邪神オード教
夢の中で寝て、夢の中で目が覚めてしまった。――そもそも恐らく、夢じゃない。
ユーナはドラ子に聞きたいことが山ほどあった。
しかし彼がユーナのミニフレであることが判明した今、ユーナには何よりも先にやらなければならない使命がある。
「――すみませんでしたっ!!!!」
ユーナは斜め四十五度のお辞儀をした。
未だに、ユーナたちの動向を固唾を呑んで見守っていたご夫妻に向かって。
その瞬間、慌てたのはドラ子だった。
「ユーナ!? どうして頭を下げるのですか!? あまりにも勿体ない!」
「うちのミニフレがご迷惑をかけたんだから、上司格である私が頭を下げない理由がないよね!?」
「貴女を隠し立てするのが悪いのです。こんな下賎の人間などに頭を下げなくてもよいではありませんか! 貴女の格が下がります」
ドラ子は堂々たる態度でそう宣った。
顔にはユーナのやっていることにも言っていることにも不満がありますとありありと描かれている。
謝る理由もその必要も、まったくわからないらしい。
ユーナは頭を下げながらドン引きした。
「うわ……マジかよ下賎な人間とか言い出したし……こわ……人間の端くれとして……ショック……」
「っ!? ユ、ユーナを下賎と言ったつもりはありません!」
「ご夫妻には謝るつもり皆無じゃん……私を私の大嫌いな人種にさせてくれるなよ……」
「大嫌いな、人種?」
ドラ子が、意味がわからないという顔をして小首を傾げる。
ユーナがこの世で最も大嫌いな人種とは、責任をとらない責任者である。
最もユーナを苦しめた人種だった。
ゲームの世界へに逃避できなければ、物理的にアイキャンフライしていたかもしれない。
たとえどんな世界にあろうとも、ユーナは同じような人間にだけはなりたくなかった。
「――というわけで! 誠に、心から申し訳ございません!! 私の! 教育がなっていないせいでございますッ!!」
「ユーナ様ァアア!? お、おやめください! 頭を上げてください!!!」
ジャパニーズ文化的謝罪、土下座を敢行したユーナを見て、ドラ子は絶叫した。
しかしユーナは構わず床に頭をこすりつけた。夫妻に対して謝罪する。
ドラ子はユーナの身体を力尽くで起こそうとしていた。
でも、ユーナはそれに抵抗することができた。
「私の教育がなっていないばかりに! 人の心も思いやれないような馬鹿に育ちまして!! 誠に! 全ては私の責任でございますッッッ!!!」
「おやめください地面から頭を離してください頼みます! やめてください!! ユーナ!! 私のせいでこんな……ッ! ――何でもしますから!!!!」
「ん?」
ユーナはひょいと顔をあげてドラ子を見上げた。
「今、何でもするって言ったよね?」
「い、言いました……元よりユーナが望むのであれば、私は何でも致しますが……」
いつの間にかドラ子は涙目になっている。
いや、涙目を通り越して若干泣いていた。
ユーナが頭を地面にこすりつけるのが、泣くほど嫌だったらしい。
昨晩、いきなり噛みつこうとしてきたにしては、忠誠心が高いようである。
むしろ忠誠心が高いから噛みつこうとしたのだろうか? 血を吸おうと??
「そーか、そーか……まあとりあえず、さっさとご夫妻に謝って!」
「あ、謝るとは言っても、一体何が悪かったのか……」
ドラ子は本気で戸惑っている様子だった。その様子にユーナも戸惑った。
「ええ……わかんないの? 悪いことしたでしょ?」
「ですが、脅したのも、彼らがユーナを隠したからであって」
「それってドラ子ちゃんにとっては手荒に脅してもいいと思えるほど悪いことなの?」
「ちゃんをつけるのはよしていただきたい!」
ドラ子が自分の名前について抗議してきたけれど、ユーナは聞き流した。
何やら認識の溝が深すぎる。相互理解が難しい。
自分のミニフレのはずなのに、半分ほど言葉が通じていない。
ユーナは薄ら寒いものを感じた。
その時、奥さんが口を開いて、控えめにユーナに声をかけてきた。
「あの、ユーナさん……私たちはもう大丈夫だから、謝ってもらわなくてもいいんだよ」
「ええっでも」
「俺も、もう平気だ。一瞬死ぬかと思ったが……長命種の方のおっしゃることに逆らった俺らが悪いのさ」
「……長命種?」
申し訳なさにまみれていたユーナだったが、謎の単語に疑問を感じて気が逸れた。
しかし夫妻はそんなユーナに特に気づかなかった様子で、お互い顔を見合わせて胸を撫で下ろしていた。
「そうそう、ユーナさんとどのようなご関係かはわからないけれど、仲がいいようでよかったよね。てっきり、ユーナさんを追っている副市長の手先かと思っちゃったわよねえ」
「俺もそう思ったよ。でも、その様子だとユーナさんの味方のようだ」
「よかったねえ、ユーナさん。病気も落ち着いたようだし、知り合いとも合流できて」
「天使かよ二人とも親切すぎ……」
ユーナたちは迷惑をかけた立場であるというのに、この善人ぶりである。
心が洗われ拝みたい気分だった。ユーナは目頭が熱くなってきた気がして指でそっと抑えた。
お二人の人生が光ばかりであることを願いたい。
「……では、お前たちはユーナを守るために、私にたてついていたということか?」
