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役に立たないスキルしかない

 世界の至る所で凄惨な事件が起きていたある日のこと。

 女神ルルーフィアがこの世に遣わしたのが、女神の旅人たちだった。


 彼らは時折天界に帰り、中にはそのまま戻らない者もいた。

 だが、大抵の者たちは時折里帰りをしながらも、精力的に世界を平和に近づけようと己の名に恥じぬ旅を世界の各地で繰り広げていた。


 ミニフレは、そんな女神の旅人の力になるよう、女神から女神の旅人たちに与えられた存在だった。

 ミニフレたちは一心に己が女神の旅人を慕った。


 しかしある日を境に、この世からあらゆる女神の旅人が忽然と消え去った――。


「うう~、ううーっ、どうしてこうなった……快適スローライフを送りたいのに~っ!」


 ドラ子は、部屋の中から聞こえてくるユーナの大きな独り言で物思いから覚めた。

 昔から彼女は難題に頭を悩ませている時は大抵そうしていたので、ドラ子はその様子に慣れていた。懐かしく感じるほどである。

 声の届く距離にいる己の支配者の存在に、ドラ子は我が身の幸運を噛みしめる。


 今の自分ほど幸福なミニフレはこの世に存在しないだろうと、ドラ子は確信した。


「ユーナ、何か飲み物をお持ちいたしましょうか?」

「いらない! 入ってくるなよ!? 絶対にやめてよ!?」

「……はい、かしこまりました」

「ふりじゃないからね!?」


 ユーナは時折よく意味のわからない言葉を口にする。

 扉を隔てて聞こえた単語に、ドラ子は首を捻ったが深くは考えなかった。

 昔からのことなので、さして気にはならない。


 今、ユーナは宿屋に用意させた湯桶で湯浴みをしている。

 ドラ子は部屋の外に追い出されてしまった。

 昔のユーナであれば、ドラ子がいようと構わなかっただろうに。


 だが、悲しく思う必要はないようにも感じる。

 昔の彼女は、ドラ子の存在をどれだけ認識しているのか危ういほどだった。


 それが今は、ドラ子を異性と認識し意識すらしている。

 ユーナにそのような目で見られるのは面映ゆい。

 

 これまで何度も他人に褒められたことはあるが、どうでもよかった。

 だがドラ子はこのような見目に成長した己を初めて褒めてやりたかった。

 

「は~、オード教か~、オード教かよ~、マジかよーもーっ」


 ユーナの悩みは今、邪神を奉ずる宗教のあたりにあるようだ。

 その原因を作ったミニフレの一人として、ドラ子も申し訳なさは感じるが、同時に思わずにはいられない。


 ――ユーナをこの世にもたらしてくれたのは、やはり邪神オードなのでは? と。


 だとすればドラ子は、邪神オードに感謝の祈りを捧げずにはいられない。

 しかし、ユーナの懸念も最もであった。

 元より女神の旅人であるユーナにとって、邪神オードは敵である。

 そのことに思い至らなかったのはドラ子の責任だ。


 ユーナをこの世に呼び寄せるために邪神にさえ祈り続けてきた。

 その願いが叶った今、邪神がユーナの敵となるのであれば、信仰を続けることはできない。


 だが、他の者たちはどうだろう?

 まだユーナたち女神の旅人が去ってから日が浅い頃、我々は己の支配者を探して誤ってNPCを捕まえては、女神の旅人ではないことに落胆した。


 ユーナは現在、学者(スクーラー)という職業(ジョブ)の二次職である賢者(セージ)となっている。


 彼女が二次職であると気づいた、まだこの世に残るミニフレたちは、どのような反応を見せるだろう?

 初めはユーナを、どこかのもぐりの女神教の所持する女神の像で転職したNPCだと考えるだろう。

 異端者だと弾圧して、ユーナを処刑しようとさえするかもしれない。


 しかしただの二次職のNPCではなく、女神の旅人であることに気づけばどうなる?

 この奇跡を寿ぐだけか……? 本当にそれで済むのか?


