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目を覚ます狂気


 フェリシアは驚愕した。どうやって上を取られたのかわからないが、答えを出す時間はない。


 金髪の少女の表情は冷たい。それだけは刹那の時間にフェリシアの網膜に映りこんだ。まるで虫を殺すかのように何も感じてないような表情だった。屈辱が心を覆う前に矢は放たれた。


 フェリシアは身を捻った。その肩に矢が当たり、防御魔法が光を放つ。あと一撃でも受ければ彼女は敗退となるだろう。


「……ぐあっ」


 フェリシアは痛みに肩を抑えながら踏みとどまった。防御魔法がなければ致命傷とまではいかずとも大きなダメージを負っていただろう。彼女は無様と内心で自分を罵りながら走って逃げた。森の中に身を隠すために茂みに飛び込む。


「くそくそくそくそ」


 人間ごときに追い詰められている状況が腹立たしい。


 正面から戦えるなら遅れなど取らないだろうが、敵の少女は森の中でどこから攻撃してくるのか全く分からない。移動しながら後ろを振り向けばそこには静かに木々が風に揺れる音だけがしている。また敵は身を隠したのだ。


 手にした魔銃を撃つにも標的がいない。フェリシアは必死に状況を打開するために考えを巡らせた。敵を見つけなければどうともできない。もしこの森の一角ごと破壊できるほどの魔力が彼女にあれば話は別だったが、フェリシアにはそこまで攻撃力のある魔法は使えない。


「……どうすればいい」


 その時に彼女の脳裏にモニカの顔が浮かんだ。魔族の中でも恵まれた生まれの少女を昔から嫌いだった。お互いに親しいわけではないが、幼いころから知ってはいる。



 モニカと初めて会ったのは幼いころ。親は早く死んで保護者代わりの兄に連れられてギリアムの屋敷に行った時のことだった。兄が何の用事でギリアムの家を訪ねたかはわからない。


 ただ貧しい暮らしをしていたフェリシアにとって魔族の中でも裕福なギリアム家には嫉妬を覚えた。整えられた調度品と敷き詰められた絨毯。そして幸せそうな家族がいた。生地は厚いがところどころ破けた服を着ている自分がみじめな存在に見えた。


「……よかったら私の娘と遊んでいてくれないか?」


 まだフェリシアも幼かったからだろうギリアムはそう言ってフェリシアと同じくらいの背格好のモニカを連れてきた。ふんわりとした服に身を包む彼女を初対面から嫌いだった。


「あの、初めまして私はモニカ」

「……フェリシア」


 それが最初の出会いだった。その日は二人は特に何をするでもなく、話をするわけでもなく同じ部屋にいた。モニカは流石にいたたまれなくなったようだった。


「ふぇ、フェリシアちゃん。外で遊ぼっか」

「…………外?」


 外は雪が降っている。ただちょうどいいとフェリシアはほくそ笑んだ。モニカと連れ立って二人で屋敷の外にでる。吐く息は白い。雪のモニカは手袋をして、同じものをフェリシアにも渡した。ますます都合がよかった。


「雪の日に遊ぶやり方ってどういうものか知ってる?」

「……?」


 フェリシアは地面の雪を手ですくって丸める。そして思い切りモニカの顔面に投げつけた。悲鳴を上げて雪の中の倒れるモニカを見てフェリシアは笑った。


「あははは」


 昔からそうだった。気に食わないことがあれば結局抑えることができない。いつもどこかに不満があった。親がいないことも、貧しいことも、兄が何を考えているのか全く分からないことも。独りぼっちだったことも。幼くても自覚した怒りが常にあった。


 雪の中で一人でフェリシアは笑った。


「……なんばすっとね」


 ただモニカは起き上がった。顔についた雪を払いながら彼女は身を起こす。紅い目に怒りをたたえていた。彼女は手に持った雪を丸めてフェリシアに投げつける。すさまじい勢いだったが、フェリシアは簡単に避けた。馬鹿にするように笑いながら。


 それがモニカの怒りを誘った。彼女は手に魔力を集中させて地面にそのままぶつけた。


 白い雪煙が辺りを覆う。フェリシアは真っ白で何も見えない視界に狼狽えてしまった。それで声を出してしまった。その頬におもいきり雪玉がぶつかった。


 地面に倒れこんだ。はっと見ればモニカが両手を組んで立っていた。一見すれば柔和な彼女の苛烈さをこの時にフェリシアは理解した。


 それから互いを意識することは多かった。仲がいいということはない。


 モニカが家族を亡くした時もフェリシアは黙ってみていた。


 本当の気持ちを覆い隠して人間に合わせている彼女をまじかでみた。


 慰めてやる気はない。ただ、いつも何を言えばいいのかわからなかった。


 だから、マオという人間をフェリシアは嫌いだった。フェリックスで見たモニカに応えようとするその姿を思い出すだけで悔しくて憎くて仕方がなかった。

 