「まあな。だけどあなた方はお知り合い同士だったんだろう? 俺が身体張ったのは無駄だったなあ」
ドラ子の問いにご主人はからりと笑った。
暫し沈黙していたドラ子だったが、やがて未だ座り込んだままのご主人の下に膝をつくと頭を垂れた。
「ユーナを守っていただき、感謝する。身を挺した相手が私であったのは確かに誤りではあるが……私のような圧倒的強者を前にしても引かぬユーナへの献身を最大限評価しよう」
「なんでそんなに偉そうなの……」
ユーナは偉そうにしているドラ子を見て呆れていたが、ご夫妻は少しも変だと思わなかったらしい。
「長命種の方に評価していただけるとは光栄だなあ」
「本当ねえ」
変だと思うどころか、ドラ子に褒められて嬉しそうだった。
この世界にはまだまだユーナにはわからないことが多すぎる。
「……えーと、一応これで解決ということでいいのかな。ドラ子、二人で作戦会議をしたいんだけど……いい?」
自分のミニフレに対して何故お伺いを立てなければならないのか、と思う。
しかしそれと同時に、目の前のドラ子が自分の知るミニフレでないことも、ユーナは薄々理解できていた。
ゲームの中では、ミニフレはユーナの言う通りに、思うとおりに動いた。むしろユーナが動かしていた。基本的にはAIだけれども。
しかし、ここからはそうはならないだろう。
そんなユーナの懸念も余所に、ドラ子は従順に頷いた。
「勿論、ユーナの望むままに」
「そ、そう」
「部屋は余っているか? あれば一週間借よう」
「おおっ、ありがとうございます! 助かります……どの部屋も開いていますので、お好きな部屋にどうぞ」
ご主人が手を叩いて喜んだ。
好きな部屋を選んでいいということは、どの部屋も空いているということだろうか?
「もしかして、誰も泊まってないんですか?」
「そうなんだよ、ユーナさん。うちの娘が病気だし、一応泊まっていた方々には事情を説明して出てもらったんだ。だけど長命種の方は病気にならないし、ユーナさんもかかった後で症状が落ち着いているところだから、問題ないだろう」
損失も度外視で、他の人に迷惑をかけないように、宿を休業していたらしい。
いい人すぎない? いや、ある意味当たり前なのかもしれないけれど、ヤッコブを見た後だから落差で涙が溢れて目の前が見えない。
「それにしても、ユーナさんは元気にしているねえ。すっかり治っちまったみたいに見えるよ」
「あ、はい。私も治っているように思えます」
ユーナの身体は今どこも光っていないし、熱っぽさもない。
一晩寝て起きてすっきりさっぱりしてしまった。
ここから改めて症状が酷くなるとはとても思えない快調ぶりである。
「うちの娘も良くなっているといいんだけれどねえ。様子を見てくるよ」
「ああ、わかった。ユーナさんはもう看病もいらなそうだし、俺はユーナさんたちを部屋に案内しておくな」
「丁重に案内するんだよ、あんた」
快活に笑う奥さんに見送られて、ユーナたちは宿の一階にある一部屋を借りることとなった。
一階にある部屋に場所を変え、ドラ子と二人きりなったユーナ。
まずユーナは彼に対して要求した。
「それ以上近づかないでもらえるかな?」
「何故ですか!?」
「えっ……わからないかなあ?」
昨日の夜、二人きりになった部屋でいきなり噛まれかけたのはトラウマになってもおかしくない体験だった。
イケメンだからってやっていいことと悪いことがある。
「あ……ドラ子ちゃんだって思ったらイケメンだってこと忘れてたわ……」
「ちゃん付けはやめてください」
「はいはい」
ユーナは適当に返答をしながら己の迂闊さを呪った。
ドラ子はイケメンだし、見たところ性別は男である。
ミニフレだからとはいえ、理解の及ばない思考回路を持つ異性である。
密室に二人きりになるのはよくなかったかもしれない。
しかし、ユーナが確かめたいことは、ドラ子にしか聞けないような事柄だった。
余人に聞かれないほうが絶対にいいことでもある。
「……ドラ子は私の味方だよね?」
「勿論です。私はこれまで一度も家出をしたことのないミニフレですよ」
ドラ子は誇らしげに胸を張った。
『ファンタジーオブルルーフィア』のゲームの中には、ミニフレの家出イベントというものがあった。
懐いていないペットから順番に、これまでに訪れたことのある町のどこかに行ってしまうというもの。
大抵出奔先でアイテムか何かを手に入れて、プレイヤーが迎えに来るのを待っている。
ドラ子は一番懐いていたこともあり、一度も出奔したことがない。
懐いているミニフレの中でも一匹だけは、どんなに長期間ログインをしなくとも家出はしないのが仕様である。
さて、ドラ子はゲーム内でのことを覚えているらしい。
自らがミニフレであるという自覚もあるようだ。
ユーナの顔も見分けてみせたので、どうやらユーナの顔もゲーム時代と変わっていないように見えているらしい。
この顔で各種様々なアバター衣装を身に着けていたのだと思うと憤死ものだが、それは置いておくとして。
「この世界って――現実?」
「……そう尋ねられるということは、ユーナにとっては現実ではないということでしょうか?」
ドラ子は鋭い質問を返した。ユーナは答えあぐねた。
この世界はユーナにとってゲームだったのだと、果たして彼に言ってもいいものか?