 未だ己の支配者を見つけられていないミニフレの心は――凍土の氷よりも分厚く凍てついていることだろう。

 まだ己の支配者は戻らないのに、自分以外のミニフレの主人だけがこの世に戻ってきている。

 その光景を、凍てついた心で目の当たりにした時。

 果たして彼らは祝えるか?


(妬ましくて憎らしくて――許せないと感じるのではないだろうか?)


 想像ですら、ドラ子は激しい嫉妬心に駆られてしまった。

 これが現実であったらと思うと怖気をふるう。

 もしも戻ってきたのが、己の支配者ではなく、別の者であったなら! 


(私は……っ、狂わずにはいられるだろうか……?)


 恐ろしい想像に身体が冷え切り、ドラ子はユーナの声が聞きたくていてもたってもいられなくなった。


「ユーナ! ……貴女は、女神の旅人だと露見しない方がいいでしょうね」

「だよねえ、私もそう思う」


 適当な言葉を投げかけると、ユーナの間延びした声が返ってきて、ドラ子は安堵の息を零した。

 本当なら、今すぐ顔を見てその身体を抱きしめたかった。

 だが、己を異性として意識しているらしいユーナの湯浴みの場に入れば、彼女の気分を害すこともわかっている。


「NPCにも、他のミニフレたちにもですよ。わかっていますか? ユーナ」

「ドラ子もNPCって言葉使うんだね!?」


 ユーナは妙なところに驚いた。何かおかしかっただろうか? とドラ子は首を傾げた。

 昔から、ユーナが何度も口にしていた言葉である。

 ユーナ以外の女神の旅人たちも、使っていたのを見かけたことがある。


 女神の旅人でもミニフレでもない、どうでもいい者たち(・・・・・・・・・)のことだ。


「それにしても、スピ病って一体なんだったんだろうね?」


 ユーナから投げかけられた問いに、ドラ子は喜んで考察を巡らした。


「SPが急激に枯渇していく病なのですが、貴女はやはり元からの量が多いので、病ごときが手を出すことなど許されなかったということでしょう」

「若干意味がわからないけど、多分そんなところだろうね……レイミさん、治るかなぁ」


 ユーナたちは女神の旅人同士であれば積極的に助け合う。

 フレンド、と呼び合う女神の旅人を持たなかったユーナだったが、レベルの低い新参の女神の旅人が弱っていれば、通りすがりにポーションを使っていたことはある。


 だが彼ら女神の旅人は、NPCと呼ばれるそれ以外の者たちには――依頼をされて助けることもあるが、積極的には介入しない。ユーナを含めてだ。


 ドラ子の見る限り、事件に巻き込まれてNPCが死んでも、残念がりはするが仕方なかったと簡単に諦めていた。


 ――この宿の娘もまた、NPC。

 ユーナは優しいから気にかけているが、どうせそれ以外の者なのである。


(たとえ死んでも……残念には思っても、きっと気にはなさらないだろう)


 ドラ子の見たところ、この宿の娘の命は長くない。

 ユーナが手を貸せば助かる可能性もあるだろうが、依頼をされたわけでもないのだ。

 

 助けるための方法を進言する必要を、ドラ子はひとかけらも感じなかった。



 *****



 この世界の片隅で、ひっそりスローライフを送れればよかった。

 いわゆるリタイア生活ができれば幸いだったのだ。そんな年齢ではないけれど。


 でも、家庭菜園でもして自分が食べる分の野菜や薬草を育てながら、雨の日にはポーションを作ったり、防具や武器を作ったり。

 後半ちょっとおかしかったけれど、賢者(セージ)以外の生産職を大体極めているユーナは、この世のNPCの大半より有利な条件で生きていけるはずだった。


 しかし、蓋を開けてみれば有利どころの話ではなかった。

 ――二次職だということがバレたら即、異端審問の危機である。


 とはいえ、まだユーナの心は折れていない。

 この世界は現在、邪神を邪神と知らずに祭る宗教が大幅に幅を利かせているらしい。

 けれど、この衝撃の事実を知った今でさえ、ユーナのこの世界に止まりたいという気持ちは変わっていなかった。


 世の中には邪神よりも恐ろしいものがあるのだ。

 倒せるようにメイキングされている邪神なんて、極端なことを言えば余裕である。


「……ただ、すでに賢者だってこと話しちゃってるんだよなあ」


 ユーナはイヴァールに自らの職業(ジョブ)を賢者だと名乗ってしまっている。


 イヴァールは学者(スクーラー)の特殊な呼び方だと解釈したらしかったが、なんにせよユーナは他人に自分は二次職であると伝えてしまっているのである。


(でも、これ……ドラ子ちゃんに相談したらどうなるだろ……)


