魔王はどんなもの?
あたしは逃げようと思った。なのに、ミラがあたしの服の裾を掴んでいる。いや、離してって、あたしがミラを振り向くとなんでかあの「力の勇者の一族」の方を向いている。
魔王を倒した勇者は3人いる。いや、いた。ていうか、あたし全員知っている。
そのうちの一人である「力の勇者」は神造兵器の手甲を使用していた気がする。ああ、何度殴られたか、思い出すだけでむかつくぅ!!
その力の勇者の末裔という女の子はあたしを冷ややかに一瞥してからは目を合わせない。ミラのことしか眼中にないみたい、まあいいけど。そのミラはぺこりと挨拶をする。
「ご丁寧にあいさつをいただきありがとうございます。私は剣の勇者の末裔であるミラスティア・フォン・アイスバーグと申します」
その言葉にニナレイアとかいう金髪はかしこまった態度で頭を下げた。
「お噂はかねがねお聞きしておりました。ミラスティア殿は私と年齢の変わらないというのに聖剣を継承され、学園でも他と隔絶された成績で入学されたとお聞きしております。今後はどうぞよろしくお願いいたします」
「あ、あ、はい」
かたーい。
かたーい。
あたしのことをミラが困惑した顔で見てくるんだけど、あのさ、あたしにそんな助けを求められてもどうしようもないから。まあ……わるいやつじゃなさそうだし適当に挨拶をしておけばいいんじゃない?
「あ、あのよろしく。ニナレイア……さん?」
そういえばこいつら同じ勇者の末裔らしいけど全然面識がないのかしら、というかこのニナレイアとかいうやつ……、
「聖甲は?」
ミラは聖剣を持っている、だから力の勇者の末裔も神造兵器を持っていないのかと思ったのだ。そのあたしがふとした疑問を口にしたとたん、ニナレイアがあたしを鋭い目で睨みつけてきた。うわ、こわい。なに、なに? なんなの?
「あいにく私のような未熟者には未だ継承されていない」
吐き捨てるようにそういう。そうなんだ。あ、はい。ニナレイアはあたしからすぐ目線をそらしてミラに言う。なんだかわかってきたのだが、ミラはあまり話をすることが得意じゃない。すぐに黙り込むところがある。
まあ、あたしにはニナレイアは興味なさそうだし、窓際で小さくなっておこうかな、冗談だけど。廊下の窓から見える外の景色、夜の町は篝火が並んで意外と明るい。
「……そのように私はミラスティア殿のように才気はありませんが、ギルド長の厚意を得てこちらのギルドで学園へ行くまで寝泊まりをさせていただいています。しかし、かの悪逆非道な魔王を打倒した聖剣の担い手と会えて本心から感激しております」
んん? 悪逆非道?
「数百年前に我らの先祖が打倒した魔王のような存在が今の時代にも現れたとしても立ち向かえるように修行をするつもりです。伝説の武器を継承された先達としてご指導いただければと思います」
そういえば前から気になっていたことがあった。
「ところで、あんたたちにとって魔王ってどんな奴だったと思うの?」
あたしは外の景色を見ながら聞いてみた。ミラとニナレイアはあたしを見て、少し考えている。
「え? どんな奴だったか、って?」
「そのまんまの意味だよ、ミラ。どういうやつだったと思っているの?」
「うーん。伝承の通りであれば人々を苦しめた邪悪な存在としか……」
へー。ほー。
「悪だ」
ニナレイアがあたしに断言した。片方の耳に付けたピアスがかちんと音を鳴らしている。
「言うまでもなく悪。人々を苦しめ、多くの町を焼き、ただ快楽のままに暴れまわった暴虐非道の存在だ」
ふーん。
快楽のままに、暴れまわったかぁ。「魔王」って存在に夢を見すぎな気がするんだけど。あたしの前世、どんなんだったかはあたしは覚えている。遠い記憶なんだろうけど。あたしは別にあの頃から変わっているつもりはない。力はそりゃあ、小さくなったし、あのころから比べればちんちくりんだしね。胸もちいさく……いやいや。
「最初から存在しなければよかったのだ」
ニナレイアの言葉をあたしは外の景色を見ながら聞く。揺らめく火が街にあふれている。篝火の近くにはきっと誰かがいて、その明かりのもとで何かをしているのだろう。
「明かりが必要だったんだよ」
あたしはそんなふうに言ってみた。
ミラの言っていることもニナレイアの言っていることも別に間違っているなんて言うつもりはない。反論するつもりもあたしにはない。ただ、あたしの言葉にニナレイアは意味がわかないといった。
「まあ、そうだろうね。あたしも何言っているのかわからないんだから」
「なんだそれは」
今度は呆れたような顔でニナレイアはあたしを見る。
そう、あたしのやってきたことなんて呆れるようなことしかやっていない。今の時代に誰にも話しようがないし、思い出しても仕方のないことだから思い出さないようにもしている。
☆
あたしとミラは酒場を出たのはもう少したってからだった。ガオ達はべろんべろんに酔っぱらっていたからギルドに置いてきた。結構よくあることらしい。
