クロコ・セイマとチカサナ合同授業!
大勢の生徒が集まっていた。
半円状になった教室。てきとうに空いている場所を探してあたしたちは座った。外でミラと会ったけど、結局ほとんど話をしなかった。少し……にらみ合うような形になっただけ。
「…………」
ラナ達も話しかけてこないし。そういえばフェリシアはどこにいるんだろう。探してみてもいないし。逆に周りの生徒はあたしを見てひそひそ話をしている子もいる。
ミラ達はあたしとは遠くに座っている。銀髪の彼女はただ黙って座っている。
「おーしお前ら、しずかにしろー」
そう言って入ってきたのはチカサナ……じゃなかった。深い藍色のロングコートと中にシャツを着て長い髪を一つに結んだ男性だった。顎の下を掻きながらけだるげな様子だった。
あ、後ろから赤いマントを羽織った女性もついてきている。その女性は半分顔を隠すことのできる仮面をつけていた、チカサナだった。今日は黄色い髪を小さな三つ編みにしている。
男性の方が話をした。
「俺の名前はクロコ・セイマだ……まあ、説明するまでもないと思うが『地図とか書き方』ってことでフィールドワークに行こうと思っていたんだが……このガキ……チカサナ先生が合同授業をしようってことでな、お前らに集まってもらった」
クロコ先生……? そういえばあたしの最後の授業の先生だ。思うよりも先にチカサナが前に出た。
「そういうことで皆さん。私はチカサナでーす。よろしく」
テンションがいつも通り高い……。みんな困惑しているよ。でも、彼女はつづけた。
「私の授業はパーティーでの戦い方ってやつだね。君たちは冒険者として、まー実際は将来なんになるのかはわからないけど戦いって言うのは基本は一人ではしないもの」
チカサナは言う。
「例えば魔法が得意な人、武器が得意な人、支援が得意な人、まーまー。例えば難しいことですけど治療がうまい人って具合にパーティーはそれぞれの役割があるもの。一人が強いからって集団の強さではないように、弱い人が集まってもそれが集団として弱いとは限らないもの」
仮面をつけた彼女は教壇からみんなを見回す。
「キミタチが学ぶことは多くあるものだってことだよ若者諸君」
「まあ、こいつもガキだがな」
「クロコ先生、横合いから変なことを言うのはよくないな」
「いきなり合同授業をしようなんて面倒なことを受けてやっただろ」
「フーン。君さ、繁華街の飲み屋で酔っぱらったところ介抱してやったのは誰だっけ」
「忘れた」
クロコ先生とチカサナはしばらく言い争いをして、クロコ先生がコホンと咳払いした。
「ということで俺の授業だけを受けている奴には悪いが、パーティー戦での戦い方も一緒に学んでもらうことになった。まあ、学んで損はないことは間違いないから安心してくれ」
頭を掻きながらクロコ先生が両手を開く。
「とりあえず俺の授業はフィールドワークだ。冒険者になれば外の世界、王都以外の場所を歩くことは多い。野宿とか当たり前だ。水の確保とか食料の取り方とかもちゃんと知ってないとすぐ死ぬ。戦いが強い奴でも飲まず食わずじゃあ、どうしようもないってことだ」
「まーまー。魔法で火とか水は手に入るけどねー」
「そういうことを思っている奴ほど危ない。いいかお前ら、魔法を過信するなよ。魔力ってのは体の力を使うんだ。魔法を使って水を出してもいいが、体力の兼ね合いってことを忘れるなよ」
「フィールドワークってのに酒瓶を持っていくばか君もいるもんねー」
「そろそろ黙れこのガキ」
「なにするの、セクハラ!」
……と、取っ組み合いのけんかを始めた。周りもそれにつられてすごいやんやと煽っているし。チカサナを応援する生徒とクロコ先生を応援する生徒がいる。いや、どうでもいいけどさ!
