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魔王のカン


 ソフィアはその少しくすんだ紅い瞳でまっすぐにあたしを見ている。……もちろん敵意のこもった目だ。


 久々にあったのにこんなに嫌われているのがよくわからないけど、彼女のそばに現れた「水人形」はその形を変えていく。右手に剣を象った形が形成される。


 水人形は女性のような形をしている。長い髪と剣。なんだか、ミラに似ている。やる気満々みたいだ。で、でもさ。


「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなり決闘とか意味が分からないよ。

 

 あたしは手を振って断る。勝負をするって言われても今は魔力なんてない。あの時はフェリシアの魔力を利用してすごく短時間だけ仮面の男と戦えただけで……


「…………」


 ソフィアは無言で何かを投げてきた。わわ。反射的にそれを受け取る。


 それはこぶし大の魔鉱石。荒々しい削り方をした。紫に光る魔力のこもった石だ。……これを使えってこと? 何かを言う前にラナが前に出た。


「待ちなさいよ。あんた。いきなり何を言ってんのよ」

「……私は貴方のような雑魚には用はありませんの。黙っていてくださる?」

「ざ~こ~?」


 ラナが怒る。ソフィアを指さした。


「そんなのだったら私が相手になってあげるわよ。マオが戦うな――」


 水の剣を持った人形が一瞬で距離を詰める。一閃。ラナは弾き飛ばされる。


「ぐっ」


 ラナが芝生の上に倒れる。ソフィアはふんと鼻を鳴らした。


「何度も言わせないでくださる? 雑魚は引っ込んでいなさい」

「だ、大丈夫ラナ?!」

「……いい加減に構えてくれませんこと? 雑魚の命を奪うようなことはしませんわ」


 ……。ラナは胸を打ったみたいだ。苦しそうに咳き込んでいる。それを見たらあたしはすごく頭にきた。ソフィアに向き直る。


「ソフィア。あたしが勝ったらラナへの悪口は撤回して、ちゃんと謝って」

「……」


 ソフィアからの返事はない。だけどもう怒った。右手に魔鉱石を掴んで魔力を行使する。呪文を唱え、魔方陣を展開する。


『アクア・クリエイション!!』


 あたしの周囲に水が渦巻く。それは一つの形になる。『力の勇者』その形だ。……ぐ、頭に鋭い痛みが奔る。この魔法はやっぱり負担が大きい。それなのにソフィアは涼し気な顔をしている。我慢しているのかもしれないけど、両手を組んでじっとあたしを見る。


 ソフィアの水人形は剣。そしてあたしは拳。


 動いたのは剣からだった――!


 すさまじい速さで間合いを詰めて、剣を振るう。一閃、そして連撃。風のような速さで剣は動く。


 あたしは右手の指を動かす。魔力の糸を操るように力の勇者を象った人形を動かす。ソフィアの動きはきれいだ。だから最低限の動きでかわす。手に握った魔鉱石から流れてくる魔力で感覚を最大まで強化する。


 ソフィアは腕を振る。

 

 人形の左手に剣の形が現れる。二刀流。そいつはあたしに一瞬の間すらくれない。踏み込んで剣の人形はさらに激しく攻撃してくる。まるで舞いのように綺麗だった。


「綺麗すぎるよ」


 ソフィアはあくまで魔法使いなんだ。攻撃が早く正確、お手本のように綺麗。ミラなんかの動きを参考にしていると思う。すごいって思う。でもさ、綺麗だからこそ読みやすい。


 剣の人形が振りかぶった一瞬。力の勇者で蹴りを繰り出す。それは人形の脇腹を取られてふらついた。動きさえ読めれば崩すのはたやすい。さらに一歩踏み込んで渾身の拳を打ち込む――


 ソフィアの表情がゆがんだ。彼女の体から魔力が放出される。


 剣の人形は腰をひねりあたしの攻撃をよける。渾身の一撃が空ぶった。あたしは驚きに目を見開く。とったと思ったのに一瞬の判断でソフィアは人形を正確に動かした。


「はあはあはあ」


 ソフィアは汗をかいている。苦し気に息を吐く。その苦悶の表情のままあたしを忌々し気に見てくる。


「何を笑っていますの?」


 え? 笑っている?


