クロコ・セイマ 地図とか書き方
3日後のパーティーでの戦いについて説明を受けた時、ソフィアは違和感を覚えていた。
彼女は自分とガルガンティアの男であるキースはともかく、多少の優等生程度のアルフレートという人物。それにソフィアの側近である弓使いのエル。
それになによりもミラスティア・フォン・アイスバーグ。この銀髪の少女の戦闘能力はすでに一流の冒険者以上のはずだった。
……マオという少女にどれだけ隠された能力があろうとその基礎的な力はこの全員に及ばない。その上マオの集めたパーティーメンバーもそれは同じである。アルフレートを除いて個々の能力は隔絶しており、通常であれば負けるどころか苦戦すらしないだろう。
そのうえミラスティアは作戦を立てた。それは作戦というよりも布陣と言っていい。それを聞いたときソフィアは自分がミラスティアに誘われたことの意味が分かった。
――この女。私を駒としてみている。
キースやアルフレートはその作戦を聞いて感銘を受けたようだがソフィアは不快だった。エルはいつでも無表情だった。マオに港町で敗北した時も特に何も言わなかった。
しかし、ミラスティアの普段の優し気な印象からは全く違う冷徹な戦略はソフィアの感じた最初の違和感だった。もともと「マオ」と彼女は仲が良かったはずだ。多少のもめごとがあったとしても完全に優位な戦力を整えて、完全なる作戦を立てる……そのような容赦のなさが甘い人物であるミラスティアの人物像と一致しない。
だからこそミラスティアが一人になった時にソフィアは聞いた。パーティーと言っているがこの剣の勇者の子孫は誰とも親しくはしていない。
ミラスティアは銀髪を一つに束ねている。腰に吊っている剣は聖剣ではないが、白い細剣が2つあった。彼女は振り返り黄金の瞳でソフィアを見た。この一点の曇りのない生まれ、そして卓越した能力も育ちもソフィアは嫌いではあったが、どこか境遇に共感してしまっているところがあるのかもしれない。彼女の存在自体は嫌いではない。
「随分と容赦のないことですわね。あのマオとかいう賤民と何かありましたの?」
「…………模擬戦と言っても油断はできないよ」
「警戒をしていることですわね」
「あっちのパーティではマオ一人だけが問題だよ。ソフィアならわかるでしょ?」
「…………」
マオ。
極小の魔力しか持たない村娘。本来ならばソフィアには取るに足らない相手だった。しかしソフィアはいままでの短い人生を誰に媚びることなく生まれ持った才能と不断の研鑽だけで歩んできた。その彼女だからこそマオという少女の魔力の使い方、魔法の練度の高さを見誤ることができなかった。
嫉妬の焔が胸の奥でずっとくすぶっている。そのことをミラスティアに見透かされたのではないかと思うとそれだけで気が狂いそうなほど怒りが湧いてくる。ただ彼女は今は表情には出さない。
「へえ、あれは貴方と仲が良かったと思っていましたけれど」
「…………」
それにはミラスティアは答えなかった。ソフィアそれに対してもイラついた。だからこそ挑発を口にする。
「あれとは私も思うところがありましてあなたに協力をしますが……その貴方が途中で情にほだされて手を抜かれると困るますわ」
「……大丈夫だよ」
ミラスティアは言った。
