ミセリアマウンテン
鳥型のゴーレム……。黒い鴉のような形に羽のある形をしていて人の乗るための「くぼみ」。そこに座るスペースがある……嫌な予感がどんどん強くなってく。後ろに大きな穴が開いているのはなんだろ……。
「それじゃあ荷物を積んだ、積んだ。ほら」
リリス先生があたしたちを急かすけど、みんなで顔を見合わせて目で会話する。リリス先生の被害者の仲間……ニーナがあたしを見る。
――マオ、これやばくないか?
何にも言ってないのにそういっている気がする。あたしも見返す。
――間違いなくヤバイよ。
……ニーナが黙って頷いた。……すごい! 何にも言ってないのに会話ができた気がする。でも命がやばいそうという状況は変わらない。
「あのさ、リリス先生。これ安全なの?」
「あんぜん?」
ボケーっとした顔をしてリリス先生はあって口にした。それから言った。
「もちもちのもちろん」
死にそう。
まずいよこれは。でもリリス先生が背中を押してくる。後方の一部がぱかって空いて荷物を詰め込む場所がある。そこにリリス先生があたしからバッグを強奪して放り込む。
「そらそら早く」
みんな観念した顔で荷物を入れる。モニカのハルバードはどうしようもないからゴーレムに縄で括り付けた。ラナとニーナとモニカはすごい不安そう。
いや、待って。
「モニカ! フェリシアは!?」
「あ!! いません!!」
逃げた! あの子逃げたよ。よく見たら遠くに人影が見える。一応目的地に向かってはいるみたいだけど……。ウルバン先生がにこにこしながら「お仕置きが楽しみだ」とか言っている。……やってやって! 今回は!
座席は前後になっていて後ろにあたしたちはぎゅうぎゅうになって座る。
「ちょっと狭いんだけど」
「押すなマオ」
「あたしも狭いし」
「これ本当にどうなるんですか?」
リリス先生が前に座る。そこには魔石がはめ込まれている。これあたしが壊したゴーレムと同じような構造な気がする。……青い髪を手で払って大きなゴーグルをした。後ろを振り返った。
「そこにさ、手すりあるでしょ掴まれるところ。あと座席にベルトがあるから体に巻き付けてね。落ちたら死ぬからしっかりつかまってて。わかった?」
座席の前に確かに手すりがある。いや、落ちたら死ぬ??
「じゃあ、出発しようか!」
リリス先生が魔石に手を触れる。呪文を唱える。……
『火の精霊イフリートに命じる』
リリス先生が唱えているのは……これやばい。
「みんな! 絶対離さないでね!?」
あたしは叫ぶ。リリス先生が魔力を放出する。
『世を生み出す灼熱の炎を今ここに現出せん! ギガフレア!』
その瞬間、ゴーレムにはめ込まれた魔石から魔力が迸る。鳥型のゴーレムの体に文様が浮かび、そして後方の穴からすさまじい炎が噴き出す!
すごい圧迫感が体を押す。鳥型のゴーレムが勢いよく飛び立つ。風がうるさい。手が痛い。一直線に空に浮かんでいく。怖い! 怖い!! 全員の悲鳴みたいなのが聞こえるしあたしもなんか叫ぶ。よくわかんない。今どうなってんの???
気がついたら空を飛んでいる。
「あひゃひゃひゃひゃ、面白い!」
リリス先生の笑い声ではっとした。ちゃんとみんないるか見たら死んだ顔をしたラナとニーナとモニカ。い、生きてた。よかった。
「し、死ぬかと思いました」
モニカに同感……すごい疲れた気がする。あ、でも……。
空が見える。振り向けば王都がだんだんと小さくなっていく。海がきらきらと光っていた。
「わあ」
口から思わず感嘆の声が出た。リリス先生が聞いて振り返る。
「意外といいでしょ」
「……うん。ちょっと寒いけど」
ゴーレムの翼が風を切る音がする。鳥みたいに飛べるんだ……ちょっと先生のことを見直したかも。
「すごいね、このゴーレム飛べるんだ」
「飛べる? 飛べるわけないじゃん。羽が動かないのに」
「は?」
「勢いをつけてぶっ放すだけよ。弓と矢と同じ構造」
「は?」
「出る前に計算していたでしょ。だいじょうぶだいじょうぶ、計算通りに行けば目的地に墜落するから」
「は?」
あたしは、口を開けて何を言ってんだろうこの人って思った。確かに飛ぶ前にすごい綿密に地面に計算式を書いてるのは見たけど、墜落するための計算をしていたなんて思わけないじゃん!!!!
ああああああ。これ落ちる予定なの?? 確かに少し下に傾いた。怖い!
「お、そろそろ落下軌道ね」
「ど、どうするのさ」
「そりゃああれよ。落ちる前に防御魔法を張って、あと風の魔法で微調整するの。うえ。酔ってきた。気分悪い。そっちの赤毛が風の魔法使えるんでしょ。あとやって」
ラナ! 御願いします! 死にたくない!!
「い、いきなり何を振ってんのよ?」
リリス先生が気持ち悪そうに言う。
「酒飲んでこんなのするべきじゃない。ゴーレムが傾かないように風を操ってね。下に落ちるときに急角度になったらやばいから……ヨロ」
「ヨロじゃないっつーの!!!」
ラナしかいないよ!
