焚火の前で
水人形が駆ける。その勢いのまま回し蹴りを放った。
ニーナは屈んでよける。彼女の頭上を人形の足が通過する。それだけで終わらない。あたしは左手に魔力を込めて人形の動きを止める。人間と違ってめちゃくちゃな動きもできる、
よーするに『力の勇者』の動きも水だからこそ再現できる。あいつはただの人間じゃない。
一瞬ぴたりと止まって空ぶったはずの足が空に向けてまっすぐ伸びあがる。そしてそのまま振り下ろす。踵落とし。でもニーナは腰をひねって紙一重でよけた。それだけじゃない、よける動作の回転を利用して右の拳を水人形に叩きこむ。
静寂があった。水人形はびくともしてない。その脇腹にはニーナの拳が突き刺さっている。この一瞬彼女の動きがあたしの操作を上回った。
はあぁあ。
魔法を解除してあたしは膝をつく。同じように魔力を貸してくれていたラナも「ひぇえ」とか言いながら腰を下ろした。水人形は形を崩してぱしゃっとその場に崩れた。
もう夕方。あれから何時間も魔力の操作と戦闘訓練を繰り返した。ニーナも荒い息を吐きながら膝に手をついている。
「や、やっと一度だけ」
ニーナはもう体を支えられないみたいでその場に地面に手をついた。あたしももう疲れた……出力を抑えていたとはいっても頭がいたいずきずきする。
「に、ニーナ、やったね」
「お、お前に言われるとなんか」
「むかつくって?」
あたしは先に言ってやる。もうラナを含めると3回目だからわかるよ。あはは。
ニーナも笑った。
それにしても疲れた。あと、おなかがへった。あ……そうだ!
「ラナ。今日ごはんどうすればいいの!」
「あ? それはとりあえず持ってきた食料でありあわせのものを……つくりたくね~」
疲れた顔をしているラナ。河原に寝そべってしまう。あたしもそうした。疲れたからこのまま寝たい。今から料理をするのは結構しんどい。
そうするとカランと音がした。起き上がるのがだるいので顔だけそちらにむけるとモニカが手にいっぱいの木の枝? を持っている。それが地面に落ちた音だった。森で拾ってきたと思う枝を地面に置い魔法で火を熾した。
なんか元気な顔をしている。
「皆さんは休んでいてください! 今日は私が食事を作ります」
そ、そういうわけにもいかないよ。あたしとラナは疲れたけど体を起こす。うーん、ゾンビみたい。モニカはそんなあたしたちに寄ってきて無理やり座らせた。
「マオ様たちは寝ていてもいいですよ。いや、寝ていて下さい」
「なんでそんなに元気なの……? モニカにも結構ニーナの手伝いをしてもらったと思うけど」
「マオ様の魔力の調整のおかげでなんか調子がいいんです!」
「いや……あれは強化しているとかじゃないからね?」
「わかってます!」
キラキラした目をしている。調子がいいのは本当みたいだ。魔族だから体の魔力量は多いはずだ。あと見た目に反してモニカは体力がある。だからかな……? とにかくあたしとラナは無理やり寝かされた。……いや、手伝うって……。
……はっ。
あたりが暗い。いつの間にか眠ってた。横を見るとラナが寝息を立てている。フェリックスの上着を毛布替わりにしていると結構あったかいんだ。ラナの向こうにはニーナも寝ている。
ラナはどうでもいいけど美人だよね。まあ、いいや……それよりなんかいいにおいがする。
モニカが焚火の前でなにかしている。あたしは起き上がって近づく。モニカは小さな鍋に何かを振りかけている。ぐつぐつと煮えているそれには野菜がいっぱい入っている。……焚火の上に3本の太い枝を組み合わせてひもで縛っている。そこから鍋を吊るしていた。
「あ。マオ様起きたんですか」
「ごめん。なんか手伝わなくて」
「ぜんぜん。いいんですよ」
モニカが腰から出した小さな筒を鍋の上で振る。黒い粉みたいなのがスープに融けて沈んでいく。
「私の故郷は寒いところですから。こういったものがよく食べられるんですよ」
「そうなんだ。今入れたのは?」
「……隠し味ですね」
