知の勇者の子孫再び
ラナと昨日の帰り道、これからのことを少しだけ話した。
ノエルさんのクッキーを食べながらゆっくり帰った。夜は急ぐ必要がない。
「まずは信頼できる人を探しましょう」
「信頼できる人?」
ラナがそう言ったのをおうむ返しに返す。彼女は少し考えながら言う。
「私は16歳、あんたは15。正直世間一般ではまだまだ子供よ。それがギルドマスターが魔族に通じているなんて言っても信じてくれるか怪しいでしょ? だから、とりあえず信頼できる大人を誰か相談したいってだけよ」
すごく冷静なことを言っている……。こういうところがラナの強みなのかもしれない。あたしひとりじゃあんまり考えられなかったと思う。それに、
――僕を告発するときに相手を良く選ばないと、悪い結果に終わるかもしれないということは考えておくべきだ。
イオスの忠告……いや警告も気になる。あたしは『暁の夜明け』を魔族の組織と思っていた。……人間の中にもそこに所属する人々がいるってことだ。その目的がわからないから、誰がそうなのかわからない。
でも、信頼できる人かぁ。
「神父さんとか?」
「うっ。先生か……まあ、信頼できるといえばできるけど……。あの人はギルドとかはあまりかかわりがないし……」
冷静な意見を言った後、ラナが嫌そうな顔をしているところにおかしみを感じてくすりとする。それにしても大人の知り合いってよく考えたら少ない。街の人は大勢知っているけど。イオスがかかわるならそれなりに力のある人じゃないとだめだ。
「大工の棟梁とか」
「なんで大工に相談すんのよ」
いや……信頼できるといえばって思って口に出てしまっただけ! ぽっと言ってしまったあたしの言葉にラナは呆れ顔だった。
「とにかくそれなりにギルドに顔が利いて、できれば社会的地位のある人がいいわ」
「そうだね。うーんじゃあ。ウルバン先生とか」
「へえ、あんた剣聖っていわれるあの人と仲良くなったの?」
「仲良くなったって言うかいろいろあってさ」
「まあ、悪くはないというか、いいかもね。でも少し様子を見た方がいいわ」
ウルバン先生とは正直1日しか一緒に居なかった。これから何度も会うこともあるから、慎重に相談しよう。
「それと」
ラナはつづけた。
「あんた。さっきのSランクの依頼……やる気でしょ」
「ぎく」
「口でそんなの言うんじゃないわよ。あーあ。どうせそんなことになるだろうと思ったわよ。いい? あいつが悪い奴だったとして利用されるかもしれないって思わないの?」
「そ、それもあるかもしれないけどさ。でもイオスの言う『世界の真実』ってのも気になる」
ラナは困った顔をする。
「このことはさ、どうせ先に言っておかないとあんたひとりでやるって言いだしかねないから。……これについてはちゃんと信頼できる仲間を集めて相談するべきよ」
「……信頼できる仲間」
「まあ、自分のことでもあるから恥ずかしいけど。あんたにとって間違いない味方っていえばエトワールズでしょ?」
……そうだね。それは間違いない、でも。っていいかけてラナに先に言われる。
「巻き込んでいいのかってどうせ言うから、先に言うわね」
ぐっ。
「その顔図星ね。Fランクの時もおーんなじことを言ってたんだから、わかるわよ。戦闘の時とかは何をするのかさっぱりわからないのに、こういう時はワンパターンなんだから」
っぐぐ。
「巻き込むとか巻き込まないとかじゃなくて、ちゃんとこういう時に相談するべきなのよ。わかった? 突っ走っていくんじゃなくて、やめるべきかもしれないって考えるのも必要なのよ」
ラナが指を突きつける。……ぐうの音も出ない。それでもうれしい気持ちがあった。
「ありがとラナ。なんかお姉ちゃんみたい。あたしにはいないけど」
「……!!」
ラナが真っ赤になって目を開く。
「バカ! いきなりわけのわかんないこと言うんじゃないわよ。そもそも私はあんたより年上!」
な、なんでそんなに恥ずかしそうにするのさ! 彼女はふんって顔を背けている。
「う、うん。とにかく明日の朝にはモニカとニーナにも……」
「待った」
「え?」
「エトワールズには一人足りないでしょ」
不意に銀髪の親友の顔が浮かぶ。
「全員集まってから相談をするわよ。さっき話をした通りあんたの退学の話もあるし、下手に話を進めておくよりちゃんとひとつずつやっていった方が間違いがない」
「そうだね。ミラ……」
あたしはなんとなく空を見上げる。星空がきれいだなって思った。
どこかでミラもこの星空を見ているのかもしれない。
☆
よし!
朝早くから元気よく立ち上がった。昨日はイオスのこともモニカのこともいろいろとあったけど、とにかくあたしがやれることをどんどんやっていくしかない。
「今日も頑張ろう!」
寝室のドアを開ける。
そうすると先に起きていたモニカが目をぱちくりさせていた。でもぐっと両手を前にだして返した。
「よ、よくわかりませんが私も頑張ります」
「うん!」
よくわからない会話をした。それからお互いに顔を見合わせてふふふって笑ってからあたしは顔を洗いに行く。
無言でみているニーナの視線が気になったけど、おはようってだけ言っておく!
今日はついにポーラ先生の授業だ。どんなことがあるのか全然予想がつかない。それにしてもあたしは問題ばっかりあるなぁ。……いやいやとにかく準備だ。
「おっ、起きたのね」
ラナが言った。
「まあ、とりあえず昨日のことはよく考えておきなさいよね」
「うん」
「あと今日は一緒に行くから。ポーラ先生の授業は一緒」
「そうなんだ。ラナがいれば安心かも」
「……」
ラナは黙ったままだった。
とにかくそんな感じで着替えもすましてみんなで家を出る。モニカは今日はウルバン先生のところに行くらしい。弟子にしてもらうって言ってたけど、フェリシアはどうなるんだろう。
「どうでしょうか……。私もよくわかっていませんが。……それでも私もいろいろと頑張ってみたいとは思っていますから」
学園に入るとモニカと別れてラナとニーナの三人で教室に向かう。ラナが場所を知っているから迷うことがない。あれ……なんだろ、なんか違和感がある気がする。でもそれをうまく言葉にすることができない。
魔法の研究をする講堂は石造り。訓練場と似ている気がするのは、たぶん魔法を実際に放つと危険だから頑丈に作っているのかもしれない。生徒たちが集まってくる。
前の黒板を囲むように椅子が並んでいる。すでに座っている人や、雑談をしている生徒が大勢いる。なんとなくあたしを見ている子もいる……。
「あっ」
ニーナがその中の一人見て声を上げた。なんとなく警戒? している気がする。見れば男の子だった。背の高い、褐色の肌に短く切った銀髪、それに片方の耳にはピアスをしている。
……もしかして。そう思ってニーナに聞こうとしたら、それよりも先に目につく子がいた。大勢の生徒に囲まれてその中心にいるのは透明感のある紫がかった髪をした少女だった。彼女はふっと優雅な仕草であたしを見る。
すこし紅の混じった瞳。そこにはすぐにあたしに対するうっすらとした敵意が現れる。
彼女は知の勇者の子孫。ソフィア・フォン・ドルシネオーズだった。




