まずはゲームじゃないと気づくこと
昼頃、モンスターの襲撃を受けながらも、ユーナとドラ子は森の中にある薬草の群生地その一にたどり着いた。
そこにアウリはいなかった。
ミルクがかった緑色の薬草が蔓を伸ばし、お互いに絡み合っている。
木々が途切れているため明るく、ユーナたちはそこで休憩を取った。
塩辛い干し肉をかじって、革袋のにおいのついてしまっている水を飲んだ。
元々味気ない食事だったが、ユーナはどちらにしても味を感じなかっただろう。
嫌な予感に胸が騒いで仕方がなかった。
「――ユーナ、どうしましたか? 顔色が悪い」
ドラ子は心配そうにユーナの顔を覗き込んで言った。
「町に戻りますか? 貴女は休んだ方がいいのでは」
「まさか! ……そろそろ休憩はおしまい!」
「ですが、ユーナ。空を見てください」
立ち上がってお尻を叩いていたユーナは、ドラ子に促されて空を見上げた。
そんなユーナの頬に、冷たいものがそっと触れた。
朝からどんよりとした分厚い雲に覆われていた空から、遂に雪が降ってきたのだ。
「この辺りの雪は、一度降り出したら中々止みません。暗くなる前に町に戻るべきです」
「……目星はついてるよ。後二カ所だよ。回ってから帰ろう」
「いいえ。私はあの男の弟の身がどうなろうと、構わない。だが貴女を危険な目には遭わせたくありません。今でさえ寒いという貴女なら、吹雪になど遭いたくはないでしょう?」
「そりゃあ、遭いたくはないけれど……」
心が揺れ動いている様子のユーナを見て、ドラ子は更に心を揺さぶるように言った。
「雪が降れば、誰でも町へ戻るものです。雪に退路を断たれれば最悪死ぬからです。もしかしたら、いなくなった子どもとやらも雪を見て慌てて町に戻っているかもしれないですよ」
「そう、かな――でも」
「何を迷うことがあるのですか? どうでもいい者たちのために、その命をかけるのはおやめください」
「私は頑丈だし、大丈夫だと思うけれど」
「いくらステータスが高くとも、人は体温が下がれば死にますよ」
ドラ子は脅すように言った。ユーナを怯えさせてでも町へ連れ戻そうとしているらしい。
しかし、彼のその脅しが、逆にユーナに発破をかけた。
「でも、私はここに残る! ドラ子が戻りたいなら、戻ればいいよ」
「ユーナ! 私が貴女を置いて逃げるとお思いか!?」
ドラ子は見当違いのところで怒り出した。ユーナは苦笑しながら歩き出す。
目的地は、町の東南にある群生地だ。
マテリアルサーチの映像はユーナの視界の端に死角を作りながら浮かび続けている。
これを見る限り、かなり遠いようだった。夜までに町に戻るのは難しいかも知れない。
「私の言葉など聞く価値もないとおっしゃるのか!?」
「そんなこと言ってないでしょ? ……ドラ子が言ったんじゃん。人は体温が下がれば死ぬって」
「それがいかがした?」
「私よりもステータスの低い子が、もしも動けなくなっていたら、ここで見つけなきゃ死んじゃうでしょう」
「……それの何がいけないのか」
わからない、とドラ子は口の中で続けたようだった。ユーナの耳には届かなかったが、推測はできる。
彼の倫理観はいつからこんな風になってしまったのだろうか。
そんな彼にも理解しやすいようにと、ユーナは言葉を選んだ。
「依頼が未達成になっちゃうよ?」
「命をかけるほどの依頼ではありません……昔の貴女は死んでも蘇ったが、今の貴女は恐らく蘇らない」
ドラ子の指摘にユーナは図らずも動揺させられてしまった。
ユーナも、死んでも蘇れるだなんて思ってはいなかったが、改めて聞くと冷静ではいられない。
「ど、どうしてそう思うの?」
「ミニフレは、かつては死ねばマイハウスで蘇りましたが……今は死にますので」
ドラ子の知っているミニフレの誰かが、死んだらしい。
誰が死んだのかを聞く勇気は、ユーナにはなかった。
もしもそれがユーナのミニフレだとしたら、平静ではいられない。
そういえば他のミニフレたちのことを聞くのを忘れていた……そして、それを聞く勇気をほとんど根こそぎ奪われてしまった。
「このフィールド内には三カ所薬草の群生地があるのでしたよね? ならばあともう一カ所だけ回りましょう。そうすれば、恐らく夜には町に戻れます」
ドラ子は折衷案を出してきた。
確かに夜の森を歩き回るのはどう考えても危険だった。
ユーナは極端に防御力が高い。でも、何があっても死なないというわけではないだろう。
ユーナはマテリアルサーチを睨んだ。
今、ユーナは町の東南に位置する群生地へ向かおうとしていた。しかし、ここにアウリがいなければ、彼を町の外へ残すことになる。
既に彼が行方不明になってから一日が経過している。
モンスターの出る、フィールドで。
――考えれば考えるほど、普通であれば、アウリの生存率は著しく低かった。
(どちらにいる? 東南の群生地? それとも町の東の?)
