魔王『うっかり悪役令嬢に転生して破滅の運命に巻き込まれても華麗に回避出来るように、ワガハイに予知能力者みたいな人を紹介してくれぬか?』 勇者「帰れ!」
「……スダレハゲじゃねえか!!」
『フゥヌハハハハハ!! 良くぞ気付いたな勇者よ!!』
「気付くわボケ! いや違う、気付くわハゲ!! 何が悪役令嬢だ魔王テメー! ハゲを隠そうとしてもそよ風にそよそよとスダレってんじゃねえか! そのスダレ頭でセクシードレス着て社交ダンスでも踊る気か!! 精神テロじゃねえかこの野郎!!」
『フヌハハハ! 勘違いするなよ勇者よ!』
「仮にハゲ隠しにウィッグ着けるにしたってオメー完全にオッサンじゃねえか!! 令嬢って年じゃねーだろこのバカ!! いや違う、このハゲ!!」
『フヌハハハ……いちいちその訂正要る?! だから違うのじゃ勇者よ! 今度転生して新たなアヴァターに入った時、その転生先が悪役令嬢じゃった時のための保険に、という話なんじゃよ』
「なんだそう言う話か。気持ち悪い想像させやがって、新手の嫌がらせかと思ったぜ。……しかしスダレハゲのオッサンがアストラル体のツノと翼を生やしてアストラル体の王冠をかぶってるのは、何ともこう、すごく味わい深い絵だな。この味の有る光景を共有出来る人間がいないと言うのは残念だな。これが、選ばれし者の孤独というヤツか」
『凄いタイミングで感じたのう、孤独』
「ん? アレ? そういやそのオッサン、どっかで見た事あるな」
『フヌハハハ! やっと気付いたか勇者よ! ワガハイの今度のアヴァターは、この帝国の財務副大臣補佐官であるぞ! 伯爵であるぞ! ブルジョアであるぞ! 上級帝国民であるぞ!! ひれ伏せ平民!』
「そうかそうか。良し魔王。一歩下がってくれないか?」
『む? おお。そんな所に隠し通路が! その先に予知能力者さんがおるのじゃな?!』
「いやこれ床下収納。このエッチな本の下に……お、有った有った聖剣。良し、殺そ」
『ぅぇえええええええ?!! ちょ、ちょっと待って勇者! なぜワガハイを殺す?! なぜおぬしはスナック感覚でワガハイを殺したがる!!』
「うるせー魔王、何度も何度も何度も説明してるけどな。法王庁からお前を無闇やたらに殺すなって言われてるのは、帝国や教会の重鎮にお前が転生されたら面倒だからだよ。財務副大臣補佐官なんて国の重鎮そのものじゃねえか。だから殺す。慈悲はない」
『本当に待って勇者! ワガハイ重鎮じゃない! 財務大臣の、副大臣の、補佐官じゃぞ?! メッチャ雑魚じゃ!』
「財務大臣の、副大臣の、補佐官だろ? この国で財務において三番目の実力者って事だろ? 帝国財務管理トーナメントを開いたら準決勝に勝ち上がれる逸材じゃねえか」
『考え方が雑!! 副大臣は二人おるしその下に補佐官なんぞ二桁おるんじゃ! トーナメント初戦敗退じゃ!』
「そんなに? むう、地方の強豪レベルか」
『そうじゃ! せいぜい主人公の最初のライバル程度の財務管理能力しかないんじゃ! 重鎮には程遠いリストラライン上のなんちゃって伯爵じゃ! 見逃してくれ勇者よ!』
「う〜ん、迷うラインだなー。…………。魔王、そのスダレハゲに子供はいるか?」
『……。うむ。15歳になる娘が一人と』
「女の子に興味は無い。勝手にすくすく健康に育つが良いさ。他には?」
『……3歳になる長男が』
「3歳か。3歳相手は流石にガチ犯罪だよなぁ……。ならば魔王よ。その男の子が5歳になりオレと一緒にお風呂に入ってくれるその時まで、貴様の命はあずかろう」
『5歳でもガチ犯罪だが、見逃してくれて済まないな勇者よ。ウチのジョン君を絶対におぬしと同じ風呂になんぞ入れぬが、2年の延命には感謝しよう』
「ふふふ。2年も有れば心変わりさせてみせますよお義父さん」
『ワガハイをお義父さんと呼ぶな。ええい握手をするな手を離せ』
☆
「そーいやこないだの依り代どうした? あのワイバーン。レアアヴァターだっつって、はしゃいでたじゃねーか」
