夢の中のことはすぐに忘れて
あたしはベッドに横になった。ああー。ふかふかってわけじゃないけど、ベッド何て久しぶり。いっつもは床に敷布をひいて家族みんなで寝ているだけだから、結構固い。別に不満があるわけじゃないけど。たまにベッドに眠れるなら、こうごろごろしたい。
ごろごろ、ごろごろ。枕が結構柔らかいなぁ。
宿屋の窓から外を見ると星が出ている。綺麗だなぁ、あたしは星をこうやってみるのは好きだ。…………はっ、今あたし寝てた。ふぁーあ。それにしても今日もいろんなことがあった。あのイオスのこととか、力の勇者の子孫のこととか、なんかよくわからないけど王都にある学園に行けとか言われるのも、一日じゃ処理しきれないよ。
あたしは冒険者のカードを取り出してみてみる、そこには「FF」の文字。たぶんこれ、あきらめろって遠回しに言っているんだと思う。学費とか言ってたし、普通であればあたしみたいな庶民な女の子は入れないんじゃないかな。まあ残念、あたしは魔王だから関係ないけど。
ベッドにもぐりこんでゆっくりと考えようと思っていたんだけど、一度そうしたら眠い。
王都かぁ……話にしか聞いたことがないけど、結構賑やかなところらしいなぁ。そもそも冒険者になりたいのは単にあたしのため…………そう、魔王たるあたしのため。
ああ、ねむい。
あ、きもちいい……。
☆
雨が降っていた。
少女の記憶の中にある古い記憶。灰色の空から落ちてくる冷たい雨粒が顔を打つ。
――なんだこれは。
彼女は口を開けて、声に出さずに叫ぶ。それは幼い少女だった。体は小さく、天に伸ばした両手は細い。
彼女は「魔王の記憶」を持っていた。どれだけ昔のことかは彼女にもわからないが、遠い昔に彼女は魔王であった記憶があった。強大な力をもって人間を憎み、戦ったその記憶。だが、今の彼女はわずかな力もない。
魔王として死にゆくときに「神」の声を聴いた。それを彼女は覚えている。
『お前は生の中で多くの者を傷つけた……。だから勇者たちに力を授けてお前を倒すことにしたのだ。巨大な力を持つお前は、来世で弱いもののことを知るがいい、それがお前への罰だ』
何が罰だ。
少女は怒りを込めて天に叫ぶがそれを聞くものはいない。ただ雨粒がばちばちと地面をたたく音だけが響く。彼女はその場にへたり込んで、空を睨みつける。力がなくても、魔王としての記憶も経験もある、必ず復讐してやると彼女は誓った。
少女は後ろから抱き留められた。
彼女が振り向くと心配そうな女性の顔がそこにあった。それは「母」として今の軟弱な体に生んだ人間だった。
「風邪をひいたらどうするの……?」
びしょ濡れの姿でそういう「母」は彼女を抱きしめながら言う。少女はただ憎しみをもってその女性を見ている。いずれ、殺す。今はまだ忌々しい人間の庇護を受けなければ死んでしまう、それは冷静な計算の上にあった。だが媚びるつもりも偽るつもりもなかった。なれなれしく触ってくる女性に少女は嫌悪を抱いていた。
年を経るごとに少女は問題を起すようになる。同じ村の子供に殴り掛かり、時には卑怯な手を使ってでも相手を倒した。そのたびに「父」と「母」は奔走した。
少女自身は誰ともなれ合わず。両親にすらも心を開かない。村の者たちも彼女を持て余していた。ただ魔王の記憶を持つ少女もそんな人間を心底軽蔑するようにして、心底嫌うようにしていた。
むなしさだけがあった。
ただただ貧しいだけの村。才能も魔力も持たない自らの体。魔王として生きてきた記憶との齟齬に苦しむだけの日々。人や物に当たる野良犬のような彼女。いつも体のどこかに傷があった。
寒い冬があった。
その冬の前には不作の年で食料も十分にない、そんな季節。村はまるで死んだように静まり返っていた。しんしんと降りつもる白い雪に人はなすすべもない。
少女も自らの家で小さくなっていた。手をこすり合わせて、家の中なのに息をすれば白くなる。体を抱くように座り。部屋の隅で両親からも距離をとっている。
