エンカウント
「あの、本当にアウリは行かないの? 一人で寂しくない? ここに一人でいるの、危なくないかなあ……」
グルトはユーナとドラ子を竜の巣へ連れて行くという。
ウッズの東にあるキュリースの、更に東にある山で、ウッズで暮らしていれば夕暮れ時の高台から、巣である山に帰っていく竜たちの姿を毎日目撃することが可能だ。
ユーナが身分証を作るためには何故か竜の巣に行く必要があるという。
それが何故なのか、聞いてもグルドは笑うばかりで答えなかった。
ユーナとしては不安でしかないのだが、それはともかく。
そんな中、アウリは社の村に残ると言い張っているのが問題だった。
社の中にある祠には、ミニフレンドが封印されていて、近頃その封印は緩んでいるという。
どう考えても社の村は危険な場所と化している。
ユーナはアウリを置いていくのを渋っていた。
だが、アウリはじと目でユーナを見上げて主張した。
「……あのですね師匠、師匠は麻痺してるみたいですけど、どう考えても竜の巣に行く方が危険ですからね!」
「グルトさん、別に危ない場所には行かないんですよね?」
「勿論です。アウリくんは何か勘違いしているんじゃないかな。竜が襲ってきたきたりなんてことはないよ?」
「いや、竜に干渉すれば国に厄災をもたらすって、子どもでも知ってるし」
「そりゃあ不法侵入でもして竜の卵を盗み出したりしたら大変な騒ぎにはなるだろうけれど」
グルトは笑って肩を竦めた。
そんなことをすれば大騒ぎになるのは誰でもわかる道理である。
ユーナは目的地についてはあまり心配していなかった。
山頂付近には竜はいるようだけれど、まさかそこまでは行かないだろう。
ユーナの予想では、身分証の入手方法は若干えぐいことになりそうな気がするのだが……死体漁り的な意味で。
「竜が襲ってきても、最悪ドラ子がいればどうにかなるよね?」
「ええ、問題ありません」
「少し心配なのはプリンスドラゴンだけど……あれは別格で強いから」
「問題にはなりませんよ、ユーナ。戦いにはそもそもならないはずです」
レアエネミーのプリンスドラゴンは青い竜で、頭に王冠を被っている。
稀によく遭遇するこのドラゴンは他のMOBと違って段違いの強さを誇り、オートで戦闘するのは少し不安になる相手だった。
アウリは頭を抱えた。
「どう考えても師匠の方が危ないとしか思えない……おれを盾にするために連れて行きたいっていうのならついていきますけど」
「そんなこと全く思ってない!」
「ですよね? ならおれはここで待ってるんで、行ってください」
「えっと、まさかだけど、恐いのアウリ?」
「……恐いに決まっているじゃありませんか。でも、師匠が弟子に我が儘を言う権利なんてないって考えなら、ついていきますけれどねっ」
「い、いやいや、そんなに嫌なら連れて行かないよ」
アウリは本当に行きたくないらしい。珍しく怖じ気づいているらしかった。
この勇敢な少年がここまで言う竜というのは、この国の人間にとってはそれだけ恐い存在だということなのだろう。
ユーナも若干不安になってきた。それでもユーナが行く気なのは、ドラ子が平気な顔をしているからだ。この忠実なミニフレがユーナの身に危険が迫るような状況を作るとは思えない。
残し後ろ髪を引かれつつユーナはドラ子とグルトと共に竜の巣のある山へ向かうこととなった。できるだけ今日のうちに戻ってくる予定なので、荷物は少なめだ。
道中、グルトは観光ガイドのようにのんびりとユーナを案内した。
「この山が竜の巣と呼ばれているんですが、流石に麓には竜もいないので、実質竜の巣となっているのは頂上付近だけですね」
「……グルトさん、そろそろ教えてくれても良いんじゃないですか? 竜の巣に行くと、どうして身分証が得られるのか」
