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動き出す戦い


  クロコ・セイマは焦っていた。


 模擬戦を開始してそれほど時間は経過していないはずだ。彼は懐から一枚の紙を取り出す。それはこの山の地図だった。その地図は動いていた。ところどころに光る点がある。それらは彼の生徒がいる場所だった。すでにばらけている。地図こそが彼の魔法だった。


 顔を上げれば雷が奔り、紅い魔力の渦が遠くに見える。


「おいおい、あれがガキの戦いか?」


 生命石にかけられた防御魔法。『刃引きの加護』。そしてフェリックスの制服の頑丈さなどを考えても生徒の戦いでそれが危険に直結する可能性は通常低い。だが、彼の見上げた視線の先にある光景はその想定を超えている可能性があった。


 だからこそクロコは彼らの戦いを中止させるために走っていた。


「おっとっと、どこに行くんですか。くろこせんせ」


 もう一人の教師であるチカサナが前にいた。マントを羽織り仮面をかぶった彼女の口元はにやけている。実際に笑っているというよりはそういう表情を張り付けていることが多い、だからこそ実際の感情がわからないとクロコは思っていた。


「お前こそどこに言っていた……? いや、そんなことより……決まっているだろ。あれを見てわからないのか? 中止をするべきだ」

「そうですかね。面白くなってきたところですよ」

「面白い……?」

「そうでしょう。まさか『魔骸』を使えるとは思いませんでした」

「……『魔骸』だと?」


 一瞬彼の脳裏にワインレッドの髪を魔族の女の子が浮かぶ。そんな強力な力を使うとは思っていなかったこともあるが、そこまで無茶をするようにも見えなかった。ただ、考えることをクロコは後にした。そこでふと気が付く。


「チカサナ……お前、まさかミラスティアに聖剣を渡したのか?」

「ええ」

「何をしてんだ! しかも片方に肩入れするようなことをするんじゃねぇ」

「勘違いですよクロコせんせ。私はですね、きしし、お手伝いなんてしてません。だってそうでしょう? 聖剣を預かっていたなんて普通に考えてミラスティアさんのパーティーにはなんの得もない。ハンデみたいなもんですよ。『魔骸』なんて力がなければ私だって介入する気はありませんでした」

「……屁理屈をこねやがって。もういいそこをどけ、いや。生徒たちに中止を言い渡すぞ」

「いーやーでーすね」


 クロコは「なに?」と立ち止まる。チカサナは笑いながら言う。


「今回は合同授業ですけどパーティー戦は私の領分ですからね。クロコせんせには悪いですけど、ここはこのままいきましょう。行きつくところまでね」

「……正気か?」

「正気も正気ですよ」


 この間にも轟音が響く。クロコは歯ぎしりをした。彼は懐に手を入れる。チカサナはそれを見てぱっと後ろに下がりつつ、腰に吊るしたダガーに手を添える。


「女の子に手を上げようっていうんですか?」

「Sランク冒険者が何を言ってやがる……。それに俺はお前なんかにかまっている暇はない」

「お得意の地図の魔法を……ってなんですかそれ」


 クロコが取り出したのはひもで縛られた袋だった。そしてそれを掴んだ手の指には地図を挟んでいる。


「財布だ……来い! クズ! これをやるぞ!!」


 財布の中から金貨を一枚取り出して投げる。地面できぃんと音を立てた。


その瞬間であった。風が吹いた。立っていられないほどの強風にチカサナとクロコは身をかがめていると後ろからすさまじい速さで走ってくる影があった。にこやかな顔をして青い髪の顔はいい女性だった。風の魔法と身体能力の強化ですさまじい速さで迫ってきた彼女はクロコの前で立ち止まる。


 目はキラキラしており。顔はよかった。リリスだった。


「呼んだ?」


 自分のやった最低の召喚術にクロコは複雑な顔をした。チカサナはあっけにとられつつやってきたリリスを見ながら「なんであの災害級の魔物がここに?」と数日前の彼と同じことを言った。


