青い竜王
『もっと驚かれるかと思ったのですが、冷静ですね、ユーナさん』
グルトは着る服がないため竜の姿で同行していた。
彼の翼は緩やかに動いている。だが、浮力は翼によってではなく魔力によって得ているらしい。ふよふよとユーナたちと共に並んで浮かぶ巨体が視界に入ると、ユーナとしても一応ぎょっとさせられる。
「色々驚いてはいますよ? 変身できるっていうのも、人間の姿をとるのも驚きで……ドラゴンマスターは人間なんて下等生物っ! みたいなことを言っていたのに」
ミニフレンドであるドラ子は成長していたし、邪教が人間の主要宗教となっていたしで、意外なことには慣れっこになりつつあった。前者二つに比べれば、竜などはユーナにとって素材mob程度の認識で、取るに足らない存在だ。
気になる点があるとすれば今後、竜系の素材をどうやって調達したら良いのか? である。
「前のドラゴンマスターは女神の旅人の不在を喜ぶ不届き者でしたので、我々ミニフレが一丸となって退治致しました」
『僕は比較的若い竜なので、前のマスターの時代のことは知らないんですよね。今の竜とミニフレンドの方々との関係は良好ですからご安心を。まあ勝てないから従っているだけとも言いますが』
グルトは笑えないことを笑いながら言いつつ何度目かの分かれ道を迷うことなく選んで進んでいく。
切り立った崖の間の路を進んでいくと、やがて視界が開けた。
「……わあ、竜の巣だ」
険峻な山や崖に囲われた、巨大なカルデラの窪地だった。
ユーナたちがいる場所からはその窪地を一望できた。竜は岩場や裂け目に巣材を使って巣を作っていた。崖に沿って階段状に場所をずらしながら、下の方までいくつもの巣が作られている。これを辿っていけば最下層の地熱で温められる竜の卵や育成される雛たちの姿が見られるのだろう。
かつてユーナがゲームで見た竜の巣とよく似て、美しかった。
『ユーナさんは女神の旅人ですから、昔の巣のことを知っているんですよね? 昔の巣に似せて作られているそうなんですけれど、本当に似ているんですか? 僕はこちらに移ってきてから生まれたので知らないんですよ』
「やっぱり場所が違うなと思ったんです。でも似ていますよ。とてもよく……どうして移転したんですか?」
『東の大陸? というのがかつてはあったと聞いています。そちらに竜の巣があったと。でもその大陸、沈んでしまったんですよ。だから竜の巣も移動したらしいです』
「おおっと思った以上に大事だった。待って。やばい! 私のマイハウスがある場所はどうなった!? 始まりの町フォーランドって、あの、大陸の中央にあるって言われていた場所なんですけど……!」
『さあ……僕は若い竜なので昔のことは詳しくありません。申し訳ありません』
「ユーナ、それが私たちにもわからないのです」
「ど、ドラ子……!? これは重大な問題だよ? だって、あの、賢者のスキルのターンハウスはお家に帰る力なんだからね!?」
ユーナ最近、レベル上げをしている。
恐らくもうそろそろレベルが50になるだろうという手応えがあった。
レベルが50になればターンハウスというスキルが解禁される。
これがあればユーナがゲーム時代に集めたアイテムがもしかしたら残っているかもしれない、倉庫のあるマイハウスという場所に行くことができるかもしれない。
しかし、もしもマイハウスが海の中に沈んでいたならば、水の中にいる、という自体に陥るだろう。水の深さによっては致命である。
土の中にいる、という自体になるともはやほとんど即死だろう。
「恐らくは、東にある大森林の中にフォーランドがあるだろう、とミニフレの間では言われています」
「恐らくって何……」
「出現するモンスターのレベルが非常に高いためか、未だ攻略できていないのです」
「ドラ子のレベルってカンストしているよね? それなのに?」
「はい。……何か超常的な力が働いている可能性が高いとも言われています。何人たりともフォーランドの地を侵せぬよう、女神ルルーフィアが結界を敷いていると。故に逆説的に、そこにフォーランドがあるのだろうと言われているのです。女神の旅人たちが帰って来る場所を、守るために――」
そう信じられている、という段階の話であり、実際にどうなのかは誰にも解明できていないようだ。
「なんで東の大陸は海に沈んじゃったのかなあ」
「女神の旅人が消えた後にミニフレンドの間で大戦争が起きまして……」
「おまえたちのせいか!?」
「面目ありません。まさか沈んでしまうとは思わず」
怪獣大戦争によって大地を焦土に変えるどころか消滅させた根源的原因の一つは恥じ入るように頬を染めた。ユーナは規模の違いに溜め息しか出てこなかった。
「……もうどうしようもないことについては考えないことにしよう。きっと巻き込まれた犠牲者の方々もとっくにお亡くなりになっていることだろうし」
「千年前ですからね」
『今のドラゴンマスターも、女神の旅人の時代を生きて来られた方ですので、もしかしたらユーナさんもご存じかもしれません』
「そうかもね」
かつては竜を素材としか見ていなかったので、お互いに知っていたとしたらかなり気まずい関係となるだろう。
『それではご案内致します――我らのドラゴンマスターのいましますところへ』
宙に浮かぶように作られたいくつかの巣を通る。
竜たちはユーナたちを物珍しそうに遠巻きに見やるだけで、特に慌てた様子はなく落ち着いていた。いきなり飛びかかられて襲われる心配はないらしいと改めて実感する。
