潜入をしよう!②
キリカを先頭にして壊した壁の穴を通って中に入る……。
広い敷地の中、庭の一角かな。綺麗に剪定された植物に身を隠しながら進む。途中見回りの人がこちらに気がつかず歩いて行った。隠れているこっちからしたらどきどきだけど……あの様子じゃ簡単に屋敷まで近づけないかも。
「ふむ。流石に警備体制は整っていますね」
キリカはそう言った。そういえばモニカと名前が似ている。それを言うと彼女はじっとあたしをみた。顔の半分が隠れる仮面をつけているから目線がどこなのかわかりにくい。
「まあ、そりゃあ」
よくわからない返事をされた……。名前を聞かれたときにそんな反応ある?
「とにかくどうでもいいじゃないですか。マオさん。私たちはこれから剣の勇者の牙城に潜入するんですから」
「牙城……って、ミラの家をそんな風に」
「こまかいことはいーんですよ。ほら、二人もこれをつけてください」
そういってキリカがあたしとモニカに渡してきたのは彼女がつけているみたいな仮面だった。これ……つけるの? 恥ずかしいんだけど。そう言おうと思ったらキリカが無理やり渡してくる。あたしはモニカと目を見合わせて苦笑した。
とりあえず魔力的な仕掛けもなさそうだし……。仮面をつける。うーん。これで怪しい三人組の完成! 見つかったらむしろすごく誤解されそう。いや、まあ、潜入している時点でもう見つかるわけにはいかないんだけど。
「とりあえず立ってください」
キリカに言われてあたしたちはあたりを見回して立つ。
「そうそう。それでマオさんは両手を組んで、モニカさんは片手を伸ばして、そうそう、はい、ポーズ」
両手を組んだあたしの後ろで、腕を斜めに突き出したモニカとガッツポーズしたキリカ。3人でポーズを決める!
……。
……。
なにこれ。
「よし! ばっちりですね。きしし」
キリカがうなずく。
「何が!?」
「何がですか!?」
「おやおや二人ともそんなに声を出していたら……ほら」
――なんだ。こっちから声がしたぞ
見張りの人が走ってくるのが見える。あたしとモニカは両手で口を押えて茂みに隠れる。
――このあたりで声がしたぞ。
人が増えていく。な、なんでこんなことに。意味不明な行為でピンチになっているのわけがわからないよ。
「計算通りですね、きしし」
真横でキリカが言う。彼女はフードを深くかぶる。
「私が囮になりますからその間に屋敷に入り込んでください。きしし。なーに。少しの間引っ掻き回してあげますよ」
「そ、そんなキリカ」
「心配しないでください。私はそれなりにすごいですから」
キリカはあたしが制止しようとするまもなく茂みからさっと抜け出した。見張りの人たちが大勢いる。彼らは手にランプをもっていてキリカを照らす。それは火ではなくて魔石のはめ込まれたものだった。
キリカはたたずむ。光の中で彼女は言う。
「怪盗モニカニアン参上! きしし」
それだけ言ってさっと逃げていく。すごい速さだ。あたしはあっけにとられた。
『な、なんだあいつは!』
『怪盗モニカニアンだと!? 何だあいつは』
『なんだあいつ! なんだかわからんが追え! 逃がすな』
見張りの人たちもすごい困惑したまま追っていく。全員「なんだあいつ」って言っている。正直呆けていると肩を掴まれた。モニカだ。
「な、なんですか? あのひとぉ?」
ちょっと涙声だ。う、うん。すごい堂々とモニカのことを騙っていたよね。……と、とにかく今は進もう。あたしは周りに人がいないことを確かめてから立ち上がる。砂のついたおしりをぱんぱんとはたく。
「うう、あれ。どうなるんですか?」
「わ、わかんないけどさ」
とにかく進もう。あちこちで「追え!」「噴水に上ってポーズをとっているぞ!」とか聞こえてくる。何してんだろう。楽しんでない!?
