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捜索依頼


「ユーナ! こちらだ、早く!」


 イヴァールが叫ぶ。

 夜中に宿を訪れて、ぐっすり寝ていたユーナを叩き起こしたのは南門の兵士長、イヴァールだった。

 問題が起こったと言われ、少々強引に連れ出された。


 とはいえ、ユーナが本気で嫌がれば諦めて帰ってくれそうな気配はあった。

 それでもユーナは一張羅の制服に着替え、上に外套を引っかけて、寒々しい夜の町に出ることにした。


(寒い、寒い……ベッドに帰りたーい)


 どうもその問題というのが、ドラ子に関することのようだったのだ。


「ドラコ様とどういう関係なのかは詮索しない。だが、君の言葉なら聞いてくださるだろうから……!」


 ユーナはドラ子の上司たる立場として、この問題を捨て置くことはできなかった。


 風邪だけは引かないように、外套を身体にきつく巻き付けた。

 異世界の病気になるのは、スピ病だけでたくさんだ。


「ここだ! 冒険者ギルドにドラコ様がいるんだが」

「ここってドラ子が泊まってるところか……冒険者ギルドだったんですね」


 暗い道を、イヴァールが手に持つランタンのみを頼りに歩いてきた。

 建物の外観は確かに、見覚えがあるような気もしなくもない。

 前にドラ子に連れられて来た時も夜だったので、ユーナもあまりはっきりとは覚えていないのだが――。


「何があったんでしたっけ?」

「実際に、ドラコ様の言葉を聞いてもらった方が早いだろう」

「そうみたいですね」

「それを初めに教えてくれていれば、こんなことにはならなかったんだが」


 イヴァールは苦い顔をして言った後、「勿論、君のせいじゃないけれどな」と彼は付け加えた。

 そう言うわりにはちくりと責めるような口調だったが、彼は辛そうに笑ってそれを誤魔化した。

 何やら、冒険者ギルドの中でドラ子が厄介事を引き起こしている様子である。


 中に入ると、それだけで肌で感じるほど険悪な空気が流れている。

 ドラ子は椅子に座って足を組み、ユーナの前では見せることのない無表情で、自分の足元に跪く男を見下ろしていた。

 尊大で、酷く冷たい目をしている。ユーナの苦手な表情である。

 ――恐らく、ユーナにはそういう顔をしないだろうけれど。


「……何してるの?」

「ユーナ! 町に戻った私を出迎えに来てくれたのですか?」


 声をかけられたドラ子はユーナの姿を認めると、嬉しそうに破顔した。

 自分の足元に跪く男のことは無視している。


「いや、ドラ子が何かやらかしたって聞いてきたんだけれど、その人どうしたの?」

「……私が? そのようなことを誰に吹き込まれたのですか? 兵士長、貴様か?」

「それはどうでもいいんだけど、ほら、私の質問に答えて」

「――顧みる価値のない存在ですよ、そいつは」


 ドラ子は吐き捨てるような声で言う。

 底冷えするような言葉を吐きかけられた男は、土下座をしたまま身体を震わせていた。

 何か聞こえた気がしてユーナが耳を澄ませてみると、彼は震える小さな声で「お願いします」と何かを懇願しているようだった。


「あの、何か頼まれているみたいだけど?」

「聞く価値もありません」


 ドラ子はぴしゃりと言い放つ。

 とりつく島もない。よほど男を嫌っているようだった。


 イヴァールは、ユーナに何らかの問題に関する仲裁を期待しているらしい。

 だが、何を求められているのかわからないうちから、ドラ子はユーナを帰そうとした。


「このようなむさ苦しい場所までご足労いただいてしまい、申し訳ありません。ユーナ、宿までお送り致します。それとも、私とギルドの宿に泊まりますか? ここは物騒な輩も多いので、私と同室になりますが」

「いや、ルルの花亭に帰るけど」

「……そうですか。残念です」


 ドラ子は唇を尖らせて肩を落としつつも、ユーナをエスコートして出口へ送っていこうとした。

 もはや頭を垂れる男の方を見ようともしない。

 存在をまるごと無視しているようである。ドラ子は彼に、何か酷いことでもされたのだろうか?