「マオも、みんなも私が本気で倒す。手を抜いたりしない。……私はマオのことをたぶん……今の世界で一番よく知っているから油断なんてしないよ。どんな行動も予想できるように準備する」
今の世界……? ソフィアは妙な言い回しに引っかかり覚えたが大したことではないと言及はしなかった。ミラスティアは表情を崩さずに言う。
「すぐに終わらせる。長引かせたりしない」
☆
「よく生きていましたね」
フェリシアが最初に言ったのはその言葉だった。いや、その前に「ちっ」って舌打ちしたかな。あたしは大変だったという話をして抗議する。リリス先生の鳥型のゴーレム……いやもう構造的に鳥というかなんて言っていいかわからないあれに乗ったの怖かったんだからさ。
「ふん。死んでおけばよかったのに」
モニカがずいと出てくる。
「フェリシア。今回のことはウルバン先生がおしおきといってましたよ」
「う……ふ、ふん」
フェリシアは一瞬目を見開いてから鼻を鳴らした。両手を組んでそっぽを向いている。
ラナが耳打ちしてくる。
「本当にあれ。仲間にして大丈夫なの?」
「大丈夫……というかさ。たぶんフェリシアがいないと勝てないと思ったから」
「なんか考えがあるのね。まあ、いいわ」
こんな話をしながらあたしたちは山を登っている。お昼にだいたいの生徒が集まって野営地を作った。野営地といってもそれぞれが寝る場所を確保するだけだ。クロコ先生が必要なことをそれぞれに押していく。テントの立てている子もいた。
それから山の中に入ることになった。迷わないように全員が確認しながら行くってことだ。
山の中って鳥の声が聞こえていいなか。あと意外と人の通る道がある。ミセリアマウンテンは木材の調達もされるらしく未開の場所ではないみたい。
でも山道かぁ、あたしはもともと田舎の生まれだからよく野山を走り回った。拠点はあの河原だから邪魔なものはおいてきたけど意外とラナがきつそうだった。
「あんたら、元気ね」
ただ歩くだけなら慣れているかも。そういえばフェリックスのブーツは山道むきじゃないよね。
「…………」
ニーナはずっと黙っている。怒っているんじゃなくて体の中の魔力を操作する訓練をしている。こういう時間も無駄にできないってすごく真面目……見習わないといけないよね。
あたしはその辺で拾った木の枝を片手に歩いている。なぜか木の枝って持ちたくなるよね。
「こどもか」
ニーナがそういったので恥ずかしくなって捨てた。
そんな感じでクロコ先生とのフィールドワークは進んでいく。この授業でわかったことがある。
「おぉおお~。ラマナの実だぁ。それにあっちには山菜がいっぱい……おおぉおお。お前ら、冒険には食料が大事だからなぁ。あれは食えるぞぉ。キノコはやめておけよ。見分けが難しいし当たったら死ぬぞ」
ハイテンションで一番楽しそう。手には長い木の枝を持っている。なんで持っているんだろ。あたしはさっきまでの自分が恥ずかしくなってきた。でも言っていることは覚えていても損はないはず。
『迷ったときはなぁ。基本的に夜には動くなよ。その場で体力を温存することも重要だからなぁ』
『鳥だぁ!』
『魚はすぐ腐るし川魚は刺身になんてするなよ。ぜったい焼け』
『沢蟹だぁ』
『はあはあ。楽しい』
知的な印象が全部吹っ飛んだクロコ先生。少年のようにはしゃぐ姿を見てあたしもはしゃぎたくなるけどみんなの手前大人のたいおーをしないと行けない。川に入って沢蟹……。いやいや!