『うむ。あのあと流れ流れて名も知らぬ異国の農村に流れ着いてな。空腹のためうっかり食った農耕馬の代わりに、その村の一員としてスローライフを送ることとなった』
「なっちゃったか」
『そこでおっとり巨乳ソバカスみつ編み目隠れメガネで巫女でもある村長の娘さんと、ねんごろな仲になってな』
「属性が渋滞してるな」
『その娘が村の祭りでうっかり邪神■■=■■■を復活させてな。村の地母神の信託により、娘は邪神を滅ぼす勇者に選ばれたのじゃ』
「うっかり属性と勇者属性が増えたな」
『それで二人で邪神討伐の冒険に出かけてな。邪神を倒すのに必要なアイテムを集めたり、邪神四天王を倒したりしたりでな。長き戦いの末に、ついに邪神■■=■■■を倒したのじゃ』
「倒しちゃったかー」
『だが邪神■■=■■■を完全に滅ぼすには、聖なるモーニングスターに魂を捧げる必要があったのじゃ。それで無ければ最終奥義たる「破邪の一撃」は繰り出せん。犠牲になろうとした娘を制し、ワガハイは自らの魂を使って破邪の一撃を繰り出した。ワガハイの尊い犠牲によって、邪神■■=■■■は滅んだ。そしておっとり娘とワガハイの冒険は、その幕を下ろしたという訳なんじゃよ……』
「そうか。魔王としての自覚とか魂捧げてねえとか問い質したい事は色々あるが、まずその農村ってどこにあんの?」
『ん? あの村へ行くのか?』
「ああ。勇者は二人も要らねーからな……」
『何をするつもりじゃ!! まず聖剣を置け勇者! そもそも邪神を倒した時点で彼女は勇者の任を解かれておるのじゃ! もう彼女をそっとしておいてやってくれ!』
「なんだ。もう勇者じゃ無いのか。脅かすなよ〜あはははは~」
『……おぬしの勇者である事への執着が、時折ワガハイもの凄く怖い。でまあ、スローライフを送っていても運命の転機はいつ訪れるやも知れぬと悟ってな。打てる安全対策は全て打とうと言う話なのじゃよ。それでまずは悪役令嬢から対策しようかと』
「隕石に当たった時の保険みたいな話だな」
☆
「つか、そもそも悪役令嬢って何なんだよ。さっきから皆さんご存知のみたく使ってるけど」
「うむ。ナロー回廊で繋がっておる億万の異世界にて、ずいぶんと長期間に渡り同時多発的に発生しておる個体でな。すなわち悪の役割を割り振られたご令嬢である」
「悪ねえ。軍の幹部をろう絡してクーデターでも起こすのか? 何か楽しそうだな」
『悪の規模がデカ過ぎる! そうではない。貴族学校なんかのプレ社交界に君臨し、平民出の成金お嬢様などに嫌がらせをカマす存在よ。つまりは主人公のシンデレラストーリーを邪魔するという意味での悪役じゃな』
「誰目線だよ主人公て。人はみんな自分の人生の主人公だろう?」
『そんな素敵な言葉を言った奴が一瞬前にクーデター勃発を望んでたかと思うと、新鮮な感動があるのう。まあ悪役令嬢とはそういう存在なので、最終的には因果が応報し悪事を告発されるなどして、破滅的な最後を遂げる決まりなのじゃ』
「遂げる決まりなんだ」
『うむ。水と魚のように、銃と弾丸のように、老女優と舞台のように、悪役令嬢と破滅とは、切っても切れぬニコイチのワンセット。逃れようの無い運命の収束よ。ファイナル・デスティネーションよ。ひとたび世界意志に悪役令嬢の認定を受けてしまえば、破滅の運命はどんなにバラバラにしてやっても石の下からミミズのようにはい出てくる……』
「おっかねえ。すげえ呪いだな悪役令嬢。前世でどんなカルマを積んだらそんな目に合うんだよ。あー。だから予知能力者を紹介してくれって事か」
『うむ。破滅を回避するには、その破滅の内容を事細かに知る事が肝要。己が悪役令嬢たる事を自覚した悪役令嬢は、未来予知ともワンセットなのじゃ。悪役令嬢とは、来たるべき破滅を知り回避せんと必死にあがく、水に落ちた羽虫がごとき存在なのじゃよ』
「死ぬじゃねえか。てか死ねよ面倒臭え」