ユーナが迷っているうちに――彼にとっては絶対に聞き出したいという深い質問でもなかったらしく――彼はあっさりと答えた。
「ここは間違いなく、我々の生きる世界ですよ、ユーナ」
「そっかあ。夢じゃないんだね」
この世界は現実で、夢ではないという。
……だとしたら、昨日のユーナはもの凄く馬鹿げた真似をしてしまったような気がする。
この町のナンバー2だという、副市長ヤッコブに喧嘩を売ったのだ。
(カルシウム足りてないんじゃない? 将来若ハゲ乙――とか思っていたけど、そんなこと考えてる場合じゃなかったんだね……)
危うくユーナは町から追い出されるところだった。
リアルにモンスターが出てくる森のすぐ側で、野宿しなくてはならなかったかもしれない。
その前にウルフに噛み殺されてさえいただろう。
ドラ子が何やら上手いこと言ってくれたおかげで、ユーナは町の中の、宿に泊まることができた。
けれど、あのヤッコブは、まだユーナが町の中にいることを知ればいい感情は抱かないだろう。
ユーナは夢だと思っていたから、ヤッコブに堂々と刃向かった。
町から追い出すと脅されても、はいはい夢から覚めれば関係ないけどね、なんて余裕綽々でいられたのだ。
夢ではないとすると、とてつもなく馬鹿なことをしてしまったとしか思えない。
権力者に喧嘩を売るなど、愚の骨頂である。
(……今後ヤッコブに遭遇した時のことを考えたら目眩がしてきた)
ユーナは、ひとまず考えないことにした。
とりあえず、市役所、商業ギルド、科学者ギルドは鬼門となった。
せっかくゲームの世界にやってきたのに、堪能するどころか既に出禁の場所ができてしまったのはどう考えても馬鹿の極み。
「夢なら覚めてほしい……」
「夢ではありませんよ。――まさか、そんなことがあっては困ります。せっかくユーナと再会できたのですから」
「再会? ドラ子的に、最後私と別れてからどれくらい経ってるの?」
ユーナとしては軽いジャブ的質問のつもりだったのだが、ドラ子の赤い瞳には闇が訪れた。
「ざっと千年」
「は!? せんねん!?」
「――辛く苦しい、昏迷の年月でした。ですが私が貴女を探し続けた日々はこうして報われたのです。女神に感謝しこそすれ、もはや呪うことはありません」
ドラ子の口から飛び出した年月があまりにも驚異的で、他にも色々と飛び出した興味深い単語について、ユーナはとりあえずスルーすることにした。
既に情報の奔流に心が置いて行かれそうになっている。
「はー、千年。千年なの。はあー? 私にとっては一日」
「一日ですか!?」
ドラ子は整った顔が崩れかけるほど驚いていた。
その後、「一日……一日……」と呆然とした様子で呟いていた。
嬉しいのか悲しいのか。ドラ子はユーナを探していたらしいので、嫌ではないはずだが、どちらにせよショックが大きすぎたらしい。
だが、本当にユーナにとっては一日でしかないのだから、仕方がない。
「千年かあ……ちょっと想像がつかないな」
2.5頭身ぐらいしかなかったはずのミニフレが、立派な青年に成長するわけである。
おじいちゃんになっていなくてはおかしいくらいの年月だ。
何故それほどまでに長い年月を、若々しい姿のまま生き続けているのかといえば――ドラ子ちゃんの場合は、ドラキュラだからだろうか? フレーバーが仕事をしているようである。
「聞きたいことが山ほどあるんだけど、質問していい?」
「あ……はい、お聞きいたします」
「えーと、ドラ子ちゃんの今の状態って、家出してる状態なんじゃないの?」
ユーナは何故かファンタジーオブルルーフィアの世界にいる。
昨日は夢だと思い込んでいたのでめちゃくちゃな行動をとってきた。
だが、ここが現実世界だとすれば話は変わってくる。
完全にヤバイ権力者を敵に回してしまったし、金がない。
どうしてこんなことになってしまったのか、わけがわからない……せめて金があればいいのに、ない。
ユーナが所持していた各種アイテムだって、一体どこに行ってしまったのだろうか。
こんな状況で頼れるのはユーナのミニフレを名乗るドラ子だけだ。
だが、ドラ子の今の状況が家出状態だとすると、ユーナへの懐き度に関わってくる。
ドラ子はユーナを探して旅をしていたと言った。
しかし、家出状態ではないミニフレは、そんなことはできないのだ。
ユーナのパーティに組み込まれているのであれば、ログインした時点でユーナがいる場所に一緒にいるだろう。
あるいはマイハウスというプライベートスペースにいるはずなのだ。
しかし彼は、ユーナが目覚めた時、側にいなかった。
それなのに、この町で偶然遭遇した。
本当に彼はユーナの味方なのか?