ユーナは穴が開きそうなほど、食い入るような目でマテリアルサーチを見つめた。
ドラ子は静かにユーナの次の指示を待っていた。
――そして、目がカラカラになりそうなほどマテリアルサーチを見つめていたユーナは、薬草の群生地にある穴に気づいた。
(さっきより……薬草のない場所、増えてない?)
薬草の生えている場所は、薄い緑色で表示される。
たくさん生えている場所は、その緑色の点が密集して見えていた。
その群生地の中に、ぽつりと何も生えていない場所がある。
それは朝見た時からあったものの一つなのだが――朝よりも広がっている箇所が、ある気がした。
ユーナが向かおうとしていた東南の群生地ではない。
町の東にある薬草の群生地だ。
「っ、あっちに行く! あちらにある、群生地へ!」
「かしこまりました、ユーナ」
ユーナが方角を指で示すと、ドラ子は静かに頷いた。ユーナは即座に先頭を歩き出す。
森の中からモンスターが飛び出してくるかもしれないという当初の懸念は、もう頭から吹き飛んでいた。
(生きているってことだよね? 多分、生きてるんだ……!)
恐らく、アウリだろう。
そして彼は、しぶとく薬草を摘み続けている。
マテリアルサーチから見た群生地がはげて見えるくらい、大量に。
昨日も夜通し採取を続けていたのだろうか?
森の中で夜が更けてしまって、戻れなくなったのかもしれない。
(それなら、今日明るくなった時点で、とっとと戻ってくればいいのに!)
無関係のユーナでさえこれほど心配しているのだ。
兄の青年の不安はどれほどだろうか?
ユーナはアウリの勇気を賞賛はするが、彼がどうして未だ町に戻ろうとしていないのかは疑問だった。
あるいは、雪が降るのに気づいてもう帰途についているのかもしれない。
ユーナは楽観的にそう思ったが、その歩みを緩めることはなかった。
(何だろう……この胸騒ぎ……いや! 多分、何の根拠もなく不安になっているだけで――)
目線の位置にある木の枝を手にしていた短剣でなぎ払い、森の中をずんずんと進んでいった。
途中、小さな岩の崖を登らなくてはならない道もあった。
ユーナの身体はステータスが向上しているためか簡単に登っていけた。
己のステータスの向上を感じて少し面白く思うユーナだったが、浮き立つような気持ちは長続きしなかった。
ユーナとドラ子は、日が傾き始めた頃にその現実にたどり着いた。
「――ッ!」
薬草の群生の中で倒れているアウリを見た時、ユーナは声にならない悲鳴をあげた。
アウリは明らかに酷い怪我を負っていた。右足がない。
その状態で、長く這いずったらしい。
血の痕跡が地面に尾を引いているのが、降り積もりゆく雪の合間から見えていた。
森の中で襲われ、薬草の群生地まで這ってきたようだった。
摘んだ薬草は傷口を押さえるために使ったらしい。摘まれた薬草の多くは血にまみれている。
「モンスターが血の臭いを嗅ぎつけて襲ってこなかったのは、奇跡ですね」
ユーナは思わず助けを求めてドラ子を見やった。
だが、ドラ子はかけらも興味のない目で怪我をした少年を見下ろしていた。
その顔を見ただけでユーナは彼に期待をしてはいけないと悟った。
「助、け……?」
その時、アウリはか細い声をあげた。
ユーナは、涙を堪えて返事をした。
「そう……助けに来た! 止血は……できてるんだね」
「もち、ろん……それぐらい、できる」
アウリは自分で太腿を縛ったらしい。太腿の上部がきつく布の紐で縛られていた。
大量の薬草で傷口を蔽っている。
薬効を抽出していないとはいえ、薬草の包帯はないよりはましだろう。
この子はこの絶望的な状況で、諦めずにできることをやっていた。
「よくやったね。じゃあ、すぐに町に帰ろう」
