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ラストエリクサーさん

 ……竜は敵、とも言いきれないのかもしれない。


 もう既にかなり夜遅い時間だと思うのだけれど、竜の巣は騒がしい。

 ユーナはグルトの住まいだという人間くらいのサイズの存在が暮らすのに丁度よさそうな小屋の寝藁に横たわって天井を見つめていた。


 寝たいと思うのだが、煩くて眠れないのだ。

 それ以外にもちくちくする寝床や嗅ぎ慣れない匂いやら食べさせられた謎の料理の正体が気になるやらあれやこれやと理由はあるのだが。


『ドラゴンマスター、お考え直しください!』

『そうだ! そうだ!』

『女神の旅人は我らより強いのでしょう? でしたら歓迎こそすれ叩き出すなど言語道断!』

『言語道断! 言語道断!』


 グルトの元気な抗議活動が夜闇に響く。

 仲間も結構たくさんいるらしい。

 グルトを中心に集まった竜たちがユーナのためにドラゴンマスターの決定に異を唱えてくれている。


「竜は強者の味方ですからね。ドラゴンマスターのあのような理不尽な発言が認められるわけがありません」

「ドラ子も寝れないの?」


 同じ家の中の間仕切りされた隣の部屋からドラ子の声が聞こえた。


「私はいつでも眠れるし、眠らずともいられます。最近は寝ない日の方が多いですね。何しろ眠ることで絶望を忘れる必要がなくなりましたので」

「ミニフレって難儀だね……飼い主なんか、いない方が自由だろうに」

「その自由を求めたことなどありませんので」

「まあドラ子は結構自由に生きているみたいだからあんまり心配もいらないかもしれないけど」

「……」


 謎の沈黙で応えたドラ子のいる部屋を見ながら、ユーナは言った。


「あのね、ドラ子。ミニフレ討伐依頼を受けたけれど、基本的には、話し合いだから」

「……それは」

「話し合いから始めるから、よろしくね」

「ですが、御身に危険が」

「あってもいい。仕方ない。でも死なないようにちゃんと逃げるし、戦うよ」

「どうしてそこまでミニフレなどのことを気にかけるのですか」

「もしもここにいる女神の旅人が私じゃなくて、暴れて封印されたのがドラ子だったとして……私なら、話し合いもせずにドラ子を退治してほしくないから、かな?」

「私のため……ということですか」

「ドラ子ちゃんのためというかなんというか」

「……そう言われては、止められない」


 悩ましい溜め息を吐くドラ子のことを思うからこそミニフレとの対話を望むのは、確かだ。

 リキュースの町外れの社で封印されているミニフレだって、誰かが大切にしていたミニフレなのだ。まあ、大切にしていなかった可能性もあるけれど。


(大事にできるだけはしたいじゃない?)


 ユーナであれば、そうしてほしかった。

 勿論やむを得ない場合はもうやむを得ない。


「ユーナ、貴女に黙っていたことがあります。実は――」

「待ってドラ子。静かに。……物音がした」


 何か言いさしていたドラ子には悪いけれど、黙ってもらって耳をすませた。

 物音は、すぐにユーナの気のせいではないと知れた。

 ユーナに気づかれたことを先方も察し、それ故に足音を忍ぼうともせず近づいてきた。

 一応普段着のまま寝藁に横になっていたユーナはそのまま身体を起こした。

 隣からドラ子もやってくる。


 ユーナがランプに火を入れていると、音の主はぬっと家の中へ入ってきた。


「……盗んだバイクで走り出す?」

「なんですかそれは?」


 ドラ子に聞かれるが、言葉のままだ。それはユーナがその不審者を見た感想だった。

 一言で言えば昭和のヤンキー的な見た目の青年だった。

 リーゼントのごとく逆立つ髪の毛は、青い。


「――昼間はナマ言ってすみまっせんでしたぁッ!!」


 彼は気合いの入った土下座でユーナたちの度肝を抜いて自分のペースに巻き込む作戦に出た。


「やっぱり君は、いや、あなたは……?」

「あなたなんてそんな丁寧な扱いしなくて全然平気っす。マジで勘弁してください本当に許してくださいマジで俺もうドラゴンマスターなんで巣のみんなを守らないといけないんで俺のタマなら差し出すんで!」