ユーナの不安はすぐに解消されることになる。
「家出ではありません!! ――口惜しくも、マイハウスにいることができなかったのです。弾き出されてしまいまして」
「弾き出された……」
「はい。世界からユーナを含む女神の旅人たちが消えてしまった、あの悪夢の夜に」
マイハウス。
ゲームのログイン画面に出てくる、プレイヤーの家のようなものだ。
このマイハウスはフォーランド村という場所にあることになっていて、ここから各地にある女神の神殿へとワープできる。
農民をやる場合は活動拠点となる場所だ。畑や農場はこの家の周りに作ることになる。
初期職業を農民にすると、MMORPGのはずなのに、しばらくは完全に別ゲーと化す。
箱庭作業ゲーに早変わりだ。
と、それは置いといて――恐らくドラ子が弾き出されたのは、サービスが終了した23時59分の出来事なのかもしれない。
「あれから、フォーランド村の近くは攻略難易度が段違いに上がってしまい、我々は近づくことすらできなくなってしまいました。そして、この世から全ての女神の旅人が去ってしまい、二度と戻らなかった。これまで旅人たちの恩恵を受けてきた産業は潰れ、人々は路頭に迷い、モンスターは栄え、世界は闇に覆われました」
ドラ子は低い声でおどろおどろしく語った。
とてつもなく壮大な話になってしまって、ユーナは話し半分で聞いていた。
(それこそMMORPGの導入みたいな話だな……)
呆けているユーナに気づかず、ドラ子は話を続けた。
「その中で、我々ミニフレは女神の旅人たちの捜索に尽力しましたが、甲斐なく、誰ひとり見つけることが叶わず今に至りました――私という幸運なミニフレを除いて」
濃紺の闇色に染まっていた目に輝きが戻ってくる。土気色にすら見えた肌に赤みがさした。
彼は口ほどにものを言う目で、眩しそうにユーナを見つめた。
「私は貴女を見つけることができた……ずっとお探ししていた甲斐が、ありました……!」
ドラ子は感極まった様子で声を震わせた。
しかし、ユーナとしては一日前の出来事なので、再会の喜び、といったものは感じない。
ただしこの世界に来た喜びならばある。
ユーナは男泣きしているドラ子を宥めた。
「まー、色々とわからないことはあるけど、よかったね。私もよかったよ。この世界に来れて。ずっと来たかったところではあるんだし」
マイハウスにも行けないと判明してしまった今、正直色々と懸念があるのは事実である。
何しろあそこには、ユーナの全財産のほとんどが存在している。マイハウスは倉庫でもあるのだ。
それにマイハウス周辺の広大な農地、課金で手に入れた牧場、動物たち。
金になりそうなものが、あそこにはたくさんあったのだ。
しかしそれを差し引いても、ユーナはこの世界を愛していた。
この世界で暮らしたいと願うほどに――現実に疲れていた。
ユーナが習得済みの数々の職業スキルを駆使すれば、完全安楽スローライフは約束されている、はずである。
軽い口ぶりで放たれたユーナの言葉に、ドラ子は異様な反応を示した。
「本当ですか? ユーナ。貴女は本当にこの世界に来たかった?」
「う、うん? 嘘を言ってどうするの」
「それでは、貴女が時おり我々を置いて、天界に去ってしまうことがありましたが――そちらにお戻りになりたいとは思わないのですか?」
「思わないね!!!!」
ユーナは力強く答えた。思わず拳を握りしめて力説した。
「二度と帰りたくないよね! ただ、この世界に来た理由もわからないから、その理由を突き止めないと気づいたらあちらに帰ってる、なんてことが起こってしまうかも……そんなことにならないよう、まずは私がこの世界に来た原因を突き止めよう!」
「……お戻りになるためではなく、二度と戻らないために、原因を調査せよ、というのですね」
何故かドラ子は疑り深い目をして言った。
その目は白目まで若干血走って赤くなっているように見える。
彼の異様な様子にユーナは若干引きながらも、心から頷いてみせた。
「そ、そうだね! 大事なことだよ」
「わかりました。私も全力でユーナだけがこの世界に来くることができた原因を調査致しましょう」
ドラ子は安心したように微笑んで請け合った。
――どうも、元の世界に帰るために調査を依頼していた場合、ドラ子が闇落ちしそうな気配を察知した。
ユーナは努めて気づかなかったことにした。
「貴女がこの世界に永遠に留まってくださるよう――このドラ子、全身全霊をもって励みますね」
「あ、あはは……頑張ろうね」
「ええ。お任せください」
ユーナの最初のミニフレ、ドラキュラのドラ子ちゃん。
若干恐いくらい忠誠心が限界突破しているようだった。
ユーナが対応を間違えなければ強力な仲間となってくれそうだった。
少なくとも、敵にはならなそうである。
「ところで、ドラ子の家はどこにあるの? お仕事は何を?」
「ユーナを探して世界中を旅しておりましたので家はなく、職業は冒険者を――」
「ああ……そう……」
ユーナが長年の夢であるヒモニートも夢ではないかもしれないと思って生き生きと尋ねると、ドラ子はさらさらと住所不定のフリーターだと答えた。
(冒険者って多分フリーターだよね?)
