[その日]
檬音が自殺した事を知ったのは、ここ最近のことだ。具体的に言えば先々週の月曜日。その日は学校に着いた時からなにか異様な雰囲気がそこら中に漂っていた。急遽開かれた全校集会の中で、この学校の女子生徒が亡くなった、と校長先生が告げた。その時、どの学年の誰が死んだのかといったようなことまでは告げられなかったが、その日学校に着いた時から“その女子生徒”についての噂話が聞こえていたような気がしていた。
それでも僕の脳は、聴覚はその情報を受け入れようとはしなかったけれど。だがそのせいもあって、口から告げられたその事実と耳に入って来た噂がゆっくりと重なり、僕にぼんやりと意識させた。檬音の死を。
そして僕らの教室に戻ってから、担任の口からしっかりと伝えられた。檬音の死は僕の現実に踏み入って来た。
いずれにせよ先生のその話に彼女の具体的な“死“の様態には全くもって触れる気配がなかった。でも、まあ、やはり噂通り自殺だったんだろう。そんな気がした。
段々と僕の思考が身体から抜け出ていって、
その日は気がついたら家の布団で横になっていた。多分、その日は最後まで学校にいたと思う。朧げながら檬音の通夜の事とか葬式の日程とかで説明を受けたような記憶がある。
正直なところ僕には檬音の通夜だとか葬式といった一通りの儀式に行く気はなかった。というより行ける気がしなかったと言う方が正しいかもしれない。
とりあえず、その日の僕は僕じゃなかった。
赤い絵の具と青い絵の具、それに黒い絵の具を混ぜたような収集のつかない色をした“何か”がしばらく僕の全てを支配していた。
このまま目を瞑って、気がついたら僕も死んでいないかな。そう思った。
段々命が翳っていく。
だが目を瞑れど眠れるわけもなく、死ねるはずもなかった。とにかく僕はこの現実から逃げるべく、家の少し先の荒川まで歩く事にした。何も生み出せないような、感傷的で閑散とした、それでいてどこか無彩色な優しさを感じる、あそこからの景色が僕は大好きだった。そして檬音も。
家を出て鍵をかけて、僕は歩き始めた。アスファルトをローファーが踏み鳴らす度、僕は生きている事を自覚させられた。
頰を刺すような、耳を齧るような冷たい風が吹く、夜に限りなく近い夕暮れのことだった。