お昼は山の中腹に開けた場所があった。それぞれが持ち寄った食事をする。モニカの鍋とあたしとラナが持ってきた麦とかで簡単な雑炊を作る。クロコ先生がどこからか取ってきた香草もつける。それぞれの食器にそれを注いでご飯を食べる。
周りの生徒たちもそれぞれ探しているみたいだ。フェリシアがどこかに行こうとしたので捕まえた。
「それでマオ様明後日までどうしますか」
モニカがスプーンを持ったまま聞いてくる。
「決まっているよ3日後までできるだけ昨日の訓練をして、作戦を立てる」
「あんたさ。作戦あるの?」
ラナの疑問にあたしはうんと答える。
「いつの間に考えたのよ」
ずっと考えていた。ミラがどんな手を使ってくるのかはわからないけど、相手は5人。それぞれを倒すのは容易じゃない。でも役割は分かる。
「まずさそれぞれの役割を決めたい、キースはニーナに任せるよ」
「…………」
ニーナは一瞬食べる手を止めた。でも「ああ」と言ってそれからまた食べ始める。がつがつって感じだからやってくれそう。
「それでさソフィアについてはモニカとラナに任せたいんだ」
「マオ様……」
モニカが抗議の目をする。ミラと戦いたいってわかるよ。でも無理だ。ハルバードじゃ純粋に武器としても相性が悪いし、ミラとの技量差は大きい。ごめん。
ラナが言う。
「……あんたは私があの『知の勇者』の子孫と戦えると……そう言ってるわけね」
「うん」
「……はあ。わかったわよ」
真剣な面持ちでラナはうなずいた。
「まあ、あいつには借りもあるからね。それで? マオはどうするの。まさかあんたがミラスティアと戦うなんて言わないわよね」
「あたしが戦う」
「……無謀よ」
「……だからフェリシアが必要なんだよ」
フェリシアが視線をあたしに向ける。
「それは私が貴方と一緒に戦えと聞こえますが」
「そう」
「……言っては何ですが、このメンバーの中で一番私が貴方を嫌いですが?」
「でも負けたらウルバン先生にお仕置きされるよ」
「…………」
「それにフェリシアだけがみんなと違うところがある。もうひとりの相手弓使いのお姉さんと戦わないといけない。家からクールブロンとあとフェリシアから預かっている魔銃を持ってきたんだ。それで戦ってほしい」
「……弓使い? そんなのが相手にいると。そしてあの魔銃とかいう飛び道具で? しかしわかりませんね。そもそも剣の勇者の末裔ひとり相手するのも難しいのに弓使いなどがいては貴方が足手まといになるのでは」
あたしはみんなを見る。
「今回は今までみたいにいきなりの戦いじゃないから準備ができる。クールブロンに最初から魔力をためておくこともできる……みんなの協力は必要と思うけど。それに今のは、あくまでそれぞれが相手をしてもらいたい人を言っただけだから、作戦はさ」
あたしは地面に指で絵をかきながら説明をする。
「そういえばアルフレートはどうするの?」
ラナが言った時にあたしは「あっ」と忘れてたことを思い出した。
「あ、あとで考える」
「油断してたら足元掬われるわよ」
そんな風にしていると一部の生徒が集まってくるのが見えた。なんだろうと振り返るとどことなくお腹が減ってそうな顔をしている。
あたしはラナを一度みる。それからモニカに耳打ちする。彼女は「え?」と困惑したけど立ち上がって集まってきたみんなに言う。
「あ、あのよかったら食べますか?」
雑炊もう少し作らないといけないかも。
――そんな風にあっという間に時間が過ぎていく。
授業の間は山の地形の調査をする。戦いの場だからね。しっかりと考える。それに戦いの最中におなかが減ったら困るから木の実を採取してみたりした。
もちろんそれぞれ紙に地図を書いていく。モニカとラナとニーナがそれぞれ書いたのをあとで摺り合わせる。そこでわかったけどニーナは絵がうまい。ていうかかわいい! うさぎを見つけたって書いてった。
あと、木の枝で釣りをしてみたらなんと! 釣れた! あたしとモニカでわあわあ喜んだ。
ニーナとも水人形の訓練は時間を決めて行った。
へとへとになってもどうしようもない。それにフェリシアの射撃の練習。案外あたしの方が魔銃自体の扱いはうまいって言ったら無言でむきになって練習をしてくれた。