 自分の言葉には常に棘がある。自分の手は誰かに手を差し伸べることをしたことがない。



 エルは獲物をしとめるまでの段取りを考えていた。できればマオを仕留めたい気持ちもあるが、この「獲物」は魔族のようだった。以前に苦杯を嘗めさせられた魔銃に対する復讐としては手ごろだろうと思った。


 彼女の魔力は特殊だった。常に光を伴う性質を持ち、矢に込めればその威力を数段上げることができる。そして体に纏えば相手から視認しにくくなる。単純だが強力なものと彼女は自分の力を自覚していた。


 冷気を感じた。


「!」


 気が付けば森の奥から白く冷たい霧があふれ出してくる。エルはとっさに屈んだが攻撃ではないようだった。


 森の中が白く染まっていく。これは氷の魔法を応用したものかと霧の冷たさを手で感じながらエルは思った。視界が悪くなることは相手も変わらない。逃げるためのものかと思い耳をすましてみても物音は聞こえない。


 白。


 数歩先にも見えなくなっている。エルは音をたてぬように弓を構え矢をつがえる。精神を集中させて敵の攻撃に備える。少なくとも自分がどこにいるかはまだわからないはずだった。


 銃声がした。


 闇雲に撃ったのか? とエルはいぶかしく思うが、あたりに反響して正確な音の位置がわからない。しかしだいたいの方向は分かった。彼女はすでに森の木々の位置を記憶している。銃声のした方向から距離を取るように動いた。


 彼女はあくまで冷静だった。霧が晴れるまでむやみに攻撃をするべきではない。魔法で出した霧など少しの間しかもたない。静寂の中で彼女は身を隠す。


 また銃声がした。そして青い光が霧の向こうに奔る。魔法陣の展開。そして黒い人影がエルの目にはうつった、


 エルは反射的にその人影に矢を放った。体の中心に当て人影は倒れる。


 仕留めたかと彼女は思うが、違和感に気が付いた。攻撃は防御魔法によって防がれるはずだ。人影が「獲物」であるならば何の反応もなく倒れるなどおかしい。あれはおとりだと思った瞬間、


 その後頭部に銃口が付きつけられる。声だけがした。


「この魔銃という武器は弾丸に魔法を付与して発射できますから、遠くで魔法を展開できます。だからあれはただの氷で作った人形ですね。間抜けにも攻撃してくれてありがとう」

「親切に種明かしをしてくれるの?」

「別に……どうやって倒されたかくらい知っておきたいでしょう。人間様は」


 氷の魔法を付与した弾丸を放ち、離れた場所に氷の人影を作る。その影を攻撃してきた敵の位置を探る。やられてみれば単純な方法だった。


 フェリシアは引き金を引いた。魔銃にはめた魔石が強い光を放つ。強い力を込めた弾丸がエルの後頭部を打ち抜き、防御魔法が発動する。


「……!」


 弓使いの少女はその場に倒れこんだ。その制服にはめ込まれた生命石が割れる。ぱらぱらと砕け散ったそれが地面に散った。フェリシアはそれを見下しながら言った。


「所詮、雪遊びの応用ですけどね。ああ、この意味がわかる必要はありませんよ」

「……」


 エルは気を失っていないが衝撃から頭部より血を流していた。ぽたぽたと流れ出ているそれを手で押さえている。


 フェリシアは踵を返す。


「さて、私の仕事は終わりですね。…………まあ、あと少しくらいは手伝ってやってもい――」


 その背中を光の矢が貫く。防御魔法を貫通して服を切り裂く。


「がっ!?」


 フェリシアは振り向いた。貫通した光の矢は一瞬で消えた。ただその手からは血が流れ出している。生命石は砕けた。


 ゆらゆらと揺れながら立っているエルがいた。


「その石が砕けたら負けと……人間が……決めたルールだろ……う?」

「ふふふふ。あははは、ふふふふふ、血」

「は……?」

「血だぁ! 血だ! あひゃ」


 弓など持っていない。目の焦点すらもあってない。両手を広げたエルの周りには光の矢が浮かんでいた。すべてフェリシアに向けられている。


「なんだ……貴様。おい、お前……やめろ!」


 エルは笑いながら首を傾ける。楽しそうに告げる。


「死ね」


 光の矢がフェリシアを襲った。


 


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