『何を言う! 破滅を回避して生き残れば、先に待つのはバラ色の未来ぞ! だってご令嬢じゃもの! いわば運命のダブルアップチャンス! と言う訳でその時の為に手ごろな未来予知能力者をワガハイに紹介してくれ勇者よ』
「けど、未来予知できる奴を紹介しろつったってなあ。未来予知つったら魔術師連合の因果律観測庁か、帝国国教会の預言庁だろうけど。オレどっちにも厄介者扱いされてて疎遠なんだよなあ」
『なんじゃ。勇者のクセに人望が無いのう』
「誰のせいだと思ってんだこのハゲ!!」
『……ん?』
「……」
『……? ぬぅ?』
「……」
『……! ……ワガハイの……せい、なのか?』
「そーだよ!! お前好きだなこのくだり! お前がしょっちゅう訪ねてくるから勇者は魔王と内通してんじゃねえかとか思われてんだよ! とまあ、本来なら断る所だがな。未来のお嫁さんのお義父さんの頼みとあれば仕方ないな」
『おお、他に心当たりがあるのか。恩に着るぞ勇者よ。あと繰り返すがジョン君は貴様には指一本触れさせんぞ勇者よ。手を握るな握手をするなええい離せ勇者よ』
☆ ☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆ ☆
すれ違うメイドたちと挨拶を交わし、勇者とスダレハゲの魔王が古城の中庭を歩く。
離れのコテージ。来賓用宿泊施設のドアをノックする。
「はぁ~い♡ 開いてるわよ~勇者ちゃ~ん♡」
「占い師ちゃんお邪魔~♪」
『うむ。失礼するぞ』
勇者と共に魔王がコテージに入る。
部屋の主は頬づえを付き、長椅子にしだれかかったまま微笑んでいだ。
それは煽情的なレースの衣装に身を包んだ、妙齢の褐色美女であった。
「魔王、この子は占い師ちゃん。占いパワーが落ちるとかで、本名は教えてくれなくってな。だもんで、みんな占い師ちゃんって呼んでる。勇者パーティの最初期メンバーでな。まあ、お前倒す前に他の用事が出来て別れちゃったんだけど。最近ウチの城に居候してんだわ。占い師ちゃん、コイツ魔王」
「はぁ~い♡ 魔王ちゃんおひさ~♡」
『う、うむ。久しいのう、占い師の娘よ』
「お。何だよ知り合いなのかよ。どこで会ったの?」
勇者が問いただすも、魔王の表情には微妙な陰りがあった。
にこやかな占い師の視線に押され、魔王が口を開く。
『うむ。ずいぶんと前にな……』
「前? 最初のお前倒した後に、何回目かのお前と会ったのか?」
『いや……もっともっと前じゃ。前回にワガハイの本体が封印された時の話じゃ。……その娘はな、八百年前の先代勇者の、魔王討伐パーティの一員じゃ』
「八百年ぶりぃ~♡ ちょっと早く起きちゃったぁ? 懐かしいわねぇ~魔王ちゃん♡」
「え~? 何だよ十八歳って言ってたじゃん占い師ちゃ~ん。八百歳はサバ読みすぎだって~♪ 占い師ちゃん本当は何歳よ~?」
「レディに歳を聞くもんじゃないわよ~? 勇者ちゃん、メッ♡ それより今日の魔王ちゃんって、何かちょっと良くない? スダレハゲにアストラル体のツノとツバサと王冠って、威厳と悲哀が程よくブレンドされてるっていうか~? 魔界の中間管理職っていうか~? えも言われぬ風情が有るよねぇ~♡」
「わかるぅ~↑ オレもさっき魔王に同じ事言った~♪」
『ええ~……。かなりの爆弾発言じゃったつもりじゃが、そういうノリでOKなんじゃ勇者よ。しかしこの娘が占ってくれるというのであれば心強い。占い師ちゃんよ。ワガハイがこの先、悪役令嬢に転生する未来が来るのかどうか、占ってくれぬか?』
魔王の問いに、占い師はうっとりと微笑んだ。
「占うまでもないわね~♡ 破滅の未来がバッチリクッキリ見えちゃってるものぉ♡」
『ええー?! そんな! いつ?!』
「今夜よぉ~♡? 卒業式の後のプロムで学校関係者や保護者たちの見守る中、ライバルの娘に仕掛けた非合法な嫌がらせの数々を暴露されちゃうわ♡ 婚約者の皇子にも絶縁を言い渡され、家は没落、本人は修道院へGO♡! 因果律の見事な応報。悪役令嬢のお手本みたいな破滅っぷりねぇ~♡」
