魔力の流れ
さっき見つけた水場にやってきた。河原には丸みを帯びた石が転がっている。ひとつ拾って川に投げると水面をはねていった。なんか思ったよりうまくできた。
滝の流れる音がする。ここに来たのはいくつか理由がある。
とりあえずあたしは振り返った。ラナ、モニカ、ニーナがいる。3人とも何をする気なのかよくわからないって顔に書いてある。
「正直全然時間はないからさ。手短に説明するね。ラナこっち来て」
「何をする気なのよ。今更特訓っていっても時間はないし、無理なことしたら疲れて逆効果よ?」
「いいからいいから」
あたしはラナの手を取る。
「じゃあさ、ラナはそのまま体全体に魔力を循環させて」
「…………」
ラナの体がほのかに光る。彼女は出会ってからいろんな魔法を使っている。水も火も風の魔法も使える。それは魔力の使い方がうまいのと……実は夜によく勉強しているのを知っている。
それでもまだ甘いと思う。なんか上から目線で嫌だけど、魔力の流れをもう少しスムーズにすればもっと力を無駄なく使えると思う。あたしはラナの手を掴んだまま彼女の中の魔力の流れを調整する。
「ん」
両目を閉じたままラナが声を出す。
「いいからさ。そのままそのまま」
あたしは優しく体の中の魔力を流していく。
「この感覚を覚えていてほしいんだ。ラナは優秀だから魔力も豊富だし……結構勢いで使っているところはあると思う」
「あんたと何度か一緒に魔法を使ったことがあるけど、こうして魔法の構築じゃなくて体の中の魔力調整を直接されるとなんか……むかつく」
「なんで!?」
ええ? なんで。って思わず手を放しちゃった。ラナは自分の両手を見つめている。
「なんか体を重く感じる」
「それはさっきまで体の魔力の流れを調整してたから自然と身体能力も上がっていたはずだよ」
「それ、魔法?」
「違うよ、もともとのラナの体の力を引き出しているだけ」
「あんた……さっき私が優秀がどうのっていってけど、なんか皮肉に聞こえるわ」
「そ、そんなつもりで言ってない……」
「わかっているわよ。ごめん」
あたしの特訓のひとつはこれ。魔力の流れを覚えてほしい。もともとの力を引き出すだけだから、体力が削られることはない。たぶん。
「ミラと最初にあった時にもあの子にこれをしたけど、次の戦闘では勝手に感覚を覚えてすごく強くなってた」
クリスと黒狼の戦いの後、ミラとは何度か一緒に戦ったけど飛躍的に力を上げていた。つい最近の仮面の男との戦いもそうだけど、戦闘中にも剣の技量が上がっていったのを感じる。要するにミラは異常なほどに学習能力が高い。それは技術的なこともあるけど魔力の流れを操作した感覚を覚える……言ってしまえばセンスかな。
「次はモニカ。ラナはさっきの感覚を一人でできるようにやってみて。うまくできなかったらまた教えるから。覚えてくれたら魔法の力は2段階は上がるよ」
ラナは両手を組んで言う。
「普通に言うけどあんた。とんでもないこと言ってない?」
「そうかな……まあ、いいじゃん」
「まあそうね。あの生意気な奴にも対抗できそう」
誰? と聞く前に何となくわかった。
「マオ様」
今度はモニカの手を取る。小さな手だ。魔族は体の力が人間よりもはるかに強いし内包されている魔力量も多い。でも、かわいらしい手をぷにぷに触る。
「あ、あの?」
「あ、ごめん」
モニカの魔力が迸る。少し流れが速い。ラナよりも荒々しい。それだけ本来の力が強いんだと思うけど、でも速すぎる流れに意味はない。体に魔力を浸透させるのはゆっくりがいい。それは人間も魔族も変らない。だってあたしは両方やったんだからよくわかる。
「……!」
モニカの体の中を流れる魔力が穏やかになっていく。その時何かに触れたような感触があった。なんなのかはわからないけどとりあえず問題なく彼女の体に魔力は浸透していく。感覚を覚えればラナの魔法の力はさらに強くなるようにモニカは身体能力の強化が一段と強力になるはず。……それでもミラとの一騎打ちは厳しいと思うけど。
繰り返すけどこれはラナにしろモニカにしろ魔力を「強化」しているわけじゃない。ただ使い方を効率良くしているだけだ。
でも、
モニカはいったん離れて自分の手をじっと見ている。……? どうしたんだろうか。彼女はもう一度あたしを見る。
「マオ様もう一度いいですか」
「うん」
そうやって繰り返す。ニーナはちょっと待っててほしい。
モニカは飲み込みが早い。魔力の流れがどんどん丁寧になって、穏やかできれいになっていく。あたしが手伝うことをやめても大丈夫そう。だから手を離した。
「……ん」
モニカの体が淡く光る。ゆっくりと彼女は目をあけて両手を握る。なんとなく何かを決意しているように見えた。もしかしてミラと戦う気……じゃないかな。あたしはそれでもミラとモニカじゃ戦えないと思う。だから目をそらしてしまった。
「マオ、私はどうすればいい」
ニーナが背中から話しかけてくる。ふふふ。最後にニーナにしたのはちゃーんと考えがある。
あたしは振り返った。両手を腰にして胸を張る。
「ニーナは特別特訓!」
「な、なに!?」
「ニーナにはとりあえずキースを倒してもらわないといけないからね」
「なんだと……? とりあえず?」
「最後にはヴォルグを倒すんだからさ」
「お、おまえ」
あたしはSランク冒険者であるヴォルグに宣戦布告を直接した。ニーナとも前に約束した。だからキースに引っかかってもらったら困る。……数年かかるとあたしが危ないし!
「だからニーナは特別に訓練するの」
ニーナは肩を落とす。
「お前、本当に私があいつらに勝てると思っているのか? この前の話を聞いていただろうが」
「聞いてけど……でもあたしはニーナが落ち込んでるの嫌いだからさ」
「嫌いってお前」
「とにかくこっち来てほら」
河原に立つ。気のせいかニーナがラナに目配せした気がする。ラナは苦笑している気がする。
「あ、モニカちょっと手伝ってほしい」
「なんでしょうか?」
「魔力を貸して。手を握ってほしい」
モニカは驚いたようだったけどあたしの手を握ってくれた。あたしは彼女から流れ込んでくる魔力を構築する。右手でモニカの手を握って、左手を前に出す。
「アクア・クリエーション」
川の水が形を作っていく。それは『力の勇者』の形。本物から魔力の強さをなくして、あくまであたしの記憶だけで作った傀儡。何度も作っているうちに慣れてきた気もするけど、やっぱり制御するのは頭が痛くなる。今回はできるだけ魔力量を抑えて作る。ソフィアや仮面の男と戦ったときほどの戦闘力はいらない。
ニーナが聞いてくる。
「まさか……特訓というのはマオ」
「そうだよ。こいつはあたしの記憶にあるガルガンティアの武術を使いこなすことができる。実際はただの水人形だけどそれでもキースよりは手ごわいよ」
あたしは笑う。
「こいつを超えてみて」
最終的にはそれくらいやってもらわないと。
まさかあたしが力の勇者の子孫に対して修行をすることになるなんて思わなかったけどさ。でもあんたの子孫はあたしの友達だからさ。精一杯やるよ。