「待ってドラ子。えーと、状況がよく飲み込めないんですが……イヴァールさん?」

「実は、町で暮らす少年が一人、外に出たまま帰って来ず、閉門の時間を迎えてしまったんだ。そして、未だに戻らない」


 門を出入りする人間を管理している兵士長イヴァールは痛ましげに言う。

 ユーナはなんとなく、聞く前から、その少年の名前がわかってしまった。


「もしかして、アウリって子ですか?」

「そうだ! 知り合いなのか?」

「知り合いというか、まあ、知ってますね……そっか」


 宿のご夫妻が懸念していた通り、アウリはレイミのために町の外に出てしまったらしい。

 その上どこまで遠出したのか、閉門の時間になっても戻って来ない。

 ドラ子が戻ってこなくとも、野宿しながらモンスターを狩っているのだろうと誰も心配しないだろう。

 けれど、アウリに関してはこのギルドにいる全員がその安否を気にかけているようだった。ドラ子を除いて。


「君の知り合いでもあるアウリという子なのだが、彼の弟なのだ」


 イヴァールは土下座する男を示した。

 アウリという少年の兄ということは、床に額づいたまま動かない男はかなり若いのかもしれない。


「彼は弟のアウリの捜索をドラコ様に依頼したが、断られているという状態だ」


 ユーナがドラ子の方を見ると、彼は何か問題でも? と言わんばかりの笑顔を見せた。

 少年が一人行方不明になっているというのに、何とも思わないのだろうか。


 これがこの世界では普通なのかと思いきや、周囲にいる野次馬や、イヴァールなどは、ドラ子はこの捜索依頼を受けるべきだと考えているようだった。

 だからこそ、ユーナをここへ連れてきたのだろう。

 イヴァールは、ドラ子がユーナと門の外で再会してから、ユーナを助けようと必死になる姿を目撃している。

 ユーナの言うことならば聞くと思ったのだろうし、それは正解だ。


 イヴァールは現在のウッズの町の状況を、ユーナにもわかるよう、噛み砕いて説明した。


「今、この町の冒険者ギルドにいる冒険者たちのランクはあまり高いとは言えない。夜のフィールドに出すには心許ないのだ。だから彼は兄として、確実を期すためにドラコ様に捜索を依頼したいんだ」


 ドラ子は特に大仰な準備をせず、野宿をしながらのモンスター狩りに出て帰ってきたところである。

 金を稼ぐために、身軽に動くことができる程度には強いのだろう。

 その強さが現在、どれほどのものなのかはわからない。

 でも、昔より弱くなっているということはないと思う。


 そうであるのならば、ウルフが出るようなフィールドでドラ子が困難な目に遭うことはほとんどないはずだった。


「どうして依頼を受けてあげないの?」


 依頼料の問題だとか言い出したらしばこうと思いながらユーナが尋ねると、ドラ子は尋ねるユーナを不思議そうな目で見つめ返した。


「その価値が全くないからです、ユーナ。その男の顔を見ればわかります」

「顔?」

「……さっさと顔をあげてその顔をユーナにお見せしろ!」


 その顔を覗き込もうとしたユーナに対して、まるで視線を避けるように床に突っ伏した男に対して、ドラ子が厳しい言葉を浴びせかけた。

 きつい言葉にユーナはどきりとする。声を荒げるようなことだろうか?


 しかしドラ子の言う通り――ゆっくりとあげられた彼の顔を見て、ドラ子が彼の依頼を受けたがらない理由が、ユーナにも理解できた。

 

 その青年の顔を、ユーナは見たことがあった。

 彼を見たのは、この世界に来た日の、初めての夜のこと。


 ――ウルフから逃れるために町の中に逃げようとしたユーナを、門の外に押し出した兵士の青年だった。


 ユーナを助けてくれなかった、青年だった。

 彼の目に、ユーナはただの女にしか見えていなかっただろうに。

 ウルフという凶暴なモンスターがすぐそこにいたというのに、上からの理不尽な命令を優先して、ユーナに対して人道的な配慮をしてくれなかった。


 そんな彼が今、ユーナたちに助けを求めている。


「私には依頼を選ぶ権利がある。そうだろう? ギルド長」

「……まあ、そうだね」


 バーカウンターの内側で、成り行きを見守っている背の高い少年が、曖昧に相づちを打つ。

 ドラ子に権利があるというのは間違いないらしい。

 ただし、曖昧な口調が、この依頼を断るのは褒められたことではないぞと言わんばかりだった。

 しかしドラ子はそんな示唆を気にも留めていないらしかった。


「私の命よりも尊い方の命を蔑ろにした男の依頼など、誰が受けると思う?」

「し、知らなかった……あなたにとって大事な方だと知っていれば!」

「ユーナに配慮をした、と――確かにそうだろうな。利害から、お前はユーナを助けただろう。それならば、私の利益になるのであれば依頼を受けるのもやぶさかではない。ちょうど、ユーナと共に過ごすための金が足りないところだったのだ」

