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嫌なところ


 術式。


 力の勇者の作り出した身体強化の方法だった。


 魔力を放出して体に纏わせ体を強化する方法とは違い、体の神経を通して魔力を隅々にまで浸透させる。高い集中力と反復の訓練が必要ではあるが、魔力の消費も少なく内部から直接体に魔力による強化を行うため効果も絶大である。


 ――そして使い手により技の練度が顕著になる。


 キースの拳が繰り出される。ニナレイアは首をひねってかわすがわずかに体勢を崩した。そこに蹴りが飛ぶ。彼女は腕で防御したがそのまま後方に吹き飛ばされた。受け身をとり立ち上がるが息が切れている。


「はあはあ」


 そして蹴りだした右足をゆっくりと地面に下ろしてキースは冷ややかな目で彼女を見た。短く切った銀髪と褐色の肌。その片方の耳につけたピアス。そのたたずまいに一切の揺らぎがない。


「数日前に立ち会った時より数段動きが良いですね。ニナレイア様。わずかな期間で何をされたのかはわかりませんがお見事です」

 

 淡々と伝えている言葉に温度はない。義務的な賞賛の言葉にニナレイアは睨みつけるだけで言葉を返さない。


 彼女は自分の体の軽さを感じていた。今までにないほど体に魔力を浸透させる術式が安定している。そしてキースの動きがなんとなくわかる。数日前には手も足も出なかったが、今は違った。それでも後れを取っている事実が彼女には重い。


 遠くでは巨大な魔力のぶつかり合いも感じる。それが何を意味するのかはニナレイアには分からない。ただ彼女は目の前の男との戦いに集中していた。


 二人の力の勇者が同時に地を蹴る。拳を交え、蹴りを繰り出す。膝と肘。あらゆる角度から攻撃をする。


「一の術式」


 キースの拳に炎が宿ることをニナレイアは見た。次の瞬間には彼の拳が腹部に突き刺さり視界が揺れる。


「ぐ」


 後方に下がろうとした。それをわかっていたキースがさらに一歩踏み込む。3発掌打が叩き込まれる。防御魔法が光りニナレイアは後ろになんとか下がる。吐き気を抑えて構える。キースはゆっくりと歩きながら問いかける。


「確かにあなたは多少ましになりましたが……だから何ですか?」


 彼は侮蔑の表情をする。


「その程度の力では本家を継ぐには力不足です。……そのうえ聖甲を継承することは到底不可能でしょう」

「……」


 ニナレイアは唇をかんで一度目を閉じた。だがすぐに目を開ける。


「お前に言われるまでもない。私の力のなさを一番知っているのは……私だ」

「……ほう? ならばここで降参してください。私もできることなら一族の……それにか弱い女性に手を出したいわけではありません」


 ニナレイアは制服の袖で顔をこする。


「断る」


 彼女の瞳に光がある。まっすぐにキースを見つめている。


「お前は……マオをどう見ている?」

「……急な質問ですね。……知の勇者の子孫と魔法での対決をした時に我々の武術をトレースしたことは驚きました。それにミラスティアさんがあれを妙に警戒していることを見ればきっと目に見える以上の何かがあるのではないですか?」

「…………私は、それすらも分からなかった」


 ニナレイアは両手を開き、力を抜く。


「私は昔からバカだった。ガルガンティアの修行についていくことがやっとですべてが中途半端だ。今でも自分の頭の固さには……嫌気がさす」

「……何の話をしているですか?」

「別に……」


 ニナレイアの魔力が体の中に収束していく。その姿にキースは驚いた。困惑したといっていいだろう。


 零の型「無炎」。体の魔力による強化を無くし、魔力を抑える方である。


「降伏ですか?」

「違う……」


 ニナレイアはそのまま構える。


「私は……お前を倒す」



 自分の弱さを口にしたことに耐えられなかった。


 ニナレイアは学園の中を逃げるようにして走った。涙が流れそうになるのを我慢しながら彼女はがむしゃらに走った。別にどこに行ってもよかった。とにかくマオたちから離れたかった。


 ポーラの授業の後に知の勇者の子孫とそしてマオの魔法での対決、そのうえでキースに手もなく敗れた自分。言葉にならない感情が心の中で悲鳴を上げている気がした。


「はあはあ……」


 できるだけ人気のないところに来ようと思ったからだろう。訓練場の近くにいた。うつむいて頭を抱えたが、そうしていると情けない気がしてとぼとぼ歩きだす。


「あいつら……私を見損なっただろうな……」


 自分が力の勇者の子孫であることはマオを中心にみんなが知っている。だからこそ無理をしているところはあった。だが無様に負けた今はどう思われるのかも怖い。剣の勇者の子孫である「ミラスティア」も知の勇者の子孫である「ソフィア」も自分とは比べ物にならないほどの力を持っている。