ユーナのテンションはあからさまにがた落ちした。
「何かご不興を買いましたでしょうか?」
ドラ子は不安そうに尋ねるが、ヒモになれなくて落ち込んでいるとはユーナも言えなかった。
今はゲーム時代の懐き度の名残で慕ってくれているかもしれない。
でも、これから先、本物のユーナを目の当たりにしていれば失望してもおかしくない。
この世界で一人で放り出されたら大変だ。まずは、来る冬を町の中で越したかった。
「それじゃ、まずは神殿に行かなきゃなー」
「神殿、ですか?」
「うん。案内してくれる?」
「かしこまりました。神殿というのは今はなく、あるのは教会くらいですが」
ドラ子は特に理由も聞かずに頷いた。神殿でも教会でも、ユーナとしては呼び方は何でもよかった。
ユーナが用があるのは女神の像。女神の神殿にある女神の像の前では、転職ができるのだ。
初めて転職する場合は、普通、課金アイテムが必要だ。
けれど、これまでに転職してレベルを一定まであげたことのある職業ならば、それ以上のアイテムは必要ない。
ユーナは賢者から商人になるつもりだ。
今は何より金が欲しかった。
(学者からの賢者系列の職業だと、受けられるイベントのほぼすべてに金がかかるからな~)
学者、賢者は儲からないので、すぐにでも賢者をやめてしまいたい。
パッと稼ぎたいなら商人が一番である。ユーナがカンスト済みの職業の中では。
科学者か錬金術師になって、アイテムを作ってちまちまNPCに売るという方法もあるけれど、あまり効率的ではない。
ドラ子がどれぐらいの財産を持っているのか……気にはなる。
しかし、ほぼ初対面の人に全財産がどれぐらいあるのか聞けるほどユーナは厚顔無恥でもなかった。
ほぼ初対面の人のヒモになれるかな? という期待は抱いたけれど……それはあくまでまだ見ぬ未来への希望だったので。
「ユーナさん、どこかへ出かけるんですか?」
ユーナたちが部屋から出てくると、ご主人が声をかけてきた。
ドラ子がすかさず応える。
「ああ、教会へ行く」
「ならうちの家内も一緒に連れていってもらえないかねえ」
「いいですけど……どうしたんですか?」
奥さんは、入り口近くの椅子に座って、机に項垂れて肩を震わせている。泣いているようだった。
「うちの娘の具合がよくないようで……ユーナさんがすっかり良くなっているみたいだったから、きっとすぐによくなるとは思うんだがな!」
ご主人は笑ってみせるが、空元気だとわかった。
レイミは朝見た限り、確かに具合はよくなさそうに見えた。
朝のレイミは、昨晩のユーナのように全身青白い光に染まっていた。
あそこからどういう具合に症状が進んでいるのかはわからない。
が、あまりいい状況でないことはわかる。
(私も、本当に病気が治っているのやら……治っているならいいんだけれど……治ってなかったらどうしよう……)
夢の中なら、変な夢を見ているな、で済ませられるけれど。
異世界で未知の病原菌に感染するとか悪夢以外の何ものでもない。
ユーナの場合は一度寝て目が覚めて、この世界が現実だと気づいた時点ではすっかり光も収まっていた。
治っているように見えるから、今のユーナは落ち着いていられる。
けれど――現実だと気づいていたら、無理である。
食事なんてきっと喉を通らないだろう。
病気がぶり返すなんてことにならないよう、ひたすら祈ることしかできない。
「困ったことにこいつはしくしく泣き続けているんでな……これじゃ看病されるレイミも気が滅入る。教会でお祈りしてくれば少しは気が休まるだろう」
「わかりました……一緒に行きましょう?」
「おおっ、ありがとうユーナさん。ほら、お前、神様にレイミの快癒を祈ってこい。十分なお布施を納めればきっと神様は聞いてくれるよ。店もレイミも、俺が見ているから」
優しい旦那さんに促され、奥さんは涙を拭きながら急いで支度をした。
そして、奥さんはご主人から布の包みを受け取っていた。お布施用のお金らしい。
ユーナも、自分のお金があるのならお布施をして祈りたかった。
病気になりませんように、と。もうなってしまった後だけれども。
ユーナは夫妻の心温まるやり取りを前に、大変申し訳ないと思いながらも、断らなくてはならないことがあった。