「リリス。俺は今から仕事がある。これをやるからチカサナを足止めしておけ、ケガとかはさせるな」


 リリスは財布をもらうと中を確認して言った。


「足りないかな!」

「ここ一番と思って要求しやがる……。ほんと昔はお兄ちゃんお兄ちゃんってついてきてたのにこいつ」

「お兄ちゃん……」

「やめろ!! 金は後で追加してやる」

「やっほぉーい!」


 リリスは振り返った。チカサナはびくっと身をこわばらせる。


「あなたはなんでここに……?」

「うーんクロコにいちゃんと付き合い長いからさぁ。クロコにいちゃんの地図の魔法の近くにいるとなんとなく波長みたいな……なんか飛んでくるんだよね」

「……説明になってませんが」


 クロコが前に出る。地図を広げる。光を放つ。


「俺の地図は結界と同じだ。描いた場所の中で魔力を込めた柱を立てておけば、親しい人間なら簡易的な通信ができるし、場合によっては物の転移ができる。まだまだ発展途上だがミセリアマウンテンは俺の庭だ! ここなら比較的まともに発動できるんだよ」


 チカサナが何かを言う前にクロコの周りに魔法陣が展開される。口ずさむ呪文に魔力がこもる。


「来い! ノーム・メタ!」


 すさまじい魔力が放たれ、彼の背後にバラバラになった黒い影が現れる。それは大破した鳥型のゴーレムの残骸だった。ふもとからの転移魔法だった。


「リリス。ぜえぜえ。こいつがあればいいな……くそ、人も転移できれば楽なのに……」

「お兄ちゃん! ありがとう!」

「やめろ!!」


 リリスは片翼がもげたゴーレムに乗り込む。


「よーし! チカサナちゃん。やってやるぜぇ」


 流し込まれる魔力にゴーレムの目が光る。鈍重な動きだが体中に刻まれた魔力のための回路に光がともった。チカサナはその前に立って首を振る。


「やーれやれ。なんでこうなるんですかね」



 高い木があった。太い幹は頑丈な枝を伸ばし、その上に金髪の少女が一人佇んでいる。手には一張りの弓。背には矢筒。


「…………」


 弓使いのエル。彼女はソフィアとともに長くあるが、友人でもなければ部下でもない。その素性どころか自分のことを彼女はソフィア以外に話さない。


 今回のパーティー戦において剣の勇者の子孫の後方支援をするようにソフィアに言われて、その仕事をこなしていた。しかし彼女の弓の射程のぎりぎりで起こっている魔族と剣の勇者のぶつかり合いにこれ以上「中途半端な介入」をする気はなかった。


「…………」


 本当はどうでもいい、今すぐにでも帰ってよいなら帰りたかった。


 港町で「マオ」という少女を襲撃するように言われた時も仕事もそうだった。理由はソフィアが持ってくればいいのである。仕事はこなすが成否は場合による。ただ、あの時に見た「魔銃」という異様な武器は心に残っている。


 ただ今は関係がない。魔銃を持つマオという少女をしとめるのはソフィアか剣の勇者の末裔の仕事だ。乱戦であればあるいはと考えなくもなかったが、今更どうとも言えない。


 さて、と彼女は思う。矢筒から弓を引き抜き魔力を込める。魔族の少女が異常な力を出している今中途半端な攻撃は無意味だ。


 殺そう。


 合理的な判断で矢に魔力を込めていく。特段に感情はない。授業だからといっても実戦形式である。魔族の一匹を始末しても特に問題はないだろうと彼女は魔力を高めながら思う。中途半端な介入が難しいなら、確実に仕留める方法を考えよう。


その時だった。風を切る音がしたと同時に足元の枝が砕けた。


「……!」


 落下する。エルは声も出さずに状況を把握しようとした。枝が砕かれたのは何らかの攻撃を受けたのだ。それも遠距離からだった。風切り音がしたのなら弓を使う相手がいるのかもしれない。