そんな彼女に「母」が近づいてきた。少女は抵抗した、細い腕で力いっぱいに殴りつけ、ひっかく。それでも「母」は彼女を抱きしめた。少女は「離せ」と喚いたが、その言葉が聞こえても離すことはなかった。
抱きしめられている間だけは暖かかった。
少女は自らの抱き留めている女性を睨みつける。その時にその顔をしっかりと見た気がした。ただ、自分を見つめる瞳がそこにあった。それだけで体から力が抜けた。疲れが心から湧き出て、ひどく眠たくなった。少女はその眠気にすら抗ったが、だんだんと落ちていく。
少女はその胸の中で眠ってしまった。
春が来た。
少女は鍬を握ってみた。なぜかは自分でもわからない。持ち上げようとしたが意外と重い。魔力による身体の強化があれば大した重さではないだろうが、そんなことは今の少女にはできない。
そもそもなぜそんなことをしているのか自分でもわからなかった。力いっぱいに振り上げてみれば、逆に体がよろけた。こけそうになった時その鍬を捕まえた。見れば「父」がいる。
鍬を下ろして、父は少女にできること教えてくれた。草むしりだった。彼女と一緒に父は草をむしって、少女が一日でむしった「草」を見てほめてくれた。なんてことはない、誰にもできることだ。少女はそう思ったが、不覚にも喜んでしまった。
その後に父は自ら鍬を持って土を耕し始めた。少女はそれを見ていた。
時は過ぎていく。
少女はだんだんとおとなしくなっていく自分に歯噛みした。人間などに感化されていくことに屈辱も感じていた。そういうことにしておかなければいけなかった。
夏には川で魚を取ることをした。
普段あまり食べられないそれを父が串に刺して焼いた。少女が食べた時にはひっくり返りそうになるほどおいしいかった。そんな自分の可笑しさに彼女は自嘲した。ただ、彼女はその魚の刺さった串を持って家に帰った。
なぜそんなことをしているかはわからなかったが、家にいる「母」に食べさせようとしたのだ。家の立て付けの悪い戸を開けると、母が手に編み物をもったままこくりこくりと船をこいでいた。
穏やかな寝顔の前に立つ少女。
殺す?
不意にそう思った。いや、それが最後の過去の自分からの問いかけだったのかもしれない。少女は何も答えずにしゃがみ込んで、眠っている彼女の前で言った。
「……………おかーさん」
女性は目を覚ました。
「……マオ? 何か言った?」
「……呼んだだけ」
それから二人で魚を食べた。
数年経ち、弟が生まれた
その日のことを少女は覚えている。生まれるまで外にいるように言われていた、だから生まれたと聞いて飛ぶように走って帰った。走る間に村の人間から転ばないように声を掛けられ。
「わかってる!」
と後ろ走りで手を振る。それでこけそうになった。
しかしよろけながらもふんばり、家まで一直線に帰った。家の戸をすらりと開ける。もう立て付けの悪い戸を開けるコツは掴んでいた。
「はあ、はあ」
そこには村の女性たちと「父」と「母」とその母の抱く子供がいた。
少女は両手を伸ばして、困惑して、うれしいような、わけわからないような気持で近寄った。その弟を母から手渡されて、抱きしめた。
少女はその時の自分の表情だけはわからない。
☆
「んんっ」
ん? あー、もう朝か。なんか夢を見てた気がするけど、なんか夢って目が覚めた時には忘れるのって不思議だと思う。ああー、良く寝た。首を動かすとぽきぽき言っている。これって骨が折れているのかな? でも折れてたら動けないしなぁ、なんで音がするんだろ。
あたしはベッドから体を起こすと敷布団を綺麗に折りたたむ。ぽんぽん、としわをのばしてって、その枕を最初の位置にして。よし。
それから窓を開けると朝日が強く差し込んできた。
「ちょっと寝すぎたかな」
さーてと、昨日の夜はすぐに寝ちゃって考えられなかったからどうしようかな? とりあえず村にもどっておとうさんとおかあさんに言わないといけないけど、あ、あとロダにもね。