ユーナは、思っていたとおりアウリを簡単に抱き上げることができた。
ドラ子には、モンスターが近づいてきた時に備えて、手ぶらでいてもらった方がいいだろう。
ユーナが頼んでも、アウリを丁重に運んでくれるか怪しいという懸念もある。
「行くよ。いつからこの状態?」
「昨日の……ゆうがた?」
「そう……」
ドラ子の言うとおり、モンスターに襲われずこの時間まで生きていたのは奇跡に等しい。
ユーナだって、森を歩いていただけで、朝から五回も襲われているのに。
「アウリは神様に愛されているのかもね」
そうであって欲しいと思いながら口にしたユーナの言葉に、もうアウリは答えなかった。
ユーナが歩きながら腕に抱いた彼の顔を見下ろすと、目を閉じていた。
けれど、胸は呼吸によってゆっくりと上下していた。
ほっと息を吐きながら、ユーナは慎重に、しかし帰路を急いでいった。
ドラ子が予想していた通り、町に着く頃には日が暮れていた。
雪は降り続けていた。だが幸いにも、風はなかった。
深々と降り積もっていく雪はまだ乾いていて、足を滑らせることもなかった。
ユーナたちは一番近い東門に向かったのだが、門は既に閉まっていた。
しかし内側には当直の兵士くらいはいるはずである――そう考えたユーナは、思いきり息を吸い込んだ。
「――門を開けてください!!」
ユーナは腹から声を出して助けを求めた。
先日、自分が門の外に追い出された時よりも必死だった。
あの時は、まだ薄々、夢であることを疑っていたから。
「門を開けて!! 町の子が怪我をしています!! アウリです!!!」
「今開けるところだ!」
ユーナが再び叫ぶと、門の向こう側から怒鳴り声が帰ってきた。
「クスタヴィの弟だろう!? わかってる!! 生きているんだな!?」
「危ない状態です! 医者はいませんか!」
「回復魔法士はいません! ですが手当ができる人を呼んでます!」
別の誰かがユーナの声に応える。
門扉ごしに怒鳴り合っていると、複数の兵士が動き回る音が聞こえ、やがて門が重い音を立てて開いた。
「ポーションはないんですか!?」
開いた扉の中へユーナが駆け込みながら半ば怒鳴ると、その腕に抱かれたアウリを見て兵士たちは苦い顔をした。
「クスタヴィの家にポーションを買う金なんてねえよ……それ、絶対にあいつに言うなよ。自分を責める」
「……みんなで出し合って、まかなえるような金額でもないんですか?」
「無茶を言うな」
ユーナは諦めきれずに松明を持った兵士たちの顔を見つめたが、彼らは一様に途方に暮れていた。
本当に、出しようのない金額であるらしい。無一文のユーナが口出しできるようなことでもなかった。
ユーナがアウリを東門の詰め所にあった仮眠室に寝かせた後、他の門に詰めていたらしいアウリの兄が駆け込んできた。
「アウリ! ――生きていたのかっ!」
「だけど、危ない状態だと思います……ごめんなさい」
「どうして謝るんですか?」
ずっと、静かにユーナに付き従っていたドラ子が、ユーナの謝罪に驚いたように言う。
「貴女は依頼を達成しました。謝るようなことは何もありません」
「でも! 無事につれて帰ってこれなかった!」
「いえ、ユーナさんは弟を生きたまま連れて帰ってきてくれたじゃないですか。ドラコ様の言うとおり、あなたが謝ることは何もないですよ」
アウリの兄クスタヴィがドラ子の言葉に同意を示す。
無理をしてそう言うのだろう――とユーナは思った。
だが、彼の顔を見ると、本当に、そこにはユーナへの感謝が浮かんでいるようにしか見えなかった。
「本当に、本当にありがとうございます……確かに、酷い怪我です。これは、助かるかはわかりません。でも……それでも死に目にはあえます。もしかしたら助かるかもそれませんし……ありがとうございます。俺たち兄弟は、あなたへの恩を忘れることはありません」
