序章:魔王の死んだ日
黒い雲が空を覆っていた。
広い大地に雷が落ち、轟音の響く荒野の中で魔王は咆哮をあげる。山のような巨大な姿に額から伸びた一角は魔力を灯して青く輝く。大きな両腕は一振りで街一つでも吹き飛ばすだろう。
その牙の生えた口から放たれた咆哮は空気を振動させ、この世界ごと震わせるかのようだった。
しかし、魔王は傷ついてた。いたるところから紫の血を流し、赤い片目はすでにつぶれている。彼の前に対峙するのはちっぽけな3人の人間だった。
一人は輝く聖剣を構えたもの。
一人は煌く手甲をはめたもの。
一人は閃く杖を手にしたもの。
彼等は人間の世界では勇者とされた者たちだった。様々な冒険の果てに魔王と対峙し、そして追い詰めていた。
魔王も勇者たちもすでに傷つき、限界は近かった。それはわずかな差だったのだろう。
魔王は片膝をついた。流れ出る血がまるで川のように流れ出ている。
剣の勇者が進み出て聖剣を構える。その美しい刀身に雷撃の力が通い。まるで黄金のように輝く。その光は空の雲にまで伸びていく。
その強烈な光が陰になって剣の勇者の表情はわからない。だが、その顔からぽたりと水滴がおちた。魔王はそれを見ても体が言うことを聞かなかった。
ここで終わる。魔王は立ち上がろうとしてもできない今にそう思う。目の前には剣を構えた勇者、一瞬のはずが永劫のように感じる。いや実際に時間が止まっているかのようにすべてが動きを止めていた。
魔王は困惑した。自らも動けないがすべての動きが止まっている。死に際の幻想、そう思うしかない。しかしそんな止まった時に一筋の光が差し込んできた。その光は魔王を照らし、声が聞こえる。
『私の声が聞こえるか……魔王よ。私はこの世界を創りし者』
神とでもいうのだろうか、魔王は思った。
声の主は言った。
『お前は生の中で多くの者を傷つけた……。だから勇者たちに力を授けてお前を倒すことにしたのだ。巨大な力を持つお前は、来世で弱い者のことを知るがいい、それがお前への罰だ』
抑揚のない声がそう伝えてくる。魔王は笑った。いや、止まった時の中で笑おうとした。声は出ない。
『お前の作った世界に住んでみろ』
自らが為したことに一切の反論をせず、神を挑発するようにそう想った。声の主はそれには何も答えずに止まった世界に音が戻ってくる。剣の勇者の聖剣は振り下ろされた。