「あの、行きにどこかで朝ごはんを食べてもいいですか? お腹が減っていて……」
「あはは、ユーナさんは元気だねえ」
奥さんは何故か笑顔を取り戻した。
どうやら娘と同じ病気にかかったはずのユーナがもう元気でいるのが嬉しいらしい。
そこで妬まないのが善人クオリティ。
当然のようにドラ子におごってもらうつもりでいるユーナだったが、こういうことには涙腺を刺激された。
「きっとレイミさんは治りますよ! ねっ、ドラ子!!」
「さあ、私はスピ病から快復した人間を見たことがありませんが……」
「なんてこと言うの!! 私がいるでしょ!」
「確かに貴女はどうして治ったのでしょう? いえ、治ったのは喜ばしいことなのですが……?」
ドラ子の言葉はユーナにも刺さった。
ユーナはもう自分が完全治癒したものだと考えたいのだ。余計なことを言わないでほしい。
ユーナとドラ子、奥さんの三人で宿を出て、ドラ子の案内で教会に向かう道すがら、ユーナは己の快癒の原因について考察した。
「多分、私の耐久力が高いからかな……?」
「耐久力? ってのは、なんなんだい?」
「あ、えっと」
同道していた奥さんが食いついた。
当然、娘の病気の治癒に関わることなので、気になるだろう。
しかしゲームについて知らないであろうNPC――と言うべきではないかもしれないが、そんな人に対してどんな風に説明をするべきかユーナは首をひねった。
「え~っと、スキル、はわかりますか? スキルを使う時に、減るもののことで――」
「ああ、SPかい」
「あっ通じるんだ!?」
どうやらこの世界ではHPやMPという単語も通じそうである。
「えっとそれですね。SPはスキルポイントじゃないですか? それは、スキルを使った時に身体がどの程度までなら耐えられるかっていう耐久力じゃないですか?」
「そうなのかい?」
「え? ああそれは通じないのか……」
ファンタジーオブルルーフィアにおいてはそうなっていた。
防御力と関連した要素で、SPが減った状態だと防御力にマイナス補正がかかったりする。
「えーとそれで、私はめちゃくちゃSPが多いので……」
「へえ……よくわからないけれど、すごそうだねえ」
「まあ、そうなんです」
生産職は物理職や魔法職より初期からSPの総量が多いし、伸び率も高いのだ。
ワールドクエストの最前線攻略組と比べても、SPだけなら負けていなかった。
「レイミのSPがどれぐらいあるかはわからないけれど、治るかねえ」
奥さんの気弱な言葉に何か返そうとしたユーナだったが、自分の腹の音が邪魔をした。
大通りを歩いていたら、美味しそうな肉の匂いを漂わせている串焼き屋があったのだ。
自分の身体が健康なのは、この上なく嬉しい。
けれど今この時に鳴らなくてもよかったのでは?
腹を押えて無言になったユーナを見て奥さんはまた笑った。
「あはは、朝から肉とは豪勢だねえ。どれ、あたしが買ってあげようかい」
「い、いえいえ! 大丈夫ですよ! お金ならドラ子が持っていると思いますし!」
「ええそうです。ユーナの口に入るものは私が購入しなければ。――店主、串焼きを二本」
「へい! まいど。10エインだよ」
エインというのは通貨の単位の一つらしい。ユーナが知っているゲーム内通貨はルピスだけである。
千年も経てば神殿は教会にもなるだろうし、通貨の単位も変わるだろうか。
意気揚々と革袋を出して、ドラ子は中から赤銅色のコインを十枚出して屋台のおじさんに渡した。
見た目は十円のようだった。銅貨のようだ。
しかし購入したのは二本である。ここには三人いるのに、どのように分けるつもりなのだろうか。
「ユーナ、二本食べますか? 貴女が食べないなら私が食べますが」
「ここには三人いるのに二人で食べるの????」
「いいんだよ、ユーナさん。あたしはなんにも喉を通らないだろうから。肉なんて尚更だよ」
奥さんは笑顔で遠慮している。
しかしその笑顔は痛々しい。
ユーナは決意した。この二本、全て自分で食べてやろうと。特に意味はないけれど。
ドラ子の手から二本の串を受け取った。串は割りばしのように太く、長かった。
刺された肉も豪快な大きさだった。食べやすいように配慮して切られているわけではないようだった。
(そして何の肉かもわからないけれど……ま! 気にしても仕方ないよね!)
