと、あの、アルフレートとかと戦ったあとなんだけどさ。
でも今の状況はお互いに決め手がないように見えて紙一重だ。均衡は一撃で崩れるだろう。でもその一撃が難しい。……あたしが言うのはなんだけどさ、ミラ本気過ぎないかな。魔力の消耗もかなりあるはずなのに全然弱らないし、だんだん腹が立ってきたよ!
☆☆
マオとミラスティアがぶつかり合う。
森の中でラナは腕を組んで成り行きを見守っていた。彼女の傍の木には魔族の少女が眠っている。その眠っている少女モニカは寝息を立てている。無理な力を使って魔力が枯渇したのだろうしばらくは起きないだろうとラナは思っている。
もう一人座り込んでいるのは金髪の少女だった。耳飾りが揺れている。
「なあラナ」
「なによ」
ラナに話しかけたニナレイアは言った。
「あいつ……マオって何者なんだ?」
「さあ? そんなこと聞かれても分からないわよ」
「人の魔力、いや魔族の魔力をあそこまで使いこなせるなんて私は聞いたことがないぞ」
「私だってわかんないわよ……でもまぁ。あいつと出会ってから毎日困惑しっぱなしだけど、次から次へと驚くことが起こるわね」
目の前で繰り広げられる戦いを見ながら二人ははあとため息をついた。
「ラナ。あいつを助けるってことは私もミラやあいつみたいに強くならないといけないのか?」
「あんたも力の勇者の子孫なんだから何とかなるでしょ。優秀なだけの私の身にもなってみなさいよ」「自分で言うな」
そこまで言って二人ともくすりとする。そこにごそごそと音がする。彼女たちが振り返るとやつれた顔の長身の男性がやってきた。クロコだった。その後ろにはなぜか上着を着ていないフェリシアがいた。彼女はラナ達と目が合うとふんとそっぽを向いた。
「行かせた手前言いにくいがめちゃくちゃな奴らだな。本当にガキなのか、あいつら」
クロコは葉巻を取り出して魔法で火をつける。
「二人とも私の後輩なんですよ」
ラナの言葉にクロコは白い煙をふーと吐き出して言う。
「意外とお前も大変なんだな」
「……そうでしょう?」
「でも退屈しないでしょ。きしし」
「わっ?!」
いつの間にか横にチカサナがいた。その姿はぼろぼろになって仮面が壊れかけている。チカサナを見て一番驚いたのはクロコだった。
「お前、何でここに」
「あーあー。クロコ先生。もう私たちの争う理由はありませんヨ。私はこの戦いをちゃーんと最後までやってもらうことが目的でしたからね」
「……しかし、お前がここにいるってことはリリスを倒したのか」
「いやー。クロコ先生。学園の食堂のハンバーグセットって知ってますか? おいしいんですよ」
「何言ってんだ……?」
「リリス先生ならハンバーグセットをおごるってことで話をつけました」
「そんな理由で裏切ったのかあいつ!??? 俺は金を払ったんだぞ!?」
クロコは信じられないという顔をした。チカサナはあきれ返った顔をする。
「だめですよね。きしし。あのクズ、いやリリス先生に先に報酬を渡したら。ああいう手合いには後払いです」
「……くず過ぎる」
力が抜けたのかクロコはその場に座った。ラナとニナレイアは何が起こっているのかよくわからない。しかし、彼女たちの瞳はぶつかり合う二人の少女に向けられている。
同世代の女の子がはるかな高みを示している。聖剣のような武器があることが問題なのではないと彼女達にはわかっていた。しかも戦っているうちの一人は本人には魔力がほとんどないような少女なのだ。
「ほんと、チカサナ先生の言う通り、あいつといると退屈はしないわ」
ラナの言葉にニナレイアは頷いた。
☆☆
魔力の銃を使いながら空いた手で別の攻撃魔法を放つ。それをミラはことごとくかわしていく。このあたしの魔法をかわすだけでも驚いてしまうのだけど、理由がわかってきた。
モニカは『魔骸』という無理をしてくれた。そして今はミラもずっと無理な魔力の放出により感覚と身体能力の強化をしている。超人的な反射速度は彼女の資質だけじゃない。要するに無理をしている。
あたしはクールブロンに魔力を通す。
魔力の銃をさらに増やす。ミラへの攻撃の数を増やす。紅い閃光を間断なく放つ。
「……マオっ」
ミラは残像が見えるほどの速度で移動している。でもあたしは動きを追っているんじゃない。魔力の流れを追いながら予測をして射撃をする。それでも捉えきれないのだからやっぱり彼女は凄い。もっと集中をしなければ……そう思ってあたしが足を止めるとすぐに雷撃で攻撃される。
あたしを集中させない。足を止めたら攻撃する。嫌になるほど合理的な攻撃だ。