 あたしは思わず自分の頬をなでる。気がつかないうちに楽しんでいた? …………



 ……


 ……


 私は笑う。


「最近さ」


 右手に持った魔鉱石が輝きを増す。


「魔族とか仮面の男とかいろいろと戦ってきて少しだけ思ったんだけど」


 私は少し顔を上げた。髪が目にかかった。


「勘が少しだけ戻ってきたんだよね」


 ソフィアの目が少しだけ見開かれる。私は微笑み。言う。


「ソフィア。だからついてきてね」


 私の人形はガルガンティアのあいつを象っている。ずっと戦ってきたからこそその動きは分かる。そうはいってもただの動きだ。本物のあいつはこんなものじゃない。それでもこれくらいできる。


 ――『3の術式。炎皇装』。水人形が炎を纏う。


 その両の拳を強化し、水の中を流れる魔力の流れを最適化する。さあ、遊ぼう。この勝負は誰も傷つかない。


 私の人形は一瞬で距離を詰めて拳を振るう。


「くっ」


 ソフィアの剣の人形は下がった。いい判断だね。その場に居たら簡単に捕まえられる。私は左手を振るう。魔力の糸は人形の右足の蹴りになる。剣の人形を吹き飛ばす。


 だけどすぐに体勢を立て直した。ソフィアは肩で息をしている。でもすごい。もっと速度を上げるね。仮面の男と戦った時くらいに……


 剣の人形と拳の人形がぶつかり合う。すさまじい速さで互いに攻撃を防ぐ。いや、剣の攻撃はまだまだ甘い。それに速さが足りない。私はさらに魔力を送る。


「貴様……貴様」

「…………」

「笑うなぁ!」


 私はとどめを刺すために魔力を送る――



 力の勇者の人形がはじけた。



 水がばしゃってあたしとソフィアにかかる。あれ? あれ? なんで? 


 気がついたら手の中の魔鉱石は光を失っていた。ま、魔力が切れたんだ。気がつかなかった……。そんなことを思っていたらわっと歓声があたりを包んだ。


 いつの間にか大勢の生徒が見ていた。周りを囲む彼ら声を上げている。い、いつの間にいたんだろう。何人かがソフィアに駆け寄っていく。勝った勝ったって言っている。なるほど確かにあたしの人形は「やられた」ように見えるかも。


「あんた……何よ今の」


 ラナ……。


「ごめん、あたしソフィアに悪口を謝ってもらおうと思ったんだけどさ」

「そんなのいいわよ……なによあの魔法……前に掃除で使ったあれ?」

「…………ま、そうだね」

 

 ラナは複雑そうな表情をしている。そういえば一度だけこれは掃除で水人形を使ってやったことがある。ある意味戦いなんかよりずっといい使い方だった。


 ソフィアを見ると彼女にも水がかかったみたいだった。剣の人形もただの水に戻っている。


 その瞳はあたしをまっすぐ見ている。


 泣いている?


 濡れているだけかな。じっと見るその瞳には紅い光。そしてさっきよりも増した敵意を感じる。彼女は周りに駆け寄ってきた生徒をわずらわしそうに振り払うと去っていく。


 ……ふー。


 なんとなくソフィアの「敵意」の正体が分かった気がする。でも彼女はすごい才能だ。素直にそう思う。


 ぐー。


「運動したらおなか減った」

「はぁ。あんたは……まあ、その方がマオらしいかもね」

「ひとを食いしん坊みたいにいってさ」

「その通りでしょ」


 ラナと顔を見合わせて笑いあう。今日はこのまま帰って――


「待て」


 ニーナがいた。驚愕の表情で彼女はあたしを見ている。


「なんだ今のは」


 力の勇者の子孫はあたしの肩を掴んだ。


「なんでお前があんなことができる? なんでだ!? なぜガルガンティアの武術が使える!?」




☆☆


 

 ソフィアは勢いよくドアを開ける。


 中にいたのは緑の髪の男性だった。少年に見間違うような愛らしい容姿をした彼はイオスだった。


 ここは王都のどこかの部屋だった。壁に立つのは仮面をかぶった男とその横に小柄なくすんだ金髪の少女。フェリックス学園の制服を纏い、その腰にはダガーを吊っている。彼女は「きしし」と特徴的な笑い方をした。


「やあ、ソフィアさん」


 ソフィアはそう言うイオスの胸ぐらを掴んだ。


「あれはなんですの!?」

「あれ?」

「お前が連れてきたあの女……マオですわ!」

「ああ、彼女か。素晴らしいだろう? 訳が分からなくて」

「何者かって聞いているのですわ」

「さあ? 前も言ったけど知らないな。それに僕は今忙しいから後にしてもらえるかな」

「…………」


 ソフィアは納得せずに彼を睨みつける。イオスは優しく彼女の手を持った。


「まあ、君より魔法の才能があるのは間違いないだろうし、仲良くしなよ。ねっ」

「……!」


 彼女はその言葉に打ちのめされるように手を放して、頭を抱える。その場にしゃがみこんで唸った。


「あんな、あんなものに、この私が?」


 イオスは彼女を見下ろす。その表情をソフィアには見えない。


「気に食わないなら聖杖を使って始末したら?」

「そんな……恥知らずな真似ができるものですか」

「なら、格下のままでいるんだね」

「……!」


 ソフィアの前に憎しみがともる。


「マオ……」


 涙を浮かべた紅い瞳。プライドを傷つけられた彼女はゆっくりと立ち上がる。イオスは彼女を見ながらふっと笑う。



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