「てっきり恨まれているかとも思っていたんだけれど……あ、私が女神の旅人だってわからないだけか」
『女神の旅人だと知れたら、尊敬されるだけですよユーナさん。我々竜は強者を尊崇しているんです。大抵の人間は僕たち竜にとって紙くずのように弱いですけど、そんな僕たち竜をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、なんてことができる女神の旅人の存在は、僕たち竜にとって憧れなんですよ』
「憧れるところおかしくない??」
『人間的な感覚だとそうでしょうね。でも、僕たちってほら、竜ですから』
いくつもの巣に支えられるように作られている、中央にある最も巨大な竜の巣へと導かれたユーナたちは、何人(?)もの竜に傅かれる一際大きな体躯をした青い竜の前に引き出された。
グルトが青い竜に対して頭を垂れ、翼を複雑な形に動かした。竜の礼なのだろう。
ドラ子は普通に立っている。礼儀作法なんて思考の端にも引っかかっていないに違いない。
ユーナは間をとって、お辞儀した。
『偉大なる竜王陛下、我らがドラゴンマスターに拝謁できますこと、心より光栄に存じます』
グルトが口上を述べるのでユーナは身を竦めた。
そういう厳粛な口上が必要とされるような正式な場だとは全く考えていなかったのだ。
青い竜に、ユーナは強烈に見覚えがある気がして仕方なかった。
じろじろと青い竜を見つめるのをなんとか我慢すると背筋を正した。
『グルトか、人間の町で人間のふりをして暮らす変わり者よ。そろそろ人間に飽きたのか?』
『いいえ、陛下。実は今回ご提案がありましてはせ参じました』
『そちらに連れている人間とミニフレンドにまつわる事柄なのだろうな』
『ドラコ様については陛下もご存じでいらせられますね。ですからこちらの人間に、まずは自己紹介をしてもらいましょう。ユーナさん、お願いします』
「いきなりか……」
ユーナは突然振られ渋々とだが、グルトに促されるままに前に進み出た。
そうして青い竜王を間近で見ると、やはりどうにも見覚えがある。
というか、ユーナはほとんどこの青い竜の正体を確信していた。
かつて竜の巣に稀に現れたレアモンスターである、プリンスドラゴンだった竜だろう。
倒したい、という欲求がわき上がってくるが、勿論ユーナはそれを呑み込んだ。
今、竜と人間との関係、そしてミニフレとの関係は良好だというのである。
それを壊すわけにはいかない。
かつてはこの青い竜を倒して得られるアイテムのために何度も何度も何度も何度も何度も竜の巣を探索したものだ。
けれどこの世界はゲームではない。
『ふうむ。グルトがわざわざ連れてきたとあればただ者ではなかろうな。おまえは一体何者だ? 人間の女よ』
「私はその、ユーナと言います」
ユーナは躊躇いつつも、グルトの竜の巨大な眼球の動きに促されて続けた。
「女神の旅人です。ドラ子は私のミニフレンドということになります」
『……なんだと』
青い竜王の答えは低く響いた。あまり愛想のよい反応ではなかった。
『竜王陛下、彼女は間違いなく女神の旅人でございます。ミニフレンドであるドラコ様が忠実に従っておられる姿を見れば一目瞭然! かつて女神の旅人は我々竜族と渡り合うほどの力を持っていたと聞いています。ですからこそのご提案なのですが、彼女を我らが竜族に迎えてはどうかと――』
『ならんっっ!!』
青い竜は吠えるような大声で答えた。衝撃でユーナの肌はピリピリとし、髪がなびいた。
竜の咆吼も混じったその声は山中に響き渡り、恐らくリキュースの町にまで届いただろうと思われた。もしかするとウッズにすら届いたかもしれない。
断られるのが意外だったらしく、グルトは驚愕の声をあげた。
『何故ですか!? まさか女神の旅人によって倒された竜族の者たちの死を人間のように悼んでいるわけではありませんでしょう? 我ら竜にとって強者とは正義! ユーナさんは現在人間社会の中で身分証を得られずに困っています。強者がこのような些事に煩わされてはなりません。それを助けるのが竜族の役目ではありませんか!』
ユーナは戦闘向けのビルドではないので強いかどうかについては意見が分かれるところだが、グルトにとっては女神の旅人というだけで同じことであるらしい。
ともかく、グルトにとって勝算のあるはずだった賭けに、ユーナたちは見事に敗れてしまったのだ。
『ならぬ! ならぬ!! ただの人間ならともかく、女神の旅人はならぬ!! 即刻その女を竜の巣から追い出せ! 俺の目の届かぬところへ連れていけ!!』
『せめて理由をお教えいただけませんか!? 一体何が問題だというのです!』
『それを知る権利はおまえにはない!』
グルトを怒鳴りつけると、青い竜は青い炎の息を吐きながらユーナを見やった。
『今すぐ出て行けば命だけは助けてやろう……しかし次に竜の巣に現れた時には八つ裂きにしてくれる』
金の目をしている。白目の部分は赤く血走っていた。
青い竜の抑えた声は震えていた。怒りか、はたまたは憎しみか、大きな感情を抑えつけるために渾身の力を振り絞っているのがその震える巨体から見てとれた。
「わかりました……行こう、ドラ子」
『女神の旅人め! 次会う時がおまえの死ぬ時だ!!』
ユーナが背を向けると、その背に怨嗟の言葉が降りかかった。
早く竜の巣を出た方が良いだろう。ここはユーナを敵視する竜が治める土地である。
新しい世界でも、竜はユーナにとって敵らしい。