 今、ユーナは宿の入り口近くにある小さな食堂スペースにいる。

 ここだと火の入った暖炉があり、一日中燃え続けているのでとても暖かいのである。

 この暖炉の真上にレイミの部屋があるそうで、レイミの部屋を暖かく保つためにも、薪が絶やされることはない。


 ユーナはたまに火加減を見て、火が弱まっていたら薪を足したりして、細やかなお手伝いをさせてもらいながら、日がな一日のんびりここで過ごしている。

 ――ヤッコブに遭遇するのが恐いので屋内に引きこもっているとも言う。


 急激に冷え込んできた今日この頃だが、ここにドラ子の姿はない。

 ユーナがこの宿に泊まってから、既に五日ほど経過しているのだが、どうやらドラ子の資金が尽きたらしかった。


 ユーナが断固として相部屋を拒否したため、ドラ子は他の場所に宿泊していた。

 恐らくユーナを始めに連れていった宿だろう。

 ユーナの側にいたがる彼にしては珍しいと思っていたら、この宿に、ユーナが泊まるのとは別の部屋をこの宿で借りる金すらなかったらしい。

 そんな彼は昨日くらいから、当面の資金を稼ぐと言って、町の近隣のモンスターを討伐しに行っている。

 野宿しながらできるだけ遠くまで足を伸ばす予定だそうだ。ユーナと同じ宿に泊まるために。


 そんな調子でユーナを慕う彼が、ユーナの秘密をイヴァールが知ってしまっていると聞いた時、どんな行動を取るだろう?


(口封じにいく……なんてことはない、よねえ!?)


 恐ろしい想像だったが、ユーナはこの想像が現実になるかもしれないという懸念を振り払えなかった。


(……せっかくのニート生活なのに、あんまり楽しくないな)


 火箸で暖炉の炭をつつきながら、ユーナはぼんやりと火を見つめていた。

 ドラ子の金で夢のニート生活をありがたくも送らせてもらうこと、早五日間。

 宿のご夫妻は親切で、優しくて、そんなユーナを咎める様子はない。


(……私って、今、何ができるんだろう?)


 ユーナとしては、当たり前のようにゲームの時と同じ職業でいるつもりだ。

 けれどそもそも、ユーナは現在賢者なのだろうか?


 現状を把握するのは何より大事である。ユーナ自身の今後の安寧のために。


 異世界から来たユーナは、もしかすると、職業すら持っていないかもしれない。

 ……髪の毛が青いので、その心配はあまりしていないのだが。


(私は多分、今は賢者で、それ以外の農民と商人、科学者と錬金術師、学者をカンストさせている)


 ユーナが今ついているはずの、賢者の職業レベルは1だろう。

 ゲームの中で転職して、そこでサービス終了、時間オーバーとなってしまった。

 レベルあげをする時間はなかったのだ。

 こんなことになるのなら、少しくらいは上げておけばよかったと悔やまれる。


「……ステータス」


 ボソッと呟いてみた。けれど、何も起こらない。

 ユーナは宿の机の上に突っ伏して羞恥心に身悶えた。


 薄々、わかっていた。

 世の中、自分の力を客観的に見るだなんて、そんな便利なことはできないと理解していた。

 なのに、やってみてしまった。

 ゲームの世界にいるんだもの、やってみたい気持ちにくらいなるだろうとユーナは己を慰める。


「スキルは使えるのかな……?」


 一つの職業には、二つの職業スキルツリーがある。

 二つ目の職業スキルツリーに関しては、職業レベルが50を超えると開放される。


 農民は<プラント>と<リブストック>。

 植物を育てるスキルと、家畜を育てるスキル。熟練度に応じて育てられるものが増えていく。

 

