驕りに負けた少女
ソフィア・フォン・ドルシネオーズは両手を組んだまま静かに待っている。
山間にある清流だけの音だけが響く。白い石が敷き詰められた河原だった。十分な広さがある。
「…………」
彼女の体からわずかに魔力が流れている。それは意図的なものだった。彼女のわずかにくすんだ紅い瞳は来訪者が来るであろう先を見ている。目的はただひとつであった。この場で「マオ」よりも自分の方が上であることを明確にすることであった。
しかし彼女はやってきた人影に眉をしかめた。
赤い髪に小脇に魔導書を抱えた少女である。彼女はラナだった。ソフィアからすれば雑魚の一人である。無言であたりを見回してもマオの姿はない。しかし、相手の魂胆を彼女は見え透いているとため息をついた
「それで、あの村娘はどこにいますの?」
あの少女は「魔銃」という妙な武器を持っている。山の中から狙撃をすることもできるはずだ。正面にラナを立たせて隙を見て攻撃をする、大体そんなところだろうとソフィアは思うとともにイラついた。その体から魔力があふれである。
白い濃密な魔力は対峙するだけで相手へ力を示している。微笑みながらソフィアは冷たい声でラナに言う。
「くだらない小細工をしてくれますのね? 私はそういう冗談は嫌いでしてよ」
ラナは無言で魔導書を開くのみだった。その顔には汗が流れている。
ソフィアからすれば魔力もまともに持たないマオという少女対して真剣に勝負を挑むだけでも屈辱なのであった。この模擬戦で彼女は相手のパーティを見つけることを求められた。ミラスティアが前方を封鎖して後方からソフィアが挟撃すればあるいは勝負は決していたかもしれない。
しかし、拒否した。本質的に彼女は他人に協力的ではない。それでもミラスティアだけで相手を殲滅は可能と考えていた、むしろ逆にそれを超えて自分の前に立ってほしいとも思っていた。自分の手で叩き潰したいと思ったからだ。
「なんだかあんたさ。ずっと私は眼中にないって感じね」
ラナが言ったがソフィアはちらりと見ただけだった。
「…………」
話す価値などない。ソフィアは片手をラナに向けた。
青い魔法陣が展開された、無詠唱で構成されたそれはあたりの川の水をまき上げて一つの球体になる。ラナの頭上に生み出されたそれはソフィアが指をくいっと動かすだけで落下する。
「へ、返事もせずいきなり! 聖なる泉に住む精霊ニンフに命ずる。清き水の流れをもってわが身を守れ! アクア・シールド」
ラナも魔法陣を展開する。彼女の魔導書が光を放ちその身を水が包む。
一瞬後に巨大な水の塊が落下した。轟音とともに大量の水がはじける。ソフィアはそれを無言で眺めている。圧縮された水の重みにあの程度の防御魔法で耐えられるとは思わない。
しかし、人影は立っていた。ラナがびしょ濡れだがそこにいる。どうやって耐えたのかわからないがソフィアにはどうでもいい。
「ぺっぺっ。いきなりやってくるなんてほんと先輩に対して無礼なやつね」
「…………」
「あんたマオたちと同じ歳でしょ。私の方がひとつ上なんだからね!」
「…………」
まだ来ないのか、ソフィアはあたりを見回した。攻撃する隙をあえて作った。それにしても全く攻撃をしてこない。彼女はマオの姿を探す。
「さ、さっきからマオのことを探しているの? あいつならいないわよ」
ラナは言うがソフィアはその言葉を聞き捨てた。
ソフィアは自己の実力を認識している。
目の前の赤い髪の少女などは大したことはない。少なくとも彼女の魔力を利用するマオがいなければ自分が倒されることなどはあり得ない。
ラナはその態度に怒ったように叫んだ
「こっちを向きなさいよ! 風の精霊シルフに命ずる!」
赤い髪の少女を中心に風が渦巻く。それは圧縮され、刃になる。ラナが手を振る。
「エア・エッジ!」
ソフィアはみることもなく片手を出す。白い魔力が壁を構築する。防御魔法である『プロテクション』を無詠唱で発動した。風の刃と魔力の壁がぶつかり火花を散らした。だが、ソフィアの防御魔法はかつて竜の攻撃をも防いだのだ。風の刃などそよ風に等しい。
実力の差は明白だった。だが、ラナは自らの魔力を開放して攻撃をする。
風が渦巻き、
水が龍のかたちになりソフィアに襲い掛かる。
大地が割れて石の雨が降る。
それでもソフィアは一歩もその場から動くことなく防ぎきった。退屈そうな表情すらも浮かべている。
「くだらない」
それはラナに言ったというよりも独り言だった。ソフィアから見て彼女は多少優秀な生徒のようだが、その程度で自分にかなうはずもない。
――それにしてもこれだけやってもマオは姿を現さない。なぜだ?