「はあ、はあ。このガキ……」
クロコ先生が額の汗をぬぐった。チカサナはぱっとそこから離れた。余裕がありそうだった。流石にSランク冒険者ってことかも。
「ま、まあいい。お前ら。外の世界での生き方を教えてやる。その中で地図の描き方もな。いきなりで悪いが明日から3日ほどのキャンプに行く。場所は――」
チカサナがぴょんとはねた。教壇にある先生のための台の上に立つ。
「行先はミセリアマウンテン! 黒竜の巣くう山だ!」
みんながざわついた、竜なんてでてきたらどうしようもないじゃん! ざわめきが大きくなる前にクロコ先生が制止する。
「あー、悪いが確かにそんな噂もあるが基本的には弱い魔物しか出ない場所だ。王都からも近いしな……。なので明日までにお前らもそこに行ってほしい」
……は?
一瞬聞き流しそうになったけど、今「行け」って言ったよね。
「あ、あの先生。行けってことはそこで集合ってことですか?」
ラナが聞いた。みんなが聞きたいことを代弁してくれた。
「そうだ、お前らも冒険者候補ならそれくらいしてもらう。街道を下っていくだけだし、具体的な場所は一応教える。ふもとまで明日の昼ぐらいまでに到着してくれ。それでキャンプだ。それぞれ必要と思えるものを勝手に用意してくれ」
ええー。教室中でそんな声が漏れた。それにクロコ先生は怒った。
「それくらい大丈夫だろ! 山までの行き方は任せる、馬車を使おうと何をしようと自由だ。とにかく来い。ガキども。いいか? 近場なんだから逆に失敗したって大したことはないんだ!」
「ふふふ。クロコ先生。彼らにとっておきの情報を上げないんですか」
「ああ? ああ、チカサナが言ってたあれか」
「みなさん、今回の初回の授業ではちょっとしたレクリエーションを考えています。この授業には剣の勇者の子孫である『ミラスティア・フォン・アイスバーグ』さんと秋の入学式の首席である『マオ』さんが参加しています」
チカサナは両手を広げてにやりと笑う。
「今回はこの二人にそれぞれパーティーを率いて模擬戦をやってもらいまっす! きしし。キャンプ3日目にミセリアマウンテン内でね。ねえ。マオさん。ミラスティアさん」
あたしをまっすぐチカサナが見て、そしてミラを見た。
「あなた方二人は結構学園でもうわさがあるんですよ。いわくマオさん一番の成績で合格したのはミラスティアさんに手伝ってもらったからだってね。二人以外のみんなも聞いたことがあるでしょう?」
しんとなった。でもそれぞれの生徒が顔を見合わせている。Fランクの依頼を100件以上できたのはみんなの……そしてミラのおかげでもある。それは間違いない。
「でもですね。皆さん。噂なんてものはたいていどうでもいい人の願望がついているものですからね。この機会にお二人にちゃんと戦ってもらって、わるーい噂は消してしまいましょう。ねえ、ミラスティアさん」
チカサナがミラに話しかける。ミラは黙ってチカサナを見た。
「どのような形でも構いません。マオに負けることはありませんから」
!
「おお、ですってよマオさん」
チカサナがあたしに言う。あたしも立ち上がって言う。
「その言葉のまま返すよ」
☆
「おーい。そこの」
授業が終わって帰る。帰るというか今から忙しく王都を出ないといけない。そこでクロコ先生に呼び止められた。ラナとあたしが振り返る。モニカとニーナは先に準備に帰った、あとでラナの家に集合だ。
「マオ……だったか?」
「うん。あたしはマオ」
「ふーん。お前おやじの授業も受けているんだろ?」
「おや……先生のお父さん?」
「ウルバンだよ」
「あ! ウルバン先生がお父さんな……な、なんですか?」
普通にため口になりそうなる。気を付けないと。ラナは横で「へー」って言っている。
「ああそうだ。まあおやじからマオって生徒をちゃんと見てやれって言われたな。めんどくさいがまあ、わかったって言っといたんだよ。なあ、めんどくさいだろ、同じ職場におやじとか結構なストレスだ」
「クロコ先生っていくつなの?」
「歳か? おれは32だ」
「結構おじさ……むぐ」
「それ以上言ったら普通に嫌いになるぞ?」
手で口元を抑えられたのでこくこくとあたしは頷く。
「それで先生はマオに何を言いたいんですか」