はあはあ。ミラが無理をしているなんて余裕を見せてみたけど、あたしだって無理をしている。魔銃の操作、別の攻撃魔法の構築、身体能力の強化、魔力の感知を同時に行っている。流石に今の自分じゃきつい。
ミラが今まで魔法を使えるのにあまり使わないのはそもそも戦いってシンプルな方が強い。いろんなことに思いを巡らせないと勝てないけど、いろんなことを同時にやってたらそれぞれの水準が落ちる。強力な得意技を主軸にして工夫した方が強いことも多い。
ただ、予感がする。終わりは近い。
でもさ、中途半端に終わらせるわけにはいかない。
 
そう思った瞬間だった。ミラも立ち止まった。急速な魔力の収束を感じる。聖剣に今までにないほどの魔力量がつぎ込まれる。彼女は青い光を放つ剣を構えた。
そうか、同じタイミングでここでやらないとって思ったんだ。あたしも分散させていた魔力の銃を分解してクールブロンに収束させる。
きっと次に来るのはミラの最大の一撃だ。それをあたしは全力で迎え撃つ。
「クリエイション」
クールブロンを核に巨大な紅い銃を形成する。長い銃身を作り体の中の魔力をすべてつぎ込む。きっとミラも同じだからだ。空気が震えている気がする。この場に多くの魔力が集まっているからだと思う。
ミラを見る。彼女の聖剣も今までにないほどに輝いている。……負けないよ。
あたしは紅い銃に魔力を込め終わる。引き金はクールブロンに。人差し指に力を込めた。
「いっけぇええ!」
あたしの叫びとともに打ち出された光。
「ライトニングス!!」
ミラの声とともに放たれた青い巨大な雷。
それらがぶつかり合ってすさまじい衝撃波が発生した。ばちばちと魔力と雷の混ざり合ったものが辺りを破壊していく。ああ、やばい、あたしは普通に吹き飛ばされた。身体能力の強化に使える魔力も使っちゃって体を支えていられない。
背中を打ち付ける。地面に対してか、木とかにあたったのかはよくわからない。ただ制服の防御魔法が発動している。
空気の振動は続く。ぶつかりあった二つの魔力がはじけて大きな光を放って四散する。……はあはあ。どうやら倒れているらしい。でも立たないと、うわ、からだが重い。クールブロンを杖代わりになんとか立つ。
見れば同じように聖剣に縋りながらなんとか立とうとしているミラが見える。ま、まだまだぁ。絶対負けられない。あたしは歩き出すと同時にミラもこちらによろよろと歩き出す。短い距離なのに時間がかかった。
対峙した時砂だらけになったミラの髪と意志を失っていない瞳があたしを見ている。お互いもう魔力ないんて残ってないだろうけど、それでも――
「あたしは、負けない」
あたしはそれだけを言った。それを聞いてミラは一瞬目を見開いた。それからじろっと見てくる。
「この」
「この?」
「わからずや……!」
ミラが掴んでくる。いてて、いてて。ほっぺたをひっぱるのは反則。く、くそぉあたしも負けじと反撃する。そのまま二人で倒れでお互いに掴んだり引っ張りする。めちゃくちゃきつい。
「ミラぁ」
「マオぉ」
痛い。涙が出る。めちゃくちゃつねってくる。
ひいひい。あたしだって負けない。ミラのほほを引っ張る! もみあいへしあい……? もうどうなっているかわかんない。へえへえ。すごい疲れだけを感じる。ていうかたぶん今のあたしたちにはこんな戦い方しかできる力が残ってない。
それもそんなに長くはできなかった。お互いほとんど同時に手を離して、ふらりと倒れた。
ああ、もう疲れた。
「ミラ、あ、あたしの勝ちだね」
「そ、そんなわけない。私の勝ち……」
お互い顔も上げずに口だけで言い合う。
「も、もういいじゃんあたしの勝ちで」
「……だめ、私が勝たないと……」
「頑固すぎるよ」
「わからずやに言われたくないよ……」
「そ、そんなにあたしから離れたいの」
「そんなわけない……あ、そ、そうだよ」
「ああ、わかった……ミラの本音聞けたね」
「ちがう……ちがうって」
あたしは顔だけなんとか動かしてミラをみる。
「それだけ聞けたらあたしの勝ち」
「…………………」
はー、疲れた。あたしはなんとか立ち上がろうと思う。力が入らないけど。ずりずりと体を引っ張って、少し休んだら動けるようになるか……な。
すさまじい魔力を感じる。
なんだ? ミラじゃない。あたしは顔を上げた。地面が振動している。ミセリアマウンテンが揺れている……。次の瞬間には轟音が鳴り響いた。砂煙が立ち上がり、咆哮が聞こえる。
『ウォオオオオン!』
地面を突き破る音がした。
空に黒い影が羽ばたく。
鱗を纏った大きな生物。黒い羽根をはばたかせ、巨大な牙をもつそれはドラゴン。目元に傷があるそのドラゴンはあたしたちの前に降り立った。
敵意をむき出しにして。
 