「当然のことだ」
ドラ子が彼の言葉に頷いている。
今ここで、この世の常識とそぐわないのは、ドラ子ではなくユーナの方であるらしい。
「な、なんで……? 私たちが、もっと早く助けに行っていたらって、思わないの……?」
「あなたは優しい人なんですね、ユーナさん」
アウリの兄は、深い昏睡の中にいる弟の傍らで、涙ながらに笑った。
「あなたを町から追い出そうとしたことを、生涯の恥とすることにします。馬鹿げたことをしてしまいました。あなたがこの町にいてくれてよかった」
爽やかに笑う彼は、心からユーナに感謝しているようだった。
逆ギレも、責任転嫁も彼はしなかった。ただ今、目の前にある事実を受け入れていた。
「わ、私も……あなたを恨まないで、よか、った」
彼を恨んで、弟だからという理由で、アウリを見捨てなくてよかったと心から思った。
多少の正義感と、後はイベントだなんていう無責任な考え方、そして帰ってきたアウリを利用しようと思って捜索しにいっただけだった。
けれど、どんな理由でも、こんな結末が待っていたのならば、そうしてよかったと思ってユーナは泣いた。
「ユーナ? どうして泣くのですか?」
ドラ子には、ユーナが泣いている理由がわからないらしい。
説明する元気は、ユーナにはなかった。
やがて手当ができるという男性が、それらしい白い服を着てかけつけてきた。
ユーナとドラ子は邪魔になるので、外へ出た。
アウリがどうなるのか気にはなるが、宿へと帰ることにした。できることはもう何もなかった。
雪が音もなく降りしきる中、ドラ子はユーナを送るためについてくる。
宿に戻ると夫妻に温かく出迎えられた。
ユーナが依頼を受けたことを知っているはずだが、何が起こったのか、彼らは何も聞かなかった。
その温かさにユーナはまた泣いてしまった。
泣きながら湯桶を用意してもらって、身体を洗って、まだすんすんと鼻を鳴らしながら、出てきたユーナは夫妻に頼んだ。
「レイミさんのお見舞いをさせてもらっても、いいですか? こんな、夜ですけど」
「勿論だとも。ユーナさんに見舞ってもらったら、レイミは嬉しいと思うよ」
ご主人は微笑みながら言う。ユーナは彼の名前をまだ知らない。特に聞かなかったから。
彼を心のどこかでNPCだと思っていたからだろう。
前にレイミの部屋で、この世界が現実だと気づいて以来、ユーナはレイミの姿を見ていなかった。
イベントクエスト名〈スピ病の少女を治療せよ〉――そんなクエストのヒロインくらいにしか思っていなかった。だから彼女を治す方法を持たないユーナは彼女に用がなかったのだ。
「レイミ、ユーナさんが来たよ」
そんな風に呼びかけても、レイミとユーナは親しくないどころか、知り合いですらないので、わからないだろう。
たとえ彼女に意識があったとしても。
「……レイミさん、綺麗ですね。アウリが必死になるのも、わかるなあ」
ユーナを案内したご主人の肩が震えた。
実のところ、レイミは綺麗だなんて言えるような状態ではなかった。
ユーナが最後に見た時より、ずっと痩せ細ってしまっていた。
それでもまだ生きているらしく、うっすらと開いた割れた唇から息の出入りする音が聞こえた。
けれど、もう長くはもたないだろうと、病気のことを何も知らないユーナですら理解した。
これはイベントではないから。
だから、スピ病を癒やす力のある人間がこの宿を訪れるまで、彼女が元気でいるという保証はどこにもない。
この世界は現実だから、明日にも彼女は死ぬかもしれない。
もはやこの世はゲームではないのだと――優しい人々が生きる、現実なのだと理解すると、ユーナはレイミの部屋を後にした。