「ちょっとまて魔王! スダレ頭のオッサンに婚約者の皇子?! サイコホモストーカーじゃねえか! そんなもん嫌がらせ関係なく破滅するわ! どんだけ破天荒な人生を謳歌してんだよこのハゲ!」
『ち、違うぞ勇者ちゃん! 占い師ちゃん、それもしかしてワガハイの娘のアンネローゼの事か?!』
「そ♡」
「ああ。そういや居たな。15の長女」
魔王が占い師の手を取り、ずいと詰め寄った。
「アラ積極的♡」
『頼む占い師ちゃん! アンネローゼちゃんの破局の運命を回避させてくれ! 今夜の卒業ダンスパーティに一緒に来てくれ!』
「おお、面白そうだな。俺も行こう」
『おぬしはこの城出られないんじゃろ?! 留守番しておれ!』
「財務副大臣補佐官殿が卒業パーティの招待状でも書いてくれりゃ良いだろ。じゃないと占い師ちゃん貸し出さねー」
「だって♡ ど~する? 魔王ちゃん♡」
『……言っておくが絶対に男子生徒に手を出すなよ? 勇者ちゃん』
「さっきからチョイチョイちゃん付けになってるぞ魔王ちゃん。心配すんな、15だろ? 貴族学校中等部の卒業生だろ? そんなもんもう子供じゃないじゃん? あっちこちモッサモサ生えちらかしてるじゃん? 大人じゃん? そんな子が好きって、それもうホモじゃん? いや、ホモの人に偏見とか差別意識とかないけどさ。ちょっと、ねえ? 変態っぽいじゃん?」
『そうか……。前々から不自然な言動が目立つとは思っておったが。……自覚症状が無かったのか、勇者よ』
☆ ☆ ☆ ☆
☆ ☆ ☆ ☆
夕闇にその輝きを増す魔術帝国帝都、パン・アンジェリウム。
目抜き通りにあるアルアラト国立演芸場を貸し切り、帝立ブロシウム貴族学校中等部の卒業生たちによる卒業記念舞踏会が開催されていた。
そのダンスホールの中央。
咲き誇るバラの如き、華やかなるオーラを放つ少女が居た。
名をアンネローゼ・フォン・ドルスキ。
帝国の第十九皇子ナイトナ・フォン・エンペルドットの婚約者にして、財務副大臣補佐官たる伯爵ブライト・フォン・ドルスキの令嬢である。
第十九皇子ナイトナとアンネローゼ。そして彼女の恋のライバル、新興男爵の令嬢リコリッタ・パンピーナ。
三人の少年少女は、今夜まさに運命の時を迎えようとしていた。
そして、そのダンスホールを見下ろす観覧席に。
あまたの保護者に交じって我が子の晴れ舞台を心配げに見つめるスダレハゲの魔王と、同伴者である勇者と占い師の姿があった。
『いきなり長めの固有名詞がいくつも出て来たが大丈夫じゃろか。あとウチのアンネローゼちゃんは大丈夫じゃろか』
「心配なのは判るが錯乱して意味不明な事を口走ってんぞ魔王。しかしすげーなお前んチの長女。十九番目とは言え皇子の許嫁かよ」
『うむ。アンネローゼちゃんの頑張りに我が家の再興がかかっておるのじゃ』
「かかってるも何も破滅すんだろ? 今から」
一張羅のタキシードに聖剣を差した勇者が、シャンパンをズビズビと飲む。
その脇を占い師がつんつんと肘でつつく。
そして声をひそめてささやきつつ、ダンスホール中央を指差した。
(勇者ちゃん、もう始まるわよ♡ ホラホラ♡)
(おお。ボンボン皇子からスタートか)
⦅アンネローゼちゃん! 頑張るんじゃぞ!⦆
☆
シャンパングラスが砕け散る。
一瞬のざわめきも、潮のように引いてゆく。ボーイがトレーにグラスを乗せたまま立ち止まり、さえずっていた少女たちも口に手を当て息を呑む。
突如流れた剣呑な雰囲気に、楽隊すらワルツの演奏を止めた。
耳が痛くなるほどの静寂が、アルアラト国立演芸場のホールを包む。
生徒も、保護者も、教師たちも。
その場にいる全ての者の視線が、ステージ中央に立つ少年に吸い寄せられた。
額に輝く瑠璃色のサークレットは皇位継承者の証であった。