 商人は<ルピスパワー>と<トレード>。

 お金によって様々な効果を得るスキルと、NPCと交易ができるスキル。熟練度に応じてできることが増えていく。

 

 科学者は<メイク(料理)>と<メイク(薬)>

 料理を作るスキルと、ポーションなどの薬を作るスキル。熟練度に応じて作れるものが増えていく。

 

 錬金術師は<メイク(防具)>と<メイク(武具)>

 防具を作るスキルと、武具を作るスキル。熟練度に応じて作れるものが増えていく。


 学者は<マテリアルサーチ>と<フィールドワーク>

 物資をサーチするスキルと、レシピや設計図を研究開発するスキル。熟練度に応じて見つけるもののレア度が上がっていく。

  

 賢者は<オムニッセント>のみ。

 クソスキル。通称スキルガチャ。

 これまでに覚えたことのないスキルツリーのスキルをランダムで覚える。

 賢者になる前に全てのスキルを覚えていた場合、どれでも好きなスキルをセットできる。


 賢者の職業レベルを50にした時に解放されるスキルはとても有用なのだが、ユーナはスキルレベルをあげる宛てが全くないので、それについては忘れることにする。

  

「女神の像があれば全部使えるはずだったんだよなぁ……!」


 ユーナは悔しかった。

 全部使えれば、間違いなくゲームの世界にいるというこの状況、イージーモードだったはずである。

 異端審問される危険性については置いといて。


 今ユーナが使えるのは、


 <マテリアルサーチ>

 <フィールドワーク>

 <オムニッセント>


 三つのツリーにあるスキルだけである。


 学者は賢者の一次職なのだ。

 だから、職業レベルと熟練度をカンストさえさせておけば、転職してもスキルツリーは使えるのである。

 というわけで、熟練度の溜まっている〈マテリアルサーチ〉の精度は高いし、〈フィールドワーク〉すればレア度の高いレシピや設計図を研究できるだろう。


「一番役に立ちそうなのは<マテリアルサーチ>か……レアアイテムでも見つけて売れば一攫千金……ミスリルとかレア度高そう……」


 しかしこの<マテリアルサーチ>というのは、町の中では使えないスキルだ。

 つまりフィールドに出なくてはならない。

 

 <フィールドワーク>というスキルツリーも、スキルの名前を見てわかる通り、このツリーから枝分かれしたスキルは全てフィールドでしか使えない。


 モンスターの出現する町の外に出なければ使えないという意味なのだ。


「むり……」


 己の身の安全を図るためにも、ユーナが自分で資金を稼ぐことができればいいのだが。

 まさか、モンスターを倒しに行くなんてとんでもない。

 ウルフと戦って勝てるか? と聞かれたら、勝てると思うとユーナは複雑な表情で答えるだろう。


 この世界へ来た夜、死ぬほどビビらされたウルフではあるけれど……。

 もしもユーナがゲームと同等のステータスを持っているのなら、あの時攻撃されても傷一つつかなかったと思う。


(この世界に来た日に、馬車が横転したことがあったなあ)


 ユーナは遠い目をした。

 ヤッコブというあの男は、何もかもユーナが悪い、ユーナにぶつかって馬車が横転した、全額賠償させると息巻いていた。

 ユーナは、完全な言いがかりだと思っていた。馬車がぶつかったわけがない、と。

 ぶつかったらそもそも自分が無傷なわけがないだろう、と反論した。

 常識人らしき兵士長イヴァールはそれで納得してくれた。


 しかしである。

 ゲームと同等のステータスをユーナが持っているのであれば、馬車がぶつかったくらいではユーナはびくともしないかもしれない。


 あの馬車は、実のところユーナに衝突していた可能性が出てきたのである。


(本気で私が悪かったパターンとか……想像もしていなかった……)