「いくらだ!?」

「10000ルピス、いや、10万ルピスは欲しい」

「そ……そんな金あるわけないじゃないか!?」


 ドラ子の提示した金額が、この世界でどれくらいの価値なのかユーナにはよくわからない。

 何しろ日常生活でルピスという単位が出てこない。

 でも、アウリの兄なら金はないだろう。


 アウリは科学者ギルドを放り出されて、借金があったという話である。


「ならば交渉は決裂だ」

「むちゃくちゃだ! 弟には何の罪もないのに! それでもAランクの冒険者か!?」


 叫ぶ青年の言葉に、ギルドの中には賛同を示すような空気が流れた。

 Aランクの冒険者ならば、Aランクの冒険者なのに、と……彼らは顔を見交わす。

 彼らの常識としては、Aランクの冒険者というのは、諸問題に対して人道的な対応をするべき存在なのかもしれない。


 ユーナだったらあっという間に萎縮しそうな視線の数々にも、ドラ子は全く動じない。

 その微塵の動揺も見せない顔で、さらりと己の意志の固さを口にした。


「お前の弟を助けなければ冒険者ではいられないというのであれば、今すぐ冒険者をやめようか」

「――ッ!? どうしてそこまで……!」

「話は終わりだ。――帰りましょう、ユーナ。送ります」


 ユーナは手を差し出すドラ子をじっと見上げた。

 その赤い目は、ユーナが瞳にドラ子を映し出す喜びに輝いている。

 ユーナと見つめ合うのが楽しいようで、次第に彼ははにかんでいった。


 ドラ子の顔に浮かぶのは、邪気のない微笑みだった。

 周囲の視線も、青年とのやり取りも忘れてしまっているかのように、気にしていないからこそ浮かべられる表情だった。


 ユーナはドラ子を監督する責任者として――己がなんとかしなくてはならない問題なのだと、はっきりと理解した。


「正座」

「はい?」

「ここに正座しなさい、ドラ子ちゃん」

「ちゃんを付けないでいただけるのであれば……」


 条件を付けながらも、ドラ子はいわれた通りに長い足を折りたたんで正座をした。

 ユーナを見上げるその目には、ユーナへの警戒は一切見られない。


「隙ありチョップ!」

「痛っ!?」

「――助けに行くよ! いいね? ドラ子!」


 低い位置に降りていた、銀色の旋毛に手刀を落としたユーナは、宣言した。

 ドラ子がこんなにも歪んでしまったのは、ユーナのためである。

 だからこそ、罰は手刀くらいでいいだろう、これくらいで勘弁してやる……そう思って、ユーナはそれ以上の言及を控えた。


 しかし、ドラ子にそれは逆効果だった。


「何故ですか!? ユーナ! この町の人間どもは! ユーナを蔑ろにしたんですよ!?」

「に、人間どもって」

「私が見つけた時、貴女は悲鳴をあげていた――悲痛な声だった! あんな声を上げさせたこの町の人間どもを残らず殺してやりたかったほど!!」

「ドラ子! 言葉が過ぎない!?」

「どうしてこのような者たちを庇うのですか!? どうでもいい者たちではありませんか! それなのにどうして私の言葉より、NPCの言葉を優先するのですか!?」


 ドラ子がユーナの腕に取りすがる。

 その目は限界まで見開かれ、血走り、真っ赤になっている。

 尋常じゃない迫力に、ユーナはドラ子を振り払いたくなったが、どうにか堪えた。

 