「もう限界だ! アンネローゼ! 君との婚約を解消するッ!!」
物語の開幕を告げるかのように。
ホール中央の第十九皇子ナイトナが高らかに宣言した。
「あら。突然何を仰いますの、ナイトナ皇子。それとも、サプライズの余興か何かかしら?」
「違う! 違うともアンネローゼ。全ての事はリコリッタに聞いた。彼女を陥れるための、君の非道の数々を!」
二人の視線が、かたわらに立つ少女に向かう。
アンネローゼが咲き誇るバラならば、陽の光浴びる一輪のリマワリのような少女だ。
名をリコリッタ・パンピーナ。
厳格をもって成すブロシウム貴族学校に、鮮烈な新風を吹き込んだ平民出身の風雲児。そして、第十九皇子ナイトナのひそやかな想い人でもあった。
子鹿のような愛らしい顔も、この時ばかりはアンネローゼに敵意の眼を向けていた。
「あーらリコリッタ。今夜はプロムよ? ドレスはどうしたのかしら。平民娘はドレスコードもご存知なくって?」
アンネローゼの指摘の通り。リコリッタはドレスではなく、丈の長いマントでその体を隠していた。
マントが皇族用である事がアンネローゼを苛立たせはしたが、それでも彼女は満足げに頬肉を上げた。
「何を言うアンネローゼ! 君の雇った下女が、彼女に向かい帽子掛けを倒したのだ!」
「ナイトナ様。帽子掛けをうっかり倒すなどよくある事・故・ですわ」
「違うわ。しらばっくれるのは止めて、アンネローゼ。この子が私に告白したの。病気のお父さんの治療費欲しさに、つい貴女の提案に乗ってしまったって!」
リコリッタの後ろから現れたのは、舞踏会の給仕役の下女であった。彼女が床に倒れて泣き崩れる。
「も、申し訳ございませんアンネローゼお嬢様! ですが私、もう耐え切れません!」
「さいわいリコリッタに怪我はなかったが、ドレスはズタズタになってしまった! こんな非道を行うなんて、僕はもう君に愛想が尽きた!」
その様子を二階観覧席から見ていた魔王が、隣の占い師に必死に頭を下げる。
⦅ギブ! 占い師ちゃんもうギブ! ウチのアンネローゼちゃんを助けてあげて!!⦆
(あ~らぁ♡ まだダメよぉ魔王ちゃん♡ 運命は繊細な絹糸に似たり。乱暴に手を出せば、かえってこんがらがっちゃうわ♡ こういうのはタイミングが重要なの♡ ホラ、アナタの娘を信じてあげて♡)
「怪我がなくって残念……いえ、幸運でしたわね、リコリッタ。でも、下女の事情を良くご存知です事。平民同士気が合うのかしら。そ・れ・と・も、自作自演の為に、貴女が雇ったのではなくって?」
「な?! 何を言うのアンネローゼ! 私が彼女を雇っただなんて!」
「皇子、これ以上は証明のしようの無い、水・掛・け・論。ですが、大貴族の令嬢たるわたくしの言葉と、平民の娘の言葉。みなはどちらを信じましょうか?」
「くっ!」
「さ、それより。替えのドレスも持って来ていない貧乏平民は、この舞踏会には相応しくありませんわ、リコリッタ。替えのドレスが無いのなら、マントを皇子に返して早くこの場を去りなさい」
(おおー! お前んチの長女すげえな! 巻き返したぞ!)
⦅さすがじゃアンネローゼちゃん!⦆
「替えのドレスが無いですって? だから何?!」
「フン。破れたドレスを披露して、恥でもかくおつもり?」
「ドレスは破れちゃったわ。でも、だからこそよ! これが、私ならではのドレス!!」
リコリッタがマントを脱ぎ捨てた。
その下から現れたのは、破れたすそを捨て丈を切り詰めた、太腿もあらわなミニのタイトドレスだった。
破れた背中をシルバーのチェーンでつなぎ、さらりとロックなスパイスを加味。
活発な彼女に良く似合う健康的な色気をまとったアレンジに、周囲の生徒たちから感嘆の声が上がる。
平民出身ゆえの裁縫スキルと卓越した美的感覚を持つリコリッタならではの、起死回生の一手であった。
(わお! カジュアルかつフォーマル♡ でもドレスコードは外さない。まさにクラシックパンクなアレンジね♡!)