 確かにあの時、何かがぶつかったような、気はした。

 軽く、コツンと、何かが当たったような感じはあった。

 でもまさか、あれが馬車の衝撃だとは、普通の人間なら誰でも思うまい。

 

(イヴァールさんの信頼を裏切ったってこと……!? うわあもうやだ……バレないようにしなきゃ)


 イヴァールは、まさか優奈が馬に蹴られ馬車をぶつけられて無傷だとは思わなかったから信じてくれた。

 ……それだけ、ユーナの防御力と耐久力が高すぎたのだ。

 転生と転職を繰り返すと、ステータスを何パーセントか引き継ぎ、上乗せされ続ける。

 特にユーナは防御力と耐久力の上がりやすい職業を転々としてきたので、数字を正確には覚えていないのだが、馬車にぶつかったくらいで怪我をするようなステータスではない。多分。


(だってただの馬が引いてるだけの箱だもんね……)


 もしかしたらユーナは、気づかぬうちに人間をやめているかもしれない。

 ユーナがその気になれば、ウルフもワンパンなのかもしれない。

 ――そうだとしても、だ。


「ハエより大きい生き物は殺せないよぉ……!」


 たとえユーナが物理職をカンストさせていたとしても、モンスターを殺しに行くなんてとんでもないことである。

 ゲームの中ならともかく、リアル実写のグロ耐性は低い普通の女である。セミはもう無理。


「今できるのは――<オムニッセント>くらいかあ」


 ユーナは宿屋の中を見渡した。

 奥さんは買い物に行っている。

 ご主人は、レイミの見舞いに来たという少年に連れ添ってレイミの部屋に案内していた。

 

 五日も経っているのに症状はよくなるどころか平行線で、レイミは高い熱が出続けているらしい。

 これまで、治るまではと見舞いを頑なに断ってきた人のいいご主人が、昼過ぎに訪れた少年の見舞いを許した。

 ということは――レイミの状態は、とても悪いのかもしれない。

 最期の別れをさせてあげたいと思うくらいには。


 抗生物質などの概念のない世界なので、己の体力のみで病に打ち勝たないといけない。

 ユーナがもしも科学者に転職できたならば、何かができたかもしれないが。

 たとえば、ポーションを作ってあげたりだとか。ポーションで治るのかは知らないけれど。


 所詮はないものねだりである。

 今、町の中にいるユーナにできるのは、賢者のスキルを使うことくらいだ。

 十分にひと目がないのを確認し終えたところで、ユーナは満を持してそのスキルを唱えた。


「――オムニッセント」


 スキルが使えるかどうか、そもそも半信半疑だったユーナだが――次の瞬間、身体が淡く光った。

 そして頭の中にとあるスキルの名前が閃いた。


「ハッ……<フレンドモンスター(Aランク・水)>」


 閃いた直後、ユーナは真顔になった。

 魔術師(ソーサラー)という二次職の職業スキル、<フレンドモンスター>というスキルツリーのうちの一つである。

 大まかに言うと、モンスターとフレンドになれるというスキルだった。

 