ユーナは山道に入ると尋ねた。
普通の人間は登山の準備をして入るべきだろう急な山道の傾斜を軽いトレッキングでもするかのように歩いていく。
「竜の巣に入って殺された人間の身分証を流用するってこと、ですよね……?」
死者の怨念諸々が籠もっていそうな身分証である。
ユーナとしては、できればそんな曰くつきの身分証は避けて通りたい。
けれど、それしか手段がないというのであれば覚悟を決めるつもりだ。追われながら生きたくはないものである。
しかしグルトは驚いた顔をして否定した。
「そんな邪推をされていたなんて! 悲しいです。ユーナさんにとって竜とはそんな野蛮存在なんですか?」
「野蛮というか、私にとっては喋るモンスターくらいの認識なんですけど……」
「酷いですよ! 正直言って同族同士で相争うのをやめない人間などより竜の方がずっと賢いですからね!?」
「長く生きられればな」
憤慨するグルトは随分、竜へ思い入れがあるらしい。
それに対してドラ子はさらりと注釈をつけた。
「昔はおまえたち竜の長、ドラゴンマスターが愚かだったために全ての竜が女神の旅人と敵対していた。そのためにおまえたちは生まれた端から女神の旅人に狩られて死んでいたからなあ」
「えっ、私たちってそんな虐殺をしていたの……?」
「仕方ありませんよ、ユーナ。襲われたのでは返り討ちにするしかありません。大人しくやられる道理などないのですからね」
「……待って、ドラ子。今グルトさんに、おまえたち、って言った?」
ユーナが足を止めたのは、丁度、社の村が一望できる崖の上だった。
ユーナが足を止めればドラ子も止め、ドラ子が止まればグルトも止まった。
「えっ……グルトさんってまさか」
「バレてしまいましたね。別に構わないんですけれど。どうせ山頂でお教えするつもりでしたから」
言うや否や、グルトの輪郭が溶けた。
ぶちりぶちり、と物騒な音がしたが、それは彼の着ていた服がちぎれた音だった。
彼の肉体それ自体は、とてもスムーズに変態を遂げていた。
まるで液体が気体になるように、彼の体積は一瞬にして増加し、ユーナたちの目前に現れたのは――艶やかな黒い鱗を持つ、巨大な竜だった。
ユーナの第一印象はワゴン車だ。
『あっ……服が破れちゃって人間の姿に戻れない。あの、ドラコ様?』
「おまえに貸す服などない」
『ですよねえ……』
しょぼんと翼を折りたたむ姿はとても理性的だしユーモアもあった。
ひとまず、戦うことにはならないらしい。
「グルトさんは竜だった、と……えーっと、墓荒らしをするんじゃないなら、私の身分証は一体……?」
『これから細部をドラゴンマスターと相談することになりますが、基本的な方針としては、ユーナさんは竜の巣で育てられた史上初の人間ということになる予定です』
「うわあ、私も私の出身地が竜の巣だとは知らなかったわ」
『大きくなるまで竜の巣にいたから、うっかり身分証を作るのを忘れてしまったんですよね。でも、そういう特殊な事情があるんだから大丈夫ですよ。今から特別に身分証を作りましょうね!』
「そんな感じでごり押しするんですね」
『てへっ』
頭に拳をこつんと当てようとしたらしいけれど、効果音はごつんだった。
鼻息は砂塵を巻き上げ、牙の間からでろんと出た赤々とした舌には可愛らしさのかけらもない。
けれど話のわかる竜だということはわかったので、ユーナの緊張感も解れた。
「この世界でドラゴンステーキを食べるのは、ちょっと難しそうだなあ」
ロマンだが、流石に意思疎通できて人間の姿にもなる生き物を食べる気にはなれない。
「ユーナがお望みとあらば捌きますが?」
『待って待って待ってやめて恐い女神の旅人恐いドラコ様恐い!』
「冗談ですよグルトさん。ドラ子も真に受けないでね」
とりあえず、仲良くできそうだった。