⦅敵をほめてどうするんじゃ占い師ちゃん!⦆
「くっ?!」
「これで私をプロムから追い出す事は出来ないわ、アンネローゼ。そして、次はまた私のターン! さあ、みんな!」
リコリッタの合図とともに、三人の女性が突き出された。床に倒れたままの下女の横に、さらに三人が倒れ込む。
「も、申し訳ありませんアンネローゼ様!」
「っ?! エマ! ケイト! アリスメラランティアッシュ?!」
(……一人だけやたら名前長いな)
(下女ちゃん起き上がるタイミング無くしてるよね~♡)
⦅ヤバい流れ?! コレヤバい流れじゃないの?!⦆
「アンネローゼ。君の取り巻き三人組が白状したぞ。リコリッタのお父上がこの会場に来られなくなった原因を!」
「なっ?!」
「アンネローゼ。私は今夜、君との婚約を破棄して、リコリッタへ結婚を申し込むつもりでいた。それを彼女のお父上にお許し頂くつもりでいた」
「ええ? ナ、ナイトナ様……!」
リコリッタがオーバーアクションで頬を赤らめる。
「だがお父上は急用で来られなくなった。彼女のお父上は前線司令官。アンネローゼ、君が地方軍閥の長をその身体を使ってろう絡し、クーデターを起こさせ、リコリッタのお父上に鎮圧させるよう仕向けたのだ!! 万が一にもリコリッタのお父上が亡くなれば、彼女は貴族ではなくなる。そうすれば、私と結婚する事すら出来なくなる! そんな事はさせない! クーデターは十三番目の兄上の軍が既に鎮圧した!」
「わ、わたくしはそのような事は!」
アンネローゼの弁明を、彼女の三人の取り巻きがさえぎった。
「申し訳ありませんアンネローゼ様! ですが、もう私たち、黙って見ている事が出来ません!」
「リコリッタに嫌がらせする為だけに、アンネローゼ様があんなジジイにお美しい身体を許すなんて!」
「というかアンネローゼ様はリコリッタを――」
「お黙りなさいっ!!」
(クーデターて。お前んチの娘ムチャクチャするなあ)
(暴走する青春よねぇ♡)
⦅そんな、アンネローゼちゃん! ワ、ワガハイに言ってくれればいくらでもクーデタってあげるのに!⦆
「わたくし知っているのよリコリッタ! 貴女だって、他の男と寝ているくせに! 貴女なんて、皇子には相応しくないわ!」
「過去に恋人がいた事は知っている。それでも僕は……リコリッタを愛している」
「っ! 皇子様……そこまで……この娘の事を……」
「……さあ。全ての罪を償う時よ、アンネローゼ」
「リコリッタ……!!」
アンネローゼとリコリッタ。ぶつかる視線が火花を散らす。
宿命の二人に今、運命の時が訪れた。
「……一つ聞かせて、アンネローゼ。ナイトナ様との事だけじゃ無い。皇子と出会う前から、貴女は私を目の敵にしてきた。……どうして? どうしてそんなに私を憎むの?」
「それは……。それは……!」
⦅もう無理じゃろ占い師ちゃん!! もう限界! 助けて! 何とかして!!⦆
(しょうがにゃいにゃぁ~♡ 勇者ちゃんがこの後お酒奢ってくれるんなら、助けてあげよっかな~?♡)
(え~? 占い師ちゃん普通にブランデー樽をカラにするからな~)
⦅そのくらい奢ってやれ!! 何のために付いてきたんじゃ勇者!!⦆
(しゃーねえなあ。奢ろう占い師ちゃん)
(ウェ~イ♡!)
⦅良かった! は、早うしてくれ占い師ちゃん!!⦆
(でもこっからどうすんの? 完全に詰みだと思うけど)
(カンタンよぉ♡ 自分の心に素直になって貰うダケ♡)
占い師が階下のダンスホールにポーションを投げ込む。
小瓶が割れて中の液体が蒸発し、またたく間にホール内に拡散した。
「どうしてワタシを憎むの、アンネローゼ!」
「そんなの言える訳ないじゃないリコリッタ! 貴女に一目ぼれしちゃったなんて!!」
「は? うん。…………なに?」
「その子リスのような笑顔! 近すぎる距離感! 貴族令嬢には居ない、ほがらかなしゃべり方! そして無防備な色気! 入学式の時に貴女を一目見た時から、雷に打たれた思いだったわ! でも、もうその時にはナイトナが居たし、何より自分が女性を愛してしまったなんて事、受け入れる事が出来なかったの!! だから! 貴女を視界から遠ざけようと、貴女をこの学校から追い出そうとしたの! 女である事を自覚したくってナイトナとエッチもしたけど、こいつドへたくそだし!!」
「ええ~? ボク、そんなに? ええ~?」