かぶりつくと、固かった。しかし顎に力を入れて前歯で噛みつくと、割くようにして肉がそぎ取れた。それを噛みしめると、少しパサパサとした、塩辛い肉だった。
変な臭みもなく、まずくはない。
もう一口かじった。すると奥の方から肉汁が少量溢れてきた。
その汁ごと、噛みちぎった肉を口の中で咀嚼すると中々美味しかった。ただしとても塩辛くて喉が渇いてくる。
「おじさんこれ、何の肉です? 鶏肉?」
「兎だよ。ホーンラビット!」
「うわっ、モンスターじゃん!」
「モンスターで何が悪い? 美味いだろう?」
そういえば、モンスターが鶏肉や豚肉を落としたりすることはよくあった。
たまたまモンスターが持っていたのかと思いきや、モンスターの肉のことだったのかもしれない。
(持ってる肉を落とすっていうのも嫌だしね……食べかけ? ってことになるじゃん)
ユーナは無心で肉を噛みしめながら、ゲームが現実になることで気になってくる些細なポイントに思いをはせた。
思いをはせていたら、手元の二本の串焼き肉はあっという間になくなった。
朝からこの量が食べられるということは、ユーナ的には相当調子がいい証拠である。
それに、気づいたら目的地らしい場所についていた。
公園のような広い広場に荘厳な白い建物、中央の塔の上には大きな鐘が下げられていた。
昨晩、閉門の時間に鳴っていたのはあの鐘だろう。
まだ口の中に肉の残りを詰めたまま、もごもごしていたユーナに、ドラ子は微笑んで言った。
「ここがオード教の教会ですよ、ユーナ」
「ごほっ!?」
「大丈夫ですかユーナ!?」
何故大丈夫だと思われているのかがわからない。ユーナは気道に入った肉と格闘するはめになった。
ドラ子と奥さんがそろってユーナの背中を撫でてくれる。
気道の肉を吐き出して、やっと頬に詰めた肉を飲み込んで、人心地がついたところでユーナはドラ子に猛抗議しようとした。
邪神オード。
それは女神ルルーフィアと対立している邪神だ。
女神の旅人と呼ばれるプレイヤーにとって、最終的に倒すべきラスボスとされている。
ワールドクエスト攻略組からの情報によると、この世界に邪神を蘇らせようという勢力があるらしい。
女神の旅人であるプレイヤーが世界各地で対立しているのは、そういった勢力であったという。
ドラ子は何を考えてユーナを邪神オードと関連があるとしか思えない施設に案内したのか?
「教会へようこそ。どのようなご用件でいらっしゃいますか、ドラコ様」
「ああ、用があるのは私ではないのだが――」
ユーナは口を噤んでいた。
オード教の信徒であるらしい、聖職者らしさのある衣装を着ている男性が近づいてきたのだ。
彼の前でオード教を批判するようなことを言うべきではないだろう。
それにしても、ドラ子がその聖職者の男性と知り合いらしいのが気にかかる。
「お布施をしたいのですが、いいですか? 娘の快癒を願って」
「ご病気ですか? お可哀想に……オード様にお祈りすればきっと聞き届けていただけるでしょう」
奥さんがお布施のために聖職者に連れられていくのを見届けてから、ユーナはドラ子を捕まえて小声で尋ねた。
「オード教って、あの人思いきり言ってるんだけど……邪神オードと関係ある? もしかしてない?」
全てユーナの勘違いなのかもしれない。
名前がオード教というだけで、その実態は女神ルルーフィア信仰なのではないだろうか?