*****
「心が折れそうだから、励まして」
ベッドに座ったユーナが項垂れながら、か細い声で懇願する。
ユーナが座る場所とユーナを見比べ、その言葉を咀嚼してから、ドラ子は首を傾げつつ答えた。
「貴女を抱いてさしあげればよいのでしょうか?」
「違うね!!」
粋の良い否定をされ、ドラ子は胸が痛んだ。
人間の女を抱いたことはない。何度も誘われたことはあったが、ドラ子にとって彼女たちはそういう対象ではなかった。
人間の女は、ドラキュラの性があるドラ子にとって、餌でしかない。
しかしユーナならば違う。――違うのだ、と今この時、ドラ子は初めて気づいて愕然とした。
「なんかね、こう……励ましてほしいの! 応援してほしい! チアダンスを踊ってくれるだけでもいい!」
「はあ……チアダンス……」
「ごめん、それは冗談だけど……心が、やばい。ポキッといきそう。帰りたいって泣きわめきそう」
「それは、困ります」
本能的に、ユーナの言う「帰る」が別の世界だということを、ドラ子は確信し即座に答えた。
ユーナは、これまでのどんな時よりも深く、この世界に降りてきている。
これ以上ないというほどはっきりと、この世界に存在していた。
その事実が夢のように幸福だからこそ、ユーナの言葉は許しがたかった。
「帰るぐらいなら、私は貴女を殺します」
「あ、そう……なんか思いもしない方向からだけど……パンチの利いた励ましだね……」
「――励ましなどではありませんよ、ユーナ」
ドラ子は、ずっと胸に秘めているつもりだった。
言うつもりのなかったことだった。
しかし、ユーナの世迷い言を聞いていて――ドラ子は本気で苛ついてしまっていた。
いつかユーナが本気で帰ると言い出した時、思わず殺してしまいそうだった。
「確かに私は貴女のミニフレです。……ですがもはや、貴女の支配下から抜けている」
ユーナは目を丸くしてベッドの上で固まっている。
やろうと思えば、力ずくで押し倒すこともできるだろうと思いながらドラ子は目を細めた。
「今の私は貴女を殺せるのですよ、ユーナ。よく覚えておいてください」
「あ、はい」
「ですが、私は貴女に従います――お慕いしていますから」
「それはどうも」
「……本気で言っているのです、ユーナ。私は貴女のためならなんでもします。貴女が折れそうな時には、喜んで貴女を支えます。貴女が望む方法で。どのような苦しみにも耐えてみせましょう、貴女の側にいられるのであれば。私にとってユーナ、貴女は全ての光であり、闇ですから」
ユーナが望んでくれるのであれば、永遠の時を共にしたいと願っている。
――望まれない時のことなど、想像もできないほどに。
ドラ子の告白に、ユーナはふっと小さく息を吐くようにして笑った。
「それ、ミニフレとしての言葉じゃなかったらなあ……ドキドキしたのに」
「――何か、ご不満が?」
「いやあ。まあ、結局は私がミニフレだったドラ子ちゃんの主人だったから、そう言ってくれるわけだよね? あたりまえなんだけど」
ユーナは笑いながら言う。
ドラ子が叩きつけた言葉の重みを、一切感じていないような朗らかさだった。
「あーでも、元気出たよ。ありがとうドラ子ちゃん」
「……ちゃん、を付けるのは」
「ああ、はいはい。わかったよドラ子。ドラ子みたいなイケメンにそんな風に思ってもらえるなんて嬉しいなー! 明日から元気にやっていけそう!」
「ユーナ……ミニフレとしての言葉ではなかったら、というのはどういう意味でしょうか?」
ドラ子は努めて冷静であろうと努めつつ尋ねた。
油断をすると、ユーナを目の前にあるベッドに叩きつけてしまいそうだった。
本気を出せば、ユーナのパーティの火力であったドラ子はユーナを封じ込めることくらいできる。