「そうねえ。同学年男子コンプリートしたけど、ナイトナは下から数えた方が早いわねえ。ちっちゃいし早いし」
「ええ~?! リコリッタ、男子コンプって! ええ~?!」
(ライバルのお嬢ちゃん、とんだおサセだな)
(身体の相性って大事よねぇ~♡)
⦅大丈夫?! ねえコレ大丈夫な流れ?!⦆
「でももう、抑える事が出来ないの! この気持ちを隠す事なんて出来ないの! 貴女に嫌われても良い! リコリッタ! 大好きなの! 貴女を愛してる!!」
「う~ん。正直気持ち悪いかな。ワタシ、女の人とスる趣味無いし」
「! そう、よね……」
「でも、どうせ女の子の恋人を作るなら、最初はアナタが良いかな。アンネローゼ」
「っ?!」
「ワタシ、すっごい浮気性だよ? それでも良いの?」
「……うん。知ってる」
「それに欲張り。アナタに浮気なんて絶っ対に許さない。それでも良いの?」
「うん。知ってる! 貴女の事なら、わたくし何だって知ってるわ! それでも良い! 貴女にとって、最初の女の子の恋人にして! リコリッタ!!」
リコリッタが手を広げる。その胸にアンネローゼが飛び込んだ。
ナイトナが呆然と座り込み、二人を見上げる。
その肩がふるふると震える。その顔が赤く染まる。
「そんな、ボクを無視して二人でなんて……! こんな屈辱、味わったことがない……! それにこの胸を焦がす感情も! 何だこれ? こんなの、こんなの初めてだ!!」
ナイトナの心の中で、新たなる性癖の扉が音を立てて開いた。
神に祈るように。ナイトナがひざまずいたまま、二人に両手を掲げた。
「改めて申し込みたい! ボクと! このボクと結婚してくれ!」
「アラ、ご免あそばせ皇子様。わたくしは長年の想い人と結ばれたばかりですの」
「ワタシもヘタな人はちょっとなぁ~」
「それで良いんだ! 二人ともボクの妻になってくれ!! 二人の尊い愛の営みを、間近で見続けていたいんだ! 二人の愛の観客席で良い、ボクを特等席に座らせてくれ!!」
「あら。どーする? アンネローゼ」
「こんなド変態が皇子様なんて。この国が心配になってしまいますわね、リコリッタ」
「二人で教育しなくっちゃね、アンネローゼ♪」
「教育ではなくってよ、リコリッタ。こういう時は、調教と言いますのよ♪」
「調教?! お、お願いします!!」
アンネローゼとリコリッタが、ナイトナの差し出した手を取る。
割れんばかりの祝福の拍手が、三人を包み込んだ。
床に倒れたままの四人の少女たちも、上体をひねり惜しみない拍手を送った。
(こじらせたなー、ボンボン皇子)
(まあまあ♡ これも一つの愛の形よ♡)
⦅ホントにコレで良いの?! ホントにこんなのがハッピーエンド?!⦆
☆
複雑な面持ちの魔王の元へ、グラス片手のナイスミドルが歩み寄る。
「いやぁ。紆余曲折有りましたが、おめでとう御座います、ドルスキ伯爵」
『これはこれは。祝福痛み入りますぞ理事長殿。勇者と占い師ちゃん。こちらは娘の通うこの貴族学校の理事長殿じゃ』
「あら~初めまして~♡ 貴方がスダレハゲを毒殺したおじさんね?♡」
「いやあ。生きているからノーカンで……ええ?!」
理事長がとっさに口をふさぐ。
『ほう! ワガハイのこのアヴァターを殺したのは貴様であったか!』
「アヴァ?! いや、違……! 伯爵の奥様にそそのかされてですな!」
『ワガハイのワイフが?!』
「ええ。さっきまで一戦交えつつ、貴方の次の暗殺プランを……口が勝手に!」
『詳しく聞かせて貰おうか! フヌハハハハハ!』
魔王が理事長を階下に放り投げ、自らもダンスホールへ飛び降りる。
「なー占い師ちゃん。これ一階だけじゃなくホール全部にポーション効いてる?」
「みたいね~♡ でも勇者ちゃんは大丈夫よぉ?♡ このポーションは隠してる本音がでちゃうダケ♡ 普段から裏表ない人には無関係だからぁ♡」
「うむ。人間素直が一番だな」
☆
『どこに逃げおった理事長! この魔王たるワガハイのワイフを寝取るとは!』
「なにを言う! 私こそが魔王だ!」
「いいや、俺が魔王だぞ!」
「みんなニセモノよ! アタシが本当の魔王なの!」
『……。何ぞ病気をこじらせた人が沢山おるのう……』
「うるせー! 俺が本当の魔王だって言ってんだろうが!」
自称魔王同士が乱闘を始める。