「ラナ!」
ニーナが涙目で叫ぶ。
「ラナ様!」
モニカが必死に言う。
「なんのよこれ、なんなの!?」
ラナが手を構えて呪文を唱える。
☆
どかーん。
白い光に包まれた鳥型のゴーレムが地面に激突する! 白い光はリリス先生が構築した防御魔法「プロテクション」。いつかの船の上でソフィアが使って竜の攻撃も防いだ魔法だ。
光がはじけていく。その中からあたしはむくりと体を起こした。
「い、生きてる」
感動した。本当に生きてるって素晴らしいんだ。みんなも無事みたいだ。リリス先生も立ち上がった。
「はあ、気持ちわる」
知らないよ!
あたしはふらふらとゴーレムから降りてみるとやっと気がついた。穏やかな風が流れているそこには大きな山がそびえたっていた。見上げれば山頂には少し雪が見える。麓の森からざあと風に木々が揺れる音がする。
ミセリアマウンテン……着いたんだ。
「計算通りね」
リリス先生うるさいよ!
とにかくあたしたちはゴーレムから荷物を引っ張り出した。ハルバードもちゃんと落ちてなかったのは奇跡と思う。縄が結構緩んでた。
ラナがフラフラだけど言ってくれる。
「流石に私たちが一番でしょ。ここでキャンプするってことだと思うけど、先生たちが来るまでできることはやっておきましょう」
「できること……とはなんだ」
「ニーナもギルドの依頼を受けたことあるでしょ。要するに今回はキャンプなんだから必要なのは決まってんのよ。寝床と水場が基本。あとは食料とかだけど、それはまあちゃんと持ってきたからいいとして……手分けして探しましょうか」
すごいてきぱき指示をしてくれる、流石ラナ……いや! 死んだ魚の目をしている!! これ錯乱の一種なのかな!?
「ら、ラナ。す、少し休もうよ」
「ふふふ」
「なんで笑っているのさ。怖いよ」
木陰にラナを寝かせて上着は脱がせて毛布を掛ける。心配だけどリリス先生をそばにつけて、荷物も固めておく。
「マオ様どうしましょうか?」
「どうするって言っても……そうだなぁ。ラナが言っているように水場を探しておくってのは必要かも。寝る場所はあとでもいいよ」
そんな感じであたしとニーナとモニカは森の中に入る。一応迷わないようにあまり奥にはいかないようにしてたら迷った。
「ここどこ?」
うん。なんかあたしも頭が混乱してたかもしれない。あんなすごいわけのわかんない移動方法で来たから荷物を置いて迷うことになったってそう思いたい。
「落ち着けマオ。いざとなったら背の高い木を見つけて登れば帰り道は探せる」
おお、ニーナは頼りになる。確かに魔法で体を強化できないあたしには無理だけどニーナとモニカならそれができる。
「それよりもあっちに水音がする。行ってみよう」
身体能力を強化修行をしているからかな。こういう自然の中ではすごい。ニーナは森を抜けて行くとざあと音がした。滝の音だ。
河原に出た。川が目の前をゆるやかに流れている。奥に行けば深そうだけど手前は全然浅いし、それに魚もいる。綺麗だ。……釣りとかすれば魚は捕れるかな。
「ふう」
ニーナが川の水を飲もうとしている。ダメだって! 何飲もうとしているのさ。あたしは止める。
「なんだ?」
「いや生水はだめだよ」
「なまみず……? きれいだと思うが……」
「川の水なんてそのまま飲んだらおなか壊すよ」
全く……。意外なところで知らないこともあるみたいだ。
「それにしても綺麗ですねマオ様」
「うん。そうだね。あ、そうだ」
あたしは上着を脱いで靴と靴下も脱ぐ。河原にそれを置いて水の中に入る。冷たいし、気持ちがいい。ちゃぷちゃぷスカートのすそを掴んだまま川の中を歩く。
「モニカとニーナもおいでよ」
しばらくして二人とも来る。あたしと同じように上着とかは脱いでいる。
「冷たいですね」
「…………魚がいるな」
釣りの道具とかないけどなんかできないかな。でも、なんか川の中に入って魚が泳いでいるのを見たら「おっ」ってほんの少しだけうれしくならないかな。うーん、なんでだろ。あたしは少し考えてみてよくわからないし、まあいいや。
なんとなく水面を蹴ってみる。ぱしゃって水が飛んだ。それがニーナにかかった。
「おまえ……」
「わ、わざとじゃないよ」
ニーナも水面を蹴る。あたしにかかる。
「わざとじゃないって」
反撃で水を飛ばす。ニーナにかかる。
「ふざけるな!」
ニーナもまた水をかけてくる。あたしは逃げようとしてこける。ばしゃーんって川に飛び込む見たいなってずぶぬれになる。
「ははは。自業自得だ」
「……ニーナ」
両手で水を掬っておもいっきりかけてやる!
「わ、やめろ」
ぱしゃぱしゃと水をかけある。そのうちモニカにも水がかかった。
「……わ、わたしにも水がかかりました!」
モニカが手で水をかけてくる! やったな!!!
☆
「で? なんであんたらずぶぬれなの?」
ラナのところに戻るとあたしたちはそう聞かれた。3人で水遊びしてしまったなんて言えない。とりあえず上着とかは濡れないように丸めて持っている。
ラナは黙っているあたしたちを見て横を向いた。
「まあ、寝てたからどうとも言えないし、なんでもいいけど男子とか来たらその恰好どうかとおもうわよ。あんたたちシャツめちゃくちゃ透けてるし」
……………!! 身体を両腕で抱きしめるような姿勢になった。ニーナとモニカも顔を赤くしてる。




