ニナレイア
自分の弱さは己自身が一番知っている。
ニナレイアは抑え込んだ魔力を体の奥底、深く、深く落とし込んでいく。ここ数日マオの作った水人形を相手に訓練をしたが、常に『無炎』を使っていた。魔力による身体能力の強化がはがされた状態であれば純粋な力だけが残る。それはただの少女に過ぎない力を自覚することになった。
その状態で明らかに格上の人形を相手にした。少し上達するとマオもそれに合わせて人形の動きを速く、そして強くする。はっきりと自分に合わせているということが分かった時にニナレイアは内心で悔しさを感じた。
しかし水人形の動きはガルガンティアの武術に精通しているものだった。その動きを見るだけでも、そして実際に戦うことはニナレイアの技術を飛躍的に向上させていった。元来魔力で体を強化した勢いのまま動く彼女だったが、魔力を抑えたことによって工夫を余儀なくされた。
少しだけかかとを上げて体から力を抜く。どんな攻撃が来ても対応ができるようにわずかに足を広げる。手は少し下げた、魔力を抑えている状況では防御は難しい。
「…………」
その姿を見てキースは訝しんだ。先ほどまでの戦いで正面からニナレイアを後退させた。彼女の多少の上達を彼は感じていたがかといって自分の方が上である自覚と確信があった。それなのにニナレイアはむしろ戦闘力を抑えるようなことをしている。
ただ彼にはどうでもよかった。重心を下げて体に魔力を通す。筋肉を強力に魔力が刺激し、一撃で倒すために拳を固める。彼は飛び込んだ。
一瞬のことだった。地面を蹴ったキースが閃光のようにニナレイアに迫り、そしてその拳を叩き込む。
仕留めた、そうキースが確信した瞬間に横からの衝撃を受けて地面に転がった。彼はすぐに受け身を取る。ダメージはない。だが目の前のニナレイアは片足を上げて、ゆっくりと下ろす。攻撃する一瞬に反撃を受けたとキースが理解するのには少し時間がかかった。
「お見事ですが……ニナレイア様。その状態では私にダメージを与えることはできませんよ」
「そうだな」
ニナレイアはまたゆったりと構える。
「キース。お前は相手が動く前に勝負が決まっているとすればどう思う」
「……質問の意味が分かりかねますが」
「私もそうだった……だがわかったんだ。私はずっと相手の動きに合わせていた、だが相手のことをよく見れば次に何をしようとしているのかがわかる。というか……こんな風に魔力を抑えていればそうしないとどうしようもない」
ニナレイアはふっと笑う。
「これは、強敵と戦うための方法なんだな。あいつにとって」
「……さっきから何を言われているのかわかりませんが、貴方が私の動きを予想しているということですか?」
「そうだな……私は所詮未熟者だ。通常先読みなんてできやしない。……だが、お前相手にならそれができる」
「……何?」
ニナレイアはわずかに前に出る。手を少し突き出すようにして重心をわずかに前にする。
「私は馬鹿だからガルガンティアに伝わる武術の型を昔から何度も練習した。一人で何度も何度もな。上達したとは言えないが……だがな、動きには常に『型』がある」
キースはさっき倒れた時に口に含んだ砂をぺっと吐き出す。そして体を起こし構える。中途半端な攻撃を予測するのであれば至近距離から仕留める。彼はじりじりとニナレイアに迫る。
踏み込む――瞬間にニナレイアの拳がキースの顔面をはね上げる。
「!」
ダメージはない。驚いただけだった。彼は下がろうとしてその胸に前蹴りを食らう。たたらを踏んだ。やはりダメージはない。魔力のこもってないニナレイアの体には攻撃力はない。だが純粋に動きの上をいかれていることが彼には屈辱だった。
キースは右の拳を直線的に突き出そうとしてその前に肩に手を添えられる。腕が動かせない。
次の瞬間には脇腹に膝蹴り受ける。攻撃を受けた勢いのままに彼は腰を回転させて蹴りを放つがわずかに身を動かしたニナレイアには届かずに空を切る。
逆に腹部に打撃を受けた。
「……馬鹿なっ」
褐色の彼は下がりながら驚愕した。防御魔法すら発動しない程度の攻撃に後れを取っている。ことごとく行動の前に先読みされている感覚があった。それでも本来であれば焦る必要などない。彼自身はまだ不利と言えるほどの打撃は受けていないのだ。
しかし、目の前の少女は見下していた存在なのである。キースはプライドを傷つけられたことに歯ぎしりをした。
「……なるほど、不愉快ですがニナレイア様の言っておられることわかりました。しかし」
彼は右手に魔力を集中させる。炎がその拳を包んだ。魔力が高まっていく。
「四の術式『炎葬』……これは先読みをしても無駄でしょう。申し訳ないのですが貴方ごときに負けるわけにはいかないのですよ」
キースは足を開き重心落とす。炎を纏った拳と高まった魔力で体を包む。ニナレイアはそれでも『無炎』を解かない。静かに緩やかに構えている。彼女は口を開く。
「私は、ウォルグを倒すという約束を勝手にされた」
「は? 何を言っているのですが」
「芋の皮をむいているときに勝手にそういうことにされたんだ」
「本当に何を言っているのですか……? いや、そんなことよりも貴方がウォルグ師兄を倒す……などと不可能でしょう」
「私もそう思う」
その言葉にキースははっと嘲笑した。だがニナレイアは笑わない。
「でも、約束した。だから私はあいつに勝たないといけないんだ……こんなところでキース、お前に躓いている暇はない」
「……」
キースは顔をひきつらせた。怒りとともに彼の体を炎が包む。そして炎を纏った彼は地面を蹴る。打ち出した拳は灼熱の一撃になる。体を包んだ炎は敵の反撃すら許さない。
ニナレイアはその刹那に目を閉じた。
わずかな本当に短い時間の中で奥底に沈めていた魔力を呼び起こす。そして彼女は眼を開いた。
見開いた青い目とともに魔力が体の奥からあふれ出る。青い魔力が赤い炎に変わる。
彼女は恐れることなく前に踏み込んだ。ため込んだ魔力を右手に集中させて炎を纏わせる。そして渾身の一撃を放った。
「炎皇刃!」
燃えがあった炎が黄金のような光を放つ。一瞬だけキースはそれに目を奪われた。彼の魔力がわずかに揺らいだ。彼の拳とニナレイアの拳がぶつかり合い、衝撃が辺りを衝撃波が辺りの木々を揺らす。ニナレイアは叫んだ。
ぶつかり合った二人。
炎が消え去り、キースがわずかに下がり膝をついた。制服から生命石が割れて落ちる。
「……今回は私の負けです。次はこうはいきませんよ、ニナレイア様」
ニナレイアは彼を見下ろす。だが、ゆっくりと手を差し伸べた。キースは少しその行為に呆然として、彼女の顔を見た。勝ち誇るわけでもなくどことなく複雑そうな顔をした彼女に彼は少しだけわらった。
「もう少し嬉しそうにしたらどうですか?」
「いや……一人で勝った気がしない……それにこれからもっとマオに大変な目に遭わされるんじゃないかと思うと憂鬱な気がする」
「貴方がそれだけ強くなったのが彼女のおかげなら……まあ、そうかもしれませんね」
ニナレイアはキースを立たせて。はあとため息をついた。
「ヴォルグを倒すことも、マオを助けることも2つも約束をされているからな。私は……まあ、悪い気はしなくなったけどね」
少しだけ口調が崩れたニナレイアを見てキースはなんとなく今度こそ負けた気がした。