「やっぱりドラゴンマスター……昔プリンスだったよね? 世襲したのかな?」

「そうです気に入らねえなら巣のみんなの命だけはお助けくださいお願いしまっす」

「あのうなんで語尾に命乞いをつけるの」

「女神の旅人にとって俺たち竜なんて素材っしょ……?」

 

 昭和のヤンキー風の人間の姿をとっている若きドラゴンマスターは涙目をして言う。

 確かにそれを否定することはユーナにはできない。


「グルトたちの手前しゃしゃりましたすみません俺以外のやつらの命は勘弁してください……でもあいつらわかってねえんですよ俺たち竜ってハンパに強いですから……調子乗ってんですよすみません後で焼き入れときますんで……あいつら女神の旅人なら自分たち竜と同等、とかふざけたことぬかしてますけど、実際のところ俺たち対等どころか鱗が落ちたらゴミ素材って言われる程度の存在だってわかってねえんですわ――」

「あ、あのうドラゴンマスターさん?」

「マジ仲良しこよしになったりしたら身の程知らずのクソガキどもが毎日女神の旅人相手に命がけの決闘挑むに決まってますんで――そうしたらもう千年前の繰り返しじゃないっすか? ようやく手に入れた今の平和が? せっかくミニフレンドの方々は俺たちに対して興味を失ってくれているのに!!」

「あー、苦労しているんだねえ」

「でも身分証については俺が適当に裏書きかくんでそれで許してくださいすみませんでも今後竜の巣にマジで関わってほしくないので上納金あげますんで勘当したことにさせてください」


 グルトたちの様子を見るに、竜というのは誇り高い生き物らしかった。

 その誇り高い生き物の頂点にたつドラゴンマスターが、仲間の竜のためにユーナに対して頭を下げているのである。

 ユーナの顔は引きつった。どこまで恐がられているのだろうと。

 しかし心当たりについては山ほど存在するので責められない。

 ゲームに出てくるmobに対するプレイヤーの所業って大抵どんなんでも鬼畜になるよね?


「それじゃ一応、おたくが女神の旅人である証拠が知りたいんで、ホント無礼で申し訳ないんですけれども一応の一応確認だけさせてくださいマジ気に入らねえとは思いますがすんませんすんませんすんません」

「大丈夫大丈夫わかったわかった」

「それじゃ、俺が別名なんて呼ばれていたかはご存じですか? ちなみに俺が女神の旅人の執拗に狙われた原因でもあります」

「ラストエリクサーさん」

「ヒイイイイイイイイイイイイイイイ」


 ドラゴンマスターは腹を押さえてすすり泣きながら頽れた。

 ユーナは身体をのけぞらせ、ドラ子でさえドン引きした顔で見下ろした。


「す、すみません俺が言わせたのに……でも俺その名前で呼ばれると、もう、肝が痛くて痛くて」

「ちなみに私今その、ラストエリクサーをできるのであれば手に入れたいんだけれども」


 ドラゴンマスターは目に涙を浮かべ切ない表情を浮かべた。


「で、でしたら上納金に俺の生き肝をえぐり出して加えておきますね……この肝を精製するとラストエリクサーになるらしいんで……へへっ」

「やっぱ今のなし」

「いえ……いいんですよ……仲間を、ダチを守るためっすから……!」

「人様の生き肝えぐり出して薬を作ってもうちのアウリが喜んでくれないから!」

「アウリ、アウリ様っすね。わかりましたっす。俺の生き肝より上位の存在。覚えときます」

「ステイステイ」


 数時間に及ぶカバディの末なんとか思い詰めたドラゴンマスターの生き肝を守り抜くことに成功した。グルトたちが抗議を終えて帰ってきたので、ドラゴンマスターはそそくさと逃げ出すように消えたのだ。

 

 まさかラストエリクサーが彼の生き肝謹製だとは夢にも思わなかったユーナである。

 目の前にこうして生きているということは生き肝を抜いてもとりあえず生きていられるのだろう。別に死ぬわけではないのだから、もらっておけばよいのでは? 

 そんな悪魔の囁きがなかったとは、ユーナは言わない。


「でもやっぱりアウリが喜ばないよな~。うちのアウリは良い子だからね!」


 ユーナの独り言を陰で聞いていたドラゴンマスターは、アウリなる存在の優しさに感謝の涙を流した。

 

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