「…………」


 胸を掴んで歯を食いしばる。感情に歪んだ表情。ぽたりと涙がひとつ落ちる。


「や、やっと、お、おいついた」


 はっとした。ニナレイアは振り返る。そこには赤い髪の少女が両手を膝に置いて息を切らしている。


「あ、あんた。足速いし……ぜえぜえ」

「ラナ……」

「ちょ、ちょっとまって……息整えるから」


 しばらくしてラナははあと大きく息を吐いた。そして両手を組んで言う。


「いきなりどっか行くからびっくりしたじゃない」

「なんで追ってきた……マオは?」

「あいつは置いてきたわよ。家に帰れって言っているから今頃帰っている……はずよ」

「……そうか」


 ニナレイアは自嘲した。


「マオにも言ったが……私に同情するならやめてくれ」

「同情? しないわよ、そんなもん」

「…………ならなんで追ってきたんだ」

「はあ? 追ってきてわざわざ可哀そうだって言いに来たとでも思うの?」


 ラナは両手を組んだ。そのままつかつかと歩く。


「あんたさ……このままでいいの?」

「……何がだ」

「私なら嘗められたままっていうのは凄く嫌ね。いつかぎゃふんって言わせてやるって思うわ」

「ふふ、ははは」


 乾いた笑いをするニナレイア。彼女はラナをにらんだ。


「それができたら苦労しない。……見ただろうさっきのソフィアのやったことを、あんな高度な魔法を私と同じ年齢の彼女ができるんだ」

「マオもね」

「……!!!!」


 ニナレイアは下がった。息が止まる気がした。ラナは近寄る。


「あんたさ。本当は一番傷ついているのは……マオが実は強かったってことなんじゃないの?」

「……やめろ」

「本当は弱いはずのあいつが自分よりも優れているところがあるから」

「やめろ!!」


 ニナレイアは叫んだ。彼女は右手で顔を覆い、左手でラナを制する。


「やめてくれ……これ以上、自分をみじめにさせないでくれ」

「私はね」


 ラナは少しそっぽを向く。


「性格が悪いの」


 そのまま話をした。


「昔から相手の嫌がることも弱点もよくわかるし、何をすれば誰かに好かれるのかもなんとなくわかるわ。優等生なんて気取るのも別に苦じゃないしね。……もともと私がマオと出会ったのは、あいつを学園に入らせないためだったのよ?」

「…………」


 ニナレイアはラナを見た。


「そんななのに今あいつと仲良くしているのが不思議でしょ? ……どの面下げてって思わない? あいつはさそういうこと気にしないの。誰に対してもいつもまっすぐにみてくる、マオを見ていると自分がさすごく小さい奴みたいに思えて……嫌」

「…………」

「嫌だからよく見ているの。マオはすごいのよ、いつでもなんだか知らないけど。弱っちい癖に強いの……それなのに弱いの。頭がこんがらがるわ」


 ラナは頭をかく。


「Fランクの依頼の時は忙しかったからよくわからなかったけど、最近ミラスティアも顔を出さないし、モニカもなんか喧嘩……じゃないかもしれないけどなんかあったんでしょ? それにあんたもずっとマオに付き合ってんのがおかしい気がしたのよね」

「なんで」

「それは……カンだけど。あんたさ……ずっとマオを助けるみたいに一緒に授業受けてたから違和感があったの。そんでさっきのことがあったからわかった。あんたさ、自分より弱いマオを助けてあげてたんでしょ?」

「……」


 ニナレイアはさらに後ろに下がる。


「そんな、なんで、わかる」

「言ったでしょ。私は性格が悪いのよ。いつだって人を疑ってみてる……いい人っぽく見えた? たぶんマオが横にいるからね」


 ラナはふっと笑う。


「こんな風にさ。人なんて嫌なことなんていくらでもあんのよ。私もあんたもね。あんたはガルガンティアのなんかしがらみみたいなのがあって……そんでなに? その埋め合わせでマオを手伝っているところがあった……そんだけじゃない」

「それだけ?」

「そんだけよ。そんなの私もマオの魔法の力には嫉妬しているわよ。あいつでたらめなほど魔法の使い方がうまいのよ。わけわかんないほどにね。それを見るたびにむかむかしているわ。はあー。口にすると情けなっ。ほんと嫌」


 ラナがニナレイア前に立つ。


「でもいつかマオにだってぎゃふんって言わせてやるわよ。それまでいいお姉さん演じてもいいわ」

「…………それはあんたが、魔法の才能があるからだろう」

「はあ?」

「普段を見ていればわかる。料理や洗濯に簡単に魔法を使っているが、無詠唱で様々な属性を操っている……ラナも私とは違う……優れている」

「……」


 ラナはにっこり笑った。


「むかつく」

「え?」


 笑顔は作り笑顔だった。ほほがぴくぴくしている。


「こんだけ恥ずかしい思いをして私が自分のことを教えてやってんのに言うに事欠いて私とも違うですって? あったまきた! 話をしているのがどんだけ胃が痛くなりそうだったかわかんないの!! 炎の精霊イフリートに命じる!」