 Aランク・水というと、水属性のドラゴンやクラーケンなどだろうか。

 プレイヤーがたくさん集まって戦う、レイド戦で主にお世話になるモンスターである。


 モンスターとフレンドになるためにはまず、当該モンスターを倒さなくてはならない。

 倒した後、確率で仲間になる、ことがある。


 Aランクモンスターを仲間にするスキルなんて、レアには違いない。

 しかし……ユーナは色んな意味で頭を抱えた。


「使えないよおおおおおおおおおおおおっ」

「うおっ、どうしたんだいユーナさん?」

「うるさくしてごめんなさい……」


 二階にあるレイミの部屋から降りてきたご主人が驚いた声をあげたので、ユーナは即座に謝った。

 ご主人はすぐに笑って許してくれた。

 でも、一緒に降りてきた少年は泣きはらした目でユーナを睨みつけた。

 見ない顔だ。ユーナがまだ寝ている朝早いうちに見舞いに来て、今までずっとレイミと共にいたようだ。


 少年は宿の扉を乱暴に開けて走り去っていった。

 レイミと仲がよかったのだろうか? 甘酸っぱい恋愛などをしていたのかもしれない。


 と、思いをはせることはできるけれども、レイミが病気になったのはユーナのせいではないので、あんな目で見られるのは心外である。

 むしろユーナは病気を伝染された方の立場である。何故か一晩寝たら治ったけれども。

 あれからぶり返す様子がないので、ユーナは本当に完治したのだろう。


 少年を見送ったご主人は「気を悪くしないでおくれよ」と言って微笑んだ。


「何があったのかは知らないが、元気を出しなよ、ユーナさん。もうすぐうちのも帰ってくるだろうから、そうしたら飯にしよう」

「はい……ありがとうございます」


 何の役にも立たない、使えない、クソみたいな人間だと自覚してしまったユーナは涙目だった。

 そんなユーナを見つめるご主人は優しい目をしている。


「礼を言われるようなことはしてないさ! さあて、掃除でもして待つかな。俺は暇人だから」

「私も暇人なので手伝います」

「ユーナさんは客人だろうが!」


 笑われつつも、ユーナも掃除を手伝った。今後もこの宿屋に居座れるよう願って。

 奥さんが買い物から帰ってきて台所に立つと、ユーナはこれも手伝った。

 夕飯は、他に客がいないので、ご夫妻と同じテーブルで食べる仲となっている。完全に家族の一員気取りである。


 今のユーナは家がない。

 ドラ子も根無し草だし、身を寄せる場所がどこにもないので、できる限りご夫妻とは友好関係を築いていたかった。


 食事の前に一度レイミの様子を見に行った奥さんは、涙を目に浮かべて戻ってきた。

 ユーナは快復して以来彼女の様子を見ていないのだが、あまり状態はよくないらしい。


「聖水を飲ませてみたら、少し良くなったように見えたんだけどね……」

「聖水、ですか?」

「そう、教会にお布施をするともらえる水だね。少しスピ病の症状が回復すると聞いたことがあるんだけれど、SPが回復するんじゃないかねえ」


 ゲームの時代でも、聖水というのは神殿で購入できるアイテムだった。

 ユーナが知る限り、主に呪い(カース)を解除するためのアイテムである。

 SPが回復できるというのは初耳だった。

 それに、邪神が祀られている教会で買った聖水にどれほどの効果があるかは疑問である。


「普通にSPが回復する薬とかじゃダメなんですか?」

「普通にとは言っても……そんなものがありゃいいけれど、ないからねえ」

「…………えっ? ないんですか?」


 二次職からしか作れないアイテムだったっけ? とユーナは迂闊な発言をしてしまったかと警戒した。

 だが、よく考えてみても、一次職である科学者なら作れるアイテムである。


「科学者なら作れませんでしたっけ?」

「科学者ギルドで作っているかもしれないけれど、たとえ作れたって、そういうのは高額だからね。とても庶民の手に入るもんじゃない」

「えーと、500ルピスくらいですよね?」

「そんな値段で手に入るわけがないだろう!?」


 奥さんは驚いたように叫んだ。ユーナはその言葉に驚いた。


「手に入らないんですか!?」

「そりゃあね。そもそも、魔法薬っていうのはめったに作れるもんじゃないって聞いたよ。僅かにわかっているレシピも、ぜーんぶ科学者ギルドが厳しく管理していて、厳しい試験を受けて、それに合格しないと、作り方すら教えてもらえないんだってさ!」

「そ、そうなんですか……」


 奥さんは苛々した調子で言う。

 滅多に作れないという言葉の意味はよくわからない。

 ただ、ゲームが現実となった今は、薬品を扱うのだから試験をするのは悪いこととは思えなかった。

 その試験が難しいのも、薬学部を受験すると思えば妥当なのではないだろうか?