ラナが言った。
「いや別に。あのおやじがわざわざ頼むんだからどんな奴か話がしたくてな。まあ、普通に見えるが……。普通じゃあないんだろうな」
な、なにそれ。
「いや、おやじは結構人への評価が厳しめというか、独特というか。……それでもミラスティアってのは剣の勇者の子孫ってだけよりもかなり優秀な奴だ。正直勝負になるかも怪しいと思う。だから、今から行くミセリアマウンテンの地図をやるよ」
クロコ先生は一冊の手帳を渡してくる。
「そこにはミセリアマウンテンの地図にいろいろと役に立つ情報が書いている。例えばどこにどんな薬草があるとかな。まあ、事前に知ってれば――」
「ごめん。これ返すよ」
あ、ちゃんと敬語で言えなかった。
「あ?」
「だってさ、ミラとの勝負はちゃんと対等にやりたいんだ。本当にありがたいんだけどさ、事前に何も知らないままでいたい」
「……はーん。そういうところか」
「なにが……えっとなにがですか?」
「親父がお前のことを気に入ったところがわかった。ま、そういうんなら返してもらうさ。別に勝っても負けても模擬戦でしかない。一生懸命にやりな」
「うん」
冊子を懐に入れてクロコ先生はあたしをじっと見てくる。
「あー。まあ、これくらいいいだろ」
頭を掻きながら言う。
「冒険者ってのはいつも不測の事態に陥るもんだ。予測できることなんて意外と少ない。でもな、一番くだらないのは準備不足だ。マオ」
「……うん」
「できるだけ準備をしな。キャンプまでの時間をチカサナがとったのは多分そういうことだ。罠を仕掛けたりしろって言ってんじゃない。今回はパーティー戦だろ? だったら仲間と一緒になって考えられるだけ勝てる方法を積んでこい。……まあ、以上だ。直接的なことを言ったわけじゃないからいいだろ」
「……クロコ先生ってさ」
「……?」
「なんか意外と真面目に教えてくれるんだね」
「……俺の見た目に騙されすぎているよ。俺はいつでも真面目だ。むしろ親父なんてあの年で飄々としているし俺のダチのSランクのヴォルグとも付き合ってんだぞ。おかしいよな」
クロコ先生は愚痴を少しだけして離れていった。
どんとあたしの背中をラナが叩いた。
「……さーて、帰って用意をするわよ。まずはキャンプの用意と……パーティー戦の用意。とにかくいろいろと準備するわよ!」
「……」
「ほら。元気だしなって。あんたはいつも無意味に元気なくらいがちょうどいいんだから」
「なにそれ」
「はっきりと言うわマオ」
「うん」
「ミラスティアだけでもどうしようもないのに知の勇者の子孫やキースがあいつに着くなら普通に勝てない気がする。あと2人誰か連れてくるんだろうしね」
「…………」
「でも、こっちには強みがあるわ」
「つよみ?」
「そ、あんた」
ラナがあたしを指さす。
「あんたがいたらなんかやるんじゃないかって思うのよ。なのに、あんたが元気じゃないともう私もニーナもモニカもどうすりゃいいのよ? だからとりあえず元気を出しなさいって。ね?」
……うん。
ラナはあたしの目を見て言ってくれた。
「ミラスティアの家のことは前からすこしだけ言ってたけどいつか……いつかあんたとぶつかることになるんじゃないかと思っていたわ。…………あいつと親しくしたらひどい目に合うって噂は昔からあったしね」
「……」
「さっきあいつに久しぶりに会って思ったけど、不自然なほど冷たい感じがした……きっと何かあるきもする……。マオ。あんたさ、ミラスティアとまた仲良くなりたいんでしょ?」
「……当たり前だよ」
「そうでしょうね。じゃあ聞くけど。あいつとまた仲良くなりたいなら。元気のないマオと元気いっぱいのマオどっちのほうがちゃんとできるのよ」
「……な、なんか。その言い方」
「いいのよ別に答えなくても。どうせ答えなんて決まってんでしょ」
「…………分かった。ラナ、ありがとう」
よし。あたしは片手で自分のほっぺたを叩く。
わからないことがいっぱいある。不安なこともいっぱいある。
でも、ミラと一度おもいっきりぶつかろう。
「よーし! ラナ早く家に帰ろう。今日から忙しいからね!」
あたしが手を握ってで腕を上げると、ラナも同じように「おー」って返してくれた。




