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魔石の少女


 うわわわ


 フェリシアを支えながら逃げる。何とか走るけどきつい!


 後ろからは光の矢が飛んできて、笑い声もする。な、なんなのさ。あれは。なんでいきなりキれているの? うわっ、危ない!


「離してください」


 フェリシアが言うけどそうはいかない。肩から血が出ている。この子の生命石も砕けているからリタイアだけどあの弓使いのエルの前にはおいていけない。なんとか木の間に入る。大きな幹にフェリシアの背をつけて座らせる。息が荒いけどその目はあたしをじとっとにらんでいる。


「……触るな」

「…………」


 とりあえず怪我の治療だけしないと、彼女の腕には赤い血が流れている。肩の出血でそうなっているんだ。


 あたしは一度クールブロンを見た。魔石にたまった魔力は光っている。少しだけ悩んでしまった。これを使ったらミラとは……。そこまで考えて片手で自分のほっぺたをたたいた。


「ああ、もう!」


 馬鹿だなあたしは、あんまり時間はないからフェリシアの制服の上着を脱がせようとしてなんか抵抗してくる。


「何をしようとしているんですか?」

「けがの治療」

「必要……ないですね」

「……」


 いいや、脱がそう。口論している暇はないや。フェリシア弱っているし。


「きさ、やめ。ぐっ」


 上着をはだけさせる。白いシャツが赤く染まっている。あたしはクールブロンの魔石に右手を置いて、左手をフェリシアの肩に置く。精霊に力を借りる魔法とは違い、本来の回復力を強化するような魔法は詠唱はあまり必要ない。


「ヒール」


 暖かい光。あたしの手のひらからフェリシアの傷に魔力が流れて傷をふさぐ。流れてしまった血までは回復しないから体力までは復活しないけど……とりあえずこれで大丈夫だ。フェリシアはあたしをずっとにらんでいる。い、一応応急処置しただけだからそんな顔をしなくてもいいじゃん。


「ふん。余計なことを」


 フェリシアは上着を羽織りなおして立ち上がろうとしたけど立ち眩みをおこした。


「いいよ、起きなくて、あとはあたしに任せて」

「………あの弓使いの人間は私が仕留めます」

「え、いいって。ここで休んでいてって」

「ふざけるな。私にあんな嘗めたことをしたことを後悔させてやる」

「いいって! あたしに任せておいてよ」

「引っ込んでてください!」

「引っ込まないよ!!」


 ぎゃあぎゃあとなぜか軽い取っ組み合いになってしまう。けがを治してどうしてこうなるのさ! ぎぎぎ、フェリシアの手があたしの顔を押してくる。


「ひゃははは」


 そこにエルが突っ込んできた。あたしとフェリシアはぎょっとして思わず逃げる。


 さっきまで座っていた場所が光の矢にえぐられる音が響き、砂煙が上がる。


「ふぇ、フェリシア。あの人なんであんなになったの?!」

「わかるわけがないでしょう!! なんですかあれは!」


 森の中を逃げようとしてはっとした。エルがさっきまであたしたちを襲うまでに時間を空けた理由。木々の間に光の玉が見える。それは殺傷力のある魔力の塊。どういう魔法でそうしているかはわからないけど、浮遊していた。


 森の中は光の玉に封鎖されていた。四方八方どこに行こうと行く手を遮られている。後ろを振り返ればエルが笑いながらこっちに向かってきている。彼女の周りにも光の玉がある。それは矢に形を変えてあたしたちを狙っている。


 それだけじゃない。森の中にある光の玉はすべて『矢』に形を変えていく。無数の矢があたしとフェリシアを狙っている。逃げ場はない。あたしはクールブロンを握りしめた。


 すべての矢が殺到する。すさまじい速さで迫るそれをあたしは見ない。見たって避けられない。代わりにクールブロンの魔力を使う。光輝く魔銃を杖のようにして地面をたたく。


「アースクエイク!!」


 詠唱している時間はない。地面が盛り上がり、土の壁ができる。あたしたちを中心に隆起した地面に無数の光の矢が刺さる。


「ぐぐぐ」


 あたしはクールブロンを中心に魔法陣を展開する。作り出した土の壁は光の矢に攻撃を受けてどんどん崩れていく。それをさらに大地を操り補強する。魔石の魔力はなくなっていく。


「貴様……なんだこれは!!」


 後ろで叫ぶフェリシアに反応している時間はない。彼女の足が地面に取り込まれて動けなくなっている。まあ、あたしがしたんだけど。この土の壁の中なら少なくとも安心だよ。ちょっとここにいてよ。


 クールブロンを肩に自分で作った土の壁に足をかけてのぼる。わ、滑りそう。でも上から見れば死んだ目であたしを見上げるエルがいた。にひりと笑ってた。こわい。


 できれば魔力を使いたくはない。……クールブロンのため込んだ魔力を使って魔法を発動しているけど、無詠唱だって普通よりも力を使う。本当はミラとの戦いのためにため込んだはずなのに、うー。でも今そんなことを考えていたら負ける。