「うん? どういう意味って……ドラ子、もしも私のミニフレじゃなかったら、私に興味持ってると思う? 人間の、ただの女に」
ユーナの指摘は予想外で、そして衝撃的だった。
とてつもなく遺憾ではあった。
だがドラ子はユーナの言葉に何一つ言い返せなかった。
「そうか……ミニフレって、もう自由の身だったんだ。そうだよね……千年間も私たちはいなかったわけだから」
ユーナが遠い目をして己が不在にした年月について思いを馳せる。
ドラ子のユーナを殺せるという脅しは、ドラ子の意図しない形でユーナに届いてしまったらしい。
「ッ、ユーナ! だからといって、私は貴女の側を離れたりはしません!」
「ありがとう」
ユーナは笑いながら礼を言う。
「自由なのに、一緒にいてくれるんだね……嬉しいよ」
そのふやけたような笑顔は、心からの喜びを表しているように見えて――ドラ子の胸は予期せぬ痛みに締め付けられた。
胸に走る、痺れるような痛みに油断していると、ユーナは無情な言葉でドラ子の胸を突き刺した。
「でも、もっと自由になりたかったら、遠慮せずに言ってよね」
そんなことはありえない、と後もう少しで無様に叫ぶところだった。
ドラ子にとってユーナは全てだ。
ドラ子は全てを捧げているのに、何故ユーナはそのようなことを言うのかと、声を荒げてしまいそうだった。
「……これはゲームじゃないんだから、そうじゃないといけないんだよ」
酷く寂しげに言う、ユーナの言葉の意味は理解しきれない。
だが、ユーナのその切ない表情はドラ子を冷静にしてくれた。
彼女に求める前に、彼女の言葉を考えようという気になった――ミニフレとして、という言葉の意味について。
「そろそろ寝ようかな。ドラ子も、引き留めちゃってごめんね」
「いえ……夕食はいいのですか?」
「うん。あんまりお腹空いてないから」
「おやすみ」と言うユーナに「おやすみなさいませ」と返して、ドラ子はユーナの部屋を出た。
宿から出て、夜の町を帰途につく。
もしもユーナが己の主人でなかったら? とドラ子は想像をしてみた。
生産職をほぼマスターしている賢者。
高ランクの女神の旅人。人間の女。
――恐らく何の興味も関心も抱きようがない、という結論を己の心の内とはいえ、素直に出すのは並大抵の苦しみではなかった。
だが、ユーナのためならどのような苦しみにも耐えると宣言したばかりである。
苦痛を呑んで、ドラ子は思考した。
(私は全てをユーナに差し出しているつもりだが――ユーナは、今のままでは足りないと言うのだな)
ドラ子がそういうつもりになっているだけで、ユーナは何かが足りないと言っている。
(ならば、それは私の非なのだろう……しかし、ユーナが主人ではないだなどと、どのように想像すればよいのやら)
ミニフレとしてではいけないのだという。
雪の冷たさすら感じないほど考え込んでみても、ドラ子は何がいけないのか見当もつかなかった。
ギルドについて、宿に入り、雪を払い落としもせずにベッドに横になって考えてみた。しかし、わからない。
ただ、一つ予想できることはあった。
もしもその何かが足りた時、一体何が手に入るだろうと考えた時――ドラ子の脳裏に思い浮かんだのは、先程ユーナが見せた柔らかな笑顔だった。
(あの笑顔が、欲しい)
胸を痺れさせるような、痛み。蠱惑的なあれが、手に入るような気がした。
もしも足りないものを見つけ出し、その不足を埋めて、ユーナの前に披露することさえできたならば。
(――私のものにしたい)
望みを叶えるためならば、多少の苦しみなど厭うものではなかった。
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