喧嘩好きのフーリガンたちがそれに加わる。乱闘の渦が一気に広がっていく。
ホールに鳴り響くのは、今やワルツではなかった。
エレキギターがトライバルなリズムを刻む。
野性的なシャウトが闘争本能を掻き立てる。
指揮棒を振る老指揮者の額から愉悦の汗がほとばしる。
ダンスホールに響くはかの名曲、「レッドツェッペリン」の「移民の歌」である。
【※各自ご検索の上、ご再生下さい。】
「ドルスキ伯爵が理事長に喧嘩を売ったぞーっ!!」
「ドルスキ?! バラの女王様の実家か! いいぞいいぞー! 打倒理事長派閥!!」
「理事長を守れ! 反対派を吊るせーっ!」
『みんな色々と溜まっておったんじゃのう……』
殴りかかって来る教師を投げ捨てながら、魔王がため息を吐く。
その前では老騎士と用務員がモップを手に決闘を始めていた。
『おーい占い師ちゃん?! 悪役令嬢の破滅の運命は変わったけど、それ以外が滅ッ茶苦茶じゃぞ?! 占い師ちゃんどこじゃあ?! 勇者ー! 占い師ちゃーん!』
魔王に向かって巨大な火球が飛んで来た。
魔王がそれを片手ではね飛ばす。
黒煙の向こうで笑うのは、カイゼルひげを生やしたハゲであった。
カイゼルハゲが人ならざる声で魔王に語りかける。
《クカカカカ! うかつニモ我が名を呼んだな? ワイバーン。いや……魔王! 名は力。名は命。幾たび死すトモ、我が名を呼ぶ者の前に我は現れるノダ! クカカカ!》
カイゼルハゲの輪郭がいびつに歪む。スーツの袖から触手があふれ出す。
ハゲ頭のその姿が、名状しがたきおぞましい姿に変貌を遂げてゆく。
『……貴様。もしや、邪神■■=■■■か?』
《そうだトモ! クカカカ! マサカ、あのワイバーンの中身が魔王だったと》
『五重化・ライトニングボルト』
《ワギャーーーーッッ?!!》
スダレハゲから放たれた5発の雷撃が収束し、カイゼルハゲを一瞬にして焼き尽くした。
ぶすぶすと煙を上げる塊に背を向けて、魔王が再び占い師を探す。
『ええい忙しいのに面倒くさい! ワガハイとキャラがカブっておるではないか! 占い師ちゃーん! どこー?!』
「きゃああーー! 法務副大臣が消し炭に!」
「ごっ! ご乱心! 財務副大臣補佐官殿ご乱心!!」
「パパ?! なんて事を!」
『?! アンネローゼちゃん違うんじゃ! これには深い訳が!』
「法務副大臣を一撃で消し炭にするなんて! 今日のパパってば凄くワイルドで、何だかステキ!!」
『そ、そうかい? フゥゥヌハハハハハハ!!』
☆
「やー。あんなハッピーエンドが隠されていたとは。いいもん見たわー」
「皇子様ったら両手に花よね~♡ 手には取れないけど♡」
勇者と占い師が連れ立ってホールの外へ出る。
入れ替わりに、騒ぎを聞きつけた警備兵たちがホールの中へと入っていく。
アルアラト国立演芸場の正面大扉をくぐった瞬間、警備兵たちは内部に充満したガスを吸い込んだ。
そのとたん、先頭の兵士が剣を掲げて雄叫びを上げた。
「魔王様バンザーーイ!! ヒャッハーー! 何か知らんがチャンスだぜ! 貴族のガキどもを生贄に捧げて、今夜こそ魔王様を復活させろォォーー!!」
「そうだーッ! 打倒帝国ゥ! 殺せ殺せェーーッ!!」
「YEEEAAAAAAAAAAAA!!!」
勇者が聖剣を鞘に納めた。
魔王信奉者たちの鎧も武器も、全て五分刻みの鉄片となり地面にばら撒かれた。
同時に放たれていた占い師のスリープクラウドにより、魔王信奉者は一斉に昏睡。意識を無くした十数人の全裸の男が鼻ちょうちんを膨らませ、そろって顔面から地面に激突した。
「久々に帝都に来たから、今夜は高いお酒頼んじゃおっかな〜?」
「やったあ♡ 勇者ちゃん大好き♡」
「んじゃお酒おごる代わりにオレの事も占ってよ〜」
「オケ~♡ おねーさん何でも相談に乗っちゃうゾ〜♡」
「オレのお嫁さん候補の事なんだけどさぁ」
「あ゛〜、うん、そっか〜……」
勇者と占い師が腕を組み、目抜き通りを歩いていく。
帝都の宵闇を照らす魔力灯は道標のように、何処までも続いていた。
[終わり]
勇者魔王コント第三弾でございます!
移民の歌をBGMに乱闘で終わる悪役令嬢タグの付いた小説(≠悪役令嬢小説)
いかがだったでしょうか。
皆様からのご意見ご感想ご評価お待ちしております!
6/27、連載版はじめました! 勇者と魔王のバカコントは、今後はそちらに投稿します。