「おい、やめ、何をする気だ」


 ラナは片手を上げる。彼女を中心に炎が巻き起こる。呪文を詠唱するたびに魔力が波動をとなり、炎が吹きあがる。それはひとつの龍の形に変わっていく。


『レッド・ドラゴン! わからずやを炙れ!』


 炎の龍がニナレイアに襲い掛かる。彼女は心底困惑しながら逃げる。


「やめろ! シャレにならない!」

「シャレじゃない!」

「あちっ、あつい! い、一の術式!」


 ニナレイアは術式で体を強化する。それでも炎の龍速い。龍が両手を広げたように赤い炎が迫る。制服の一部がかすり焦げる。


「ひ、ひえ」


 ニナレイアは逃げた。だがその前に龍が前方をふさぐ。ラナが両手を使って集中して魔法を操る。


「そらそら! 逃げ場なんてないわよ」

「くっ」


 ニナレイアは炎を背にして振り返った。


「いい加減にしろ!」


 爆発的に魔力を足に集中させてラナに飛び込む。ラナは逆に炎の龍を自分のもとに引き寄せようとする。その一瞬前にニナレイアの放った拳が迫る。


「う、うわっ」


 慌ててよけるラナの頬をかする。


 ただ周りは龍が形を変えて彼女たちを炎が囲んでいる。ニナレイアは拳を構えている。双方ともに固まったまま動かない。ただ先にラナが炎を解いた。


「やめやめ。あーしんど。あんた普通に強いじゃない」

「……なんのつもりだったんだ」

「別にむかついたから、あぶりニーナにしてやろうとしただけよ」

「なんだそれは…………私が強い? ……もしかして私を励ますつもりだったのか?」

「まあ、それもあるわね。でもむかついたのは本当。マオも言ってたけどあんたは別に弱いわけじゃないんじゃないの? キースってやつが強いのもあるけど、きっとガルガンティアで同じ技を使っているから相性が悪いのかもね」

「………………それが一番の問題なんだ。もう、私は行くぞ」

「待ってって」


 ラナは起き上がってニーナの袖をつかんだ。


「なんだ」

「ある意味あんたと私は嫌なところ見せ合ったじゃない。だから手伝ってほしいんだけど」

「手伝う?」

「そ、マオのこと」

「……何があったか知らないが、あいつなら自分で何とかするだろう」

「……あいつこの前泣いてた」

「……」


 はっとニナレイアは赤い髪の少女の瞳を見た。


 ラナの心にはギルドで聞いたあったはずの「破滅」の話が合った。その帰り道で見せたマオの表情がずっと心に残っていた。


「いつも明るいあいつにも抱えているものがある。それを私は一部だけ見た、何があったかはあいつがあんたにも言うと思う。あいつが自分で言う前には伝えられないけど……助けてほしいのよ」

「マオを」

「違う。私を」

「ラナを?」

「そう、さっき言ったけど私はあいつのことを蹴落とそうとして出会った。だから、理由はもっといっぱいあるけどあいつの味方でいてあげたい。……でも、あいつの抱えているのは私だけじゃどうしようもなくなるかもしれない……その時が、怖い。あいつが助けてっていっても何にもしてあげられないことが怖い」

「……それでも私なんていても、意味がない」

「そんなことないわよ! あんたがいてくれたらそれだけでも心強いわ」

「……私がいることが?」

「そうよ」

「なんで」

「なんでって、さっきみたいに私の嫌なこともあんたの嫌なとこも知ってんだから心強いでしょ。あとちゃんと強いんだから」

「嫌なところを知っているから……?」


 ニナレイアは一瞬呆けた。だが困ったように笑う。


「なんだそれ」

「あんたさ」


 ラナが彼女の手をぎゅっと握る。


「さっきあんなことを私は言っちゃったけど、あいつのこと手伝ってやりたいって自分のことだけじゃなくて思ってたでしょ」

「…………それは」

「あいつは次から次にトラブルに巻き込まれるけど、助けてあげないといつかどこかで倒れると思う。あんたもモニカも必要よ。それにたぶん……顔を見せないミラスティアも。……来ないのは偶然じゃないはず……きっと何かある。その時はマオは大変なことになると思う、ミラスティアには特別に接している気がするから……」


 彼女の最後の言葉小さかった。


「ニーナが必要なのよ。ガルガンティアじゃなくてあんたが必要なの」


 ニナレイアはその言葉を聞いて目を見開いた。ラナの手を放して、袖で顔をふく。


「別に……手伝うくらいはしてやる」

「ありがと。約束ね」

「お前……少しマオに似てきたのか」

「……嫌なこと言うわね。あ、そうだ」


 ラナは指さす。


「こんな話をあいつが知ったら嫌だから、黙ってなさいよ」

「それは、そうだろ。わかった」


 2人の少女は笑う。そこだけはすんなりと一致した。


 

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