宿屋をとってある。いやガオがとってくれた。あたし自身にはお金はない。ミラと道中なんとなく話を合わせつつもなんとなく昔のことを思い出していた。
あたしが魔王って呼ばれるようになったのはいつのことだったかな。気が付いたらいつの間にか呼ばれるようになっていた気がする。
そういえば黒狼と戦ったときになんで魔力をあれだけうまく使えるのか聞かれたけど、へへって笑ってごまかしておいた。ご、ごまかせてはないかも。
……当時は人間と魔族の間に永い争いがあった。村とか街をとって取り返してってずっと繰り返して、魔法や武器も発達してどんどん戦いは大きくなっていった。あたしはそんな中、魔族として生まれた。人間と魔族の違いは魔族が体力も魔力も高くて、耳が長いくらい。
生まれた時から魔力が尋常じゃないくらいに強かったらしい。一族からも周りからも期待されていたのは覚えている。
――この子なら、人間共を皆殺しにできる。
幼いころのあたしに言われたその言葉をなんとなく覚えている。誰が言ったんだっけ、それは覚えていない。いや、記憶の中にいるそれを言った人の「顔」だけが黒塗りで思い出すことができない。もしかしたら「これ」はあたしの関係の深い人なのかもしれないけど、思い出したくないや。
子供のころから戦闘とか魔法の訓練をして、大人たちが戦争にいって帰ってこないことに何度か泣いたことを覚えている。
あたしが物心つく頃には戦況は魔族がかなり不利になっていた。何度も住む場所を変えて、魔族の領土の奥へ奥へ逃げた。それからどんどんあたしへの期待が高まっていくことをあたしは感じた。だからあたしはできるだけ、相手の喜びそうなことを言った気がする。
大人といっても、今と大して変わらない年だったけど……あたしの魔力は魔族の中でも隔絶していた。子供の頃から強力だった力がもうどうしようもないまでに高まっていた。だから、あたしは周りから救世主として崇められるなんて馬鹿なことにもなった。
戦争はもう魔族の負けの一歩手前。有名な魔族はどんどん人間に倒されて、はく製にでもされていたんじゃないかな。実力者の殆どいなくなったあと、あたしは最後の望みとして魔族を統べる魔王になった。
「あはは」
そこまで思い出したところで乾いた笑いが出た。ミラがあたしの顔を覗き込んでくる。
「マオ?」
「べつに、なんでもないよ」
「…………」
ミラが黙り込んでいる。あたしは小首をかしげる。そんなあたしにミラがなんだか、心配そうな顔で、いやそんなんじゃないな、泣きそうな顔で聞いてきた。
「なんで泣いているの?」
は?
あたしは指を目元にあてる。湿っていた。ミラが不思議に思うのも当然だ。はあ、なんで勝手に泣いてんだろあたし。あれ、なんかぼろぼろ落ちてくる。袖でごしごしとしてもなんだか止まらないや。馬鹿みたい。
「マオ、ど、どうしたの? 大丈夫?」
ミラの心配そうな声にあたしはできるだけ取り繕うに接した。
「大丈夫。大丈夫。たぶん目にゴミが入ったんだと思う」
「…………う、うん」
ミラは納得いかなそうな顔なのに、そう頷いた。あたしは強く袖で目元を拭いて、前を歩きだす。今日は早く寝よう。明日は村に帰って、お父さんとお母さんに今日のギルドの話をしなきゃいけない。あ、ロダにクッキーもあげないといけない。
「ねえ、マオ」
あたしは少し時間をかけて振り向く。涙が乾かないかな、と思ったんだけど無理だよね。
「私は、そのあまり同年代の友達とかいなくて、その何て言っていいのか全然わからないんだけど……マオは私のことを友達っておも……」
なんか口ごもっている。あたしは何か答えないといけないと思った。友達ね、そうだね、って言ってあげるのがきっとミラにとっていいことだなと思った。
でもミラは逆にあたしをじっと凝視して口を結んで、むうと何か思い詰めているような顔をしている。なんだろ? たまに変なことをする時がある。ミラは一度大きく息を吸って意を決したように
「マオは私の友達!!」
って恥ずかしくなるようなことを言った。
…………せ、選択肢がない。あたしは口をあけて驚く。ミラも言った後顔を真っ赤にするしあたしもなんか赤くなる。でもミラはもう少し続けた。
「人には話したくないこともいっぱいあると思うけど……もし、マオが私に話してもいいって時には話してほしい……な」
あ、
そうか、そういうことか。
あたしの言っていることが単なる「嘘」だってことわかって、そう言ってくれたのね……。ああーもう、なんで魔王であるあたしが勇者の末裔なんかに慰められなきゃいけないの!
ぐぐぐぐ、ぐぐぐぐぐぐ。は、はずい。ぐぐぐぐ。
「あんたは……あたしの、と、ともだち……なんだから、当たり前だよ」
あたしは今日一番の勇気を出したと思う。それを聞いたミラの表情は想像ができて、恥ずかしいのでそっぽをあたしは向いた。