「ひひひ」


 というか殺されそう。目がやばいもん。


 エルはまた体から光の玉を出す。それが『矢』になってあたしを狙っている。前の戦いのときは制服に魔力を通して防御した。でもあの光の矢の攻撃力は中途半端な防御は貫通してくる。


「もうさ、エルは負けたんだから攻撃してくるのは反則だよ。わかってんの?!」


 言ってやったけどエルはあたしを無言で指さした。


 そして光の矢はこちらを狙っている。ああ、そうか。どうしてもやるっていうんだね。本当ならミラのところに行きたい。でも、ここにフェリシアを置いていくわけにはいかない。


 クールブロンにためていた魔力は少なくなっている。ここから先どうすればいいのかわからなくなってきた。


「いいよ。マオ様が相手してあげるよ」


 長く時間をかけるわけにはいかない。隆起した地面を踏みしめてあたしは跳んだ。そのまま駆け下りていく。


 エルが笑っている。手をふりおろすと光の矢があたしに向かってくる。


 クールブロンの魔石が光る。あたしは叫んだ。


「アクア!」


 水の壁があたしを包む。光の矢が迫ってくる。


「クリエイション!」


 水が人の形を作る。あまり長い時間は発言できない。水が『力の勇者』の上半身だけを形作る。あたしは魔力の流れを操作して、水人形の腕を振るう。光の矢を部分的に強化した拳で撃ち落とす。


 光の矢が粒子になって消えると同時に、水人形も形を失う。


 あたしはクールブロンをエルに向けて引き金を引く。弾丸が発射されて、エルに直撃する。防御力の高いフェリックスの制服の上からだから致命傷にはならない……それでも多少ダメージはあるはず。


 のけぞったエルが顔を上げる。にやぁといやらしい笑いをする。効いてない……いや感じてない。あたしはクールブロンのレバーを引いてそして弾丸を込めなおそうとした。


 エルが下がる。彼女森の中で笑いながら手を上にあげる。


「ひーひゃはは!」


 彼女の体が光輝く。黄金の魔力があふれ出して空に上がっていく。膨大な魔力だ。なんでこんな力が彼女にあるんだなんて考えそうになってすぐにやめた。


 エルのあれは魔法とは言えないかもしれない。魔法は魔力を何かに変質させたり、物体を動かしたりする。港町で戦った時もそうだけど純粋な魔力を矢に纏わせていた。今は矢すらない。


 それがあたしの頭上に浮かぶ無数の光の玉。やがて矢の形になって地面を指す。……あれはすぐに落ちてくる、すべてが一斉に雨のように。そうなったらもう終わりだ。逃げ場なんてない。


 ――だからクールブロンの文様に魔力を通す。そして両手で思いつっきり空にぶん投げる。


「ごめんモニカ!」


 使わないって約束してたけど、クールブロンは白い魔法陣を展開しながらくるくると回りながら上がっていく。あたしの力は弱い、両手で思いっきり投げてあれくらい。


 白い光が黄金の光と交わる。エルの出した光の矢をその魔石に吸収していく。これで空からの攻撃なんてできない。


「ひゃああああ!」


 あ


 エルが迫ってくる。手にはクールブロンがない。魔力もない。金髪の弓使いはあたしに手を向ける。そこに急速に魔力が宿り、光の矢を形成する。やばい。よけられない。時間がゆっくり見える。……空からの攻撃は囮だった? それとも本能で攻撃してきた? どうでもいいことが流れていく。


「アイスランス!」


 後方から氷の槍が飛んだ。エルは眼を見開いて光の矢で撃ち落とす。砕けた氷があたしの顔をたたく。振り返るとフェリシアが土壁の上に立っている。彼女が言った。


「私が……人間なんて助ける……不愉快ですから、さっさと終わらせなさい」


 ……空からクールブロンが帰ってくる。魔石は金色の光輝いている。


 エルの目が光る。正気を失っているように見えるけど、さっきから攻撃に冷静さを感じる。どこから合理的な動きを彼女はしている。


 彼女は右手を前に出した。すべての魔力が彼女の右手に集中していく。黄金の魔力が矢……いや大きな槍のように形作られていく。すさまじい魔力量はクールブロンに込められた魔力を上回っている。


 あたしはそれでも白い銃を掴んだ。魔石からすべての魔力を取り出す。


「…………っ!!」


 エルが叫ぶ。その瞬間あたしに魔力の槍が放たれた。何重にも重ねられたような魔力の塊である光の槍。クールブロンの文様は空に浮かんだ「攻撃に移る前の魔力」を吸収できた。放たれた槍には間に合わない。