あたしは横に座る。ぱちぱちと音を立てる焚火をぼおーっと眺めている。モニカは鍋を持ってきたのか、木製のへらでかき混ぜる。
「それにしてもマオ様といるといろんなことが起こりますね。リリス先生のあの移動方法は楽しかったですけど」
「……た、楽しかった?」
「最初怖かったですけどあとで考えたら」
「……あたしは怖かったけどさ。そういえば前にラナが水路で小さな小舟を魔法ですごいスピードでかっとばしたことがあったなぁ。落ちたらおぼれそうで怖かったことがある」
「楽しそうですね」
「怖かったってば……そういえばあの時もミラが一緒に居てくれてさ。あの時もミラは楽しいって言ってたっけ」
「…………」
モニカが黙り込んだ。あ、ミラとの話題をなんとなく話してしまった。少し気づかいが足りなかったかもしれない……。
「あの人は私に似ているんですよ」
「モニカと?」
「…………マオ様」
モニカがそばに置いてあった容器に鍋からスープを移す。野菜いっぱいのそれをあたしに渡してくれる。
「食べてみてくれませんか? スプーンは……えっと」
モニカが探している。あたしは「いただきます」と言って少しスープを飲んでみる。暖かくて、疲れた体に染み込んでくる気がする。
「おいしい」
「よかった」
モニカが笑う。焚火の光に彼女の顔が照らされる。あたしはモニカに渡されたスプーンで野菜を掬って食べる。これも持ってきてくれたんだろう。モニカは鍋を掻き交ぜている。それから言う。
「私はですね。マオ様や皆さんに出会たことはすごくよかったと思います。……ギルドの本部であなたに声をかけられたときは本当に困惑したんですけどね」
「いきなりだったからね。ごめん」
「いえ。貴女はいつだっていきなりなんで。あれがマオ様なんですよ」
「……ん? それは」
モニカがゆっくりとスープをかき混ぜる。
「きっとマオ様はミラさんにもそうしたんでしょ?」
「……そうだね。ギルドで出会ったんだけど、同じ歳くらいの女の子だったし話したのが最初かな」
「出会ったのも同じギルドだったんですね。本部と地方の支部では大きさが違いますけど」
「そう考えるとそうだね」
「きっとその時寂しそうにしてたんじゃないですか?」
「……そうだね。よくわかるね」
「……だってマオ様ですから」
なにそれ……? よくわからないや。でも、モニカはつづける。
「マオ様にとってあの人は……ミラさんをどう思われているんですか?」
「ミラを?」
「そうです」
親友……そう言いたくて、今の状況を考えると口に出すことが少し怖くなった。それにモニカの求めている言葉はきっと違う気がした。あたしは焚火の音を聞きながら言った。『船』でのことを思い出しながら。
「ミラはさ。あたしに手を差し伸べてくれたんだ」
「…………」
「真っ暗な底に落ちていきそうな時に……一緒に居てくれるって言ってくれた」
もしミラが手を伸ばしてくれなかったらあたしは今でも「人間」であることができたんだろうか? 今のみんなとの出会いも全部なかったかもしれない。
「ミラはあたしにとって大切な人だよ……それなのに今みたいなことに突然なったことがよくわからない」
モニカは黙って聞いてくれた。ただ最後に少しだけ言う。
「やだな」
「え?」
あたしが何か言う前にモニカが続けた。
「そろそろ大丈夫です。ラナ様とニーナ様を起こしてご飯を食べましょう」
「モニカ、いまの」
「……あの人は私に似ているって言いましたよね。だからなんとなくわかるんですよ。言えないことを黙り込んで勝手に完結しているんです。……たぶん真っ暗闇の中で迷っているんですよ」
「じゃ、じゃあさ。どうすれば、いいのかな」
「…………」
モニカがあたしを見てくる。それからふふって笑う。
「マオ様がマオ様なら大丈夫ですよ」
……その答えはよくわからないよ。モニカはそれ以上答えてはくれなくて2人を起こしに行った。あとはたしスープを飲む。おいしい。