 視覚を強化する。枝の砕かれかたから攻撃の方向を見定める。彼女は落下しながら見た。


 遠くであの「魔銃」を構えている少女がいる。「マオ」ではないらしい。素早く彼女は弓に矢をつがえ落ちながら放つ。一筋の光のようにそれは放たれた。


 そして地面に着地する。森の中に降りたことで彼女は考える。狩りの方法を。ちょうどいい暇つぶしだと思った。



「くそっくそくそくそ」


 外した! リロードをしながらフェリシアは悪態をつく。


 落下しながらの敵の反撃。放たれた矢が彼女の傍を貫いた。森の木に突き刺さり魔力を放っている。これは殺す気だと彼女にはわかった。


 魔銃のレバーを引く。装填された弾丸を打ち出すための魔力を供給しながら森の中を走る。遠くでは轟音が響く。モニカが戦っているのだろう。『魔骸』という強力な力は人間にはわからないが魔族の中では特別な意味を持つ。過去の戦争で魔王が使った力でもある。


「…………」


 モニカのことは昔から知っている。だからこそ気に食わない面も多い。必要以上に人間にへりくだるところも嫌いだった。そしてフェリシアだからこそ分かったのは「あの連中」と付き合う時のモニカは本心から楽しんでいると見えるところだった。


 だから憎悪を思い出させてやろうとした。ウルバンとかいう人間の授業にかかわってやったのも崩れる関係性を期待していた。それなのに不愉快な「マオ」は身を投げだすようなことをした。


 人間と魔族は交じり合うべきではない。それは双方の種族からすれば常識と言ってもいいものだ。


 森の中に身を隠すフェリシア。敵の弓使いは木から降りていた。近づいて仕留めるには絶好の機会だ。接近すれば武器など使わなくても魔法で攻撃もできる。


 そう思って体を木の陰から出した時。森の奥から矢が飛んできた。フェリシアの服に当たり防御魔法がばちりと奔る。首元の生命石に小さなひびが入る。


「!」


 体をかがめてあたりを見回す。鳥の声しか聞こえない。何も感じない。


「こいつ……私を狩る気か……?」


 人間の分際でと歯ぎしりするが立ち上がるわけにはいかない。腰をかがめて別の木の陰に入る。遠くで動く人影が一瞬見えた。それを確認しようと顔を上げた瞬間に矢が飛んでくる。誘いだった。


「くそ!」


 転がってよける。明らかにこちらの動きがわかっていた。はあはあと緊張で汗が出る。相手は完全にこちらの動きを把握している。森の中での弓の扱いに恐ろしいほどたけている。


「どうする……」


 フェリシアはそう言ってから、なんでこんなに真剣にやっているんだと自嘲した。馬鹿らしい。自分で首元の「生命石」を砕いて負けてやっても別にいい。ウルバンとの約束など反故にすればいい。しかし――


「そうだ。これは任務だ。仕事だ……]


 さっき自分で言った言葉を繰り返す。仕事を途中で投げ出すわけにはいかない。自分に課した暗示のようなものだった。


 フェリシアが様子をうかがうと、何も動くものはない。だがどこから見られているのだろうと思った。音もなく動いてるのか、それともそもそも動いていないのかも分からない。フェリシアは同じ場所にいるわけにもいかず少しずつ木と木の間を移動する。

 

 誰もいない。そう思えるほど動くものはない。


 警戒したフェリシアの神経は張りつめられている。敵の姿が見えなければ魔銃も魔法も放つことはできない。先に魔力を高めるようなことをすれば相手に場所を教えるようなものだ。


 体を出せば攻撃を受けるだろう。勝手に息が切れる。汗が冷たかった。この敵はさっきの一撃から相手に容赦をする人間ではないことは分かっていた。


 気に食わない手はあった。この弓使いとマオの戦いはこの数日のうちに彼女は聞いていた。あえて身を翻して攻撃をさせることで魔力を利用して倒したという。めちゃくちゃな戦法である。


 モニカのことが頭によぎってかき消した。この敵は自分を倒してから彼女を攻撃するだろう。フェリシアは彼女の顔を思い浮かべながら「仕事だ、仕事だ」といった。


 そしてフェリシアは立ち上がる。そして大木を背にして身をさらけ出した。後方からの攻撃はないはずだった。流石に回り込まれたら気づくはずだ。ゆえに攻撃あるとすれば前方からのはず。動く影はない。


 鳥の声だけが聞こえる。その時真上から音がした。はっとフェリシアが見上げる。


 大木に足をつけて真下のフェリシアを狙う弓使いがいた。青い瞳に獲物を映している。


「……」


 矢が放たれる。


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