 だからあたしはこれを迎え撃つ。右手にクールブロンを掴んで、左手に魔力を集中する。


「クリエイション!」


 魔力が糸のように広がっていく。それは光の盾に形を変えていく。あたしは左手を前に一歩踏み出す。


 槍と盾がぶつかり合う。強烈な光が森の中を照らす。光の盾が崩れていき、魔力の糸に戻っていく。あたしは左手を振るう。それで糸がまた形を作る。新しい形を魔力の糸が紡ぐ。


 魔力で作った剣。あたしはそれを掴んだ。


「やああ!!」

 

 踏み込んだ。魔力の剣には重さはない。これならあたしでも振るえる! ついでに切れない! 光の剣をエルの胸元に叩き込んだ。


「……っ!」


 彼女が後ろに吹き飛んだ。ぐしゃっと背から地面に倒れこんで、動かない。あたしの手から剣が粒子になって消えていくと同時に、あたしも膝をついた。


「は、はああ」


 なんとか勝った? それでも相当疲れたし、ミラのためにとっておいた魔力もない。空になったクールブロンを杖代わりに立ち上がる。……それでもミラとは……あたしは。そうだ、まだ終わりじゃない。


 その時気が付いた。倒れこんだエルの前にフェリシアが歩いていく。彼女は倒れたエルに向けて、右手を向けている。魔力を集中し青い魔法陣が展開される。


 フェリシアの冷たい声が響く。


「死ね」


 あたしは思わず、フェリシアに叫んだ。


「だめだよ!」


 クールブロンを手放して彼女に飛びつく。必死になって止める。フェリシアはあたしを引きはがそうとしてくる。


「……こいつは明らかに私を殺そうとしてきた。これは正当防衛です」

「そ、それでもだめだよ」

「貴方も今殺されそうになったでしょう。何をかばう? 人間だからですか?」

「違うよ。とにかく落ち着いてよ」


 フェリシアの紅い瞳があたしを見る。


「落ち着いています。この女はこの勝負のルールすらも無視して私を攻撃してきた。それも殺傷力のある魔法で」


 あたしはフェリシアを背中から抱き留めている。魔族の力を抑えるにはこうするしかない。


「だめだよ!」


 確かにエルが何で攻撃してきたのかは全く分からない。正気を失っているようにも見えた。あたしとフェリシアを殺そうとしたということは事実だ。


「フェリシア。戻れなくなる」

「殺そうとしてきたものを殺す……ただそれだけです! それの何が悪い? 離せ」

「…………悪いとか良いとか、そんなの……超えたらもう意味ない。だからだめだよ、フェリシア」


 フェリシアがあたしを振り払う。地面に転がされた。彼女は言った。


「では、私が殺されていても何もするなとでもいうのですか? お優しいことですね。つい今しがたこいつは私たちを抹殺しようとしたのですよ?」


 あたしは立ち上がる。足が少し震えている。それでもフェリシアを見る。……どういえばいいんだろう。言葉を探しても、見つからない。一度目を閉じた。


「…………魔王と一緒だよ」

「はあ?」

「昔、人間に敗れた魔王なんて何にも考えてない馬鹿だったんだ」

「なにをいきなりいっているのですか? 頭がおかしくなりましたか?」

「やられたからやり返して、やり返したからやられて……そんなずっとずっと続くような深い闇の中に自分から入っていった馬鹿が……もう少しだけ、ちゃんと考えていたなら、もっと何かができたかもしれない」


 フェリシアのための言葉がわからない。どういえば伝わるんだろう。


「だから、だからだめだ。フェリシアはそんな馬鹿の真似をしたらだめ。お願いだから。エルを許してあげてほしい……」

「許して……? 正気ですか。何度も言いますが、この女は貴方も殺そうとしたのですよ?」

「わかっている。理不尽だと思う……ごめん、あたしは、馬鹿だからうまく言えない。それでも、取り返しのつかないことは……ずっと続く地獄だよ……」


 フェリシアに体に縋るように願う。魔族の少女はただ舌打ちをした。


「魔王様を侮辱し、挙句の果てに敵をかばう気色悪い言動…………」


 フェリシアはあたしを突き放す。そして彼女は自分の肩を掴んだ。


「さっき貴方に治療された借りを返す。この女を今回限り見逃すことで貸し借りなしです」


 ふんと魔族の少女は鼻を鳴らしてそっぽを向く。あたしは地面に両手をついて息を吐く。力抜けそうになる。でもまだ終わりじゃない。なんとか立ち上がってクールブロンを拾う。


「フェリシアありがとう」

「……」


 返事はしてくれない。……あたしはエルに近寄る。流石に目を覚ました時にまた襲われたらたまったものじゃない。手足くらいは縛っておいた方がいいかも……? あれ、なんだ。


 彼女の胸元がさっきの攻防で破れている。そこから胸の真ん中に埋め込まれるように『魔石』がはめ込んであった。


「なにこれ」

「……」


 あたしとフェリシアは疑問に思ったけど応えてくれる人はいない。……それに今は時間がない。あたしはいかないと行けない。



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