 

 ご主人が奥さんの怒りの原因を補足した。


「今日、見舞いに来てくれたやつがいただろう? アウリって言うんだけどね。あの子も科学者で、一応科学者ギルドに加入したんだが、結局は借金だけ大量に背負わされて、科学者ギルドを放り出されて――結局何にも作れるようにならなかっていう話なんだよなあ」

「借金?」

「レシピを教えてもらうための試験を受けるのに、金がかかるんだよ。たとえそれに合格しても、レシピを教えてもらうために、更に金がかかるんだ。レシピを教えてもらっても、一端のモンが作れるようになるとは限らないのさ」


 科学者ギルドは随分と阿漕な商売をしているらしい。

 でも、ユーナの元いた世界でいう医者のような職業だとこの世界でされているのだとすれば、案外間違った制度でもないのかもしれない。

 医者になるには金がかかる。どこの世界でも同じなのかもしれない、とユーナは納得しかけたのだが。


「本当に正しいレシピを教えられているのか、そもそも疑問さ! この町の科学者ギルドのギルド長は、あのヤッコブ様なんだからね」

「ああっ、そうでしたっけ!?」

「おいおい、邪推はやめるんだ」


 奥さんはそもそもレシピがおかしいんじゃないかと疑っているらしい。

 そこを疑い出したら元も子もないけれど、ギルド長がヤッコブだと言われるとユーナも疑わしく思えてくる。

 あの傲慢な人間が、果たして平等に知識を分配するだろうか?

 

 けれど、ご主人は疑っていないようだった。

 奥さんも、知人の少年アウリを気の毒に思って憤っていただけだったようで「そうだね」とすぐ肩を落とした。


 ユーナも、アウリという少年がレシピを教えられても〈メイク〉が成功しなかった原因については予想がついた。

 レシピを知ってからが〈メイク〉の本番である。

 ユーナだって、初めて知ったレシピについては、百パーセントの確率では成功しない。

 失敗しながら、熟練度を溜めていくのだ。

 熟練度があがれば成功の確率もあがっていく。

 その中で成功すれば、更に熟練度が失敗の時の何倍もあがる。

 繰り返していくうちに、次第に百パーセントに近い確率で〈メイク〉が成功するようになっていく。


 その繰り返しの中で、熟練度があがるまで頑張れなかっただけという可能性が高い。

 ゲームなら熟練度が目に見えるからいいけれど、この世界ではステータスが見えないのだ。

 途中で諦めてしまうのも仕方のないことだ。

 ユーナの知る現実とは大体そういうものである。


「アウリが、眠るレイミに声をかけてくれたんだが……待っていろよ、と言っていたのが気にかかるんだよな。まさか、SP回復薬を作ろうとしていなきゃいいんだが……」

「作ってくれたら助かるんじゃないですか?」

「もしアウリが何かしらの魔法薬を作れる科学者なら、そもそも放逐されたりはしないさ。……魔法薬を作るには、薬草がいると聞いているよ。薬草は町の外に生えるんだ――」


 アウリ少年がどれぐらいのレベルなのかによるけれど、出てくるモンスターに対抗できるほど強いのだろうか?

 ユーナが見た限り、ほそっこい少年だった。

 しかしレベルやステータスの影響は見た目に現れないものであるらしいので、彼が低レベルとは限らない。


 魔法薬作成の練習をしていたとのことなので、〈メイク(薬)〉を習得しているのだろう。

 そうであれば、少なくとも職業レベルは50以上あるはずだ。じゃないとツリーが解放されない。

 ならば、ウルフぐらいなら大丈夫だろう。ユーナは大丈夫ではなかったけれど。


「――こんな季節だ。町の外に出ていないといいんだけどねえ」


 奥さんは、心配そうに呟いた。

 娘のレイミのためとはいえ、知人の少年に無理はしてほしくないのだろう。


 優しい夫妻の心配そうな顔が暖炉の火に火照る。

 レイミは助からないかもしれない。

 それが自然の摂理なら、仕方のないことだとユーナは思う。


 けれど、夫婦の優しげな表情を眺めていると、ユーナも自然と自分に何かできることはないだろうかと、ぼんやりと考えていた。

 


昔やったMMORPGに思いを馳せながら全然MMORPGではない大好きなゲームをかけあわせたシステムを脳内構築しているので、わかりにくかったらごめんなさい。

指摘ください、補足します。

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