物陰に隠れながら屋敷に近づく。フェリックスの制服のフードを被ってできるだけ見つかりにくくする。もともとダークな色合いの制服だから都合はよかった。
明かりが漏れている。ドアがあった。慎重に開けるとそこは厨房みたいだった。誰もいないみたいだ。並んだ石造りのかまど、調理台、棚に置かれた調理器具。ここなら大勢の食事を作れそう……ってそんなことを言っている場合じゃない。
厨房を抜けると廊下だった。明るいのは天井から吊るされた魔石を明かりがある。優しい色合いの明かりだけど、今はむしろない方がよかったな。
『怪盗モニカニアン! 貴様! やめろ!!』
外からなんか聞こえてくるのは無視しよう。モニカは「何があっているんですか?」ってすごい気にしている。ほんと何をしているんだろう。
「ひゃーはっははは!」
キリカの笑い声がする。き、気になる。何やってんだろう。
足音がする! いったん厨房に戻ってやり過ごす。メイドさんだ! すごい困惑した顔で庭の見える窓に走っていって外を見ている。正直今だって思った。
厨房からこっそり出て、廊下を歩く。モニカとあたしは緊張でいっぱいだ。メイドさんたちが振り返らないかすごい心配していたら、その中の一人が振り返った。近くに合った調度品の鎧の影に隠れる。
なんとか見つからなかったみたいだ。よく見つからなかったなって思う。怪しさ抜群だから!
とにかく廊下を慎重に進む。階段があった。抜き足差し足で昇っていく。階段って上る時「ぎし……ぎし」って音がするんだけど、それでばれないかって思うだけで冷や汗が流れる。
2階。
長い廊下とそしていっぱいの部屋。等間隔でドアがあって正直どこがなんの部屋か全くわからない。外から見た時にミラ……と思う影はバルコニーにいたと思うけどもういないだろう。……いや、よくよく考えたら外の騒ぎでミラも一階にいたらどうしよう。
ええい! 考えたって仕方がない。ひとつずつ探して……。
「マオ様」
そう考えているとモニカがあたしの服を引っ張った。
「どうしたの?」
「ミラ様がどこいるかなんですけど、簡単に見つけ出せます」
「……どうやって!?」
「マオ様、お忘れですか」
モニカはそう言ってあたしに手の甲を見せた、そこに魔力を通すと青い紋章が浮かび上がる。
「Fランクの依頼時に『蝶の魔術』をみなさんと共有させていただきましたから、あれからそこまで時間は経っていませんし、わざわざ解除しない限りはまだ有効なはずです」
そういってモニカは手に魔力を籠める。暖かい青い光。そこからふっと青い魔力で輝く蝶が飛び立つ。ひらひらとそれは廊下を渡っていく。
「さあ、追いましょうマオ様。近くにミラ様がいればあれが見つけてくれるはずです」
……頼りになるなぁ。あたしとモニカは廊下を歩いていく。物陰から不意に人がやってきたらだめだから警戒しながらだ。青い蝶はそんなことを気にせず飛んでいく。あの先にミラがいる。
その時ふと思った。小さくだけど。「怖い」って。
ラナが言っていた懸念もあるけどミラが全然あたしに会いに来なかったのは何か理由があるはずだ。特にこの屋敷にいるのなら、いつでも会いにこれる距離なんだから。その理由がなんだろう。それを考えるとわけのわからない不安が胸の中で広がっていく。
それでも蝶を追う。不安とか怖いとかの気持ちがあってもそれでも会って確かめないとわからない。蝶はとある部屋の前で止まった。中に入れなくて困ったようにそこでゆっくりと旋回している。
ここだ。
あたしはモニカにこくりとうなずく。ドアノブに手をかけてみる。
それを開く前に目を閉じる。
ゆっくりと力をこめてドアノブを回す。それはすんなりと開いた。
まず天蓋付きのベッドが目に入った。部屋の中は広い。ただ、本棚があるくらいで簡素な印象があった。そして――いた。
窓のそばにある机。そこで振り返った銀髪の少女。驚きに目を見開いている。
ミラだ。あたしは部屋の中に入る。心臓が鳴る音がする。あたしが何かを言う前にミラが立ち上がる。白いシャツに胸元にリボンをつけている。彼女は驚きとともに言った。
「誰ですか……? 不審者……?」
そういえば仮面付けてた。
外からはたぶん囮として逃げ回るキリカの笑い声が聞こえてくる。