 やろうと思えばできなくはないだろう。

 ドラ子はそれほど強い力でユーナを掴んでいるわけではないし、ユーナのステータスはかなり高いはずだ。

 けれどドラ子は、ユーナに蔑ろにされていると思って半狂乱になっている様子である。


 ここで下手なことをやれば、ドラ子がどうなってしまうかわからない。

 扱いを間違えてはいけない――のだが、ユーナは彼を扱う方法を、一つしか知らない。


「ドラ子は……ミニフレだよね?」

「そうです! 貴女のミニフレです!」


 ドラ子はユーナの問いに即座に頷く。

 貴女のミニフレ、という言葉を聞いて、ユーナは何度も頷いた。


「そう、やっぱりそうだよね……ドラ子は、私のミニフレだよね」

「はい、勿論」

「ドラ子がもしも本当に私のミニフレだっていうのなら! ――私はジャイアン!」

「……は?」


 ドラ子の目が点になる。

 気勢を削がれた様子のドラ子を見下ろして、ユーナはゆっくりとした口調でドラ子に問うた。


「つまり、これは私の決定なんだから――ミニフレのドラ子はつべこべ言わずに黙って私の後をついてくればよくない?」


 ドラ子が、目を丸くして硬直する。

 やってしまったかもしれない……と、ユーナは心の中で思いつつ。


(ミニフレのものは私のもの。私のものは私のもの……ゲームでは、そうだったよね) 


 ミニフレが拾ってきたアイテムはプレイヤーが回収するものであるし、ミニフレはどこかに行きたいとは言わないし、プレイヤーの行き先に文句をつけるものでもない。

 ――と、ここまで行くと流石にゲーム脳すぎるかもしれない。


 今はもはや現実となったドラ子に対して、ユーナとしては申し訳ないような気もしてきた。

 これは言い過ぎだったかもしれない。傲慢すぎるにもほどがある。


 でも、ドラ子はミニフレであるということに強いこだわりを見せていたから――だとしても。


(やり過ぎだったかも……!) 

 

 ユーナが頭を抱えようとした時、腕を掴んでいたドラ子の手が自然と離れた。


「――ユーナ。私は貴女に従います」


 ドラ子は、微笑んでいた。

 頬を薔薇色に紅潮させ、目は半ば潤んでいた。どこかうっとりと、恍惚とした表情にすら見えた。

 その色気しかない艶やかな表情に、ユーナは若干のけぞりながら頷いた。


「う、うん……よろしくね」


 ドラ子は、ひとまず落ち着きはしたようだった。

 ユーナの言い草に腹を立てた様子も、理不尽さにおののいた様子もない。


 どちらかというと、いや、どちらかというまでもなく、嬉しそうである。

 幸福そうですらある。

 しかし……どこかでルートを間違えたような気は、しなくもない。


 ユーナは色気を振りまく己のミニフレから、引きちぎるよに視線を逸らした。

 このミニフレの上気した顔は、可愛いを通り越して目に毒である。

 ドラ子にくるりと背を向けて、ユーナは別の人物に対して向き直った。


「助けに行くよ。ただし、助けた暁にはお前の弟を弟子にもらうからねっ!」


 ユーナは、ユーナを見捨てようとした青年兵士の方を見やって、ビシッと指を突きつけて宣言した。

 急に話をふられた青年は、慌てながらも頷いた。


「はっ!? ……あ、いえ、その……捜索して、いただけるのであれば。依頼の代金を、大変申し訳ないのですが、すぐに出せませんので……ご迷惑をおかけするのですから、小間使いでもなんでも、使ってやってください」


 青年はユーナに頭を下げた。その後頭部を、ユーナは複雑な気持ちで見下ろした。

 ドラ子ほどではないとはいえ、ユーナだって、彼に対しては思うところがある。

 ただで使われてやるのは、癪である。

 

 だからユーナは、この機会を利用してやるつもりである。

 

 ユーナは現在、金を稼ぐ手段をほぼ持たない。

 だが、科学者という職業のビルド経験ならばある。


 科学者であるという、そして科学者ギルドから放逐されるほどに諦めの早いらしいアウリ少年を育てて、ポーションなど薬を作らせる。

 そして売らせる。

 そうしてできた金で、授業料を払わせるのだ!


(まずはレイミのためのSP回復薬から、だけれども)


 今のユーナにできることは。

 ――とりあえず持ち前の頑丈さを生かして、フィールドを彷徨いアウリを捜索することだろう。

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