そうソフィアが思った時、不愉快な想像に思い至った。
「まさか……あの村娘は本当にここにいない?」
「はっ」
鼻でわらったラナは荒い息を吐いている。体中から魔力を放出している全力で攻撃したが全く通用していない。それでも彼女は笑ってやった。
「最初からそう言っているじゃない。ここにあいつはいないわよ」
「…………貴方は」
ラナの姿がソフィアの網膜に映った。髪に濡れた赤い髪、手に広げた魔導書を携えた彼女が不敵に笑っている。対峙して初めて彼女の姿をソフィアはしっかりと見た。
「あんたは、プライド高いから。自分との勝負がすっぽかされるとは思ってなかったでしょ。マオに執着しているみたいんだったからね。まあ、本当はあんたなんて一人でいいって私が言ったんだけどね」
ソフィアの殺意が紅い目を光らせる。それ見てラナは言う。
「その目……前から思ってたんだけど、どこかで魔族の血が混ざっていたりするの?」
その言葉にソフィアは笑った。微笑んだといっていい。しかしそれは残酷さを含んだ笑みだった。
「……なるほど、貴方はその程度の力で私の前に一人で立ったということですわね。それでは敬意を込めて葬って差し上げましょう」
ソフィアの体から白い魔力が溢れる。それは魔法陣を形作る。彼女は右手をラナに向けた。
「光の精霊マルドゥに命ずる。光の帯を重ね円となせ」
右手を中心に魔法陣が展開される。それは強力な魔力を光とともに圧縮していく。
「世を照らす大いなる光が、立ちふさがる愚者を滅せん。……それではごきげんよう。ヴァルシーナ!」
ソフィアの魔法陣光を増す。そしてラナに向かって圧宿された魔力の光が放たれた。
それは暴力的な光だった。魔力を圧縮した魔力の塊。すべてを焼き尽くすようなそれは『龍の息吹』と性質は似ている。
視界全体を照らすような光の中でラナは笑った。一瞬のことはずなのにすべてがゆっくりと見える。体の中にある魔力を左手に集めて防御壁を構築する。全力で構築されたそれは数秒もつかどうかというものだ。
「や、やってやろうじゃない! プロテクション!」
ラナの防御壁と魔力の光がぶつかり合う。すさまじい圧力にラナは一瞬で吹き飛ばされそうになるのを踏みとどまる。ソフィアは一瞬でも耐えられたことが不愉快だった。さらに魔力を込めて押し切ろうと彼女が意識を集中させる。
その時、彼女の背後に誰かが立った。はっとソフィアは振り向く。
「村娘……!?」
そう思った。
だが、そこにいたのは体を低く構えた金髪の少女。耳につけたピアスが揺れる。ぼろぼろの姿だが光をたたえた瞳。そのそばを魔力の蝶が飛んでいる。
「ニナレイア・フォン・ガルガンティア……!」
「一の術式 炎刃」
ニナレイアの右足に炎が宿る。ソフィアはすべての魔力を攻撃に向けている。よけることができない。ニナレイアの蹴りが放たれる。
「き、きさまら。ぐ」
ソフィアの脇腹に炎を纏った蹴りが突き刺さる。彼女の首元の生命石にひびが入る。そしてソフィアの魔力は制御を失って四方に散った。無数に分かれた光の筋が辺りを破壊していく。地面に転がされたソフィアは脇腹を抑えながら立ち上がる。
「…………」
土煙で前が見えない。
2対1という状況だとわかった。ミラスティアが連れてきた力の勇者の一族は敗北したのだろう。だが、先ほどの一撃は防御に回すべき魔力をすべて攻撃に回していたからこその油断だった。
「邪魔だ!」
ソフィアは風を操り土煙を消し飛ばす。だかこそ見えた。
ぼろぼろのラナが天に向けて片手を上げている。その先には最初にソフィアがやったように巨大な水が渦を巻いて球体になっていく。ラナは不敵に笑っている。
「模擬戦なんかじゃなくて普通にやったら勝てないかもしれない。それは分かっているわ。でも、ちゃーんと囮の私に全力を向けてくれてありがと。あと、これ。同じやり方で返してやるわよ」
ちっと舌打ちをしてソフィアが魔法を構築しようとする。そこにニナレイアが飛び込んでくる。右手にたまった魔力を炎に変換した。迎え撃つつもりだった。来ることが分かればソフィアは十分にニナレイアを仕留めることができる。
しかしニナレイアは彼女の前で止まり、そのまま下がった。
「悪いが、私は少し成長した」
「……は?」
ソフィアの防御魔法の構築の時間はない。ラナが叫んだ。
「アクア・ウォール!! いっけえっ!!」
巨大な水の塊をラナは落とした。大量の水があふれ、轟音が辺りを包む。やがてそれは川に流れ込んで元の静かな河原に戻っていく。
ソフィアは倒れこみ、なんとか立ち上がるがその首元の生命石が砕ける。それを指で確認して彼女は信じられないという顔をした。
その様子にラナは濡れた髪をかき上げていう。
「まあ、先輩をなめているからそうなるのよ」
まともにやったら勝てないけどね、と言いかけたがラナはいわないほうがソフィアが悔しがりそうだからやめておいた。