そんなユーナの楽観的な予想はすぐに否定された。
「いえ、邪神オードを信仰し復活を祈願する宗教ですね」
「やっぱりねえ!? よくそんなとこに私を連れてきたね!?」
「しかし、用があるのはユーナでは?」
「私は女神の神殿で転職したかっただけだよ!? ここで転職できるのかな!?」
「ああ――それは難しいかもしれません。私はここ数百年、転職した人間を見たことがありませんので」
ドラ子が特に大した感情も込めずに、淡々と発したその言葉に、ユーナは悪寒を感じて身を震わせた。
彼は本当に、なんてことない様子で言ってのけた。
それを言った自分が、ユーナにどんな目で見られているのか理解できていないようだった。
「……こわ。何それ。ちょっと待って」
「はあ、そうおっしゃるのならいくらでも待ちますが」
「いや、やっぱりはっきりすぐにでも、状況を理解したい」
「何を知りたいのでしょうか?」
「……この世界で二次職の人って、どれぐらいいる?」
「いませんね。ユーナ以外は」
ドラ子は断言した。どうしてそうだとわかるのか? きっと彼なりの根拠があるのだろう。
冷たい風が音を立てて広場を吹き抜けていく。寒くて寒くて仕方がなかった。
震えるユーナに気づいたドラ子は、自分が身にまとっていた外套を脱いでユーナの肩に着せた。その外套は温かい。
「ユーナは転職したかったのですね……ですが、それは難しいと思います。あれには女神の像が必要でしたよね?」
「そうだと思う、けど」
「女神の像は我々ミニフレが残らず叩き壊してしまいましたので、転職したければ、女神の像を使う以外の方法でなければなりませんね」
「た、叩き壊した?」
なんで、という言葉がユーナから出てくる前に、ドラ子は暗い目をして微笑んだ。
「――私たちから慕わしい旅人を奪った、呪わしい女神の像ですから。悪夢の日以降、初めの頃はまだ、女神の像に縋り、泣いて祈ってみもしましたが……女神は我々の願いを遂に聞き入れなかったのです」
ですから、とドラ子は甘ったるい口調で棄教の経緯をなぞっていった。
「我々はオードに祈ることにしたのです。女神が聞き入れてくれなくとも、オードなら、もしかしたら……と。今はまだ無理でも、オードを復活させ、その力が十全なものとなったならば、邪神オードは我々の願いを叶えてくれるかもしれないではないですか?」
プレイヤーの帰還という僅かな希望に縋って、ドラ子は、そして他のミニフレたちも、真剣に邪神オードを信仰しているという。
「女神ルルーフィアには期待できませんからね――今では、あの女神を信仰する者は異教徒ですよ、ユーナ。見つかり次第直ちに異端審問にかけられるのです」
そう言ってドラ子はにっこり笑った。
邪神を信仰する狂信者の微笑みである。ユーナは泣きたかった。
彼らミニフレは、千年もの長い時間をかけて、世界中から女神ルルーフィア教を駆逐したらしい。
千年後の世界は完全に世紀末だった。
「運営だって、好きで私たちをこの世界から引きはがしたわけじゃないのに……!」
ただ採算が取れなくなったのだろう。
正直、色んな要素を詰め込みすぎてMMORPGとしてはバランスの悪さが目立つ印象だった。
「……そうだったのですか」
「そうだったんだよ。そりゃ、できるなら永遠に続けていきたかったと思うよ?」
このゲームが金のなる木であったなら、運営元だって死んでも続けていただろう。
だが、そこまでの収益のあがるゲームではなかったのだ。ユーナたちの課金力が弱かった。
「ええっと、オード教ってこの世界にどれぐらい勢力があるのかな?」
「世界全土ですね」
「死ぬかも」
「どうしてですか?」
何故ドラ子が理解できないのか、ユーナには理解不能である。
「私、女神の旅人だよ? ルルーフィアがオードを倒すためにこの世界に送り込んでるっていう存在だよ? 邪神オードがそれを知ったらどう思うかな? 見逃してくれるかな? この世の全信者に働きかけて殺そうとしてこないかな????」
「オード教を今すぐ潰しましょう」
「ステイステイステイ!」
剣の柄に手を置いて教会に向かいかけたドラ子をユーナは必死に引き留めた。
準備もなしで手向かって勝てる相手ではないのは、ユーナも多少ワールドクエストを進めたことがあるのでちょっとはわかる。
「ドラ子ちゃんのAIどうなってるの? 常時がんがんいこうぜなの? やめて。いのちをだいじにで行こう?」
「えーあいとは? あとちゃんをやめていただけると嬉しいのですが」
ユーナは、この世にオード教を広めたミニフレの一人であるらしいドラ子を罰するために、無言を貫いた。
……主人であるプレイヤーを失ったミニフレたちの心の支えが、オード教のようである。
祈っても、女神ルルーフィアは答えてくれなかったから――ならば邪神オードなら?
そう考えたミニフレたちは、絶望の時を引き延ばすためにオード教を作り縋った。
もしかしたら、オードが復活したら、プレイヤーたちを取り戻してくれるかもしれないと考えて。
普通に考えて、邪神オードは自分の敵となるプレイヤーを連れてきたりはしないと思うのだけれど――ミニフレの中には、世界が危機に陥れば、プレイヤーが再びやってくるかもしれないとでも思った子もいたのかもしれない。
ミニフレたちがオード教を立ち上げ、数百年。
今は人間が主流となって、邪神を信仰しているとは露ほど思わず心を寄せているようだ。
お布施をして帰ってきた奥さんの顔は、少しだけ晴れやかになっていた。
邪神である邪神オードの悍ましい姿を少し知っているユーナは、その笑顔の温かさに泣きたくなった。
泣きたい理由は他にもある。
(スキルがあるからこの世界でもなんとかやっていけると思ったのに、どうしよう……!)
明日からどうやって生活してばいいのか。
ユーナが今ついている、賢者のスキルはクソなのに。