あとはみんなの魔力の操作訓練……フェリシアは絶対に手を触らせてくれなかったからできなかったけど。この数日でみんな格段にうまくなった。
夜はみんなで作戦を考える。実際戦いはその場その場で考えることが多いから、どうするかの基本方針は簡単にして、こうなったらこう、ああなったらこうのように考える。こういうのはラナが得意だ。いろんな想定をいっぱい出してくれる。
あと意外とクロコ先生の授業に参加した別の生徒たちと仲良くなった。捕った山菜とか魚を焼いてみんなで食べたりする。フェリシアだけは頑なに参加しなかったけど、モニカは料理をして……うーん。何人かの男子の胃袋を掴んでしまった気がする……。
「ふー」
いろいろやってあたしは息をはいた。その後ろからクロコ先生が来る。何か暖かいものの入ったコップをくれる。真っ黒な何か。ええ、ナニコレ。
星空が綺麗だ。後ろではみんなが食事を楽しくする声が聞こえる。
「これはなコーヒーっていうものだ。親父が昔見つけた植物の一種だ」
「どろどろしてる、ずず。にがぁ。ぺっぺっ」
「ははは。それがいいんだがな。ほら、砂糖をやろう」
クロコ先生は小さなブロック型の白い塊を『コーヒー』に入れてくれた。砂糖って高いはず……。
「どうだ、山は楽しいか?」
「……た、楽しいけどさ」
「そうだろ。山はなぁ。季節によっていろんな顔があるんだよ。いつ来ても同じじゃあない。そりゃあ、人間もおんなじだと思うんだよな」
「……ミラのこと?」
「話が早いな。あの剣の勇者の子孫がなんでマオと喧嘩同然のようなことをするのかと疑問だったが、何となくわかる気がする」
「……あたし嫌なところあるかな」
「なんか変ないい方したな。わるい。……ずっと見てたんだが、お前いつの間にか全員の真ん中にいるんだな。嫌われてたはずなのにほかの生徒とも仲良くなっている……不思議な奴だが、そういうのは悪いことじゃない。お前はいい意味で裏がない。悪い例はヴォルグだ」
「あははは」
「ミラスティアは別だな。あの子はいつもどこか遠くにいた」
「……」
「いつも一歩引いてる……尊敬もされているし慕われてもいる。それでいて丁寧な人当たりのいい子だ。それに同年代に比べることのできる相手がいないのだからな。……きっと寂しいと思うぜ」
クロコ先生がコーヒーを飲む。
「苦いことも慣れるとおいしいもんだ。でも、あの子は誰かにそれを見せることができなかったんだろうな。…………大きな親を持つとな甘い期待でがんじがらめになるもんだ」
「でもさ」
「あん?」
「あたしは……この前ミラにひどいことを言っちゃったんだ。嫌いだって」
「……そうか。ははは」
な、なんで笑うのさ。
「悪いな。でもマオ、そんなことをはっきりと言いたくなる相手なんてなぁ。本当は好きか、心底嫌いかのどっちかだぞ。お前は前者だろ。……どうでもいい奴に気持ちをぶつけるなんてしねぇだろ?」
「そ、そりゃあそうだけどさ」
「ミラスティアも同じだろうよ」
あたしは目を見開いた。
「あの子はずっと気を遣ってた気がする……まあ、これは俺の勝手な感想だけどな。あの子には優しい友達も必要だったんだろうけどな……本当に対等な相手も必要なんだと思うぞ。だからきっとお前はこの戦いをしっかりと応えてあげるべきだろうな」
クロコ先生があたしを見る。
「まあ、人間関係も地図みたいなもんだ。どこに何があるのか、少しずつ地図に書いていかないと相手は分からないもんだろ……。地図はな書いている時も楽しいけどな、後で見返した時も面白いもんだ。ああ、余計なことを話したな」
クロコ先生は立ち上がっておしりをはたく。
「くろこにいちゃん」
「この声はリリスか……!」
クロコ先生が辺りを見回す。
「明日は勝負だろ、早起きしろよ。じゃ」
そのまま逃げていく。ただすぐにリリス先生に捕まっている。
『お金貸して~』
『脈絡がなさすぎるだろ』
それを見て笑ってしまう。それからあたしはコーヒーを口にした。まだ苦みはあった。でも底の方に融けた甘い砂糖の味がした。




